山椒姫、いけ好かない
「もう一丁!」
「さあ来い!」
皆様が留学に来られてから早いもので半年の月日が経ちました。学生間で多少トラブルが発生することもありましたが、交流を深めるという当初の目的はおおむね果たせているようです。
「ユベール、頑張って!」
「はい!」
「なんだなんだ、見せつけてくれるじゃないかユベール君」
お分かりでしょうが声援を送っているのはジョゼ様。最近では本来の彼女はこうなんだろうということがよく分かる闊達なお姿を見せています。そして、それに応えて奮闘するユベールさんに悪態をつきながら応戦しつつ、こちらをチラチラ覗っているのはダミアン。
いや……そんなに物欲しそうな目で訴えられても私は声援送りませんから。
「ダミアン様も頑張ってー!」
「……!! おう、やる気が出てきた!」
ほら、私がやらずとも声援を送ってくれるご令嬢がいらっしゃるのです。
声を上げたのはジョゼ様と共に観戦されていたご令嬢たちで、マリー様ことピノワール公女マリエッタ様に同行された下位貴族の令嬢や、件の貿易街道を共同で管理する協力国ご出身の皆様。元から顔見知りであったこともあり、留学当初からマリー様を中心に行動しておりました。
そういうことなので最初はブロワーズを毛嫌いし、ジョゼ様を除け者にしようとしていた彼女達。あの鉱山焼き空中浮遊事件(命名・グリゼルダ様)の際にもマリー様と一緒にいらっしゃいました。それが今では一緒になって遊ぶ仲となったのは、あのパーティーを境にしてから。皆様も思うところがあったようで接し方を改め、交流していくうちに徐々に仲良くなっていった次第です。
彼女も最初は積極的に関わるつもりはないと言っておりましたのに、どういう心境の変化があったかと申しますと、ジョゼ様の考え方に共感したといったところでしょうか。
国同士の結びつきを強めるために政略結婚の相手を探しに来た皆様ですが、そう簡単に見つかるはずもありません。裏では大人たちが色々と手を尽くしているようですが、国内にも結婚相手を探すご令嬢が多くおりますので一筋縄ではいかないことでしょう。そんな中、ジョゼ様は婚姻による結びつきではなく、友人として多くの知己を得ることに注力している。これが皆様の琴線に触れたわけです。
これだけ多くの国の方が一堂に会しているのです。縁組みによる結びつきと比べて強制力はありませんが、どこか一つの家(とその支配下にある貴族)と結びつくだけの婚姻よりも、多くの方と交友を持つ方が今はメリットが多いと考えたわけです。
それに結婚は一回限り。相手選びは慎重を期したいところですので、多くの方と交友を深めていくうちに、これだ! という人が現われればよし、そうでなければ国に戻ってから両親の手配でお見合いなりをしても遅くないという判断もそれを後押ししているのです。難しい解説風に申しましたが、有り体に言えば『留学している間くらい羽を伸ばして遊びたい!!』というのが本音でしょうね。
なので、皆様が風評で聞いていたジョゼ様の噂とは似ても似つかぬ、彼女が生き生きとしている姿を見ていると、「ああ、無理しなくてもいいんだ」と気が楽になる者、「自分の交友関係という形であれば、国元で自身の存在価値が高まるな」とジョゼ様の目論見と似たような狙いに目を付けた者など、理由は様々ですが、目の色を変えて自身の存在をアピールする方が多かった留学当初より、皆様の関係がかなりほんわかほのぼのしたように感じます。
「今日も元気よくやってるね」
「あらオリヴァー、お仕事はよろしいのですか」
「今日は騎士団に出向く用件があったんでね。みんながいるかなと思って訓練場に立ち寄ってみたんだ」
オリヴァーが何やら思案顔をしていますので、私たちに用件があるのかと思い尋ねてみると、私もそうですが、特にジョゼ様やマリー様たちに大事な用件のようです。
「ここで話すのもなんだから、カフェにでも寄るとしよう。ダミアン! そろそろ終わりにしてくれ」
ジョゼ様に用となればユベールさんも連れて行くことになりますので、訓練を切り上げるようダミアンにに告げると、彼はササッとこちらに近づいてきます。
「これは旦那様、サボりですか」
「バカ言うな。仕事だ」
「そうでしたか。てっきりお嬢様に会いたくて仕事場を抜け出してきたのかと」
