少女、オークを屠る淑女になる?
本日2話目です。よろしくお願いします。
〈リングリッド伯爵領の邸にて〉
「お父様、私が淑女課程とはどういうことですの!」
「どういうこともそういうことだよ」
「はっ……!! もしかして専攻課程を間違えて申請なされて、修正ができないとかそういうことですの……」
「お前は父をそんな間抜けだと思っていたのか……間違いなく淑女課程に進めるつもりで申請している」
入学まで残り1年を切ったこの日、父マルーフに呼ばれ入学の準備を進めるよう言われたキャサリンは、更に剣の腕を磨くよう精進しますと胸を張って宣言するが、返ってきたのは「いや、進学するのは淑女課程だからね」という父の声。
学園への進学は貴族子弟の義務。進学するのが絶対なのであれば、自分は間違いなく騎士課程だと思っていたキャサリンは、父の発言に何かの間違いではないかと猛抗議していた。
◆
「父上、ケイト、一体何の騒ぎですか」
「フィル兄様~お父様が私に淑女課程へ進めとか仰せになりますの~」
珍しく私が声を荒げているのが聞こえたのか、長兄のフィリップが何事かと部屋に入ってましたので、ここぞとばかりに泣きついてやりましたわ。
「はぁ? ケイトが淑女課程? 父上がご乱心、いや頭の病気やも知れぬ。医者を手配せねば」
「誰がご乱心だ。至って平常だし、病でもない」
兄も私が淑女課程など有り得ないという声を上げるが、父は動じません。
「父上、確かに兄の私から見てもケイトは可愛い。淑女の嗜みを身に付けさせたいというお気持ちは分かります。ですがケイトが淑女教育とか今更すぎてもう遅いですよ。冗談であっても質が悪すぎます」
「もう遅いとは言い過ぎですわ」
そう言うと、フィル兄様はフォローなのか馬鹿にしているのか判断に困るような言い方で、私が淑女課程に進むことへの疑問を呈します。
「武芸の腕は我ら兄弟も認めます。騎士課程であればその辺の令息相手に引けは取らないでしょうが、淑女課程では……」
武芸の腕は騎士団のお墨付きですが、淑女課程に進むと何か問題でも?
「常在戦場と言ってはパパッと食事を済ませる者が食事作法学んでも、作法に気を付ける前に食べ終わりますよ!」
「人を獣か何かと思ってますの!」
時と場所くらい弁えますよ!
「組み合えば相手の態勢を崩すことにしか興味がない者がダンスしたら、手を組んだ瞬間に相手を投げ飛ばしますよ!」
「どんだけ脊髄反射ですの!」
ダンスホールで人を投げ飛ばす女なんて過去にいないでしょ!
「パワーを付けなきゃと筋力増強に励んでいた者が刺繍なんかしたら、完成する前に針が折れるか布が破けますよ!」
「そこまで筋肉お化けじゃありませんわ!」
刺繍は不得手ですが、だからといって物理的にボイコットするようなマネはいたしません!
「以上の理由からケイトの淑女課程行きは、本人のみならず当家の評判を落とす危険があります」
いくらなんでもお兄様の評価が酷すぎる。一応淑女教育だって受けているのに完全に忘れ去られてますわ。
「フィル兄様が私のことをどう思っているのかよーく分かりましたわ。これから夜道を歩くときは十分お気をつけあそばせ」
「おいおい、ケイトが淑女課程が嫌だと言うから進言しているのではないか。とにかく父上、ケイトが淑女課程はやはり無理があります。大体、オークを1人で屠る淑女が何処にいるんですか。才を伸ばすのであれば騎士課程がよろしいと思います」
そうです。フィル兄様が仰る評価の前段の部分は納得できませんが、私も騎士課程に行きたいと思っております。
「騎士課程には行く意味が無い。オークを一人で屠る令嬢だからこそだ」
兄と私の主張もむなしく即断で拒否されましたが、ダメな理由がちょっと理解できません。
「理由を説明する前にフィルに聞こう。学園の生徒に1人でオークを屠れる者はいるか?一応言っておくが、お前たち兄弟は除くぞ」
「んー、基本的には複数で取り囲むのがセオリーです。最終学年の成績上位者なら倒すことは出来るかもしれませんが、1人で屠るというレベルは中々難しいかと」
そうなの? オークってそこまで強敵ですか?
