少女、殺意を抱く
「おや、レディ達、何を揉めておられるのかな?」
ありもしない噂を巡って、アデレイド様とダイアナ様が口論となっていたところへ遭遇してしまい、私も思うところがありましたので巻き込まれに行きましたが、さあこれからというところで、火元になったクソ野郎がタイミング良く現れました。
狙って現れたと思われても不思議ではないくらいに都合良く来ましたね……
「やあキャサリン嬢、先日は楽しい時間を過ごさせてもらったよ」
「アルベール様、そのせいで皆様振り回されておりますのよ。言い方にお気を付けくださいませ」
この状況でそのような物言いは、誤解を招く一択でしかありません。
「おや? 何か失礼なことをしてしまったかな?」
「貴男が打ち合わせの後に、お茶にお誘いになった件です。他のご令嬢の時はお誘いしなかったのに、私の時だけお誘いになったが故に、ありもしない噂になっているのですよ」
「ありもしない噂とは?」
「貴男が私に気があって、私もそれを満更ではないと思っているという、とんでもない噂です」
貴男がそれを知りながら令嬢達に質問されたとき、否定しなかったせいで変な解釈をされているのだと非難します。
「ああそれは失礼した。他のご令嬢との打ち合わせの時は予定が詰まっていたものでお誘いすることが出来なかったんだ。たしかに公平を期すためには同様にすべきであったが……」
アルベール様はそう言って、自分の不手際だったと言っておりましたが、続く言葉に私は色を失いました。
「そんなことを失念してしまうくらい、キャサリン嬢に興味を引かれてしまったのだ。申し訳ない」
その言葉に「まあ!」と色めく王権派、「はぁ?」と怪訝な表情の貴族派、「ふざけんなクソ野郎」と心の中で毒づく私。
「意志の強さを感じさせるその瞳、男性を相手にしても物怖じすることのない胆力と気迫。僕も武家の出だから、妻にするなら後ろでデンと構えていられる女性がいいと思っていてね。その点キャサリン嬢は、武家の妻たる素養は十分なうえ、可憐で美しい容姿をしておられる。気にならぬ訳が無かろう」
色々ほめ言葉を口にしますが、何も入ってきません。
この状況でこんな事を言われても嬉しいどころか、むしろ気持ち悪いです。
「アルベール様、冗談も大概になされませ。以前申し上げたように私には婚約者がおりますというのに、そのような仰り方は軽薄の謗りを免れませんわよ」
「婚約者がいるとは聞いたが、その約束をしたというだけで、まだ正式に婚約したわけではないでしょう」
腐っても隣国の侯爵令息。しかもこの国に留学に来ている以上、王子殿下の婚約までは発表を控える事が多いという、この国の慣習を知らぬとは思えません。
私の話も事情があって正式には公表していないだけで、既に両家の親同士で了承されている話であると理解できそうなものを、この男は確実に知っていてこのようなふざけたマネをしているのかと思うと、腸が煮えくり返ってきます。
「おーおー、その闘気、さすがはリングリッド伯のご息女だ。並みのご令嬢ではないと思ったがさすがだな」
貴族令嬢としては顔で笑って心で毒づき、涼しい顔でスルーするのが是なのでしょうが、彼の行為は私とオリヴァー様の仲を引き裂くものとして、看過できる範囲をとうに越えております。
私がオリヴァー様をどれほど想っていたか、オリヴァー様が妻にするなら私以外に考えられないと、真剣に告白してくれたあの想いを、この男は土足で踏みにじって平然としている……
「怒った顔もまた美しいな」
そう言うと、自然な手つきで私の髪を一掬いして撫で上げます。
(コロサレタイノカシラ……)
バシッ!
