山椒姫、最終秘密兵器を襲名する
「はい、お水」
「はぁ〜ありがとうございます」
怪しさ満点の栄養剤「グリゼルダ・スペシャル」を飲み干して、泣きそうな顔になっているヒラリー様にお水を差し上げました。
「ヒラリー様、よく飲めましたね」
「かなりキツかったですけど、彼らの成長の糧になればと張り切ってしまいました」
照れ笑いするヒラリー様に、間接キスの件を触れてみました。
「ふぇ! かかか、間接キス……」
「ほら、アンタも飲みなさい! って同じコップでガッツリ渡してましたよ」
「そそそ、そんなつもりは毛頭なくて……無意識というか……じ、事故です事故!」
うん。そうだと思った。
母性溢れるお姉さんだけど、やることは男らしかったりするんだよね。
「もしかして、皆さん気づいてました?」
「みんな臭いにキャーキャー言ってて気づいてないと思う」
「それならいいですけど、恥ずかしい……」
ヒラリー様がはわわしている画、かなりレアな物を見させてもらいました。
「もう、からかったりしてひどいですわ」
「ゴメンゴメン。ヤコブさんといい感じだなーって思っちゃってね」
「あはは……なんか、ほっとけない感じが似ているんですよね。アイツに……」
アイツ……そうか、そうだよね。
さすがにこの短期間で割り切れるほど、浅い付き合いじゃなかったもんね。
「ごめんなさい。嫌な事思い出させちゃったね」
「気にしないでください。ホントは忘れたいけど、でも忘れちゃって全部無かったことにしたら、アイツが浮かばれませんから」
故人を偲ぶように(死んでないけど)沈んだ声で言い切ると、ヒラリー様はいつもの凛々しい表情に戻し、練習を再開しましょうかと、みんなに声をかけます。
「おやおや、女子会でもやっていらっしゃるのかな?」
エネルギーチャージも完了し、気合を入れ直して練習を再開しようとしたところで、乱入者が現れます。
「エカルト、何の御用かしら?」
「グリゼルダ様、ご機嫌麗しゅう」
その乱入者は、姫様の姿を見つけると礼に則った挨拶をしてきます。
「ヤコブさん、誰?」
「レーマン侯爵家のエカルト殿です」
レーマン侯爵家はノルデンでも名家の一つ。いいとこのお坊っちゃんらしく、取り巻きが3人ほど付いております。
学園でもこちら側は、農業系の施設しか無いのに、侯爵令息ともあろう方が何の用なのでしょうか。
「ヤコブ、相変わらず無駄な訓練してるんだな」
「無駄とは随分な言い方ではありませんか」
「事実だろう。剣術大会に参加すら出来ないのに練習するなど……無駄を無駄と言って何が悪い」
あ……話し方からして、いけ好かないわコイツ。
恐らくは、グリゼルダ様を筆頭に女子達が剣術同好会のために何かをやっているという噂を聞きつけて、茶化しに来たのでしょう。目を見ただけで小馬鹿にしている雰囲気をプンプン感じます。
「姫様も人が悪いですな。可愛いレディ達をこんな無駄なことに駆り出すとは」
「勝手に無駄だと決めつけないで欲しいわね。みんなは自分の意思で協力してくれているのよ」
「そうですか……しかし大会に参加出来なくては訓練の成果も披露出来ないではありませんか」
あー、ちょっとイライラしてきた。
王女様と侯爵令息の会話だから、みんな割り込むことが出来ない。
となれば……私が割り込むしかないわね。
「お話し中失礼します。誰が大会に参加できないと仰るのかしら?」
「何だお前? 王女殿下と侯爵令息である私の話に割り込むとは無礼ではないか」
「あら、身分と仰るなら、私にはその資格が十分ですわ。ね、姫様」
私のフリに姫様は、お姉様は男爵様だからエカルトより上ですわねと応じます。
侯爵と男爵なら、圧倒的に侯爵の方が上ですが、このエカルトという男はまだ爵位も継いでいない、ただの侯爵令息なので、表向きの立場は私の方が上。
辺境伯令嬢でも同格ですが、より立場が上ということを明確にするため、あえて男爵の地位を使わせてもらいます。
「ご挨拶がまだでしたわね。トランスフィールドから留学中の、リングリッド辺境伯家長女キャサリンと申します。先程グリゼルダ様が申されたように、男爵位も頂いておりますの」
余程のバカでない限り、ここまで言えば状況は理解できるでしょう。その証拠にエカルトは「あ、ヤベ」という表情をしております。顔は知らずとも、私がどういう人間か知ってはいたようですね。
