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山椒姫、ひと狩りする

 ガサガサ…………


 特訓キャンプのため森に入って間もなく、早々に獣とエンカウントしたようです。


「姫様、パティ、下がっていて」


 非戦闘員である二人を下げ、その他全員で身構えます。




 ガサガサガサ………… 『グルァー!』


「ケイト!」

「はいよ!」


 バシュッ! ドゴォッ!


 草むらから飛び出してきたのは2頭のウルフ。

 血走った目で一気に飛びかかって来たところをネイ兄と私で1頭ずつ確実に仕留めます。


「これはまだ他にもいますねぇ……」


 ウルフは集団行動する生き物です。未だに草むらがあちこちでガサガサしてますので、他の個体もこちらを狙って身構えているようです。


「ヒラリー様、ヤコブさん、テオさんはそれぞれに背を預けて構えてください!」

「はいっ!」

「了解したわ!」


 こちらが大声で指示を出したのに触発されたのか、四方からウルフの群れが襲いかかってきます。


 ブシャッ! バシュッ!


「ケイト、大丈夫か!」


 迎撃の主はケヴ兄とネイ兄、学生組が務め、姫様を守る護衛騎士と、パティを守る私は討ち漏らしたウルフが寄ってくるのをなぎ払う程度なので、特に問題は無いのですが、心配性のオリヴァーが応援に駆けつけます。


「この程度どうってことありませんわ。オリヴァーはご自分の身を守ってください」


 オリヴァーも騎士団長の子なので、剣の嗜みもあり、ウルフ程度に後れは取りませんが、人を守りながらとなると話は別。なので、自身の身の安全を確保することに注力するようお願いします。


 普段なら頼られないと寂しくてワンコ化しますが、この状況では私に余計な助太刀は不要と分かってますので、彼も承知したと頷きます。




 そうこうしているうちに、戦意を失った生き残りのウルフは襲うのを諦め、リーダー格と思しき個体が離れたところから撤退を意味する遠吠えを発し、襲撃は終わりました。


 負け犬の遠吠えというやつですね。犬じゃないけど。


「おうおう、初っ端から手荒い歓迎だな」

 

 ネイ兄の軽口も軽快です。私達にしてみれば準備運動にも足らない程度なので、当然と言えば当然ですね。


「ネイサン様お疲れ様です」

「はは、この程度疲れたうちにもならないさ」

「でも返り血が付いてます」

「大丈夫大丈夫。このくらい戦いではいつものことだよ」

「ダメです。他人の血や他の生き物の血を付けたままだと、病気に罹るリスクが高いんですよ」


 返り血を浴びても平然とするネイ兄に、医学的見地から不用心だと窘めるパティは、すぐさま手に取った布で返り血を拭き取り始めます。


「パティちゃんいいよ。自分でやるよ」

「遠慮なさらず。他人の好意はありがたく受け取ってください」

「参ったな……女の子にこんな風にされるのは初めてだから、恥ずかしいな……」

「あら、私がネイサン様の初めてのお相手ですか。光栄ですわ」


 パティの言い方が若干いかがわしく聞こえたのは私だけではないようで、ネイ兄様もちょっと顔を赤らめてます。


 兄様があんな顔するなんて珍しい……と思ったら、自分の言葉の意味を素で理解していなかった彼女も耳まで赤くなっています。


 天然発言で、ようやく自分が何を言ったのか理解したのか、わざと言ったくせに相手の反応が予想以上過ぎて、自分まで身悶える結果になったのかは、私の知るところではありませんが……






