山椒姫、友の異変を知る
「今日の授業はここまで」
「ありがとうございました!」
ロランという男がやってきてからそろそろ3か月ほどが経ち、季節は冬。もうすぐ年も終わり、学園も冬期休暇に入ろうかというある日のこと。私は学園で剣術の授業に立ち会っております。淑女の教養を身に着けるために学園に通っている私が何故ここにいるかというと、教わる側ではなく教える側で参加しているからです。
ジョゼ様やマリー様などのご令嬢と多く関わっておりましたが、留学生の中にはユベールさんのように騎士の道を志す方もいらっしゃり、噂を聞き付けた皆様から是非とも私と手合わせの機会をという要望が多くあったので、国際交流の一環として特別に本来出るべき授業の単位を免除してもらいこちらに顔を出しているのです。
念のために言っておきますけど、免除された授業もちゃんと成績を残した上ですからね。サボりじゃありませんから。
もう1つの理由としてはユベールさんを鍛える思惑もあります。ジョゼ様付きの従者ですから、あまり頻繁に騎士団に顔を出すわけにもいかないので、限られた時間を有効に使おうということです。
「お嬢様、お疲れ様でございます」
「ご苦労様、ダミアン。貴男も教官ぶりが板に付いてきたんじゃない?」
「いやあ、まだまだですね。何度か危うく一本取られそうになりましたから。やはり大国ともなると腕の立つものが多く、私も勉強になります」
同じく指導を終えたダミアンがこちらにやってきました。彼自身も騎士団で鍛えてもらっている身ですが、その実力は並の騎士なら互角以上に戦えるものを持っており、学生の指導役としては年も近く適任だろうと派遣されているのです。ユベールさんの相手にはちょうどいいという、私とオリヴァーの思惑がそこに入り込んでいることは否定しません。
「とはいえ、今日はユベールさんの姿が見えないわね」
「ええ。体調が優れぬために今日は欠席とのことです。それでなくても最近の彼はなんだか稽古に身が入っていない様子ですね」
「ユベールさんまで……」
実はここ最近、ジョゼ様も心ここにあらずといった感じで浮かない表情をされることが増えているのです。
こちらでの生活にも慣れ、友人も多く出来たお二人。仲睦まじく買い物に出かける姿を何度も拝見しておりましたが、近頃はなんだかよそよそしいんですよね。拒絶するというわけではないのですが、必要以上に他人行儀、君臣の別を弁えているといえばそれまでですが、以前の親し気な姿を見ている者にしてみれば異変は明らかです。
「これは少し話をしてみないといけませんね。ユベールさんは寮にいらっしゃるのかしら」
「そのはずですが。行かれるのならばお供します」
「別に必要ないわよ」
「そうはいきません。ご令嬢一人で男子寮に入るなど、後で何を言われるか分かりませんよ。ご面倒ではございますが、従者としてお供させていただきます」
なるほど、言われてみれば逢引か!? などと思われてもいけませんしね。ダミアンの冷静な進言に頷き、彼と共に男子寮へと向かいます。
「しかしお嬢様も面倒見の良いことで」
「ジョゼ様には悲しい思いをさせたくありませんので……って、ちょっと待って」
「おや、あれは……」
男子寮に近づくと、宿舎の脇で何やら話し込んでいる男子生徒が数名。一人はユベールさん、そして相手は……
「あれ、ロランさんだよね」
「そのようですね……」
相手に気づかれぬよう、こちらも物陰に隠れて様子を覗います。ロランとその取り巻きがユベールさんを半円状に囲むように並び、嫌らしい笑みを浮かべながら何かを話しています。自国の公爵令息相手のため、反論反撃はしていないようですが、対するユベールさんは苦悶、憤怒といった感情が見て取れる苦しそうな表情をしています。
「こっちに来ますね」
「ダミアン、これ持って私の半歩後ろを歩きなさい。」
ユベールさんに何かを言い終わると、ご満悦のロランとその後ろを付いてくる令息たちが歩いてきましたので、こちらもたまたま通りかかったように見せかけてすれ違いますが、私に気づいたロランさんが気色悪い満面の笑みでもって、わざわざ話しかけてきました。