「お前……いつかその舌、引っこ抜くぞ。大事な用件なのだ、バカ言ってないで外出の支度をせよ」
「かしこまりました。すぐに支度いたします」
相変わらずこの2人は冗談とも本気とも付かぬやりとりをするのですが、オリヴァーが真面目な言いっぷりなのを見て、すぐに態度を変えられるところはダミアンの優秀なところ。彼が支度を整えに下がる間に皆様カフェにお誘いします。
「ちょうど良かったです。声を出しすぎて喉も渇いておりますし」
「私も構いませんが……。キャサリン様、お話があるのは私たちだけですか?」
「国元のお話のようですので、ユベールさんももちろんご一緒に」
誰に何に話をするのかと問いかけられましたので端的にそう伝えますと、マリー様が、「良かったですわねジョゼ様」と声をかけます。
ジョゼ様の側にユベールさんあり、というのは皆様の共通認識。真実を知るのは私とグリゼルダ様しかいないので他の方にとっては推測でしかありませんが、それだけ一緒にいて仲良くしていれば、「ジョゼ様が婚約者を見つけない理由って、もしかして……」となりますよね。本人が公言しないので、皆様も真意を問うようなことはなさいませんが、確実にそうだろうなあとは感じているわけです。
それに対してジョゼ様は何を言い出すのですかととぼけておりますが、顔が真っ赤です。これがアリス様やアデル様ならば、感情を見せぬよう涼しい顔で「人の詮索をするのはお行儀がよろしくないわよ」とでも言いそうですが、ジョゼ様は痛いところを突かれると感情が出てしまいやすい。これは彼女が劣っているということではなく、王女としての教育を最低限しか受けさせてもらえなかったためでしょう。逆に言えば、その程度の教育でも普段の振る舞いはしっかりしたもなので、私は大したものだと思いますよ。
「それでお話とは」
「ブロワーズのことでございます」
「我が国が……何かありましたか?」
「実はもう一人留学生が来るとのことで」
年の中途でやってくるとは随分急な話ですね。
「こちらも突然だったからね。困ったものですよ」
「オリヴァー様、ご迷惑をおかけします」
「失礼、姫様を責める意図はないのです。ただ、やってくるのが少々厄介な男でしてね」
「どなたでしょう」
「ジョゼフィーヌ様やマリエッタ様ならご存知でしょう。ブロワーズの……」
オリヴァーが話を続けようとしたところで入口のほうから気分を悪くなる物言いをする声が聞こえてきました。
「中々洒落た店ではありませんか」
「貴様のセンスを疑うわ。この程度の店をありがたがるようではトランスフィールドも大したことはないな」
「然り然り」
オイ……ここは王都でも一二を争う人気店だぞ。留学生の皆様にもいいお店だと評判で常連になった方も多い。何様ですか!?
「ジョゼ様、あれは……」
「たしかに厄介な男なのは間違いありませんね」
私が一人でプリプリしていたら、ジョゼ様やマリー様が睨みつけるような怖い顔をしています。
「お二人、お知り合いですか?」
「知っているか知らないかで言えば知ってます」
「知っていても何の得にもなりませんけどね」
「こっちに気付いたみたいよ」
彼女たちの視線が向いているのを察したのか、その男がこちらに近づいてきます。
「これは姫様。このようなところでお目にかかるとは」
「今は皆様と歓談中です。要件があるなら手短に」
「おやおや、冷たいねえ」
そっけない態度のジョゼ様の様子にヤレヤレといった感じで軽口を叩く男は、自然な手付きで彼女の手を取ろうとするが、寸前でユベールさんに止められます。
「なんだ、無礼であろう」
「僭越ながら、王女殿下にご挨拶申し上げるのであれば相応の礼というものがありましょう。皆様と歓談中なれば慎まれませ」
「ほう……随分と言うようになったな弟よ」
「……私には兄などという者はおりませぬが」
「奇遇だな。俺もお前などを弟と認めた覚えはないさ」
いけ好かない男の出現で、何だかおかしな流れになってきました。ユベールさん兄と言いましたよね、今。
それってつまり、そういうことですよね……
お読みいただきありがとうございました。
次回は12/15(水)投稿です。
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