山椒姫、グリゼルダの恋心に困惑する
「……王子様が……いた…………」
王宮で代理公使と駐在武官として赴任してきたオリヴァーとケヴ兄、ネイ兄に偶然再会した私。
思わぬ再会に喜んでおりましたが、ケヴ兄の一言でグリゼルダ様を置いてきぼりにしてしまったことに気付いた私が、みんなを紹介しようと思ったのですが、姫様の様子がおかしいです。
「あのー、姫様」
「こんなところで突然、理想の男性が現われるなんて……これは運命よ……」
グリゼルダ様の意識がどこか遠くの世界に旅立たれておられるようで、こちらの呼びかけに反応しません。
「姫様、グリゼルダ様!」
「フォッ! あ、ああ……お姉様。こちらの方達は?」
「代理公使として赴任した、私の婚約者ギャレット伯オリヴァーと、駐在武官で私の兄、ケヴィンとネイサンです。こちらノルデンのグリゼルダ王女殿下であらせられます」
「皆様ご、ごきげんよう。ノルデン王の四女グリゼルダです。ケイトお姉様には仲良くして頂いておりますの」
姫様に続いて三人が挨拶します。
オリヴァーは私がいる手前、過度な接触の無いよう、腰を折っての礼で済ませましたが、ケヴ兄がやらかしてくれました。
「トランスフィールドから参りました駐在武官、ケヴィン・リングリッドでございます。姫殿下のような美しいお方にご挨拶できること、非常に嬉しく思います」
ケヴ兄はそのまま片膝になり姫様の手を取ると、恭しく手に口付けをします。
「ひょっ……け、ケヴィン様と申されますのね……て、丁重なご挨拶痛み入ります。ケイトお姉様共々、仲良くして頂けると嬉しいですわ」
「もちろん。女神のごとき姫殿下のお頼みとあれば喜んで」
ケヴ兄様、やりすぎですわ。人のことをちょっと見ぬ間に意地悪になったと言ってますけど、ソッチもちょっと見ぬ間にスケコマシ度がグレードアップしてませんか?
「め、女神だなんて……そのように言われたのは初めてです……お世辞でも嬉しいです」
「お世辞ではありません。悪く言うつもりはありませんが、ノルデンの男性は見る目が無いですな。かように美しい姫君を褒める者がいないとは」
「美しいだなんて……」
マズい……やめろケヴ兄、それ以上はやめろ。
いや、責めるのがお門違いなのは分かっています。兄は悪いわけではない。淑女に対するアプローチとしては悔しいくらいに完璧です。
ただ……その姫様は肉好きなんだ。兄を見る目が完全に恋する乙女のそれになっとる。確実に狙われてます。
ホント、知りませんよ……
「姫殿下、私達は引継がございますのでこれで失礼いたします。ケイトもまたね」
「オリヴァーもお役目頑張ってくださいね」
「ケ、ケヴィン様も、お役目頑張って……くださいね……」
「ありがとうございます姫殿下。またお会い出来ることを楽しみにしております」
「またお会い出来る……ブフォッ!」
姫様の口から、淑女にはあるまじき吹き出し笑いが起きましたもので、ネイ兄はそれをツッコみたそうにしていましたが、ケヴ兄に無粋だぞと目で制され、そのまま公館へお戻りになられました。
「はあ……ケヴィン様、素敵ですわ……」
ケヴ兄の後ろ姿を見えなくなるまで目で追い続けるグリゼルダ様。
嫌な予感しかしないわ……
「お姉様! なぜ黙っていらっしゃたのですか!」
やっぱりこうなったよ……
お茶会を終え帰るはずだったのに、グリゼルダ様に「お姉様、ちょっとお話ししましょうか」と恫喝され、彼女の私室に強制連行となりました。
これはマズいと、縋る子猫のような目でアデル様に救いを求めましたが、「私はケイトが戻ってくるまでもうしばらく、愛の海に溺れてきますわ」と、さっさとティハルト殿下の所へ逃げられました。クソ、まださっきのこと根に持っておったか……
「あんな素敵なお兄様がいらっしゃるのなら、なぜ紹介してくださらなかったのですか」
姫様とは先日男性の好みの話になって以来、「どこかに良い筋肉はおらんかの~」と言われるも、あえてとぼけておりましたが、実は私の兄が至高の筋肉持ちだったとバレて、何故黙っていたのかと責められてます。
しかもよせばいいのにケヴ兄が紳士的なアプローチをしてしまったものだから、姫様的にはそれも含めてどストライクだったみたいで、大騒ぎであります。
別に隠すつもりは無かったんですよ。会う機会なんか無いと思ってたんですから。逆に「お客さん、ウチに良い肉があるよ」なんてわざわざ言う必要あります?
相手は一国の王女様です。一方の兄は聖騎士とはいえ、爵位は準男爵。貴族の範疇にギリギリ入るレベルの人間とでは身分が違いすぎるってものです。
会うことも無い相手に「ほれほれ~美味そうな肉だろ~」と煽っておいて、「欲しい? あーげない」とか、どんだけ鬼畜の所行ですか。
「でも、会うはずの無い二人が偶然出会ったなんて……運命だと思いませんかお姉様!」
グリゼルダ様、鼻息荒いです。まさか兄がここに来るなんて私も想定してなかったよ。
しかも、まさかまさかの姫様の好みにどストライクだったなんて想定外の出来事ですわ!
