山椒姫、森で咲く恋バナ
「各自、準備はいいか!」
「はい!」
「ここからは今までの練習場とはわけが違う。足場も平坦ではない。自由に剣を振り回せる空間があるとも限らない。一瞬の隙が命取りになりかねん。心するように」
「はい!」
山籠りキャンプ初日。リーダーを務めるケヴ兄様の檄に皆で応えます。
参加メンバーは指導役としてケヴィン、ネイサンの兄二人。訓練対象はヒラリー様、ヤコブさん、テオさんと私。
私は指導役ではないかと? 兄二人から見れば、まだまだ私を訓練したいそうなので、訓練対象側です。
そして、オブザーバーで救護係にパティ、訓練補助としてオリヴァー、そして……
「さあ! 張り切って行きましょう!」
本当に付いてきましたよグリゼルダ様……
ケヴ兄様が殿下に許可をもらえたらと安請け合いしたものですから、姫様はあの後、御用邸に戻ってすぐにティハルト殿下の元へ突撃されました。
「キャンプに一緒に行くだと!?」
「私も友人としてお手伝いしたいのです」
「手伝いって……グリーが付いていって何を手伝えると言うんだ?」
殿下の口ぶりは、むしろお前邪魔だろと言わんばかりですが、このときばかりはグリゼルダ様も退きません。
「皆様がお出掛けになられたら私は一人でお留守番です。お兄様はアデレイド様がいらっしゃるからよろしいでしょうが、私は暇で仕方ありません。私とて何かの役には立ちます」
「キャサリン嬢、妹はこう言ってるが、迷惑ではないか?」
正直答えにくい。ケヴ兄様以外にも護衛を付けてもらって大人しくしてもらえるなら、そこまで懸念はありませんが、当の本人の目当てがウチのお兄様と仲良くなることですからねぇ……
我が3兄妹は何かあったときの主戦力ですので、あまりベタベタされておりますと、万が一のときに困りますのでね。
「森にはどのような危険が潜んでいるか分かりません。必要とあれば私や兄たちの命令に従うこと。王族という身分を傘に来て指示に従わないのであれば、連れていくことは出来ません。それでもよろしいですか?」
「もちろんですわ!」
「私や兄達は常に警戒を怠らずにおりますので、不用意にお近付きにならず、節度と距離を保って頂くこと」
「節度と距離感ですわね。分かっておりますわ」
(信用ならないなぁ……)
「ケイトお姉様、私とて王女として分別はついているつもりです。勝手な行動で皆様に迷惑をかけるつもりはありませんわ」
そこまで言うならばと、後はティハルト殿下の裁量にお任せします。
「キャサリン嬢。妹がここまで言うのであれば、私としては吝かではない。面倒見てもらってもよろしいか?」
「何かあったときは不敬と取られても致し方無い手段を取るかもしれません」
「構わぬ。言うこと聞かねば縄で縛っても構わぬ」
「失礼ねお兄様。そこまでお転婆ではありません」
その場にいた私、ティハルト殿下、アデル様の三人が同時に「いや、あるでしょ……」と言いたそうな顔をしていたのは想像に難くないでしょう。
一応現地の気候風土に詳しい武官の方を二名ほど護衛に付けるということを条件に、殿下から同行の許可は頂いたわけです。
「さてと……ここから先は木々が生い茂って、光が差し込みにくい場所もある。足元には十分注意してくれよ」
先頭で道案内をするのは、ネイ兄、パティとトラブルになったエロ親父ことクレイさん。
元は腕に覚えのある狩人さんで、この森の中のことは知り尽くしている方なので、現場復帰へのリハビリも兼ねて道案内を依頼しました。
本人はあまり乗り気ではなかったみたいですが、強制わいせつで捕まるのとどっちがいい? とネイ兄に半ば脅されては、頷くよりほかありませんものね。
「クレイさん、痺れとかの症状はどうですか?」
「ああ、お嬢ちゃんの薬が効いたのか歩くくらいなら問題なさそうだ」
あのとき話を聞いたパティは、すぐさま薬を処方したのですが、余程効き目があったのか、今のクレイさんからは飲んだくれのダメ親父の雰囲気は感じません。
それもあって、今回の道案内を引き受けて頂いたという側面もあります。
「パティの薬って効き目がすごいんだね」
何ヶ月も悩まされた毒の症状に効果てきめんなんだものね。
「いえ、あれはアルコール中毒を緩和する薬ですよ」
「そうなの?」
「話を聞いた限り、毒の後遺症もあるにはあると思いますが、どちらかと言うとお酒の飲み過ぎで症状が悪くなっていたような……」
「そっちかい……」
そりゃ、手がプルプル震えるわけだ……
