山椒姫、シロップ漬けになる
「ケイト、ちょっとそこに座ろうか」
「はい……」
私、だだ今婚約者にお説教されております。
なんで怒られてるか? それはね、3体のオーガと予定外に戦闘に突入しちゃったから。
ううん、戦闘すること自体は仕方がないの。
でもね、最初の1体を余裕で仕留めて、2体目に仕掛けたところで油断しちゃって大ピンチになってね……
「だから……自分の力…………聞いてる?」
はぁ〜怒ってるオリヴァーもカッコいいですわ〜
「ねぇ聞いてる……ケイト、ケ・イ・ト!」
あらいけない。半分思考を放棄して、取り留めもないことを思い浮かべていましたら、オリヴァーが余計にプンプンしております。
「聞いてますわよ。危ないことをするなと仰りたいのでしょう?」
オーガとの戦闘では、お兄様達が注意を引きつけている間に、私が死角から喉元目掛けて一突き。
喉を抉られた個体はその場で力尽きたものの、突き刺した剣が思うように抜けず、離脱に手間取っていたところへ残る1体の蹴りが飛んできました。
宙を舞う私を確実に仕留めるべく繰り出された蹴りが眼前に迫ったとき、周囲は確実に私がやられると感じたようですが、そこは私、切り抜ける術ならお手の物です。
本当は倒した個体を蹴って後方へ離脱する予定でしたが、態勢的にそれは難しいと瞬時に判断し、抜けない剣を手放しながら蹴りを当て、反動で下方へと逃れます。
そのままでは地面に激突しますが、自分のタイミングで受け身を取れる分、オーガの渾身の蹴りを喰らうよりはいくらかマシです。
そうして蹴りを避けながら受け身を取ってすぐに、二撃目が繰り出されるよりも早く相手の足元に転がり込み、予備で持っていたナイフを下腹部に突き刺します。
アンタ下腹部に攻撃するの好きよね? とか思わないでください。身長差があるのでどうしてもそのあたりが的になっちゃうのです。
それに下腹部は雌雄関係なく人間や人型のモンスターにとって強化しにくい部分、いわば弱点なので、そこを狙うのは至極合理的な方法であります。
「というわけで、何も心配は無かったわけですので」
「そういう問題じゃない」
私の解説にオリヴァーは、その程度でやられるはずもないとは思っているが、目の前で危ない場面を見せられる方の気にもなれと怒りながら、私を抱きしめます。
「万が一にでもケイトが死んでしまったらどうするのだ」
「は、離してくださいませ。返り血や汚れが服に付いてしまいますわ」
最初こそ労るように優しく抱きしめておりましたが、私が振り解こうとする素振りを見せたものだから、そうはさせじとオリヴァーも腕に力が入りますので、抱きしめられるというより、締め上げられると言った方が正しい表現でしょうか。
「オリ、ヴァー、ぐるちいです。死んじゃいましゅ……」
「この程度で骨が折れるほどヤワではないだろ」
違いましゅ。精神的に死んでしまうのです。
身内を含めたこんな大勢の中で、なんでこんなシーンを見せつけなくてはいけないのかという恥ずかしさで死ぬのです。
「オリヴァー、ホントに死んじゃいましゅ……」
「少しは反省した?」
「はい。余裕かましてすいません。危ない目に遭いそうになったところを見せてごめんなさい」
とりあえず怒りポイントを鎮められそうなことを口にして、ようやく拘束を解いてもらえました。
「まあオリヴァー君の怒りはもっともだ。油断しすぎなんだよ」
「そうそう。さすがに俺達もヤバイ! って思ったくらいだからな」
ケヴ兄とネイ兄にも窘められました。言われなくても油断していたのは自分が一番良くわかってますよ……
「お兄様ごめんなさい。久しぶりの実戦でフワフワしてました……」
それもこれも淑女課程に進めて実戦の機会を奪った皆様に責があるのですよと言い訳をしましたら、隠世との戦いとかもあって、決して実戦から遠ざかっているわけではないだろと、全員から総ツッコミを喰らいました。ひーん!