「ヒラリー様達も大丈夫でしたか」

「ええ、こっちは問題ないわ。ヤコブさんもテオさんも十分戦えるくらいになりましたよ」


 互いに背を預けて、前面で相対する敵だけに集中すればよいとはいえ、相手は瞬発力に優れた獣。


 ですが、これまでの練習の成果もあって、確実に仕留められたようです。


「初めての実戦でしたが、思ったより動けました」

「緊張して大汗かいちゃったよ」

「あらあら」


 初実戦の緊張からくる冷や汗なのか、動き回った結果なのか、ヤコブさんが大汗をかいています。


「ヤコブくんはただでさえ汗っかきなんだから、ちゃんと拭かないと風邪ひくわよ。ほら、後ろ向きなさい」


 ヒラリー様の母性が発動したのか、ヤコブさんをなすがままに回れ右させると、ササッと衣服を脱がせて汗を拭き取り始めます。


「ひ、ヒラリーさん!」

「何?」

「いきなり服を脱がさないでよ! じ、上半身裸だよ! ちよっと、マズいよ」

「見慣れてるから気にしないで」

「僕が気にするんだよ……」


 ヒラリー様は騎士課程に在籍していることもあって、訓練中に殿方の裸体を見る機会も多いせいか、特に気にしていないようですが、ヤコブさんは恥ずかしそうです。


 あ、裸体と言っても上半身だけですよ。下半身を晒すのはさすがに問題ですから。


「へぇ、服の上からだと分かりにくいけど、ヤコブくんもだいぶ締まった体つきになってきたね。私と同じで着痩せするタイプなんだ」

「いや、ヒラリーさん。女の子にそんなにまじまじと見られると恥ずかしいんだけど……」

「あはは。一応女として見てくれているんだ」

「一応って……ヒラリーさんは十分美人ですよ」

「褒められても何も出ないけど、お世辞でも嬉しいわ。ありがと」

「いや……何も出さなくっていいです……」


 真っ赤な顔したヤコブさんの汗を拭き取ると、ヒラリー様は手際よく替えの衣類を渡します。


「すみません。一から十までお世話になって……」

「いいのよ。好きでやっているんだから」

「え? 好き……?」

「ふぇっ? あ、あー、そういう好きじゃなくって、って……もう!」


 ヤコブさんのリアクションにヒラリー様はしどろもどろで、世話のかかる奴だなあなどと言っております。


 自分から世話をしておいてその言い草はなかろうと思いますが、彼女なりの照れ隠しのようです。






「学生組もいい連携だったな」


 ヤコブさんがいそいそと替えの衣類を着ているところへケヴ兄様が声をかけてきました。


「危なそうなら助太刀に入ろうかと思ったが、必要無かったな」


 ケヴ兄様は彼らの様子を見ながら応戦していたようで、想像以上の出来に彼らを褒め称えます。


「剣術大会は一対一だからな。正対する相手から目を離さない限り、余程のことでは側面背面に回り込まれることはないだろう。後は相手の攻撃をしっかり見切ることだな」


 私やお兄様達が相手の場合は余程のことになるでしょうが、学生同士の戦いであれば、多少後れは取ったとしても致命傷にはならないはずです。


「とはいえ人間相手だと、向こうもこっちの隙を狙ってあの手この手で揺さぶってくるだろうから、油断は禁物だぞ」

「はい!」


 師匠に褒められつつも檄を飛ばされ、皆さん一層気が引き締まったようです。


「ホントに。ヤコブもテオさんも見違えるようでしたわ」


 グリゼルダ様も彼らに労いの声をかけます。


「ま、ケヴィン様の舞うような華麗な剣捌きに比べれば足元にも及びませんけどね」


 あ、違った。労いと見せかけて、ケヴ兄をアゲるためのダシに使ったな。


 ヤコブさんもなんとなく気付いたようで、聖騎士様と比較されても困りますよと苦笑いで応えます。


「華麗な剣捌きとは少々こそばゆいですな。グリゼルダ様は怖くありませんでしたか」

「実戦を直に見たのは初めてですが、ケヴィン様の頼もしいお姿、後ろでしかと見届けましたわ」

「それは光栄です。ん……? いかんな。お召し物が汚れてしまっている」


 ケヴ兄様が姫様のお召し物の裾が泥で汚れているのを見つけると、すぐさまハンカチで泥を落とします。


「あ……ケヴィン様大丈夫ですよ。遊びに来たわけではありませんから、この程度の汚れは気になさらないで」

「何を仰るか。姫様に斯様な汚れを付けたままには出来ませんよ」


 ケヴ兄の電光石火の早業に遅れて反応した姫様が、気にするなと声をかけますが、動きを制するわけでもなく、むしろ喜んで世話を受け入れているように見えます。






 何だかあちこちで甘い空気がしてますね。いえ、決して人喰い花の誘引臭ではございませんよ。


 皆様この短い間に仲良くなられたようですが、若干一組あまり懇ろになっては困るペアもおりますので、痛し痒しですわ。


「ケイト……」


 甘い空気に当てられそうになっていると、後ろから悲しげな声が聞こえます。


 そう。まるでそれは、捨てられた子犬が縋るような声色……オリヴァーですね。私に構って欲しいのでしょう。


「オリヴァーも怪我はありませんか?」

「この程度で後れを取るほど軟弱な鍛え方をした覚えはないよ」

「それはようございました。あら、でもお召し物が汚れて……」


 は、いませんね……


「返り血が……」


 浴びてませんね……


「汗が……」


 涼しい顔をしてますね……


「お世話するところがありませんわ」

「頑張ったねと褒めてくれればそれでいい」

「大したことは無いと言ってるのに、褒めて欲しいのですね」

「ダメか?」

「いいえ、見事な腕前でございました」


 そう言ってオリヴァーをよしよししてあげますと、彼は満足そうに、ケイトもいい働きだったよと労ってくれますので、当然ですと胸を張ります。


 無い胸を張るなと? 失礼な。最近は張れば膨らみが分かるくらいには成長してますよ。






「はぁ〜、しばらく来ないうちに状況が更に悪くなってるみたいだな」

「クレイ殿、そうなのか?」


 戦闘が一段落ついて、辺りの様子を確認したクレイさんがため息をつきますので、ケヴ兄様がどういうことかと確認します。


「ウルフなんざ、森の中でも奥の方に行かないと滅多に遭遇しない。それがこんな入口近くに出てきたんだ」

「森の中で確実に何かが起こっていると?」

「調べて見ないと原因は分からないが、おそらくは……」


 人が分け入ったことで、森の生態系や生息分布が変わっているということですね……

お読みいただきありがとうございました。

次回は7/21(水)投稿です。

よろしくお願いします。

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