山椒姫、アオハルを感じる
剣術同好会再生プラン発動から1ヶ月ほど経ちました。
たった1ヶ月ですから劇的な変化は見られませんが、確実にトレーニングのレベルは上がっており、ヤコブさんもテオさんも順調に育っています。
「さあ、休憩が終わったら訓練を再開するわよ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいキャサリン様。まだ続けるんですか」
ヤコブさんが泣きを入れます。
最初の頃は1つ1つの課題をこなすごとにヒイヒイ言っていましたが、どんな方でも正しい指導と練習を継続すれば、徐々に出来るようになってくるもので、出来るようになってくると、このくらいなら楽勝と口数も多くなってきます。
出来ないうちに無理に詰め込んでも逆効果ですから、訓練量をセーブしていただけなので、無駄口を叩けるくらいになるタイミングで、徐々に訓練の質量を共にレベルアップさせております。
課題を1つクリアしたら、さらに高い課題が待っているのは当然です。昨日出来たことと同じことをやるつもりはありませんが、彼らも私の訓練方針を理解してきたようで、最近は私が笑顔で「さあ、次の課題よ」と伝えると、まだやるんですか? という表情を見せるようになってきました。
「この程度で満足しているようでは剣術の道を極めるなんて、まだまだ先の話よ」
「悪魔だ、この人悪魔だ……」
反論は許しませんという厳とした雰囲気をまとう私の姿にたじろぐ二人に、ヒラリー様が優しくフォローを入れます。
「疲れているかもしれないけど、ここまでの訓練に耐えられたんだから大丈夫。もっと強くなれるわよ」
「この先も耐えられるでしょうか……」
「最初は基礎訓練ですらバテバテだったのに、今は全然問題ないじゃない。それは自分でもよく感じているはずよ」
へばるヤコブさんの前で、しょうがないなあと言いながら立ち上がるのに手を貸すヒラリー様の微笑みは、まさに母性の塊。
「はい……頑張ります……」
出された手を照れくさそうに掴むヤコブさん。
……っていう指導方法です。
私は有無を言わさずビシビシ鍛える厳しい鬼軍曹役。
もちろん理不尽なことは言いません。確実に効果のある訓練しか指導しませんが、ゆえに妥協もいたしません。
反感を買うおそれもありますが、それを上手く誘導するのがヒラリー様。
げんなりする二人を宥めつつ、いかに自分たちが成長しているかを具体的に示してあげて、やる気を起こさせる役目。
これについてはヒラリー様からの提案でした。
男子二人は現在2年生。同学年ですが、実年齢はヒラリー様の方が1歳上ということで、弟たちのお世話をする感覚なんですかね。溢れる母性のおかげで、今のところは上手く進んでいます。
ヒラリー様もまんざらではなさそうです。
元々世話好きなので、女性に母性を求める男には人気がある。
だからといって、何でも自分に依存されるのは勘弁願いたいらしいが、ヤコブさんの場合、手をかけた分、キチンと結果を出そうとする努力を惜しまないので、手助けのしがいがあるのでしょう。
「何だかヤコブとヒラリー様はいい感じね」
「……っと、グリゼルダ様」
「姉様お疲れ様。今日も差し入れ持ってきたわよ」
食事改善の方も、グリゼルダ姫を中心とした女子生徒有志による料理研究グループの指導をお願いしております。
「ご無理を言って申し訳ございません」
「いいのよ。ヤコブとは兄弟みたいに育った間柄だもの、このまま燻らせるのも心配だしね」
姫様を実験に駆り出すのは気が引けましたが、彼女としてはヤコブさんの力になってあげるのはやぶさかでは無いし、仲のいい女性も出来たようだから、幼馴染としては嬉しいわと、むしろお礼を言われます。
その視線の先には何とも言えぬ雰囲気で見つめ合うヒラリー様とヤコブさん。
愛だの恋だのに疎い私でも分かるくらいいい感じじゃないのよ。トレーニング中だって言うのに、私は婚約者と離ればなれだってのに(八つ当たり)
「意外ですね。ヤコブさんはモテそうですが」
「何でか女子が近寄って来ないのよね」
ああ……それ、間違いなく姫様のせいだと思いますよ。
彼はヒョロっとしてますが、見た目は悪くありませんし、子爵家の跡取りですから、将来食いっぱぐれることも考えにくい。
女子の中にはお近付きになりたい方もいるでしょうが、考えなしに近寄って、「アタシの物に手を出すなー!」と姫様の逆鱗に触れるのを恐れてのことではないかと推測します。
なんたって、小さい頃から姫様に連れ回された被害者ですからね。
「姫様はヤコブさんを異性として見たことは無いのですか?」
「小さい頃から一緒に居すぎたせいか、考えたこともないわ」
ありがちなご意見ですが、それなら生まれたときから兄弟のティハルト殿下はどうなんだよとツッコみたい。
姫様相手に全力でツッコんだら国際問題になるからしないけど。
