少女、かりそめの妹との別れ
「リリアちゃん、大丈夫だった?」
「突然のことでビックリしましたが、大丈夫です」
リリアが持っていたイヤリングはそこそこお値段の張る商品。
自分では買うことも出来ないので、せめて目に焼き付けようと手にとって見ていたところ、男に有無を言わさず奪い取られたそうです。
「怖い思いさせちゃったね」
「いいんです。パトリシアさんが庇ってくれたので」
このくらいの年の子が大人の男に恫喝されれば、震えたり怯えたりするものだが、不安そうな顔こそすれ、リリアから怖い思いをしたという雰囲気は感じない。この子、中々肝が据わっているようね。
「パティ、無茶しすぎよ」
「申し訳ありません、ケイト様」
リリアの様子を確認した後、パティに向き合います。トラブルは解決しましたが、お説教は必要です。
事情を聞けば確かに男に非はあるが、それでも相手は貴族の息子。一つ間違えれば斬られる可能性もあったわけで、めでたしめでたしで済ませるわけにはいきません。
「リリアちゃんを突き飛ばすような感じだったので、カッとなってしまいました」
そこでパティは、夜会のときの私みたいに啖呵を切ってしまったそうです。
「そこは師匠をマネしなくていいからね」
「あ、でも、騒ぎが大きくなれば、私達が助けに来るだろうという勝算はありましたよ」
相手が王族でもない限り、公爵令嬢のアリス様がいるので大丈夫だろうと思ったと、パティはテヘペロしやがります。
「テヘペロじゃないわよ」
「痛っ!」
お仕置きにパティをデコピンします。
「あのねえ……使える物を利用するのは構わないけど、無用に騒ぎを起こされて処理する身にもなりなさい」
人の繋がりとは、お互いにメリットがあって発生するもの。
全く利害関係がない繋がりはそうはありません。
ヘレンは商会とのコネクション、パティはその学才が将来国の役に立つと見込んでのもの。他の皆さんはマナー教室を通じて、平民の皆様も気遣う私達という構図を見せるため。
もちろんその見返りとして、彼女達は私達から何らかの恩恵を受けられるからこその関係であります。
貴族と平民には間違い無く格差が存在しますので、ギブアンドテイクでいえば、私達のギブの方が質量共に大きいのですが、ノブレスオブリージュの考え方に従えば当然のことではあります。
もっとも貴族派のみなさんは、自分たちが国や領地を治めていることで、すでに平民に対する義務は果たしており、これ以上何を与えてやるのだという考え方なので、私達や王権派が平民と交わることを、自己の名声を高めるために彼らを利用しているだけだと非難的ですが、自分の益になる者と交流するのは当たり前にやっていることだろうと思います。
とはいえ、平民の皆様が私達と繋がることは、私達が思う以上に彼らにとってメリットのあること。中には知り合いの貴族の威を借りてという方もいます。
こちらも見返りを得ていますので、降りかかった火の粉は払って差し上げますが、自ら火事をおこすような方の面倒を見るほどお人好しではありません。
「今回のことは面倒かそうでないかで言えば、間違い無く面倒事よ。気持ちは分からなくもないけど、もし私達が見て見ぬフリをしたらどうするの? 貴女だけじゃなく、リリアも巻き込まれたのよ。自分がやったことに対するリスクは最終的には自分が負うのだから、無茶をしてはダメ。」
「はい、反省してます」
「ケイト様、パトリシアさんは私を庇ってくれたので、あまり怒らないであげてください」
「分かってる。でも無茶して二人が怪我でもしたら大変だもの」
「大丈夫です。何かあったら、物でも投げつけて逃げる時間くらいは稼げますから」
そういやそうだ。この子はナイフ投げの達人。わざと外して狙えるなら、当てることだって簡単にできるわけだ。
余計に揉めるから手出ししなかっただけなのね。
「さっきのケイト様の石投げもお見事でしたね。あの距離から狂いなく狙い通りに当てるのはなかなかできるものではありません」
「私が投げたの見えてたの?」
「投げたところは分かりませんでしたが、石が当たった後、飛んできた方向を見たら、ケイト様がいましたので恐らくそうだろうなと思って……」
ウソでしょ……小さな石だもの、あの状況でそれに気付いた人間はほとんどいないはず。
石が飛んできたことに気付き、その方向から私が投げたことまで推測するなんて、リリアって中々視野が広いのね。この子、相当鍛えられている。
雑伎団の他のメンバーを見てもかなり身体能力は高いから、訓練すれば下手な傭兵よりも強いかもね。
「すごいわね。あの状況でまさか貴女がそれに気付くとは思わなかったわ」
「エヘヘ、動体視力には自信があるんです」
「そうだよね、昨日のナイフ投げ凄かったもの。そうだ、良かったらリリアの練習の様子見学させてもらえない?」
雑伎団が普段どんな練習をしているのか興味があるので、ダメ元で投擲の練習に付き合わせてくれと頼みます。
「え? ケイト様って伯爵令嬢ですよね? 練習、結構大変ですよ」
「いいんじゃない。リリアは知らないだろうけど、この子、騎士団長の娘だから多少は武術の手ほどきを受けていて、今では騎士団の訓練だって平気でこなしているんだから」
途中から話の輪に入ったアリス様が後押しします。
「だからですか」
リリアが感心しているのは、先ほどの小石投げのことについてだろう。
「少しの間だけでも、みんなと一緒に楽しい思い出が出来たらと思うんだけど、どうかな?」
「嬉しいです。是非お願いします」
それから2週間ほど街に滞在する間、リリアの練習に付き合ったり、公演のお手伝いをしたりして、楽しい時間はあっという間に過ぎ、いよいよ私達が王都に帰る日がやって来ました。
「リリアちゃん、短い間だったけど楽しかったよ」
「アリス様もケイト様も皆様も、色々とありがとうございました。たくさんお姉ちゃんが出来て嬉しかったです」
リリアちゃんが少し涙ぐんでます。
「これ、リリアちゃんにプレゼントだよ」
私が小箱を渡し、中を開けると、そこにはその日トラブルの発端となったイヤリング。
「欲しかったんだよね。あの日も熱心に見ていたもんね」
「これは……こんな高い物頂けません」
「この街に来て、リリアちゃんに出会えてみんな楽しかったから、お姉ちゃん達からのお礼。ほら、私も同じ物買ったんだ、リリアちゃんとお揃いだよ。受け取ってくれると嬉しいな」
そう言ってみんなで耳に付けたイヤリングを見せます。
「…………ありがとうございます。大事にします!」
「離ればなれになっても、私達は友達だからね」
「王都に行ったときは、また遊んでくれますか」
「うん、待ってるよ。それまで元気でいてね」
「はい!」
そうして、つかの間の楽しい時間は終わり、新学期を迎えるべく王都に帰りました。
◆
「帰ったか?」
「はい」
「不審なところは無かったか」
「探るような意図は全く感じられませんでした」
「それならいい。他には?」
「別件で我らの周囲をウロウロ嗅ぎ回っている男が一人おります」
「気にするほどの者ではなさそうだが、怪しい動きがあれば……分かっているな」
「御意」
……王都に戻ってから暫くして、サザンポートの街でとある貴族の息子が急死したとの報が入った。
キャサリン達が街を離れて数日後のことだった。
その報を聞いたとき、キャサリンはまさか誰かに殺されたのかと思ったが、死因は心臓発作によるもので不審なところはなく病死と結論づけられたとのことで、それ以上気に留めることは無かったが、その死が後に自分達に関わってくることになるとは、このときは知るよしも無かった。
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