「これはキャサリン嬢。婚約者のいる女性がほかの男を侍らせて歩くとは、それも荷物を全部持たせるとは。中々に人使いの荒いご令嬢だね」
「ごきげんようロラン様。この者はギャレット伯爵家の執事見習いですの。従者ならば主人の荷物持ちくらい普通ではありませんか。あまり外聞のよろしくない物言いは控えていただけます?」
「それは失礼。あまりにも若い従者なのでね、ギャレット伯もよくお許しになったものだ」
「ご心配なく。彼はいずれ執事長を務めてもらおうと、オリヴァーと私で選んだ信頼できる者ですから。婚約者のいないところで、あちこちの異性に手を出すような節操なしと思われているなら心外ですわ」
こちらを舐め回すように見てくる視線が気に食わず、目線を合わせずに話していたのですが、節操なしのくだりだけ相手の目を見てしっかりはっきり申し上げると、ロランさんは若干狼狽えたようで視線が泳いでましたが、取り巻きに促されてそそくさと退散していきます。
「まったく失礼しちゃうわね」
「あれですね。自分に経験があると、他者の行動もそういう意図があって動いているんだと勘繰ることが多いそうです」
つまり彼は、ジョゼ様とユベールさんがそういう仲に発展しそうだと思っているから、私も従者のダミアンとそういう関係なのかもと勘繰った……
「無い。あり得ない」
「しくしく……そこまでハッキリ断言しなくても……」
「私は貴男の能力は買っているけど、男として買っているわけじゃないから。だいたい私にはオリヴァーがいれば十分だもの」
「そっすね……お嬢様は旦那様一筋ですもんね」
「分かればよろしい。それよりも今はユベールさんよ、ちょっと! ユベールさん」
一人残されたユベールさんに目をやると、顔色も悪く、ふらふらした足取りで寮の中へと入っていきますので、声をかけて話を聞いてみることにします。
「ああ、キャサリン様、ダミアン様も。どうされたのですか」
「それはこちらが聞きたいです。あの男と何を話していたのですか」
「いや……特には」
「最近ユベールさんの元気がないと、ジョゼ様も心配しておられます。あいつらに何か良からぬことでも吹き込まれているのではありませんか」
「本当に……なんでも、ないです……」
「ユベール君、もしかして君の母上に関する話だったのではないか?」
ここまでプライベートのことに介入するのは礼儀がなっていないと分かりつつ、相手が相手ですので気にせずにはいられないと何とか話を聞き出そうとしますが、頑なに話をしたがりません。どうしたものかと思案しておりましたら、ダミアンが話に入ってきますと、ユベールさんは「どうしてそれを……」と驚いています。
「ダミアン、どういうこと?」
「すみません。私、読唇術を学んでおりまして、先ほどの令息の口元が『母の身が……』と喋っていたように見えましたので。すまないユベール君、お嬢様は君と話がしたいからと訪れただけで、まさかそんな話をしているとは思わなかったんだ」
「いえ、お気になさらず。部屋で休んでいた私に話があるからといきなり現れて連れ出されたので」
「で、お母様の身に何かあったの?」
「それは……」
「その様子だと、ジョゼ様も知らない話ね」
「…………」
「ダミアン、彼を連れてジョゼ様のところへ行くわよ。今日はマリー様やグリゼルダ様と一緒にいるはずだから」
「かしこまりました。ユベール君、逃げられると思わんでくれよ」
「ちょ、ちょっとキャサリン様! 今日は病欠ってことになってるので」
「うるさい! ピンピンしてんじゃないのよ! 行くわよ」
あーもう! ウジウジしてんじゃないわよ。ユベールさんは姫のために自分が何とかしなくてはという思いが強すぎる。それは決して悪いことではないけれど、何のための友達よ。貴方たちの力に、盾になってくれる仲間を探しに来たんでしょ。
こっちは面倒なの最初から分かってんだから、もっと頼りなさいよ!!
お読みいただきありがとうございました。
次回はお正月休みということで2回ほど更新を飛ばしまして、1/8(土)に投稿させていただきます。
本年はお付き合いくださりありがとうございました。来年もよろしくお願いします。
それでは皆様、よいお年を!