「本当ですね。あれがケイト様じゃなく私だったら、避けることも出来ずに直撃を喰らってましたね」
「ヒラリー様まで……」
「まあ、ほら、でもオーガを一撃で沈めるなんて、常人には出来ませんから。なあヤコブ」
「う、うん。すごかったです」
「テオさん、ヤコブさん……」
「ダメだよ。ケイトを甘やかさないで欲しいね。この子を甘やかす役目は私の仕事だから」
二人の精一杯のフォローに感動しておりましたが、オリヴァーがスッと私を抱き寄せて、彼らに釘を刺します。
「ケヴィン殿、ひとまず危機を脱したのであれば、早く撤退した方がよろしいのではないか」
「そうだな。オーガが他にもいないとも限らん。このタイミングで退くのが妥当でしょう」
早く街に戻ろうと言うオリヴァーにケヴ兄様が即応します。
オーガの襲撃を迎え撃ってはおりましたが、元々撤退するつもりで準備をしていたので、いつでも帰れる状態ではありますが、差し当たっての問題は……
「この方達はどうしますか?」
先程捕縛した隠世の一味。とりあえず縄で縛っており、このまま引き連れて帰ることも出来ますが、彼らの話でははぐれた仲間がいるようなので、応援を呼んできて連行しつつ、他の一味を捜索するというのも一つの手です。
「僕達はひとまず街に戻ろう」
私の質問にオリヴァーが、山狩りは必要だが、それはノルデンの官憲に任せればよいと帰還を提案します。
「このまま残っていたら、ケイトは一人残らず捕まえるまで山狩りに付き合いそうだからな」
どうやら先程危ない目に遭ってしまったせいか、オリヴァーは私をこれ以上前線に残すのは嫌なようです。
「ケヴィン殿もネイサン殿もそれでよろしいか?」
「公使殿がそう言うならば、否やはない」
「山狩りするにも状況を伝えて、相応の編成をしてからでよいでしょう」
兄二人もオリヴァーに同調します。
「それではコイツらをさっさと引き立てて帰りましょうかね」
「ネイサン様、少しお待ちください」
ネイ兄が一味を連行しようとしたところで、パティがそれを制し、連れてゆく前に少し治療した方がよいと提案します。
「パティちゃん。罪人相手にそんなことする必要はないだろう」
「ネイサン様の仰りたいことは分かりますが、少々怪我が酷いですので、連れ帰る途中で動けなくなっても困ります。最低限の治療をした方が、連れ帰る私達のためにもなります」
パティの言い分は、単純に自分達の行動が制限されないためであるという、至極もっともな意見です。
「パティちゃんのことだから、慈愛の情でも感じたかと思ったが、なるほど、そういうことなら了解だ。」
「さすがにそこまで聖母様然とはしてませんよ。ネイサン様には私がそういう風に見えたのですか?」
「パティちゃんは優しいからそう見えたよ」
「優しくするのは心を許した方だけですよ。ネイサン様も騙されないように気をつけてくださいね」
パティの意地悪な微笑みに苦笑いするネイ兄。女性に対する免疫が少ないですからね。お兄様はパティから色々教わってくださいな。
「しかし……これで本当に治まるのでしょうか?」
治療に時間を取る間、グリゼルダ様が辺りの様子を覗いながら騒動の収束を気にしております。
「隠世の連中が残らず拿捕されれば、森を荒らす者はいなくなるはずなので、早晩治まるでしょう。姫様のご心配には及ばぬかと」
心配する姫様を安心させようとケヴ兄が声をかけ、必要ならば山狩りに自分達兄弟も手を貸すと申し出ます。
「そこまでお手を煩わせるわけには……」
「姫様が気になさるのは、街のみんなの平穏が脅かされぬかという想いからでございましょう?」
「そのとおりです」
「ならばその胸のつかえを取り除くことも騎士の使命。国は違えども、民を想う心に境などありません。遠慮無くお命じください」
ケヴ兄は一々言うことがキザですね。言ってることは間違っていませんが、姫様の気持ちやこれまでの経緯を知っている私から見ると、分かっていて姫様を弄んでいるようにも受け取れます。
「ケヴィン様はホントに……口が上手ですね。手放すのが惜しくなります。願わくば臣下にお迎えしたいところです」
ケヴ兄は光栄な話ですが、自分はトランスフィールドに忠誠を誓っているからと、サラッと話を受け流していますが、姫様は欲望を隠さず、諦めませんわよと目が訴えておりますぞ。
「皆様、ひとまず治療は終わりましたので、いつでも出発できますよ」
パティから声がかかりましたので、街へ帰還を開始します。
「この者達が……」
「隠世の一味です。生死は不明ですが、他にも残存勢力がいるかと……」
街に戻り、ティハルト殿下と行政長官殿に森の中での一件を報告します。
「リングリッド卿、ご協力感謝します。すぐにでも人を手配して山狩りを始めましょう」
「山狩りをするなら私も参加します」
「いや、ケイトは不参加だ」
長官殿が配下の方に指示を飛ばしますので、山狩りをするのなら私も参加しますと申し出ましたが、オリヴァーに止められてしまいました。
「ノルデン国の正式な依頼があれば、ケヴィン殿、ネイサン殿は応援に出すが、ケイトは参加させられない」
「何故でしょう?」
「理由は自分が一番良く分かっているだろう?」
オリヴァーの顔を見ますと、ニヤッと笑っております。
なるほど……お邪魔虫のいないうちに私を甘やかすつもりですね。
その様子にティハルト殿下とアデル様が何かを勘づいたようで、二人してオリヴァーに何か耳打ちしています。
「ケイトは十分働いたから、ゆっくりしていなさい。そうねぇ、折角だから騒動が落ち着くまでは、二人の時間を過ごしなさいな」
「そうだね。腕が立つとはいえ、他国のしかも女性の手をこれ以上煩わせるわけにはいかんからね」
「殿下、アデル様! 余計なことを言わないでください!」
「ケイト、お二人もこう言っておられる。私達は今回の一件からはここで手を引くことにしよう」
オリヴァーが含むところありありのわざとらしい微笑みを浮かべて、私の手を取り退出を促してきます。
マズいです、危険です。このまま軟禁溺愛コースは勘弁してください。シロップ漬けで溺死させられかねません。
「忘れられない夏の思い出になりますよう」
「ちょっと、アデル様!」
「おほほ、人の役に立つことをすると気分がいいわね〜」
「覚えてろ〜!!(いつかそのドリルを真っ直ぐに整えてやるー!)」
その後、山狩りにより僅かに残った生存者の捕縛と、オーガに襲われたと思われる多くの遺体の回収が行われ、森の生態系秩序が取り戻されたことで、程なくモンスターが街の近くまで現れる事態は解消されたそうですが、詳しいことは知りません。
だって、四六時中オリヴァーが横にいて、上げ膳据え膳なんですもの。
「ほらケイト、あーんして」
「オリヴァー、私は別に怪我人でも病人でもありませんよ」
「気にすることはない。僕がそうしたいだけだから」
「僕は良くても、私が気にしますのよ!」
こうして合宿後半戦は、私抜きで粛々とその行程を終えるのでした。
お読みいただきありがとうございました。
次回は7/28(水)投稿です。
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