山椒姫、ちょっと強い敵を狩る
「ヒラリー様!」
「はいっ!」
ズガッ!!
「ヤコブさん、テオさん!」
「はい!」「ほいっ!」
グサッ! ブシャッ!
ウルフの襲撃を受けて後、体制を整えて森の奥へと歩を進めますと、よくもまあこれほどまでに生息してますねというくらい、モンスターに遭遇します。
出てくるのは一角ウサギ、コボルト、ゴブリンなどの低級種ばかりなので、実戦感覚を養うため交戦するのはヒラリー様、ヤコブさん、テオさんの3人。私がそれを後ろで督戦し、危ないと判断したときに加勢するくらい。
とは言っても実際に加勢したのは、集団の中にハイクラスが混じっていたときだけで、それもハイクラスの個体のみを潰して、後は皆さんにお任せなので、ここまでは実質3人で討伐しているようなもので、今も一角ウサギの襲撃を、苦もなく蹴散らしております。
「ヤコブさんもテオさんも、随分と戦い慣れてきたようですね」
「習うより慣れろってやつですね」
「でもこれだけ数が多いと、さすがにキツイですね」
「戦い続けるというのも難しいものだ。今回はそこまで追い詰めるつもりもないから、ここらで食事にしようか」
休息も必要だなと、ケヴ兄様の声で昼食の準備に取り掛かります。
「あれ? ケイトお姉様、火を起こすのですか?」
「ええ。肉を焼くので」
「何の肉ですか?」
「先程狩った一角ウサギですよ」
「ウサギって食べられるのですか?」
グリゼルダ様が不思議そうに聞いてきます。
街の人はウサギというと、愛玩用動物をイメージしがちですが、コイツはれっきとした害獣、駆除対象です。放置して腐らせるくらいなら、美味しくいただきましょうというわけです。
「鶏肉に似た味と食感なんですよ」
「そうなのですか」
姫様は食べたことがありませんと言っておられますが、これは一角ウサギが、王族ですら食べたことのない珍味だからというわけでなく、単純に市場に出回らないから。
コイツは個体が小さくて可食部が少なく、食肉加工にも一手間かかるのです。
しかも鶏肉に近い味なのだから、珍味としてありがたがるほどの価値も無いし、だったら最初から養鶏の肉を食べれば済む話なので、狩る労力に比べて実入りも良くないので、狩人が自宅で消費することがほとんどなのです。
「まあ味は悪くないですから、姫様もお一つどうぞ」
一角ウサギ肉のレクチャーをしながら、炙った一串を姫様に手渡すと、彼女は恐る恐る口に運んでみます。
「モグモグ……本当ですね。鶏肉っぽいです」
「でしょ。手間を考えたら鶏肉があれば十分。なので市場に出回らないんですよ」
グリゼルダ様は初めての味(とは言ってもほぼ鶏肉)に舌鼓を打っておりますが、私は食べ慣れた味です。(モグモグ……)うん、鶏肉だわ。
「それにしても、火を起こして大丈夫なのですか?」
「クレイさんとは目的が違いますので」
獣は基本的に火が苦手なので、獣は逃げていってしまう。
狩人のクレイさんは獣を狩ることが目的なので、火を起こしてわざわざ自分の位置を知らせては仕事になりません。
「今の私達は獣に襲われて、ゆっくりと食事出来ないのは困るので、火を起こしておけば安心ですわ」
野営のときなども交代で見張り番をして、一晩中火を消さぬようにしますからね。
「まぁ……獣じゃない奴は火が起こっているのを見て、やって来るかもしれませんがね……」
「じゃない奴?」
「そこっ!!」(ヒュン! バシッ!)
