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山椒姫、勘違いされる

「あら、ケイトお姉様」

「これはグリゼルダ様」


 裏山の一角にあるという剣術同好会の練習場所へ向かう途中、グリゼルダ姫に遭遇しました。


「姫様がこのようなところにご用ですか?」

「ちょっとそこの畑まで行く用事がありましたの」


 王城での歓迎式典から、姫様にはなぜか私にシンパシーを感じておられるようです。

 そのシンパシーは完全なる誤解なので、どこかで矯正しないといけないのですが、修正する機会も無く、気がつけばお姉様呼びされております。


「姫様が畑仕事ですか?」

「私、農学や栄養学などを学んでおりますの。時々こうやって、作物の成長具合を確認に来ているんです」


 姫様は今年の新入生なのですが、以前から農学にご興味があるそうで、入学前から度々学園の農園に訪れては、先生から実地研修で知識をご教授頂いているそうです。


 わざわざ学園に来なくても王城で十分に教育は受けられるのに、あえてここまで来るのは、ついでにお兄様の所へ突撃する大義名分が得られるというのもあるのでしょうが、彼女が農学に興味があるのはそういう邪な考えのためだけではなく、本気でこの国の農業のことを考えているから。


 ノルデンは冬が長く、日照時間も短いため、作物が育ちにくい土壌なのは致し方ないところですが、それでもこの国に暮らす民は、この地で生きていかなくてはいけないので、古くから作物の品種改良が盛んだそうです。


 寒さへの耐性を持ち、かつ、栄養価の高い品種への改良はこの国が常に持つテーマであり、終わりのない課題なのです。


「王城での教育もあるから毎日は参加出来ないけど、品種改良や栽培法、効果的な調理法などを研究するグループに参加してますのよ」


 王城での一件から、皆様にグリゼルダ姫の評判を聞いてみると、思ったほどの悪評は無く、むしろ農学等の分野では非常に真面目で真摯に取り組んでおられるという評価でありました。


 ティハルト殿下を狙う高位貴族の令嬢からは、蛇蝎のごとく嫌われておりましたが、こういった民の暮らしに直結する活動に精力的なため、下位貴族や平民の皆様、高位貴族でも農業が主幹産業の領主などからは評価が高いようで、仲の良い女子生徒もおられるようです。


 なるほど、やはり真面目な方なんですね。

 そして、勝手にボッチ認定してごめんなさい。


「自分で直接畑作業するわけではありませけどね」


 さすがに自分で作業をするのは許されないそうです。土いじりをするお姫様がいたって別に変ではないと思いますよ。

 オークを屠って丸焼き(BBQ)にする伯爵令嬢だって世の中にはいるくらいです。誰のこととは申しませんが……


「それでケイトお姉様は?」

「この辺に剣術同好会の練習場所があるはずなんだけど」


 姫様は私の言葉に、剣術同好会なんてあったかしら……と首を傾げ、お付きの二人の女生徒に確認すると、ややあって後、「もしかしてヤコブ様の……」という答えに反応するように何かを思い出されたようです。


「あーあれは……剣術同好会……といえば間違いは無いですけど……」

「何か問題があるのですか?」


 いつもズバッと物を言う姫様がどうにも答えにくそうにしておりますので、それほど問題を抱えた活動なのかと問えば、悪いことをしているわけではないが、あまり期待しない方がよいと仰られます。


「活動しているのは農園の横の空き地ですわ。ちょうどいいので一緒に参りましょう」


 同じ方向へ向かうと言うことで姫様の案内でその場所へ向かうことになりました。




「ただの空き地ですね……」

「そうですね……練習設備的な物が一切無いですね」

「だから期待しない方がよいと申したのです」


 案内された場所はただの原っぱ。一角が申し訳程度に雑に草むしりされ、何とか数人が動き回れるスペースがある程度。


「ヤコブ!」

「え? あ、あれ、姫様……」


 ヤコブと呼ばれたその男子は、姫様に呼ばれると一目散に駆け寄ってきました。

 その俊敏さは、敬愛する姫様の御前に馳せ参じるというより、命令は絶対よという恐怖心から来ているように窺えます。


「ヤコブ、こちらのお二人が剣術同好会を見学したいそうよ」

「え? え? 入会希望?」


 とりあえず見学するだけよ、入会してもらいたいなら格好いいところを見せなさいよと言う姫様。


「グリゼルダ様、こちらの方とはお知り合いですか?」

「ヤコブは私の乳母の子だから、小さいときからの知り合いなんです」 


 何となく見えてきた。小さい頃から姫様に振り回されて、今や恐怖の対象になっているのですね。


「ほら、さっさと自己紹介くらいしなさい。レディを待たせるなんて失礼よ」

「あ……は、はい! 剣術同好会会長のヤコブです。今日は見学に来てくれてありがとうございます」

「ヤコブ様、よろしくお願いします。今年からこちらの学園に留学で参りました、キャサリン・リングリッドです」

「同じくヒラリー・ウランです。よろしく」


 続いてヤコブさんに呼ばれて練習していた残りのメンバー(と言ってもあと一人しかいないんですけど)とも挨拶を交わしますと、その方が非常に喜んでおります。


「ヤコブ、良かったじゃないか。これで剣術大会にも参加出来るじゃないか!」

「テオ、女の子を参加させるつもりか!」


 毎年秋に学生達の祭典のイベントの1つとして、剣術大会が開催されるそうで、この学園ともう1つある第2学園の中から、剣の腕に覚えのある生徒が3人で組を作り、勝ち抜き戦方式の団体戦で争う大会だそうです。