「とはいえ、弓やナイフで獣を攻撃するというのはまだ難しいと思いますので、ネイサン様にはそのへんも踏まえてお知らせして、クレイさんの身の安全を確保するようお願いしてます」
既に私を飛ばしてネイ兄に直接申し送りできるほど親密になっているようです。
「そういえば、パティは最近ネイ兄と随分親密だよね?」
「ごめんなさい。やっぱり良くないですよね……」
「いやいや、良いんだけど。ほら、ウチの兄様はデリカシーというか、女性の扱いが下手だからさ。パティが迷惑してなきゃいいなと思って」
ケヴ兄と違って女性に縁が無いので、親しい方が出来るのは悪いことではないのですが、如何せん相手の方の気分をナチュラルに害してしまうのではと懸念しております。
「ご心配なく。ネイサン様の為人を知った上です」
「パティから見てウチの兄様の評価は?」
「真っ直ぐな方ですね。直情径行で時々考えが足りなかったり、言葉が足りなかったりはありますが、どなたが相手でも親身に相手のことを想って動かれる方かと」
的確な見立てです。
ネイ兄は人のために動ける方ですが、考えだったり言葉だったりが足りなくて、相手にそれが伝わらない、特に女性相手だとその傾向が強いんです。
「女性に対する免疫不全ですかね」
「それは否定しないわ。パティなら治せる?」
「治すと言うより慣れてもらうしかないと思います」
「その役目をパティがやってくれるの?」
何だか申し訳ない気もしますが、パティは私が嫉妬さえしなければと答えます。
「ケイト様はグリゼルダ姫様みたいに『お兄様に近づくな!』とは言わないですよね」
「言わないよ。免疫不全が治るならむしろ積極的に行ってもらいたい」
「ふふ、ならばお任せください」
そんな話をしていましたら、グリゼルダ様が「私の名が聞こえた気がする」と、会話に加わってきました。
「グリゼルダ様、ケヴ兄様のところに行かなくて良いんですか?」
「ケイトお姉様も意地悪ですね。節度と距離感でしょ」
姫様はケヴ兄が周囲を警戒しながら先陣を切っているのに、無闇に絡むわけにはいかないと、模範的な回答です。
「遠目からあの凛々しいお姿を眺めるだけでもお腹いっぱいですわ」
ああ、ソウデスネソウデスネ……
「それより何のお話をしていたのですか」
「ちょっとネイ兄様に関する相談事です」
「あら、パトリシアさんはネイサン様狙いなの?」
「狙いというか……仲良くできればなぁと……」
「よろしいではありませんか。応援しますわ」
グリゼルダ様はそう言って発破をかけますが、自分だけがケヴ兄に行くと悪目立ちするから、パティも巻き添えにしようという魂胆ですね。
「姫様、一つ伺ってもよろしいですか」
「何でしょう」
「ケヴ兄のどこが気に入ったのですか?」
「全部ですわ」
あの涼やかなお顔立ち、真剣な時のキリッとした表情、剣の腕も一流で女性への対応も文句なし。嫌う理由がありませんとウットリしながら話す姫様。
過剰評価な気がします……
「それに何よりあのガッシリした体躯。鍛えられた筋肉。最高ではありませんか」
最終的にはそこなんですね。筋肉と人間性の両方が姫様にはドンピシャだったということのようです。
単なる肉好きなら、女将さんのところで鉱山焼きを食べていろ! と言うところですが、ここまで想われるのなら少しは応援……いかんぞ、王族と縁続きとかウチの家風ではないからなぁ……悩ましいところです。
「ケイトお姉様、私達だけに聞くのはズルいですわ。お姉様のお話もお伺いしたいです」
「私の? あんまり大した話は無いですよ」
「そういう人に限って、面白いネタが色々あったりしますよね」
パティ、余計なこと言わないの。姫様が食い付いてきたではありませんか……
「だいぶ獣の足跡が多いな……」
「クレイ殿、何か違和感でも?」
「ここはまだ森の入口に近い方だ。それほど獣がウロチョロする場所じゃないのに、ここまで足跡があるというのは今まで経験したことがない」
恋バナで盛り上がっておりましたが、クレイさんの言葉で全員に緊張が走ります。
「なるほど……各自警戒を怠らないように。ケイト、姫様を頼むぞ」
「了解ですわお兄様。グリゼルダ様はなるべく私の後ろにいてくださいね」
ガサガサ…………
「!?」
「ケイトお姉様?」
「姫様、パティ、下がっていて」
どうやら早々にお目当てとエンカウントしたようです。
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次回は7/17(土)投稿です。
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