「貴女がリングリッド卿でしたか、失礼いたしました。ですが、この剣術同好会は彼ら2名しか在籍しておりません。大会は3名1組で出場するので、そもそも出場は無理なのですよ」
「お気遣い頂き痛み入ります。しかし、今は4名在籍して、大会にも参加できますから、ご心配は無用ですわ」
4名という具体的な数字に、エカルトは「ヤコブとテオ以外に男子の姿は見えないようですが」と訝しみます。
「あら、参加できるのは男子だけとは限らないでしょう。私ともう一人、トランスフィールドからの留学生が助っ人で参加いたしますわ」
「は? 女子が助っ人……ですか!? これはこれは……」
「何が……おかしいのかしら……」
新加入が私だと知ると、エカルトと取り巻きがクスクス笑いだしますが、私がその反応に不愉快であることを隠さなかったため、彼らは襟を正して、いかにも私達を心配しているんだという体で話を進めます。
「いえ、ご気分を害されたのなら申し訳ない。ただ、剣術大会は学生の試合とはいえ、かなり激しい戦いが繰り広げられますので、女子に怪我でも負わせては……なぁ」
「負けるのが怖いのかしら?」
エカルトは私のような見た目は華奢な令嬢が参加しても怪我するだけだという前提で、取り巻きにも同意を求めますと、彼らも「然り然り」と囃し立てるものですから、そのやり取りを側で聞いていたヒラリー様がずいっと前に出てきて、エカルト達を威嚇します。
「何だ貴様は」
「そこまで仰るなら、私と手合わせしてみますか? 女ごときに後れを取るはずがないと仰せなら、実力で証明なさったらいかがかしら?」
散々小馬鹿にされてムカついていたのは彼女も同様で、中々いい闘気を放っております。
コイツらごとき軟弱もやし男ならば、瞬殺出来ますね。
「中々に気の強そうなお方だな。それほど自信があるならば、大会で当家家中の精鋭相手に存分に力を見せられればよろしい。ま、そこまで勝ち上がれればの話だがな」
そう言うと、エカルト一行は踵を返していきました。
余裕綽々のように見せかけてましたが、私にはヒラリー様に気圧されて、足ガクガクで強がりを言って尻尾を巻いて逃げたとしか見えませんけどね。
「何なのよ、アイツら」
「レーマン侯爵家は、毎回優勝候補なんです」
テオさんの話によると、レーマン家はエカルトの上に兄二人がいて、長兄の代から有望な騎士候補をスカウトして、毎年のように優勝を争っており、過去10年で優勝8回、準優勝2回の強豪だそうです。
「彼の家は武門の名家なので、手練が多く、学生もその指導でメキメキと力をつけるのに定評があるのです」
ヤコブさんの口から、レーマン家チームで大会参加する候補の名が挙げられると、ヒラリー様も難しい顔をします。
「その者達をご存知なのですか?」
「剣術や武術の授業でご一緒する3年生ですね」
ヒラリー様の話では、名前の挙がった者はどれも侮れぬ実力があり、自身が戦うとして、一対一なら勝てるとは思うが、勝ち抜いて二人三人と連戦となるとさすがに厳しいと言います。
「だったら私が一人で全員ぶっ倒す?」
「それではヤコブさんとテオさんの立場がありませんわ。同好会全体の底上げが目標ですから、ケイトお姉様には最終秘密兵器として控えて頂かないとね」
グリゼルダ様の発言に、「だよねー」と頷くしかありませんが、最終秘密兵器ってアレですよね。最後の最後まで秘密のまま終わるやつだよ。
剣が振れれば何でもいいとは言いましたが、目の前に敵がいるのに、貴女は秘密兵器よとステイさせられるのもツマラナイですね。
「そうなるとみんなのレベルアップは欠かせないけど……指導者がいないのはハンデだね……」
向こうは本職の騎士直々の指導である。設備や訓練内容の質も量も十分のはず。
一方コッチはただの原っぱ、訓練用の機材なんか何も無い。
しかも指導者は私。指導が出来ないわけではないが、単純に私が兄達にしごかれた訓練をベースに、それっぽく皆様に落とし込んでいるだけなので、それぞれの進捗にベストマッチしているかの判断が難しい。
うーん、どこかに優秀な指導者は転がってませんかねー?
お読みいただきありがとうございました。
次回は5/19(土)投稿です。
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