山椒姫、ちょっとだけ実力を見せる
「ヤコブ、そちらの方は山椒姫ではないわよ」
ケチョンケチョンにのされてしまった、剣術同好会の会長ヤコブさんとメンバーのテオさん。
さすがは噂の山椒姫様だと、ヒラリー様のことを評しておりますが、グリゼルダ様に違うわよと訂正されます。
「山椒姫と呼ばれているのは、こちらのキャサリン様よ」
「え、ウソ……」
「どう見ても普通のご令嬢じゃないですか……」
パッと見で、私とヒラリー様のどっちが強そうかと問われれば、そうなりますよね。
「それなら、私も実力を見せたほうがよろしいかしら?」
「ケイト様を相手にしたら、死んじゃいますよ」
失礼ね。人を殺人鬼みたいに言わないでください。
「彼らではなく、ヒラリー様にお相手してもらいます」
「いいんですか? 本気で行きますよ?」
「遠慮なくどうぞ」
エキシビジョンマッチ第二戦です。
「はあっ!」
言葉通り、ヒラリー様は最初から全開で向かってきます。
普通ならある程度対峙してから向かってくるのでしょうが、互いの実力をよく知っているので、一気に攻め立てる間に、こちらに隙を生じされる算段ですね。
パワーでは彼女の方がやや勝っており、まともに剣を合わせては、狙い通りに隙が生じる可能性がありますので、剣撃を回避しながらこちらも隙を狙います。
「ヒラリー様の剣撃、益々鋭くなっておられますね」
「かすりもしないのに褒められても嬉しくないですよ」
彼女の猛攻を回避し続けること数分、やや動きに乱れが出始めたところで、初めて相手の剣撃を受け止めますが……そのままつばぜり合いに持ち込む気は毛頭ないので、剣がぶつかった瞬間に、振り下ろされた力を横方向へ受け流すよう仕掛けます。
「よいしょっと!」
ヒラリー様は私を倒すことのみに全力を注いでおり、力が横方向へ流された瞬間、僅かではありますが態勢が崩れます。
学生同士の試合なら、おそらくその隙に気付く方はほとんどいないくらいの僅かの隙ではありますが、見逃すことなくすかさず横っ腹に蹴りを入れます。
「がはっ!」
「はいよっと!」
痛みに気を取られたうちに、持っていた剣を弾き飛ばして試合終了です。
「残念でしたね。ずっと押しっぱなしだったのに」
「意地悪ですね。そうなるように手加減していたくせに」
「本気出したら死んじゃいますから」
「たしかに」
ヒラリー様は実力差があることは分かっていたけど、やはり悔しそうです。
「今の段階でケイト様に勝てるとも思っていませんでしたが、手も足も出ないというのは悔しいですね。この一年で色々と吸収させて頂いて、一矢報いるくらいにはなれるようになりたいです」
「ヒラリー様ならもっと強くなれますよ。私も喜んでお相手しますわ」
最後は学生の試合らしく、一礼のあと、ガッチリ握手です。
「ヤコブ、今の見えたか?」
「いや……ヒラリー嬢が押してるように見えたが、そうではなかったのか……俺達の時より数段鋭い攻撃だったように見えたが……」
「あっちの小さい方のご令嬢が山椒姫だったのか……」
「そうみたいだな」
私達の試合を見ていたヤコブさんとテオさんが呆然としながら感想を漏らしています。
その名前で連呼されるのも恥ずかしいですが、間違いありません、私が山椒姫、キャサリン・リングリッドですわ。
……って、自分で連呼するのも恥ずかしいわね。
「それで、入会はご承認頂けるかしら?」
「あ、はい。是非にも」
「では、これからよろしくお願いしますね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
無事に入会することができました。
「やったな。これで大会に参加できるぞ」
「ああ、参加どころではない。優勝できるかもしれない」
私とヒラリー様がいれば、優勝できるかもではなく、優勝しかないですよ。
「だけど、それでは同好会のためにならないわ」
ヤコブさんとテオさんは喜んでおりますが、姫様はそれに苦言を呈します。
「姫様、何か問題でも?」
「あのねヤコブ、ケイトお姉様は留学生なの。今年しか参加できないの。今年は良くても、来年以降はどうするの? 貴男達だけでどうにかできるの?」
姫様の言い分はもっともだ。
単純に優勝するだけなら、私が参加すれば確実だが、それは私という助っ人がいたから優勝しただけであって、同好会のレベルが上がったわけではない。
今年優勝したことで、一時的に入会者が増えたとしても、既存メンバーが弱いままで、来年元通りになってしまっては、同好会としての未来が無い。
「姫様はどうしろと仰るのですか?」
「簡単よ、ヤコブ達が強くなればいいのよ」
グリゼルダ様は、これ程強い方が加入するのだから、この一年みっちり鍛えてもらえばいいじゃないと仰り、私にも協力してもらえないかと依頼されます。
こちらとしては剣が振れれば何でもいいので、喜んでと回答しますわ。
