少女、記憶が飛ぶ
「婚約者がいる女性であっても馴れ馴れしくするのが、ベルニスタの流儀なのかな?」
ベルニスタからの留学生、アルベール様に妙な絡まれ方をされて困っておりましたら、オリヴァー様が助けに来てくれました。
オリヴァー様、珍しく怒ってます。ヒラリー様(ダークサイドver.)並みに圧がすごいですわ。
正直、こんな表情の彼を見たのは初めてかもしれません。
「ラヴァール侯爵令息殿、何か言うことは無いのかい?」
「これはこれは……ラザフォード家がお相手でしたか」
アルベール様はニヤリと笑い、何かを悟ったかのような表情を浮かべます。
「騎士団長の家同士で縁組みですか。しかも王子妃の最有力候補は、貴殿の妹君。最近のトランスフィールドは武官の力が強くなっているのかな」
「だからどうしたと言うんだ」
「いえいえ、かつては争っていた相手ですからね。我が国では貴国の動向は常に注視しているのですよ。王家とリングリッド家ですか。そうですかそうですか……」
アルベール様の言い方に随分とトゲがあるように感じます。
この国が軍事国家にでもなって、またベルニスタと開戦するとでも思っているのでしょうか。
「君がどう解釈したのか知らぬが、邪推はやめてもらいたいね」
「ほう……では、何故こちらのご令嬢をお選びになったのかな?」
「彼女を好きだからだよ」
そう言うやいなや、オリヴァー様は私の腰に手を回すと、自分の方へ抱き寄せます。
「ちょ! お、オリヴァー様!」
「まったく……初対面だというのに、僕の可愛い婚約者に随分と馴れ馴れしくしてくれたものだ」
「おやおや、貴殿は随分と嫉妬深い御仁なんだな」
「君にとっては数多くいるご令嬢のうちの一人にしかすぎないだろうが、私にとってこの子は唯一無二の存在だ」
そう言うとオリヴァー様は、私がどれだけ可愛くて大切かを力説し始めました。
「そのどこまでも透き通ったつややかなストレートヘア、もっちりプルプルな美しい肌、ぷっくりと柔らかい唇、どこを切り取ってもその美しさに勝るものはない」
(何でしょう、公開処刑されている気分です。)
「可憐で守ってあげたくなるような容姿だけではない。彼女の努力を惜しまない姿勢、芯の強さ、ちょっと気の強いところですら、私には愛らしく思える」
(気の強いは余計です。)
「かと思えば笑顔がとても可愛いのだ。一日の最後に彼女の笑顔を見ただけで、疲れなどどこかに吹き飛んでしまうくらいの破壊力なんだ。この子の全てを僕のものにしたいくらい大好きなんだ」
(はわわ~!)
「君が一目で好きになる気持ちは分からなくもないが、私の婚約者なんでね。残念ながら貴殿が付け入る隙など無いよ。もっとも、ラザフォードとリングリッドを敵に回したいというなら、いつでも相手になるが?」
私を抱き寄せる力が強くなり、抱き寄せるというより捕獲されているの方が正しい表現になっています。
「ハハハ、これは参ったな。貴殿がキャサリン嬢を愛しているのはよく分かりましたので、今日のところは引き下がるとしましょう」
「今日だけでなく永遠に引き下がって欲しいですわ」
「これは手厳しいね」
「ラヴァール侯爵令息殿、それではこれで失礼するよ」
そのままアルベール様の横を通り過ぎ出口へと向かいますが、オリヴァー様は腰に手をかけたまま離してはくれません。
「そろそろ手を離してもよろしいのでは?」
「アイツの視界に入っている間はこのままでいるよ」
アルベール様の視界から消えるまで、ピッタリ寄り添いながら廊下を進みます。
はわわ~と言いたいところですが、オリヴァー様の表情も硬いままですし状況が状況なので、声を上げないよう心の中だけで我慢します。
(はわわ~、オリュ様の温もり、あったかいです~)
「まさか待ち伏せしていたのを気付かれていたとはね……初日から中々楽しませてもらったよ、キャサリン……鬼の子。これで終わるとは思わないでね」
一人取り残されたアルベール様が呟いているようですが、さすがに何を言っているかまでは聞こえませんでした。
「あのーオリヴァー様、さすがに角を曲がったので彼の視界には入らないと思いますが」
アイツの視界に入っている間は言っていたのに、一向に離す気配がありません。
「気にしないで、今は僕の意思でこうしているだけだから」
気にしますわ! 気になりますわ! 気にするなというのはムリですわ!
