山椒姫、最愛のワンコに再会する
エカルト一行の冷やかしからしばらく後、アデル様と共に王城へ招かれた私達2人は、ティハルト殿下、グリゼルダ様とお茶会です。
姫様の名誉のために言っておきますが、今日は私も一緒だから参加しているだけで、最近は兄上のところへ突撃するのは止めたとのことです。
アデル様が彼女の眼鏡に適ったというのもありますが、どうやら二人の世界が甘すぎて、一緒にいるといたたまれなくなるらしい。
ちなみに今日も本来なら、婚約者二人だけでお会いになる予定でしたが、お願い事がありましたので、無理を言ったところ、アデル様も丁度いいわと同行させていただきました。
曰く、二人きりで話すのは楽しいけれど、あまりにも大事にされすぎて、その愛情に溺れ死にそうだから、たまには第三者に同席してもらえると自我が崩壊しなくて助かるとのこと。
「愛され過ぎるのも大変ね」
「困ったフリして惚気けてますね(ジト目)」
「そんなに重かったかい?」
「い、いえ、そうではなくて……今まで殿方にこんなに優しくして頂いた経験がありませんもので……」
縦ドリルがその強度を失うくらいデレデレではありませんか。
「そうやって可愛い顔を見せられると、より一層大切にしたくなる」
「二人が見てますわ」
「この二人ならば見られても困ることはないだろう」
殿下は、大丈夫だよなと私と姫様に同意を求めますので、どうぞどうぞと、まるで貢ぎ物を差し出すように笑顔で答えて差し上げます。
「ケイト、覚えてなさいよ」
「愛の海に溺れて、何もかも忘れてしまうことを願いますわ」
嫌味半分で軽口を叩きましたが、二人の仲が良好なのはいいことです。今回の留学の一番の目的ですから。
「指導役か……それはちょっと難しいな」
「やはりそうですよね」
お茶会の席上、当たり障りのないと会話をしばらく続けた後、本題を切り出しましたが、殿下は難しいなと難色を示されます。
「お兄様、ダメですか」
「学生の大会に王家が介入したと言われてはマズイことくらい、グリーも分かっているだろう」
今日お願いに上がったのは、剣術同好会の指導者の話。
レーマン家に対抗するために、王宮騎士団の指導教官をお借り出来ないかと申し出ましたが、当然ながら王家が特定の学生だけに肩入れするは難しいと仰せです。
「お兄様だってヤコブのことは気にしてらっしゃったではありませんか」
ヤコブさんは姫様の乳母の子であり、幼い頃から姫様付きだったので、殿下もよくご存知ですし、同い年ということもあって、気にかけておられたようですが、私的に王権を使うのは違うであろうと、妹君を嗜めます。
「とはいえ協力はしてやりたいな……そうだ、合宿はどうだろうか?」
合宿……ですか……?
「正直使い勝手が悪くて、僕以外の王族や貴族が行くことは無いから、隠れて修行するにはちょうどいいかもしれない」
その場所は王国の北辺。王家の避暑地として使っていた地があるそうです。
風光明媚な所のようですが、普通に避暑を楽しむだけならば、もっと使い勝手の良い場所の方をと、最近は行く方もほとんどいないそうです。
なんでそんな場所に避暑地にしていたのかといえば、何代か前の国王が、武芸鍛錬を兼ねて、あえて辺鄙な場所を選んだんだとか。
武芸大好きなティハルト殿下は、いたくその地を気に入ったようで、荒れ放題だったのを再整備して避暑に行っているそうです。
「ぱっと見は王族の避暑に同行するだけだから、何の問題も無かろう」
夏休みに避暑と称して、殿下と姫様が行幸する。
ついでに殿下の婚約者であるアデル様と、取り巻きである私達、姫様のお付きとしてヤコブさんやテオさん、女子グループの皆さんを同行させようというのです。
表向きには避暑であるが、行き先は武芸鍛錬を兼ねて整備された場所。山籠り特訓みたいなものですわね。
「そういうところならば、モンスターが出たりとか?」
「少し奥地まで行けば」
「えーと、お申し出はありがたいですが、アデル様や女子の皆さんを連れて行くのは大丈夫ですか?」
少し先まで行けばモンスターも出るというのでは、少々危険な気もします。
「モンスターと言ってもそれほど強力な奴は出ないし、騎士達も同行するから、身の安全は保証するよ」
「たしかに王子王女の行幸ですから、半端な警備にはしないですね」
「殿下にもお守りいただけるし、ケイトがいれば問題ないでしょ」
アデル様も乗り気です。
同好会の件に直接関わってはいませんが、侯爵家が半ばルールすれすれで大会を牛耳っているのは、貴族の矜持からして気に入らないようです。
「ではお言葉に甘えて、お世話になります」
「うん。私もリングリッド卿の剣技を見るのが楽しみだ」
「お姉様、良かったですね」
「そうですね。学園でやるよりは実戦形式で訓練できそうです」
ただプレッシャーでもあります。ティハルト殿下は私の剣技を楽しみにしているようですし、何よりヤコブさん達をキッチリ鍛えなければなりません。
当初の指導者を借りるという目的はどうしましょう。
避暑に同行する騎士の方をコソッと借りようにも、彼らも一般の騎士で指導教官ではないでしょうから、私と大して変わらないですよね。
「どうしたものですかねー」
「何がどうしたものなんだ。可愛い妹よ」
「なんでここにいるんですか……」
私の呟きに応える聞き慣れた声がして、そちらに振り向くと、そこにはここに居るはずのないケヴ兄とネイ兄の姿。
「おう、まさかこんなところで会うとは思わなかったよ」
「それはこっちのセリフですわ。脱柵でもして、亡命したんですか?」
「バカ言うな。ちゃんとした任務だ」
聞けば、我が国の公使に付き添う駐在武官が事情により交代することになり、代わりに来たのが兄二人だという。
「駐在武官が二人同時に交代とか怪しくないですか」
「妹よ、兄を疑うとかしばらく見ぬ間に意地悪になったものだな」
疑いもするわよ。駐在武官の交代なんて、私達に直接関わりが無くたって、事前に話くらい聞き及ぶものでしょうに、全然知らなかったもの。
「だいたい交代するとして、なんで兄弟揃ってなんですか。それに、来るなら来るで事前に手紙の一つも寄越せばよろしいのに」
「いやー、それがな。実は公使も一緒に一時帰国することになってな。代理公使の方が知らせずに行って驚かせてやろうと仰るのだ」
怪しい……武官だけでなく公使まで一時帰国ですと?
