少女、ホントに年齢詐称する
「リリアちゃん……」
襲撃してきた暗殺者は雑技団の女の子リリアちゃんだった。
ほんの少しの間だったけども、姉妹のように仲良くしていた彼女に暗殺されそうになった事実は、私の心に暗い影を落としています。
「ケイト、取り合えずコイツらとまとめて衛所に引っ張っていくぞ」
「ケヴ兄様待って! 彼女は邸に連れて行きます」
「ケイト! 相手は暗殺者だ、意識を取り戻せばまた何をされるか分からない相手なんだぞ!」
ケヴ兄様の言うことはもっともです。
ですが、リリアちゃんのあの感情の見えない機械仕掛けのような動きに途轍もない違和感を感じます。
「お兄様、彼女のことは私に任せてくださいませ。もしかしたら事件解決の糸口が見つかるかもしれません」
私のお願いにケヴ兄様とネイ兄様が顔を見合わせます。
「分かった。ネイ、俺はこの男共を衛所に連行するから、お前はケイトとその女の子を連れて一旦邸に戻れ」
「兄上!」
「どうやらケイトはその子に思い入れがあるようだ。それに……俺にも他人には思えないんだよな」
「分かりました。ケイト、邸に戻るぞ」
ケヴ兄様の言葉に思うところがあるのか、ネイ兄様はその指示に従い、一緒に邸に戻ってくれるそうです。
戻る道すがら、リリアちゃんとの関係、戦闘時の違和感などをネイ兄様に話します。
「感情が見えないってのは暗殺者であればあり得るのではないか?」
「それとはまた違う何かを感じたんです。まるで操られているかのような……」
「調べんと何とも言えんな……」
「ケイト、無事だったか!」
邸に戻るとオリヴァー様が待っていました。
私の姿を見るや、一目散に駆け寄って抱きしめてくれます。
「オリヴァー君、家族のいる前でそれはどうかな……父上にバレたら斬り殺されるぞ」
「これはネイサン殿、無事だったのが嬉しくてつい……」
「それよりもオリヴァー様、この子……」
「彼女は……」
オリヴァー様もまさかリリアちゃんが暗殺者だったとは思いもよらなかったようで驚いています。
「戦闘とはいえ、彼女に怪我をさせてしまいました。治療をしますので、私の部屋に運んでください」
使用人にそう命じて、一緒に部屋に入ります。
「リリアちゃんゴメンね。ちょっと服を脱がすね」
リリアちゃんを気絶させた一撃……
あの状況で確実に相手の意識を絶つには相応の威力で打ち抜く必要があったのは事実ですが、相手は11歳の女の子。急所を外したとはいえ相当のダメージは受けているはずです。
気を失っている彼女に声が届くはずもありませんが、罪悪感から言う必要も無い言葉が出てきます。
服を捲り、膝蹴りを当てた部分を見ると、内出血しているようで白い肌に広がる赤黒い痣。
「ゴメンね、痛かったよね……」
幸い呼吸も正常だし、痛みに呻くような気配も無いが、早く治療をしないと一生物の痣が残ってしまう。他にも怪我をした箇所がないか確認するため彼女の上着を脱がせると、肩口に怪しい紋様を発見します。
「何……これ……」
多角形や円など複数の図形が連続したような幾何学様式で描かれた黒い紋様のタトゥー。
所々に文字らしきものも見えます。おそらく古代文明時代の文字かと思われますが、そこまでの知識は無いので、何が書いてあるかまでは分かりません。
遠い海の向こうの国では幼い頃にタトゥーを入れる習慣のある国もあるそうですが、この国や近隣の国では子供がタトゥーを入れることなどありません。
何故彼女はこのようなものを彫っているのでしょうか……
「う……う、うーん……」
「リリアちゃん!」
「あ……キャサリン、さま……! 痛っ!」
気を失っていたリリアちゃんが目を覚まし、私の姿を見つけると身体を起こそうとしましたが、痛みに顔を歪ませます。
「無理しちゃダメよ。リリアちゃん大怪我してるんだから」
リリアちゃんは、先ほどの感情の見えないまま戦っていた人物と思えないほど、現状に狼狽しています。
「キャサリン、さま、私、どうしてここに……」
「リリアちゃん、覚えてないの? 私とさっきまで戦っていたのよ」
「私が……キャサリン様と……?」
隙を突くため誤魔化しているのかとも思いましたが、彼女の様子を見るに本当に何も覚えていないようです。
「詳しい話は後にしよう。まずは怪我の治療をするわ」
そして治療を侍女に任せると、私はオリヴァー様を部屋に招き入れます。
「ケイト、さすがにこの状況で男が入るのはマズいのではないか?」
「状況が状況です。これを見てください」
胸から腹部にかけて包帯を巻かれているリリアちゃんの肩に彫られた紋様を見てもらいます。
「……これは?」
「古代文字が彫られているように見えますが、私には読むことはできません。オリヴァー様なら何かご存じかと思いまして」
「残念ながら文字の解読は出来ないが、この紋様は知っている。隷属の呪術、人を意のままに操る……禁呪だ」
「禁呪……」