「ヤコブ……女になんか教わっては恥とでも思っているのかな?」
「滅相もございません。これもいい機会、是非にもご指南賜りたく」
本人達もやる気のようなので、秋の剣術大会を私抜きで優勝できるよう、鍛えることになりました。
「じゃあ、まずはここの整備からね」
「整備ですか?」
「狭すぎます。そして障害物が多すぎます」
空き地の一角を申し訳程度に草刈りしているくらいで、動き回るにはスペースが無さすぎます。
そして、小石だの枯れ枝だのがあちこちに散乱しており、練習環境としては最悪です。
手始めにこれらを除去するところから始めます。
「単なる掃除じゃないのよ。拾うとき、運ぶとき、体全体を使いながら動くのよ」
普通なら、いかに楽な方法で動くかが大事ですが、ここでは掃除も訓練です。一つ一つの動きに負荷をかけ、トレーニング代わりにする。
小石一つ拾うにも単に腰を屈めるだけでなく、膝を屈伸させ、拾ったら一度立ち上がる。
ゴミ袋は持参せず一箇所に固定し、都度そこまで持って行く。当然行くときはダッシュ。
「こういう小さい積み重ねが、後々生きてくるわよ」
ホントならもっと高負荷のトレーニングが必要ですが、最初からそんなことをしたら多分死ぬ。
リングリッド流のトレーニングはそれなりに基礎体力が無いと、却って壊れてしまいますので、夏休みくらいに合宿形式で実施できるくらいまで鍛えるのが当面の目標ですかね。
「一つ聞いてもよろしいですか?」
テオさんが聞きたいことがあるようで、質問を受けると、戦いとはいつ何処で起こるか分からない。障害物が多いところで戦う必要もあるだろうから、わざわざ奇麗な環境を整える必要があるのかと問います。
「それは更地でまともに戦えるようになってからの話よ」
本当の戦になれば、整地で戦うことの方が少ないのは確かですが、剣術大会は整った舞台で戦うわけですから、まずは同じような環境を整えて訓練するのが当然です。
それに、何も障害物が無い環境ですら、まともに戦えない人間が、戦場で役に立つはずがありません。
「そういうわけで、しばらくは剣を握らずに体幹と筋力を鍛えるわよ」
二人は「えー、マジかー」という顔をしていますが、体幹も筋力も鍛えていない人間が、どれだけ剣を振ったところで大した成長は望めません。むしろ、体が完成する前に変なクセが付いてしまっては元も子もありません。
「後は食事ね。お二人は好き嫌いはありますか?」
「ヤコブは偏食。好き嫌いが多くて困るって乳母が零してたわ」
ヤコブさんは子爵家、テオさんは男爵家の方。
裕福とまではいかずとも、食に困るような暮らしでは無い。となると、自然と苦手な食べ物があるはずと聞いてみれば、思わぬところから証言が出てきました。
まさか姫様にバラされるとは思ってなかったヤコブさんは大いに慌てていますが、グリゼルダ様はお姉様がそう聞くということは、何かお考えがあるんですよねと意に介してません。
「食事は体を作る源です。あれは嫌、これも嫌と言っていては、強靭な体は作れません」
そこで出てくるのがグリゼルダ様。
先程栄養学も学んでおられるという話を聞きましたので、他の学生の皆様にもご協力頂いて、二人の筋力増強をアシストする食事メニューの管理をお願いします。
「代わりに食材の食べ合わせとか、新メニューの試食とかを試して頂いても構いませんわ」
「それはいいですわね。私達も色々と試したい事があったので、ヤコブの偏食を治す良い機会です」
「僕達の人権は!?」
彼は何を言っているのでしょう? ラクして強くなるわけないじゃないですか。
何かを得るために、代わりに何かを犠牲にするというのは、世間一般ではよくある話です。
戦場においては、カチカチの干し肉や雑穀がちょっとだけ入った味無しスープなんて粗食も珍しくありませんから、好き嫌いなど言っていては戦死する前に餓死します。
だからといって、雑草や腐った肉を食べさせるわけではありません。むしろこの機会に偏食が治るのであれば、いいことではありませんか。
良い食事と良いトレーニングで、効率よく強化をする剣術同好会再生プランの始まりですよ。
「姫様が関わったら、絶対に実験台にされるに決まってます!」
「失礼ね。いつ私が実験台にしたのよ」
「幼い頃から常に! 雑草入りのクッキー!」
「貴重な天然素材入りよ」
「苦ーいマフィン!」
「効能のある素材は基本的に苦いのよ」
「怪しい粉を混ぜたスープ!」
「あー、あれは効果無かったわねえ」
「やっぱり実験台じゃないですか!」
ヤコブさんの叫びから、トラウマレベルの出来事があったと推測できますが、巻き添えはゴメンですので、何があったのか詳細はあえて聞きません。
姫様とて分別ある年齢になられたわけですし、無茶はしませんよねぇ?
ねぇ、姫様? ……なぜ目を逸らす?
お読みいただきありがとうございました。
次回は6/12(土)更新です。
よろしくお願いします。