そんな都合よく、みんながみんな同時に入れ替えになるわけがないでしょう。
「で、その意地悪な代理公使様とはどなたですの?」
「ケイトがよく知っている人だよ」
ケヴ兄がそう言って手を向ける方向へ目をやると……
「どうもレディ。意地悪な代理公使だよ」
「オリ……ヴァー……」
はわ、はわ、はわわ〜、何でここにおりますの!
「明日にでも学園に顔を出して驚かせようと思ったのに、こんなに早く会えると思わなかったよ」
「…………」
「ケイト?」
「……すみません、サプライズは結構ですが、どういうことか状況を整理させていただけませんか……」
「……ということで、公使は体調不良により、一時帰国になってね。正規の後任が決まるまで、代理公使を務めることになったんだ」
「事情は分かりました」
しかし……オリヴァーが代理で本当によいのでしょうか。
公爵家の出で、自身も伯爵ですから身分は問題ありませんが、勤めて一年目の新人ですよ。人選おかしくありませんか!?
「お父様に頼まれたのよね」
「アデル様、知ってたんですか……」
どうやらアデル様は今回の人選に一枚噛んでいるようです。
急な話で、婚約者と一年も離すのはさすがに申し訳ないと、アデル様がお父様である宰相閣下に相談したところ、友好国の公使なら大丈夫だろうと、オリヴァーを任じたそうです。
いいのか……? 選考基準に恣意的な要素が多すぎませんか?
「ウチのお兄様達もその流れですか?」
「リングリッドのお二人はラザフォード公爵閣下の手引きだと聞いているわ」
「お兄様、どういうことですか……」
二人に詰問すると、オリヴァーと私が異国でハメを外さないように監視するためだと、何だか歯切れの悪い物言いです。
絶対ウソです。エドガーのおじさまがそんな事を言うわけがありません。あの方ならむしろ、二人きりのうちにイチャコラしてこいと高笑いしそうなものです。
「あー、分かった!!! お兄様達、お父様から逃げてきましたね」
「な、何を言う! 何で逃げてくる必要があるというのだ!」
「リリア絡みですよね……」
そう言うとお兄様達は、「ギクッ!」という音が具現化するのではないかというくらい、あからさまに狼狽えております。
図星のようです。推測ですが、隣国に留学した私の代わりに、義妹を可愛がろうという、親子の争いがあったのだと思います。
可愛く着飾りたい父と鍛えたい兄達による骨肉の争いの結果、父にコテンパンにやられて逃げてきたわけですね。
「それでエドガーのおじさまに泣きついた。そんなところでは?」
「そういう嗅覚は利くんだな……」
分かりますよ。父の妨害を跳ね除けてリリアを訓練するくらいなら、私の方が相手にしてもらえますものね。
まあ、来てしまったものを私の一存で帰すことは出来ませんから、しっかりお務めは果たしてもらいましょう。
「ケイト、兄上達ばかり相手にしないで、僕も構って欲しいな」
「オリヴァーはこちらから行かなくても、寄ってきてくれるので心配しませんわ」
ちょっと意地悪を言うと、「僕と会えなくて寂しくなかったの?」と、いつものショボくれたワンコと化したオリヴァーの姿に、むしろ安心します。
ああ、彼はやっぱり彼です。私の大好きなオリヴァーでした。実際にノルデンまで追っかけてきたではありませんか。
「それはもう寂しくて寂しくて、目から汗が滴り落ちましてよ」
「難病だな。僕が付きっきりで看病してあげないと」
「それは困りますね。あまり付きっきりになられると、今度は心臓が爆発してしまうので、オリヴァーはしっかりお役目を果たすことを第一にお考えください」
「ケイトらしい答えで安心した……会いたかったよ」
「私もです……」
「兄上、俺達と扱いが違わないか?」
「しょうがないだろ。ケイトには俺達の妹より、彼の妻という立場の方が圧倒的に重要だからな」
「そういうものか……」
「それよりもケイト、そちらのお嬢様を紹介してはもらえないか? 一人置いてきぼりになって戸惑っておられるぞ」
オリヴァーとの思わぬ再会を喜び抱擁しておりましたが、ケヴ兄の一言で我に返ります。
「グリゼルダ様申し訳ございません。突然の再会でしたので、驚いておりまして」
「……」
「グリゼルダ様?」
「……王子様が……いた…………」
姫様の様子がおかしいです。王子様? どこに?
お読みいただきありがとうございました。
次回は6/23(水)投稿です。
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