少女、敵陣に乗り込む
ようやくタイトルの意味を回収出来そうです。
それは青天の霹靂ともいうべき出来事であった。
ミシェル王子以下、ベルニスタからの留学生達との交歓会。
貴族派のご令嬢との席で、アデレイド様達が暴漢に襲われ、ヒラリー様が重傷を負ったとの報が入ったのは昨日の夕方のこと。
「ネイ兄様、どういうことですの!」
「俺にもさっぱり分からん。普通に考えればありえない状況だ」
ネイ兄様の話では、会場近くに突如として野獣の群れが現われ、警備していた騎士団がそちらの対応に追われていると同時に、測ったかのように暴漢達が会場内に侵入。
幸い侵入した暴漢の数はそれほど多くなく、一部警備に残っていた騎士団が応戦。撃退したかと思われた一瞬の隙を突いて、潜んでいた狙撃手がアデレイド様を狙ったそうです。
唯一それに気付いたのが、アデレイド様をお守りしていたヒラリー様。
飛んできたナイフを一度は弾き飛ばしたものの、二本、三本と連続で飛んでくる攻撃をかわしきれず、負傷。
当初は軽傷と思われていたが、容体が急変し、今は病院で治療を受けているそうだが、症状は芳しくないらしい。
「毒だ」
「毒!」
「ナイフに毒が仕込んであったらしい。厄介なことに医師ですら何の毒によるものか分からず、決定的な治療方法が分からないそうだ」
医師ですら分からない毒って何よ……
「そういうわけでケヴ兄も俺もしばらくは捜査や現場検証などで邸に戻れないかもしれん。お前も十分に気をつけた方がいい」
どういうことですの?
「一部で武官派が敵対する貴族派を排除するために、わざと仕向けたという噂が立っている」
「そんな馬鹿なことがありますか!」
そもそもあの地域に野獣が現われること自体がイレギュラー。はぐれた個体が過去に何度か現われたことはあるが、群れで現われるなど前代未聞。
野獣の出現からそれに対応するフリをして警備が甘くなることまでを見越して、騎士団、つまり武官派がわざと仕向けたのではないかという荒唐無稽な話です。
「今回は最悪だ。なにしろベルニスタの王族が巻き込まれているのだからな。下手をすれば、いや、下手をしなくとも外交問題だ」
「たしかに……」
ベルニスタの皆様は従者一名が軽傷を負ったものの、ミシェル殿下やアルベール様など、王族貴族は全員無事とのことですが、これだけの不祥事、外交問題になってもおかしくありません。
個人的にはクソ野郎様は顔面グチャグチャになっても構わないと思ってますが、声に出してしまうとそれこそ外交問題なので、そっと心の中で呟くだけにします。
「お前はアリス嬢の側近と見なされている。余計な諍いを避けるためにもしばらくはおとなしくしておくといい」
そうは言ってもお前のことだ、おとなしくはしていないだろうがなと言い残してネイ兄様は邸を後にしました。
よく分かってるじゃないお兄様。
ヒラリー様は大事な友人。私と同じように体を張って主をお守りするのがその役目なのだから、名誉の負傷といっても過言ではありませんが、今回の件は確実に何者かの手引きによる犯行なのは明らか。
それがアデレイド様を狙ったものなのか、ベルニスタの方々を狙ったのか、はたまたそれにより武官派を貶めるための陰謀なのかは分かりませんが、むざむざ見過ごすことは出来ません。
とはいっても医師でも分からない毒など、私が行ってもどうにも出来ない……
毒! そうだ! もしかしたら……
そう思いついた私は、取るものとりあえずヒラリー様が収容された病院に向かいます。
「何しに来たのよ!」
病院のエントランスにはアデレイド様をはじめ、貴族派のご令嬢の皆様。
私の姿を見つけるや、食ってかからん勢いで詰め寄られます。
「アンタ達のせいでとんでもない目に遭ったじゃない! どの面さげて現われたのよ! そのせいでヒラリーが、ヒラリーが……」
口々に罵声を浴びせられますが、いつもみたいに反論することは出来ません。
皆様怖い思いをしたのは同様なのに、今はただ涙を流して祈っています。
いつもは大女とからかっている皆様ですが、命がけで主を守ったヒラリー様の無事を必死で願っています。
「ケンカをしに来たわけではありません。ヒラリー様の治療のお役に立てる人物をお連れしたのです」
「アンタの連れてきた人間なんて信用できるわけ無いでしょ!」
「待ちなさい。病院で大声を出すものではないわ」
一刻も早く容体を確認したいが、彼女達が疑うのも痛いくらいに分かる。
どうにかして説得しなくてはと思案したそのとき、アデレイド様が病室から出てきました。
「騒がしいと思えばキャサリン様でしたのね。この状況でなにかご用かしら?」
