少女、知りたくなかった真実を知る
「アリス様は王子妃の最有力候補。無事に婚約者となれば、その側に仕えるお前は大過なければいずれは王子妃の、ゆくゆくは王妃の護衛騎士となることも夢ではない。騎士課程で格下相手にチマチマ実績作りするよりも手っ取り早いと思わないか?」
父の思いがけぬ提案に、キャサリンはそんな方法があるのかと驚いていたが、同時に不安も感じていた。
「そのようなやり方、ズルいと言われませんでしょうか」
騎士に任命されると、一代限りだが騎士爵という爵位持ちになり、大功を立てれば準男爵、男爵など継承可能な爵位を得ることも出来る。
そのため、継ぐ名跡の無い貴族の次男三男や平民が競い合うように騎士の座を得ようとするが、女性の場合はどこかへ嫁入りする方が家のためになるので、なりたいという女性は多くない。
女性騎士になるのは良い縁談に恵まれなさそうな下位貴族のご令嬢がほとんどで、同じ職場で働く男性騎士との出会いを求めてという動機であることも多い。
キャサリンと同じように騎士になりたくてその道を目指したという者もいるが、これはレアケース。そんな彼女達にとって女性王族の護衛騎士は数少ない名誉ある役職。
とはいえ王族の護衛は実力の無い者に務まる役目ではない。数少ない女性騎士の中から更に狭き門をくぐり抜けた猛者が任命されるもので、キャサリンはそこへ裏口から入り込むようなマネをしている気がして少し引っかかっているのだ。
◆
「伯爵以上の階級の令嬢が騎士になることなど稀だ。ケイトなら身分的には何の問題もない」
現王妃殿下の護衛騎士も最高位で元子爵令嬢だと言いながらお父様が話を続けます。
「だが実力は必要だ。護衛騎士ともなれば、家名だけでは務まらん。その実力も問われる。アリス嬢に付き従った実績をもって、彼女が王子妃となられた時に騎士に指名されれば誰も文句は言えない」
「そのために何としてもアリス様に王子殿下の婚約者となってもらうよう、陰ながらお力添えをしろと仰るのですね」
私の言にお父様がニヤリと笑います。その笑顔は普段の優しい父の顔ではなく、戦略家として策を張り巡らす武人としてのそれです。
「その通りだ。彼女は今のところ他のご令嬢より二歩も三歩も抜きん出ている。正攻法で戦っても勝つ見込みが無いが故に、物理的に排除せんとする動きが起こる可能性は高いだろう」
物理的に排除する動きを抑えるのが私の役目ということですが、私のような見た目の者が側にいるとむしろ相手に侮られてしまうような気がします。
「それも織り込み済みだ。相手がどのみち仕掛けてくるのであれば、あえて与しやすいと思わせた方が好都合だ」
「私はその囮ですね」
「不服か?」
「いえ、むしろ光栄ですわ。アリス様を王子妃にする事がリングリッドの家に有益ならば、喜んでその大役お受けしますわ」
こんなナリでは政略で嫁ぐことも難しいだろうから、家の役に立てる機会を与えてくれて感謝しますと言うと、お父様が寂しそうな顔をされます。やっぱり娘を危険な目に遭わせるのは心配なのかしら?
「いやその、パパは別にケイトがお嫁に行けないと思ってこの役目を与えたわけじゃないから。勘違いしないでね」
「お父様、真剣な話の後にいきなり自分をパパ呼びされても気持ち悪いだけですわ」
私がジト目でお父様を見つめると、お兄様がフォローに入ります。
「ケイト、父上の言う通りだ。お前にもいつかきっといい縁が舞い込んで来るさ」
「フィル兄様、気休めは結構です。同世代のご令嬢の縁談やら婚約やらの話をよく聞きますが、私には未だに声すらかかりません。この見てくれのせいだとよく分かっています。殿方はみんな、お義姉様のようなボンキュッボンな女性に憧れるんでしょ」
フィル兄様の奥様は同性の私から見ても羨ましいプロポーションの持ち主なのですが、つい八つ当たりのネタに使ってしまいました。ごめんなさいお義姉様。
「気休めではない、お前は男性にモテる。前から縁談も来てるし」
「は?」
「フィル! その話はしてはならんと言っただろ!」
フィル兄様が口を滑らせたせいでお父様が慌てています。縁談? 誰に? 私に? 何で言ってくれなかったの?
「お父様、どういうことですの」
「縁談の話をしなかったのは悪かった。だが怒るのは断った理由を聞いてからでもいいだろう」
お父様の話では私に縁談というのは本当で、12歳の頃から何件かあったそうです。ところが不良物件ばかりだったらしく、私に聞くまでもなくお断りだと先方には伝えていたそうです。
「ちなみに釣書は取ってありますの?」
「その場で破棄した。仮に残っていても見ない方がいい」
それでも興味があったので、どのような方だったのか聞いてみると、私とは20歳以上年の離れたうだつの上がらない部屋住みの次男三男や、妻を亡くして後妻にといった訳あり物件ばっかりだったとのことです。
「私も随分なめられたものですね」
仮にも伯爵家の長女。嫁ぎ先はそれなりの家を選ぶであろうことは他家の人間でも分かるはず。にもかかわらず、なぜ断られて当然の訳あり物件を持ち込んできたのか不思議でなりません。
「それはだな…言いにくいがケイトも訳あり物件と思われていたんだろうな」
お兄様が言いにくそうに理由を教えてくれます。
「ほら、俺達と訓練してばっかりで、令嬢らしいことをしていないんじゃないかって……」
リングリッドの娘は小さい頃から野山を駆け回るお転婆、おまけに見た目も幼く嫁の貰い手に苦労しそう。ならば縁談を持って行き、恩を売った上で当家と縁続きとなれれば万々歳という浅ましい思惑があったのだろうと。
半分はお兄様達のせいじゃないですか……
「何となく理由は分かりました。それにしても相手がかなり年上ばかりなのはどういうことですの?」
「えーとな、世の男には小さい子が大好きな奴ってのが少なからずいるんだよ」
気持ち悪っ! 鳥肌が立ちますわ!
「だから聞かない方がいいと言ったではないか。縁談があったことすら伝えなかったのも分かるであろう」
「そういうことなんですね……」
ええ、お父様やお兄様が気遣ってくれたことはよーく分かりました。
普通の殿方には一切モテず、訳あり物件の変な嗜好をお持ちの殿方にしかモテないことを気付いて欲しくなかったんですね。
「いや、それだけじゃないけど……」
「いいんです、いいんですよ……お父様、お兄様。私は決めました。アリス様をお守りして、必ず騎士になってみせますわ! 見ていてくださいませ!」
「お、おう……いきなりどうした?」
「何か変なスイッチが入ったな……」
〈美人すぎる女性騎士と呼ばれる未来はまだ見えないが、ひとまずは騎士になるため、アリスの護衛となる決意をしたキャサリンであった〉
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