「うがっ!」
私の言葉に不思議そうな顔をするグリゼルダ様を守るように前に出て、手近に落ちていた石を拾い、先の方にある草むらに投げつけますと、何かに当たった綺麗な衝撃音と共に、ぶつけられた何者かの悲鳴が上がります。
「隠れているのは先程から分かってますので、大人しく出てきたらどうですか?」
草むらに隠れていた何人かの男が、私の声に反応して姿を現します。数は3人ほどですね。
火を起こしていれば獣は逃げますが、相手が人間ならば火を恐れることはないので、近付いてくる可能性はあるわけです。
それが友好的なのか敵対的なのかは状況によりますけどね。
「よく隠れているのが分かったな……」
「殺気がダダ漏れですわ。暗殺者の端くれなら、もう少し精進なさった方がよろしいですよ……隠世の皆さん」
隠世という言葉にビクッとする男達。
まさか自分達の素性がバレているとは思わなかったようです。
「それで、何の御用かしら? 食料と慰み者を手に入れるのに襲いにでも来たのかしら?」
隠れていたということは、こちらが気付かなければ早々に襲いかかってくるつもりだったのでしょうから、質問はしましたが、彼らからの答えを期待はせず、臨戦態勢に入ります。
「さあ、どっからでもかかってらっしゃい」
挨拶代わりに剣を一閃して闘気を放ちます。
「まっ、待ってくれ! 俺達は戦う気は無い。むしろ助けてくれ!」
「は?」
こちらが交戦の姿勢を見せると、男達は諸手を挙げて降参のポーズを取ります。
確かによく見れば誰もが息を切らしてボロボロの状態です。
服は泥だらけで、鋭利な爪のようなもので引き裂かれた痕や、切り裂かれての流血、打撃による大きな痣など、とてもこれから一戦交える状態ではありません。
「お前達、どういうことだ。何があった?」
様子がおかしいと見たネイ兄が、彼らに問いかけます。もちろんこちらの油断を誘う罠である可能性を考慮して、いつでも拘束できるよう準備は整えながらです。
「化け物、化け物に襲われたんだよ〜」
「化け物?」
話を聞いてみると、身を潜めるために森の中を彷徨っていたところ、鬼に遭遇したとか。
最初は何とか追手を撒いたが、それから執拗に追撃を受け、ほうほうの体で逃げ回ってここまで来たそうです。
「途中で捕まって何人かやられちまった……」
「お前ら、まさか……鬼の棲家を荒らしたのか!」
男達の話にクレイさんが声を上げます。
「クレイさん、鬼の棲家って?」
「森の深淵にある鬼が住むという場所だ。地元の奴は絶対に近付いてはならないと言われている」
鬼とやらは森の最奥でひっそりと暮らしており、こちらから手出ししなければ、向こうも襲ってくることはないので、共生関係を維持するため、不可侵にしていた場所らしいです。
ところがコイツらが好き勝手に森の中を彷徨った挙句、不可侵を侵してしまったのでしょう。
「棲家を荒らされた鬼が怒って暴れ回った結果、他の獣が街の近くまで出てきたとすれば辻褄が合う」
「クレイ殿の見立てで間違い無さそうだな」
「ケヴ兄様……」
「この男達の傷付き方、おそらくは」
やはりお兄様も私と同じ見立てのようで、姫様もいる中で万が一があってはいけないと、一旦街に戻って討伐隊を編成した方が良さそうだと言います。
「ならばすぐに撤退の準備を」
「ああ、事は一刻を争う。急げ」
「ま、待ってくれ! 俺達も連れて行ってくれ!」
撤退の準備をしようとしましたら、男達が懇願してきますが、ネイ兄が勿論連れて行ってやると、テキパキと縄で束縛し始めます。
「な! 何のつもりだ!」
「心配するな。ちゃんと連れて行ってやる。囚人としてな」
男達は抵抗しますが、ボロボロ傷だらけではネイ兄に敵うはずもなく、あっという間にお縄につきます。
「お兄様、準備完了です」
「よし、すぐにてった……」
〈ドスドスドス! バキバキバキ!!〉
ケヴ兄様が号令をかけようとした瞬間、森の奥、男達が逃げてきた方から木々のなぎ倒される音と共に大きな足音が近付いてきました。
「遅かったか……」