「もしかして、お兄様を私に取られるのが怖くて言えなかったりして? ですよね、お姉様もお兄様が大好きなんですもんね!」
姫様は私のことをブラコン仲間と認定しているせいか、兄を紹介しなかった理由を、勝手に明後日の方向で解釈されております。
無いよ。それは無い。
もちろん家族としての情はあります。騎士としての彼らを尊敬もしてます。ただ一方で、地獄のようなしごかれ方をしたことも事実なので、それでもなお「お兄様、だ~い好き」となるほど、私はマゾヒストではございませんよ。
まぁ、そのおかげで今の実力が身についたということに関しては感謝しないこともありませんが。
「単純に言わなかったのは、彼らが王女殿下に相応しいとは思えなかったからです」
スケコマシですよ、あっちこっちで女の子と遊んでますよ。顔は良いからモテるけど、腹黒ですよ。妹としては、知り合いの女性にはお勧めしたくないです。
「やはり、母国でも女性におモテになっていたんですね。トランスフィールドのご令嬢にも筋肉好きは多いのね……この機を逃しては……」
「グリゼルダ様。絶対勘違いしてますよ。兄の本性を知ったら幻滅しますよ」
「そんなことありませんわ。ケヴィン様の女性の扱い方は理想的です。あの笑顔が愛するただ一人の女性に向けられると思うと……はあ〜我慢できませんわ!」
姫様が悶え死にそうに、身をクネクネさせて昇天しかけておりますが、やめてください。せめて一人になるまでは我慢していてくださいませ。
「グリゼルダ様。そのような姿を殿方に見せては幻滅されますよ」
「ハッ……! 妄想が広がってしまいました…… オホン……しかし、先程からお姉様の話を聞いていると、ケヴィン様は相当御強いのよね?」
「ええ、まぁ……私でも勝てるのは5回に1回くらいですかね」
良くてそれくらいですね。
兄は騎士としての鍛錬は怠らない方です。一方私は学園に入ってからというもの、訓練量がかなり落ちたので、今はもう少し勝率が落ちるかもしれません。
「そんなにお強いのですね。それならば……同好会の指導役にうってつけではありませんか」
「まさか……兄を連れて行こうとしています!?」
グリゼルダ様は、さもいい事思い付いたといった感じで、聖騎士ならば指導役に適任だから連れて行こうと仰ります。
たしかに兄は強い。聖騎士は騎士団員の皆様を指導することもあるので、指導経験もある。
でもなぁ……連れて行かなきゃダメですか? ヤコブさん達には的確な指導をしてくれそうですが、私は何を課されるか、想像しただけで嫌です。あの二人が赴任してきたのは、リリアの代わりに私と『楽しい真剣勝負』がしたいからなんですよ。
「いいではないですかお姉様。これは天の配剤。指導者の問題も解決するし、私も……この機にお近づきになって……親密で濃厚な……」
「親密で濃厚な……何ですか?」
「え? いえいえ、こちらの話よ。ウフフ……」
ははぁ、なるほど……同好会のためと言いつつ、姫様はケヴ兄様を一緒に避暑へ連れて行って、仲良くなる機会を狙っているのですね。
「う~ん……指導者の問題は解決できますが、ケヴ兄様だけを連れて行くというのは、説明が難しいですね」
「それでしたら! ネイサン様もオリヴァー様もお連れすればよろしいですわ!」
なんとかケヴ兄様と姫様の接触を避けるよう、『どうして僕たちはお留守番なんですか?』と泣きそうな顔して拗ねる方が約2名いることを、断る理由としてはちょうどいいと申し出ましたが、グリゼルダ様はあっけらかんと二人も一緒に連れていらっしゃいなと仰います。
「王族である兄上と私が、はるばる留学に来た学友をもてなすという表向きですが、赴任したての公使と駐在武官がお姉様の縁者であれば、一緒におもてなしという建前で同行していただいても何ら問題はありませんよね」
なんという執念……そこまでしてウチの兄とキャッキャウフフになりたいのですか?
「そ・れ・に! このプランにご賛同いただけるのであれば、今ならなんと! お姉様もオリヴァー様と二人きりで魅惑のラブラブ小旅行にもなります。行きも帰りも馬車はお二人だけで乗るよう手配いたしますわ」
ファッ! なんというプレゼン能力……私の願望を上手いことくすぐって来ます!
「ですが……余計に人数を加えては……費用もお高くなるんでしょう?」
「それはですねえ……費用はホストであるノルデンの王家持ち! ですわ。皆様が心配することはありません!」
ええ~! 良いんですか~! って、ノリで付き合いましたが、姫様なんだからそれくらいは簡単に都合つきますよね。
オリヴァーと二人きりで……はわわ~!
「うふふ、ケイトお姉様もまんざらではありませんよね?」
「いや~まあ~、魅力的な提案ですが、ケヴ兄様の品質は保証しませんよ。もし眼鏡に適わなかったとしても後で怒らないでくださいね」
「構いませんわ。何事もチャレンジ、食べてみなければ美味しいも不味いも分かりませんから」
肉食女子の執念に負け、おなじみのメンバーを数多く引き連れての合宿。
おそらくケヴ兄とネイ兄にしごかれるのは確実ですが、オリヴァーに癒してもらうのが唯一最大の楽しみですわね。
お読みいただきありがとうございました。
次回は6/26(土)投稿です。
よろしくお願いします。