 かつて、この剣術同好会は、常に優勝候補の筆頭に挙げられ、何回もの優勝記録を誇っていたのですが、平民や下位貴族が主体のチームであるために、良く思わない高位貴族が妨害を始めて以来、メンバーは次々に減少。


 当然大会の成績も下降の一途を辿り、いまではメンバーが2名しかいないので、大会参加すら出来ず、正規の練習場所すら与えられなくなるほど落ちぶれてしまったそうです。


「妨害とは物騒な言葉が出てきましたね」


 ヤコブさんの話では、妨害とは言ってもどうやら直接的に危害を加えられるという話ではないようで、有望な学生を青田刈り、つまり、寄子の子弟であったり、平民でも才能のある者を早いうちに囲い込み、各家の私兵や騎士達に訓練の手ほどきを受けさせるという方法。


 そうして鍛えた学生を、自家の代表として大会に送り込み、好成績を収めればその家の名声が上がるという仕組み。

 学生の方も、本職の騎士、兵士に訓練してもらえるし、自身の成績次第では、就職先も確保できるとあって、わざわざ同好会に入る必要がありません。


 面子第一の貴族が考えそうなことですが、法に触れているわけではないので、学園としても規制できないのが現状なのですと、テオさんが嘆きます。




「よし! ヒラリー様、参加決定ですね」

「ケイト様ならそう言うと思いました」

「なんでこの状況で即決なんですか!」


 サクッと参加を決めたことに、ヤコブさんは驚いておりますが、私にとっては逆にいい条件です。

 アデル様にクラブ活動の参加は許可されたものの、だからと言って派手に暴れ回るわけにもいきませんし、目立たずひっそりと活動できるのは利点です。


「ですが、訓練するにも道具の1つすら無いのですよ。いいんですか」


 無問題。私にとっては、3日間ナイフ1本で森の中をサバイバルさせられるくらいでないと、劣悪な環境とは言えませんよ。


「私達の加入に何か問題でも? 剣術大会にも参加出来るし、いいじゃないですか」

「いや……女の子を参加させるわけには……」


 ヤコブさんが言いたいことは分かります。女の子に危険なマネはさせたくないという思いなのでしょうが、その心配はいりません。余計な心配していると怒られますよ。


「アンタさっきから女、女って……それほど言うなら、当然私達より強いんだよね?」


 ほらね。


「ヒラリーさん申し訳ないわ。ヤコブはとても心配性なのよ」


 グリゼルダ様が申し訳ないと声をかけてきますが、ここはヒラリー様の言うとおりです。何でわざわざこんな裏山まで足を運んだと思っているんですか。


 剣を振り回すためよ!


「心配なら無用だわ。トランスフィールドの学園では騎士課程専攻だったんだから。そんじょそこらの男に引けを取るつもりは無いわ」

「え? ……ってことは留学生の方?」

「そうよ。トランスフィールド王国からいらっしゃった方達よ」


 先ほどの自己紹介で薄々気付いてはいたようですが、ヒラリー様の発言と姫様の補足で私達が留学生であることを確信したようです。


「遠いところまで留学に来たのに、このような寂れた同好会でよろしいのですか?」

「剣が振れれば場所は問いません」

「同じく」


 もしかしてこんな弱小クラブに入ったことで、私達が嘲られるのではと気遣っているのでしょうか?


「それが気になるなら、強くなればいいだけよ」


 実力を見てもらえれば分かるわよと、ヒラリー様が手合わせを申し出ます。


「ケイトお姉様、大丈夫ですか?」

「うん? 多分大丈夫ではない。ヤコブさん達が……」




<手合わせ中(自主規制)>


「す、すごい……」


 予想通りの結果です。ヒラリー様は余力十分。実戦だったらかすり傷一つ負うことも無く圧勝ですね。

 対してヤコブさんとテオさんは、手加減されていたとは言え、何度も打ち付けられて間違い無く痣だらけでしょう。


「ヒラリー様はね、向こうの学園にいたときも、男達より強かったんですよ」

「そうなんですね……」


 グリゼルダ様はしきりに感心していますが、お飾りで未来の国母の護衛を任されているわけではないのです。


「ケイトお姉様はこうなることが分かっていたのですね?」

「ええ。彼らの実力は定かでありませんでしたが、動きや筋肉の付き方を見れば、ヒラリー様相手に手も足も出ないのは容易に分かりました」


 なんて暢気なこと言ってないで、彼らを手当てしてあげないと、さすがにかわいそうですわ。


「ヤコブ、大丈夫? 立てる?」

「姫様のお手を煩わせて申し訳ございません」

「まったく……昔から変わらないわね」


 呆れながらも介抱をする姫様に、「まさかこんなに強いとは思いませんでした」と苦悶の表情を浮かべながら恥じ入るヤコブさん。


「いや、参りました。噂ですごいご令嬢が来るとは聞き及んでおりましたが、噂以上ですね」

「噂?」

「ええ、なんでも『山椒姫』とあだ名される武芸に秀でたご令嬢だとか」


 おい……勘違いしておるぞ。あだ名されているのは私だ。

 ヒラリー様が山椒姫って、どんだけビッグサイズの山椒だよ……

お読みいただきありがとうございました。

次回は6/9(水)です。

よろしくお願いします。

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[一言] 山椒は山椒でも大山椒魚?
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