「お兄様。やっぱり、鬼って……」
「ああ、オーガで間違い無い」
身の丈およそ3メートル、私のほぼ倍。
頭には角が生え、その手には鋭利な爪、口元には噛みつかれたら抜けそうにない牙を覗かせ、グルグルと喉を鳴らしながらこちらを睨みつけており、かなりの興奮状態であると見受けます。
「向こうは3体、ネイ、いけるか?」
「兄上に言われなくてもそのつもりです」
「ケイトはいけるか?」
えっ? 私も? と思いましたが、ケヴ兄は向こうは3体、こっちも3人。あいつらは知能が低いから連携プレイは出来ない分、俺達なら各個撃破で仕留められると言い、数的不利にならないために、私も参戦しろと仰います。
「オーガと戦ったことはありませんよ」
「オークならあるだろ」
「まぁ、オークなら……」
「大丈夫だ。オークよりちょっとだけ図体がデカくて、ちょっとだけ腕力が強いだけだ。基本的な戦い方は変わらん」
そのちょっとには途轍もない隔たりがあるように思いますが、ケヴ兄は今の私なら十分に戦えると言います。
「色々な思惑があるにしろ、エドガー卿も父上も実力の無い者を聖騎士に任じはしない。自信を持て」
「いいか。俺と兄上で攻撃を受けるから、ケイトは間隙を突いて弱点を攻めろ。鬼と言ったって人型のモンスターだ。弱点は分かるだろ」
「分かりました! 行きます!」
決めたとなれば被害が及ばないよう、私達兄妹はオーガに対し、「お前らの相手はこっちだよ」と挑発し、少しずつみんなから距離をとって誘き寄せます。
「ネイ、行くぞ!」
「おう!」
オーガは向かってくる二人の兄に対し渾身の力で殴りつけてきますが、必要最低限の動きでこれをかわし、少しずつダメージを与えていきます。
「とはいえ、コイツら相変わらず硬いなあ」
ネイ兄様がぼやくとおり、オーガの表皮は非常に硬く生半可な力では傷一つ付けることも出来ません。
二人の兄の攻撃は非常に的確です。相手の意識を自分達だけに向けさせるため、わざと急所を外してあえて硬いところばかり狙います。
視界の外から飛び込んできた私がキッチリと急所を捉えるために……
(そろそろいけるかな……)
兄達の動きを見つつ、ここぞというタイミングでオーガの死角から飛び出て急襲します。
「おりゃー!」(ズバッ!)
狙ったのは足の腱。いかに硬い身体とはいえ、オーガも人型のモンスター。急所は人間と似たようなものですので、そこに関しては女の私でも斬ることが出来るんですよ。
まあ、斬るにはそれなりに勢いの付いた剣速で振り抜かないといけませんので、世の女性方はマネされないようにお願いします。
「よし、まずは1体!」
足の腱を切り裂かれた1体は立っていることもままならず、その場に倒れ込んだところをケヴ兄が止めを刺しました。
「これで3対2だな」
「ネイサン、終わるまでは油断するなよ」
「分かってますよ!」
ケヴ兄の檄に応えて、ネイ兄が残る個体に斬りかかり、それにもう一人の兄も続きます。
「ケイト、もう一回同じ要領だ」
「了解です!」
二人がオーガの攻撃をかわしつつダメージを与えていくのを覗いながら、次の攻撃の機会を狙うと、数が減り、思ったより速く押されてきたオーガに隙が生じたのを逃さず仕留めるため、倒された個体を踏み台にして、敵の喉元に狙いを定め刺突の態勢で飛び込みます。
(グサッ!)
寸分違わず剣を急所に突き刺すと、敵はその場に崩れ落ちますが……
(マズい! 剣が思ったより深く刺さって抜けない!)
サッと剣を引き、敵を蹴る反動で即座に離脱するつもりでしたが、予定外に剣を抜くのが手間取ってしまい、倒れるオーガともつれ合うように地面に落ちるところへ、残る一体の蹴りが確実に私を捉えてきます。
「ケイト!」
遠くで私の名を叫ぶオリヴァーの声が聞こえる……
お読みいただきありがとうございました。
珍しくハラハラを次回に引っ張るラストですが、元々ストレス展開は微糖レベルの山椒姫なので、次回の展開は……そういうことです。
というわけで次回7/24(土)更新をお楽しみに!