「もう婚約者だと思われているんだから、今更見られたってどうってことないでしょ」
「それはそうですが……」
そのままオリヴァー様にガッチリホールドされたまま、馬車で送られることになりました。
乗るのはもちろん例の馬車、壁ドン号(命名:キャサリン)
そして何故、私はオリヴァー様の隣に座らされているんでしょうか? 向かい合わせでも良いですよね。
「何故って、婚約者なんだから隣で問題ないよね」
何故、オリヴァー様は私の横にこんなにピッタリくっついているのでしょうか?
「僕が側にいたいからという理由じゃダメ?」
「近すぎませんか?」
「今日はこうしたい気分なんだよ。特に悪い虫が付いた後だからね」
悪い虫……アルベール様のことね。
侯爵令息を虫扱いとはオリヴァー様も辛辣ですわね。
「だいたい何だってあんな所で二人で話していたんだい?」
事の経緯を話しますと、オリヴァー様の顔が険しくなります。
「それ、偶然ではないよね」
「待ち構えてましたからね。私を知らない風に装ってましたが、何か目的があると見てよさそうですね」
「アイツは気をつけた方がいい」
「随分と心配性ですね」
「ラヴァール侯爵家、ケイトはその名に覚えがない?」
ラヴァール侯爵家……どこかで聞いたような……
「お父上が討ち取った相手だよ」
あっ! そうです!
かつて戦になった際、お父様が敵の指揮官を討ち取ったことで、我が軍の大勝に終わったのですが、そのときのベルニスタ軍の指揮官が、ラヴァール侯爵……
「彼はその甥だ」
「甥?」
「当時の侯爵が戦死したことで、家督は弟が継承したのだ。彼はその弟の子。戦死した侯爵から見て甥っ子にあたる」
「リングリッドは仇敵ということですね」
彼の目的がよく分かりません。
あのアホみたいな登場の仕方、そこからの飄々とした態度、婚約者がいる女性に対しての軽薄な接し方。
あれほど最悪な出会い方は、わざと演出したのではないかと勘ぐっても不思議ではありません。
「ぶつかって怪我でもさせれば、運命的な出会いが演出できるとでも思ったのかしら」
「うーん、過去の戦での確執を知っている人は多いから、直接危害を加えるというのは考えにくいね。仮に事故だったとしても、わざとではないかと疑われる余地が十分にあるからね」
「ホントに何なのでしょう?」
「もしかしたら、意図的に存在を意識させるためかもしれない」
言われてみればそうです。こうしてあの方のことを考える時間が発生しているだけで、術中にはまっていることになってしまいます。
「いずれ、何か仕掛けてくるということですか」
「単純に可愛い女の子に声をかけただけかもしれないけどね」
「それはそうと、先ほどのアレは何ですの?」
「アレって?」
「私の唇がどうとか笑顔がどうとか、力説なさっていたことですよー!」
愛していただいているのはよく分かりますが、そのように言葉に出されて、しかも他人に聞かせるなど、恥ずかしくて顔から火が出そうです。
「アイツの意図を計りかねたから、取りあえず二人は相思相愛の仲だよということを、少し馬鹿っぽく演じてみた。言葉にしなかっただけで、ずっと思ってはいたことだよ」
「言葉にしなくたって……」
「言葉にしないと分からない子が目の前にいるからね」
ふふっと笑うオリヴァー様の顔が近づいてきます。
「自分でもあんなことを口走るなんて驚いてるよ。少し嫉妬してしまったのもあるかもしれないね」
近い! 近いよ! はわ……
「全てを僕のものにしたいくらい大好きなんだ。ウソじゃないよ」
そのとき、私の唇に何か柔らかいものが触れる感触がありました。
すみません……馬車から自分の部屋まで、どうやって戻ったのかその後の記憶がありませんので、今日はこの辺で……
お読み頂きありがとうございました。
次回はオリヴァー視点となります。
よろしくお願いします。




