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山椒姫、バカだと思う

「誰と一緒かと思えば、ピノワールの公女。他の面々も見覚えがあるな……。属国の者と席を共にするとは……ブロワーズの王女ともあろう御方が軽率ですな」

「私は共に留学に来たご友人たちと楽しくお茶をいただいているだけ。何か文句でも? 貴男の悪態を聞いていると折角のお茶が不味くなります。用件がないのなら早々にお引き取りいただきたいのですが」


 皆様とカフェで歓談している中に現われた闖入者。馴れ馴れしく接する態度を咎めるユベールさんとの間にただならぬ空気が漂うところ、ジョゼ様が割って入りその男を咎めます。やはりこの男が突然留学してきたというブロワーズの方でしょう。そう思ってオリヴァーの顔を見ると、目の合った彼が首肯しますので間違いありません。


「これは手厳しい……たまたま入った店で偶然お目にかかったので、ご挨拶をと思ったのですが」

「それはそれはご丁寧にどうも。それで、貴男が何故ここにいるのでしょうか」

「私も留学に来たということです」

「何のために?」

「一番の目的は……ジョゼフィーヌ様が異国の地で寂しい思いをされているだろうと案じて。とでも申しましょうか」


 その言葉に、皆様の間にあったピンと張り詰めたような空気が弛緩する感覚を覚えます。とはいえそれは融和的なものではなく、堕落というか呆けたような感じ。決して声に上げたわけではありませんが、全員が「何言ってんだコイツ」となった空気を感じます。


「全く寂しくなどありませんが」

「え?」

「だって、今も皆様と楽しくお話しをしていたところですもの。ねえ皆様」


 ジョゼ様の確認に、声を上げることなく穏やかな微笑みをもって肯定するマリー様たち。


「私は役立たずと半ば追い立てられたようなものですが、皆様にはよくしてもらっておりますので」

「そんなはずは……いやいや、ご無理をされずともよいのですよ、私とは知らぬ仲ではないのですから。婚約を申し込んだ間柄ではございませんか」

「申し込まれただけですよね。陛下はお許しになられていないはずですが」

「今回は正式に公爵夫人としてお迎えすると言上いたしました。ならば姫様の様子を見て参れと命じられてやってきたのですよ」


 話が全く見えないのですが、少なくともこのような場所でペラペラと話す内容ではございませんので止めようかと思いましたら、ここは自分が出ようという意思表示なのか、オリヴァーに手で制されました。


 たしかに相手は女性を見下しているような素振りなので、私がしゃしゃり出るより然るべき役付きの男性が出た方が良さそうだと思い、ここは彼に任せることにします。




「そのような話は場を改めた方がよろしい」

「何だ貴様。何者だ」

「この国の政務官、オリヴァー・ラザフォードでございます。ルフェーヴル公爵令息でお間違いないかな」

「いかにも、ブロワーズ神王国のロラン・ルフェーヴルである」

「突然も留学の申し出に、こちらは大急ぎで受け入れ準備を行なったのです。にもかかわらず姿も見せず、このように街をフラフラと寄り道されては困りますな」

「貴様に指図される謂れはない」

「本気でそう仰るのか? 貴国でどう扱われていたか知らぬが、留学を申し出てきたのはそちら。なればこちらの指示に従うは当然のことでしょう。留学生の皆様の受け入れを任されている私から見れば、貴殿のなされようはあまりに礼を失する行いに見えるが」

「……興が冷めた、姫様、この話は改めて。者ども、行くぞ」

「帰るのは結構ですが、今日のうちに手続きせねば再審査となりますので、ゆめお忘れなきよう」


 オリヴァーが執事のように恭しい礼と共に「お帰りはあちらです」と、ピンと張った腕で出口を指し示すと、ロランとかいう令息は「分かっておるわ!」と苦々しい顔で店を後にします。






「えっと……バカなのかな?」

「キャサリン様でもそう形容するしかないですよね」


 俺は機嫌が悪いんだぞということを見せつけるように、男がズカズカと足音を立てて店を去った後、出てきた感想はそれ以外に表現が思いつきません。


「ルフェーヴル公爵家のロランと申せば、私達の間では筋金入りの女好きとして有名ですの」


 マリー様の言葉に周囲にいるご令嬢もウンウンと頷いている。形ばかりですが属国ということで、彼女達はブロワーズの王宮に足を踏み入れたことがあり、そこにいる貴族とも交流する機会があったそうです。