「ヒラリー様が正体不明の毒に冒されていると聞き、治療のお役に立てる人物をお連れしました」
「どなたかしら?」
「学園に通うパトリシアさんです。お父様はアカデミーで毒に関する数多くの研究成果を上げられている薬師様です。きっとお役に立てると思います」
そう、正体不明の毒と聞いて、真っ先に思いついたのが、パティのお父様。
まだ世間に知られていない毒や、希少で発症例の少ない毒であれば、医師でも知らないというのは納得がいく。
それであれば、パティのお父様ならば何かの手がかりが得られるのではと、彼女の家に向かったのですが、生憎と隣国からまだお戻りになっていないそうで意気消沈しておりますと、パティから意外な申し出を受けました。
「私で良ければお役に立てるかもしれません」
「パティはお父様の研究のお手伝いをして、資料も全て読破されており、毒に関する見識は医師よりも高いと思われます。なにとぞ彼女にヒラリー様の容体を確認させてはもらえませんでしょうか」
「父ほどではありませんが、毒に関する知識であればお役に立てると思います」
「そんなこと言って何か仕込む気じゃないの!」
私とパティで必死にお願いしますが、やはり信用されていないのでしょうか、疑う気配は消えません。
早くしないとヒラリー様が危ないかもしれないと覚悟を決めた私は、懐から護身用の小刀を取り出します。
「何をする気なの!」
ご令嬢達の怒鳴り声を気にすることなく、私は跪くと小刀を床に置きます。
「信用できぬのは百も承知しています。ですが、こちらも遊びで来たわけではありません。早くしなければヒラリー様のお命が危ないのです。もし私達に不審な動きがあれば、その小刀でひと思いに私を刺してください。私は逃げも隠れもいたしません」
つとめて冷静に、それでいて良く響くドスの利いた低音で申し上げると、ご令嬢達は一斉に静まりかえり、アデレイド様に判断を委ねます。
「キャサリン様、今回の事件は武官派の陰謀論も噂されているのはご存じよね」
「無論です」
「それなのに何故、危険を犯してまでヒラリーを助けようとするの? もしかしたらこの場で私達に処断されていてもおかしくないのよ」
「ヒラリー様は大事な友人です。助けたいと願う気持ちに派閥など関係ないではありませんか」
そう言うとアデレイド様は、ヒラリーも良い友人に恵まれたわねと微笑み、床に置いた小刀を拾うと私に返してきます。
「貴女の覚悟は分かりました。どうか、ヒラリーを、助けてやってくださいな」
普段完璧な貴族令嬢として頭を下げることなど無いアデレイド様が、深々と私に頭を下げる。
それにつれて、他のご令嬢もお願いしますと同じように頭を下げてくるのを受けて、パティが「皆様のご期待に添えるよう勘張ります」と真剣な表情で答えます。
「まずは負傷からこれまでの経過記録を確認させてください」
病室に入るとパティはまずカルテを確認します。
医師も最初は怪訝そうでしたが、アデレイド様の頼みもあって、これまでの経過を逐一報告します。
「この症状と、現在の様子からすると……! そんな、まさか……」
「何か分かったの?」
私の問いに答えることもなく、パティは一心不乱にメモに何かを書き記します。
「すみませんがヘレンの商会に行って、このメモに記された薬の材料を持ってきてもらえますか!」
「分かったの!」
「ええ、私の考えが間違っていなければ、いえ、間違い無く治ります」
「誰か! 急いで人を走らせて!」
アデレイド様の指示で使いの者が商会へ走り、程なく指定された薬品が届きました。
「この薬を使えば毒の効果は消せるはず。数日間は高熱にうなされるかもしれませんが、熱が下がれば峠は越せるはずです」
パティのその言葉に安堵する面々。
「キャサリン様、また借りができてしまったわね」
「いいえ、今日はパティが借りを返しに来ただけですわ」
「彼女が?」
夜会で男爵令嬢にイチャモンを付けられたときに、助けてくれたお礼をしたいとパティが行っていたので連れてきたのだと言うと、アデレイド様はため息をつきます。
「まさか私がそれで助けられるとはね……」
「いいことをすればいいことが、悪いことをすれば悪いことが返ってくるのですわ」
「ほんとに貴女は一々言うことが刺さるのよね」
「お褒めに預かり光栄です」
「褒めてないわよ」
いつものアデレイド様のやりとりをしていると、ふいに彼女の口からお礼の言葉が出てきます。
「今日は本当にありがとう。さすがは山椒姫、その行動力には感服するわ」
山椒姫? それは何ですの?
お読みいただきありがとうございました。
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