「では現役の騎士、それも聖騎士クラスと互する実力の者はいるか?」
「まず無理でしょう。一般の騎士相手でも10回中2、3回勝てれば上出来です。ましてやエリート揃いの聖騎士相手では瞬殺ですよ」
瞬殺? 私も勝つのは稀ですが、そこそこいい勝負くらいはできるものではないのですか?
「では1人でオークを屠り、聖騎士である兄に勝てないまでも、あと一歩まで追いつめる14歳の女の子をお主はどう思う?」
「控えめに言って化け物ですね」
私の評価おかしくありませんか! 私はそんなバケモノ扱いなのですか!
「ケイト、落ち着け。今からちゃんと理由は話す」
父が言うには、既に中級クラスのモンスターを1人で倒し、第二騎士団の副長を務める長男や、王都で聖騎士を務める次男、近く聖騎士に昇格するであろう三男ともいい勝負をする私が騎士課程に進んでも、周りは全員私より実力が劣る者。むしろ女のくせにと目の敵にされて、成長するメリットより阻害されるデメリットの方が大きい。という判断だ。
「それでも進学は義務。なので淑女課程へということですか?」
フィル兄様が得心したように父に尋ねます。
「うむ、騎士課程以外なら他でもよかったのだがな。エドガーに頼まれてな」
エドガー・ラザフォード公爵。王都に駐留する第一騎士団長にして、王国軍全体を統括する軍の総責任者。父とは同い年で、古くからの学友兼戦友兼悪友ですわ。
「アイツの娘、アリス嬢も来年学園に入学する。ケイトに学友として彼女の側にいてほしいという依頼だ」
「ああ、アリス嬢に纏わりつく羽虫を追い払う番犬役を仰せつかったと」
「フィル、言い方に気を付けろ。番犬ではなくボディーガードだ」
アリス様はラザフォード公爵家の長女。王位継承順第一位であるジェームズ王子の婚約者最有力候補なのですが、候補のご令嬢の多くは学園に在籍しているため、よくある足の引っ張り合いというやつがアリス様の学園生活で身に降りかかる可能性が高いのです。
学業成績や皮肉の応酬ならば、アリス様自身の立ち回りで全てが決まりますが、武力行使的な行動をされた場合、1人では対処しきれないこともあるので、周りに仲間がいることは非常に意味があるのだ。
「いわゆる取り巻きってやつですね」
ただ大きく違うのは、権力にすり寄ろうと向こうから近づいてきた者ではなく、本人もしくは家の意向で側に仕えるよう依頼された者という点。
つまりはボディーガードってこと。私も腕に自信はあるので望むところですが、1つだけ気になる点があります。
「そのお役目、本当に私でよろしいのでしょうか」
ボディーガードとは主を守る盾。実力はもちろんのこと、抑止力として「アイツがいる限り手は出せない」と思わせるビジュアルも重要です。
王女やご令嬢に付く護衛役は、例え女性であっても見た目や風格は相応のものをお持ちの方が多く、彼女たちを大型の狩猟犬に例えれば、私の見た目はさしずめ玄関先でキャンキャン吠える愛玩犬ですので、抑止力としては弱い、むしろ弱点と見られる心配があります。
「ケイトの実力はアリス嬢もエドガーもよく知っているからこその指名だ。それに道は少し違えども、案外騎士になる近道かもしれんぞ」
「どういうことですか?」
「アリス嬢は王子妃の最有力候補。無事に婚約者となれば、その側に仕えるお前は大過なければいずれは王子妃の、ゆくゆくは王妃の護衛騎士となることも夢ではない。騎士課程で格下相手にチマチマ実績作りするよりも手っ取り早いと思わないか?」
〈父のその言葉がキャサリンの琴線に触れたのであった〉
お読みいただきありがとうございました。