奴隷制度がまだ残っていた昔、奴隷にこの紋様を彫り、術で縛ることで、主人に反抗せず、文句一つ言わないまさに隷属的な労働力を生み出すために使われた呪術の紋様だそうです。
「今では人の尊厳を踏みにじるものとして、国際的に禁呪に指定されている」
「そんなものがなんでリリアちゃんに……」
「隠世ならあり得るかもしれない」
なにしろ相手はルール無用の犯罪集団。
あらゆる悪事に手を染める連中です。禁呪に手を出していても不思議ではありません。
「彼女は操られていた可能性が高い」
彼女に話を聞けば、自分は雑伎団の宿舎にいたはずなのに、なぜここにいるのか。途中の記憶が全くないと言いますので、やはり禁呪のせいなのでしょう。
「ですが、私達と遊んでいたときは隷属されているような気配はありませんでした」
「使い分けをしていたのかもしれん。普段はただの雑伎団員、必要に応じて隷属させ任務を遂行する。しかも術がかかっている間の記憶は無い、実に術者にとって都合の良い話だな」
リリアちゃんは自分の身に何が起こっているのか理解が追いついていないようです。
これ以上混乱させるのは忍びないですが、彼女が戻ってこなければ奴らに怪しまれるという状況で、時間をかけるわけにはいかないので、紋様のことについて彼女に質問をします。
「リリアちゃん、このタトゥーっていつ頃彫られたの?」
「覚えてません。昔の記憶が無いんです」
覚えているのは4年前から現在に至るまでの間だけ。
それまでのことは全く記憶に無く、タトゥーも4年前にはすでに彫られていたと言います。
「でもお兄ちゃんが、これはリリアを守ってくれるおまじないの印だからって……」
「お兄ちゃん?」
彼女の言うお兄ちゃんとは実の兄のことではなく、年に何回か雑伎団に顔を出して、色々と支援してくれる男性のことだそうです。
「パトロンか」
そのお兄ちゃんとやらは、会うたびにリリアちゃんを実の妹のように可愛がってくれるそうですが、決まって会った次の日は記憶があやふやなんだそうです。
ある時は寝ていたはずなのに、気づいたら街外れの路地に立っていたとか、またある時はお兄ちゃんと食事をしていたのに、気づいたらお風呂に入っていたとか……
「ケイト、そのお兄ちゃんという男が術をかけていると見て間違いないな」
オリヴァー様は術で隷属させるのが暗殺任務であれば、対象を抹殺すると術が解けるのではないかと推測します。
「術が解けるタイミングは一定ではないようだが、暗殺現場から離れてしばらくすると解けるようになっているんだと思う」
「呪術というのは随分と都合よくできているものですわね」
「だからこそ厄介で危険なのだ。ゆえに国際的に禁呪指定されているのだ」
ということは、私を暗殺する指示を直近で出すために、その男は雑技団に姿を見せているということですね。
「ちなみに最近そのお兄ちゃんにはいつ会った?」
「昨日です」
「昨日!」
どうやらそのお兄ちゃんはこの王都に滞在しているらしく、ここ最近は頻繁に顔を見せているらしい。
昨日も会いに来てくれたらしいが、やはりそこから今に至るまでの記憶が曖昧だと言います。
「どうしましょうかオリヴァー様」
「このまま彼女を雑伎団に戻しても、また隷属させられて次の標的が狙われるだけだろうな」
それだけならまだいいが、深手を負った彼女が戻っても任務に失敗したと思われ、最悪消されてしまう可能性もあります。
それならば!
「オリヴァー様、私が彼女になりすまして雑伎団に潜入します」
「なっ……何を言い出すんだ!」
「リリアちゃんと私は背も体格もほとんど同じだし、顔の作りまで一緒ですから、そうそう見破れませんわ。何よりその怪しいお兄ちゃんと接触すれば手がかりが掴めるかもしれません」
「そういうことじゃなくて!」
「あー、声は私の方がちょっと低いかな……あー、あー、うん少し高めで声を張ればいけますね」
「いやいや、まず潜入すること前提で話を進めるなよ」
オリヴァー様は慌てていますが、相手の正体を掴むにはこれが最善です。
「リリアちゃん、そういうわけだからちょっとの間だけ私と入れ替わろうね」
「は? は? キャサリン様、どういうことですか?」
「詳しいことは後でそこのオリヴァーお兄ちゃんに聞いてね。そうと決まれば服を取り替えっこよ」
「ちょ……待て待てケイト!」
「オリヴァー様! 今から着替えますんで出て行ってくださいな!」
有無を言わさずオリヴァー様を部屋から追い出しますと、リリアちゃんの着ていた服を着込みます。
これがホントの年齢詐称ね。
「うん、バッチリ。どこからどう見ても雑伎団のナイフ使いリリアちゃんね。バレるわけないわコレ」
強いて言うなら、服の上からでは気付かれない程度の誤差ですが、彼女の方が標高があるということくらいかしら……
負けた!
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