「私の好みはもっとガッシリした人なのよ」
たしかにヤコブさんは、どちらかというと眼鏡をかけて、小脇に辞書や書類を抱えている方が様になります。
姫様的には側近としては重宝するが、異性として意識することはないようです。
筋肉美の具体例としてお兄様の名を上げるところは、さすがブラコンの姫様ですが、体格を考えるとティハルト殿下は妹から見ても最高の男性ということなのでしょう。
「トランスフィールドには筋肉美溢れる殿方がたくさんいらっしゃるでしょ?」
いるよ。私の身近に何人か。
後で責任取れないから、絶対に紹介出来ないけどね。
「いずれ私も政略で嫁ぐことになるでしょうが、出来ればそういう方に嫁ぎたいですわ」
お、おう……ソウナルトイイデスネ……
「私の好みに届くかどうかは置いておいて、二人にはいっぱい食べてもらって、ムキムキになってもらわないとね」
「ヤコブさーん、テオさーん。食事の時間ですよー」
差し入れが届きましたので、食事休憩にします。
料理自慢の女子生徒が作ってくれた差し入れは、味も量も十分。おかげで二人とも嫌いな物でも食べられるくらいには改善してきました。
「じゃ、最後の仕上げはこれね」
「姫様……それは食べ物? いや、飲み物? 何ですかそれ?」
「これ? このドリンクが今回の一番の肝よ」
そう言って姫様の手でコップに注がれたドリンク……と言うにはあまりにもドロドロしているが、固体というには原型がほとんど残っていない、正体不明の飲み物。
「グリゼルダ・スペシャル」と命名されたそのドリンクは、姫様の栄養学の知識の結晶とも言うべき一品。
筋肉を付けるためにはタンパク質が必要ですが、ある特定の食材だけを摂取していてもほかに必要な栄養が偏ってしまうので非効率。
グリゼルダ・スペシャルはそれを解消するため、様々な材料を配合し、必要な栄養素やミネラルをふんだんに配合していると言います。
具体的に何が含まれているのか、姫様がスラスラとそらんじておられましたが、時々知らない名前の食材(?)が含まれているし、そもそも数が多すぎて覚えきれません。
姫様の知識の豊富さや、学識者の意見も参考しした品だと知れば、その効能を疑う余地もありませんが、ヤコブさんは及び腰です。
「ほら、さっさとお飲みなさいな」
「いやー、姫様この見た目と臭い、どうにかなりませんかね」
「グチグチ文句言わないの。手短に栄養を摂るならこれが一番いいのよ」
嫌がる理由はその見た目と臭い。
これを商品化するのならば、効能は落ちたとしても万人受けする見た目と味にブラッシュアップするべきでしょうが、現在の最優先は二人を最短で鍛え上げることなので、素材を生かした形で試してもらっているわけです。
「ほら、グイッとやっちゃいなさい」
「鼻つまみながら渡されても説得力が無いです」
姫様とヤコブさんで「飲め」「いやー」とやりとりしていましたら、痺れを切らしたヒラリー様がコップを奪い取り、一気に飲み干します。
「ヴッ……きょりぇは……効くわね……」
「ヒラリーさん、無茶しなくていいんですよ」
「馬鹿言わないの。戦場では食べ物とも呼べないような食料で、何日も耐えなきゃいけないこともあるのよ。コレくらいどうってことないわ」
ヒラリー様、二人のために究極に痩せ我慢しています。
正直に言うと、私は飲みたくない。実地訓練では餌かと言うようなレーションで何日も過ごした経験はあるけど、その私が本能で「これはヤバい」と感じている。
「ほら、アンタ達もさっさと飲みなさい」
ヒラリー様はそう言うと、飲み干したコップに再度ドリンクを注ぎ入れ、ヤコブさんに手渡します。
「え、えーと……これで飲まなきゃダメですか!?」
「何か不都合でも?」
「いや……不都合と言うか……そうじゃなくって……」
ヒラリー様が他の女子生徒の皆様にもお願いして、モゴモゴ言い淀むヤコブさんを押さえつけて無理やり飲ませます。
時々えずきながら涙目で飲み干す二人の様子と、怪しげな臭いで若干ハイになった女子の皆様は、罰ゲーム感覚でキャッキャしていますが、私は気づいてしまいました。
ヤコブさんがモゴモゴしていたのは、ヒラリー様が飲んだのと同じコップで飲むことに躊躇していたのです。
顔真っ赤じゃないのよ。間接キスくらいでジタバタすんな(ジト目)
くそ〜青春しやがって……う、羨ましくなんてないんだから!
ヒラリー様とヤコブさんの光景に青春だなぁと呑気に思ってましたが、何故かこのとき、自分に置き換えて考えてしまいました。
オリヴァーが飲んだ後に、同じコップで私も……
『ほら、ケイトも飲んでごらん』
『そんな、同じコップなんて恥ずかしいですわ』
『それなら直接口移しで飲ませてあげようか』
はわわわわ〜! 青春ですわー!!!
お読みいただきありがとうございました。
次回は6/16(水)投稿です。
よろしくお願いします。




