少女、格差社会の闇を知る
「こんなチビに護衛役を命じるとは。私の方がよっぽど役に立ちそうに見えるがな」
「サリー! いきなり失礼なことを言ってるの! ごめんなさいケイト様、この子ちょっと無愛想なんたけど悪い子じゃないのよ」
公爵邸でキャサリン、エマ、サリーの初顔合わせでいきなり突っかかってきたサリーの物言いをエマが咎めるが、無愛想なのと口が悪いのは関係ないので全然フォローになっていない。
(まあ彼女も腕に自信はあるのでしょう。こんなチビ女が自分を差し置いて護衛役というのが気に入らないのも理解できます)
でもね、私にそれを言われても意味の無いことを理解して頂きたいわね。
「ふふふっ」
「何がおかしい」
「何がおかしいのか理解できないのがおかしくて仕方ありません」
「サリー止めなさい! ケイト様も煽るようなこと仰らないで」
最初だからこそハッキリさせないといけませんわ。
どっちが上の立場かをね。
「勘違いも甚だしい。私たちが集められたのはアリス様の御意向。貴女個人の意見でアイツは嫌、コイツはダメなどと言える立場なのかしら」
「なにを……」
「相手の実力も分からずに噛み付くなど愚の骨頂。すでに半年間も公爵家で学んでおいて、その程度のことも理解できないボンクラと、これから3年も一緒に行動しないといけないのかと思うと…… フフッ、笑わずにはいられませんよ」
「ぶざけるな!」
そう言うや否やサリーが掴みかかってきますが、彼女は私に触れる直前に何かにぶつかったような衝撃を受け、その場で膝を付きます。
「あらあら、口ほどにもない」
「グッ……き、さま、何をした」
「え? あー、これで貴女のお腹をちょーっとナデナデしただけですわ」
何が起こったか理解できない2人に、私は持っていた扇でサリーの腹部を強打したと明かすと、呆然としています。
「お、扇1本で……全然見えなかった」
扇を一閃しただけで相手に膝を付かせる程の衝撃を与えたことにエマが驚いています。
「ちなみにこれ、ただの扇ではなく鉄扇ですから。痛かったですかね?」
「な! そんな物隠し持つとは卑怯だ!」
「相手の実力も分からずに噛み付くなど愚の骨頂と申し上げたはずです。貴女は私の実力も測らず、得物の存在も知らずに向かって来ておいて、殴られたら卑怯? もし私が持っていたのが鉄扇ではなく刃物であったら、今頃死んでますわよ。その程度の痛みで済んだだけマシだと思って欲しいわ」
「あらあらまあまあ、早速仲良くやってるわね」
部屋を出たはずのアリス様が戻ってこられました。中の大声は聞こえていたはずなのに、まるでこうなることが分かっていたかのように落ち着いた様子です。
「仲良くしているように見えます? むしろ溝が深まったように思いますが」
私は怪訝な表情でアリス様を見つめます。これが仲良しの日常なら私の常識が間違っているわ。
「ふふふ、そんなに怒らないでケイト。サリーもこれでよく分かったでしょう?」
「はい。お嬢様のことを疑って申し訳ございません」
どうやら前もって示し合わせていたようです。
「サリーがね、どうしても貴女の実力を確かめたいというのでね。私は絶対に勝てないわよって止めたんだけど、自分の目で見ないと気が済まないと言うから」
「キャサリン様、不躾な物言いをして申し訳ございません。ご容赦ください」
「まあ別に構いませんけど、どうしてそんなに私の実力を確かめたかったのですか?」
私が尋ねるとサリー様が理由を話し出しました。
彼女の家は騎士爵家。父が引退すれば跡を継ぐ者が騎士にならねば爵位は消滅し平民となってしまうが、子どもは全員女の子。
娘の誰かが騎士の婿を迎えることが出来ればいいのだが、騎士になった者は自身が騎士爵を持つのだから婿入りする必要はない。仮に婿入りOKな騎士がいても、大抵商人などの富裕層や準男爵家、男爵家あたりと縁組みするので、金銭的にそれほど裕福ではない騎士爵家に婿入りする者などいない。
婿入りが見込めないのであれば、家名を残すには娘が騎士になるしかないが、学園の騎士課程を経て騎士になるのもかなりの難関。そんな中、その実力をアリスに見いだされたケリーは藁をも掴む思いで今回の話に乗った。
ところが話を聞いてみれば、メインで護衛を務めるのは伯爵令嬢とのこと。主の意思とはいえ、サリーはそれを認めたくは無かった。
たしかにリングリッド伯爵家といえば武門の名家。だが自分には無い恵まれた環境、自分が望むものを確実に持っている環境で温々育ったご令嬢が、自分を差し置いてメインの護衛役を務めることなどできるのかという思い。
彼女にも騎士になるため幼い頃から鍛練を重ねたプライドがある。そう易々と認めるわけにはいかない。自分の目でその実力を確かめたいとアリス様にお願いし、そして迎えた顔合わせ。見れば幼女と思しき見目のご令嬢。
こんなチビに私が劣っているなど有り得ない。結局は家柄で決まるのかと思ったら、思いが止められなかった……と言うと、サリー様は私に深々と頭を下げた。
「キャサリン様、貴女の仰るとおりです。相手の実力も測らず見た目だけで侮った私が未熟でございました。伯爵令嬢様への無礼、謝って許されるものではありませんが、お詫びさせて下さい」
さっきのぶっきらぼうな態度が演技であることは、サリーのかしこまった謝罪の言葉を聞けば明らかですわね。
「サリー、そのキャサリン様という言い方はやめにしましょう。これからは同じ目標を持つ同志、ケイトと呼んでくださいな」
「ケイト様、ありがとうございます」
その姿を見たアリス様は「これで仲良くやれるわね」とご満悦のようだが、私にはもう1つサリーに言っておかねばならぬことがある。
「それとサリー、私は望むものを全て持っている人、自分は何も持っていない人と言ったわね。それは間違いよ、貴女は私の望むものをいっぱーい持ってるわよ!」
「ケイト様……どういうことでしょうか?」
「はぁ? とぼけんじゃないわよ~! こういうことよ~!」
私はすっとぼけるサリーの背後に取り付くと、その2つのたわわなお胸をこれでもかとモミモミしてやった。
「ケイト様!」
「なんですのこのエロティックなお乳は! それにその身長! その色気! 私に無いものをたーくさんお持ちではありませんか! そんな貴女には揉乳の刑ですわ!」
「何の刑ですか~」
「背が高くって! スタイルもよくて! 美人で! 男だって選び放題でしょうにクールにスカしちゃって! アンタが同い年なんて……認めん! 認めんぞー! 格差社会の闇、持たざる者の恨み思い知れ~!」
「やめてください! これ以上胸を大きくしないでー」
「こんなもんで大きくならんわ! 私が5年間かけて実証済みじゃ!」
そんな姿を見てご満悦のアリスと、若干引いているエマ。まだまだこの先いろいろあるだろうが、兎にも角にもこのメンツで学園生活を送ることになるのだ。