とめどない嫌悪感で身体に悪寒が走るのと同時に、髪を撫でるその手を遠慮なく払いのけます。
「いい加減にしなさいよ……」
さっきまで怖い怖いと笑っていたクソ野郎も、殺気混じりの私の覇気にややたじろいだのか、顔から笑顔は消え、周囲のご令嬢達も声を失い、先ほどまでキャーキャーワーワー言っていた場が静まりかえっています。
「こういうことは慣れておらぬようだね」
「慣れる慣れないの問題ではなく、この状況でこんなことをする貴男の神経が分からないだけです。私に対する侮辱と見做させていただいてよろしいですわね」
「ケイト! そこまでにしなさい!」
私は獲物を狩るように少しずつ距離を詰めていきましたが、騒ぎを聞きつけたアリス様がそれを制します。
「落ち着きなさいケイト、貴女らしくもないわ」
「アリス様! ここまでコケにされて黙っていろと仰るのですか」
「黙れとは言いません。ですが、物には順序があります。先に手を出したら負けよ」
クッ……どうしろって言うのよ。
「アルベール様、ケイトが失礼いたしました。ですが……貴男のなさりようも決して褒められたものではありませんわよ」
「ハハ、女性に愛を囁くことも許されぬか……」
「相手が悪うございますわ。ケイトは我が兄の婚約相手、正式に婚約していないという貴男の言い分は詭弁というもの。場合によっては当家に対する侮辱とも受け取らせていただきますが、それでもまだ続けますか?」
アリス様が静かに語りかけますが、纏う空気は氷の刃が相手を切り裂かんばかりの氷点下。
やはり武門の家系に生まれたお方、武芸の鍛錬は嗜み程度のものでありながら、その風格は王者のそれ。私とは系統が違うものの、覇気が凄いですわ。
「アルベール、そのへんでやめておけ」
「……殿下」
アルベール様が答えに詰まっていたところ、助け船のようにミシェル殿下がやって来ました。
「皆には迷惑をかけた。コイツこんな性格なものだから、長子のくせに家督継承も認めておられないのだ」
ミシェル殿下が言うには、自由奔放すぎてラヴァール侯爵家でも扱いに困り、長男なのに家督継承もされておらず、第三王子の留学に同行することになったそうです。
王位継承の可能性が少ない第三王子に侯爵家の長男が同行しているのは、そういう理由だったのですね。
「ラザフォード公爵令嬢、リングリッド伯爵令嬢、かき回すようなマネをして迷惑をかけた。コイツにはよく言い聞かせておくので、私の顔に免じて許してほしい」
これから多くのご令嬢達と交流を深めようとしているのに揉め事は得策ではないと判断した王子がこの場を鎮め、アルベール様からも形ばかりの(と私には見える)謝罪を受けました。
「ダイアナ様、アルベール様はあのように言っておられますが、ケイトにはそのような気はさらさらありません事はご覧の通りです。この件に関してこれ以上の口外は無用で願います」
「え、ええ……分かりましたわ」
「アデレイド様もご迷惑をおかけしましたね」
「お気になさらず。あらぬ噂で学園内が浮ついているのが気に入らなかっただけですので」
アデレイド様はそう言うと、私の耳元で「これでこの前の借りは返したわよ」と微笑みます。
貸しにした覚えもありませんのに律儀な人だ。
そして騒動も一段落し、他の皆様がいなくなると、アリス様から冷たい空気を感じます。
「ケイト……貴女には教育が必要ね」
「な……ん、の、こと、で、しょう、かし、ら?」
「あんな殺気を放つご令嬢前代未聞よ」
「既成の枠にはまらない女ですから」
ペシッ(扇子で叩かれる音)
「まあ、お兄様を想う気持ちは分からなくないけど、さすがにあれはマズいわ。今夜は反省会よ」
「ふえ~い」
今日はさすがに逃げられませんわね……
◆
「さすがにあれはやり過ぎでは?」
「フフ、面白そうなご令嬢だったから、ついからかうのにも熱が入ってしまったよ」
「交換会の前にあまり面倒を起こさないでくださいね」
「分かっているさ。本番はまだ先の話だからね」
お読みいただきありがとうございました。
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