 そのときに散々ヤンチャをしたのがあの男。目に付いたご令嬢に片っ端から声をかけるのですが、目が細すぎるだの、足が太すぎるなど、まず容姿を貶すところから入るのだそうです。それに続いて「それでも僕は君のことを気に入ったから妾に迎えてやろう」と言うところまでが一連のお約束らしい。


 気に入った女性ならばもっとアプローチの仕方がありそうというか、まず貶すところから入るというのは悪手でしかないと思うのですが。


「容姿に難がある君を、公爵令息である僕が妾に迎えてやろうというのだ。ありがたいだろう、嬉しいだろう。というところではないでしょうか」

「やっぱりバカですね。よく皆様はお許しになりますね」

「あれでも王族の血を引く次期公爵、ブロワーズの中ではルフェーヴル家に逆らう者はおりませんので増長しているとしか言えません。私たちも揉め事になって面倒が増えるよりはと我慢しているだけ」

「それにしても、マリー様はまるでその場で見ていたかのようなお話ぶりですが、もしかして……」

「私も、ここにいるほとんどのご令嬢も経験済みですわ」


 マリー様の場合は、「顔はまあまあだが、肉付きが足りんな」と言われたそうです。ぽっちゃり肉付きの良い方が好みということではなく、彼女が足りないと言われたのは、私もシンパシーを感じてしまう身体のある一部に膨らみが無いということです。


「今思い出しても腹が立つ!」

「キャサリン様もマリー様も気分を害してしまい申し訳ありません。お恥ずかしいかぎりで……」

「ジョゼ様が謝る話ではございません。ただ……先ほどの話だと以前からあの男に言い寄られていたのですか?」

「それは……」

「他国の私たちにすら節操の無い声かけをするくらいですから、ジョゼ様は当然でしょうね」

「つまりそれは……」

「王女殿下を妾にするということです」

「その通りです」




 ジョゼ様は洗練された雰囲気ではありませんが可愛らしいお顔立ちをされていて、磨けば光る素材なのは間違い無いし、肉付きも……悲しくなるので詳しくは言及しませんが、良いものをお持ち。しかし、仮にも王女を臣下に妾として下賜するなど、私の感性では信じられません。


「さすがに外聞が悪いとその話は陛下が却下されていたようですので、私も油断しておりました。まさかここまで追いかけてくるとは……」

「しかも今回は公爵夫人として迎えると言ってましたよね?」

「どういうつもりなのでしょうか……?」

「まさか、ジョゼ様の目論見があちらに漏れたのでは?」


 今回は正式に夫人として迎え入れるという発言から浮かび上がったのは、何らかの方法でジョゼ様がこの国で交友関係を広げ、他国との繋がりを持ったことを知ったのではという可能性をマリー様が指摘されます。


「交友関係によるネットワークに利用価値を見出して、正式に夫人として迎え入れるとなれば十分に考えられるかと」

「まさか、どう転ぶかも分からぬ話だというのに」

「大事なのは本当に価値があるかどうかではなく、単純に夫人として迎える大義名分が得られたというところでしょう。ジョゼ様を手中に収めたいと考えているならばあり得る話です」

「だとしてもどこで知り得たのでしょうか。国元には当たり障りない手紙しか送っておりませんが……」


 行動を監視されていないとはいえ、課された目的を無視して友人作りに奔走していることをどこかで知られれば、どんな横やりが入るか分かりません。なのでジョゼ様は情報統制を徹底し、便りは『未だ目的は果たせず』ということをとても丁寧に詫びる内容でしか送っていないはず。


「誰かが情報を流したのか……」

「先ほどの様子を見ればそれは無いと思います。マリー様とジョゼ様が同席されていたことを大層驚いておりましたので、あれが演技ならば舞台俳優に転職した方がいいですわ」


 マリー様や他のご令嬢たちが注進することは考えにくい。そもそもブロワーズという国が嫌いなのですから、わざわざ彼らに情報を提供するとは思えませんし、ジョゼ様と仲良くなった今であれば尚更です。


 それにあの男も、周囲がブロワーズを良く思っていないのは何となく理解していたはず。ジョゼ様が仲良くカフェでお茶をしているところを見て動揺していたのはそういうことでしょう。悪態をついていたのも、動揺を隠すための虚勢と思えばつじつまが合います。


「ですが、それならばわざわざここに来た理由は何でしょうか」

「あの、それならば心当たりがあるのですが」

「ユベール、何か知ってるの?」


 難しい顔をしていたユベールさんが自身の推論を披露し始めます。

お読みいただきありがとうございました。

次回は12/18(土)投稿です。

よろしくお願いします。

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