山椒姫、久しぶりに思い出す
「ジョゼフィーヌ様、キャサリン様、ごきげんよう」
グリゼルダ様やエマと話をしていたマリエッタ様がこちらへとやってまいりました。
「マリエッタ様、顔色がよろしくないようですが」
「え? そ、そんなことはありませんわ。これだけ大きな集まりに参加するのは、祖国でも数えるほどでしたので、少し熱気に当てられているのかもしれません。全く問題ありませんわ」
少し気になって確かめただけですが、全力でそれを否定するマリエッタ様の反応を見ると杞憂だったようです。(エマ「違う。ケイト様に怯えているのよ!」)
「それならようございました。お楽しみいただけておりますか」
「ええとても。それでジョゼフィーヌ様にお礼を申し上げたくてやってまいりましたの」
「そうなのですね。ジョゼ様、こちらは少し騒がしいので、お話するなら場所を変えませんか?」
「そういたしましょう。マリエッタ様もそれでよろしいですか?」
ジョゼ様の問いに首肯した彼女を連れ、こうなることを見越して空けておいた別室へと移ります。
「これで他の者に話を聞かれることもありませんわ。ね、マリエッタ様」
「用意周到ですのね」
「これが目的でしたからね」
マリエッタ様は既にこちらの意図をしっかりと理解されているようです。小国とはいえ一国の公女様、政治的な学問も修めておられるようですので、これで分からないという方が困りますし、もしここに至ってもなお「何のつもりですか」などと言うようであれば、関わるに値しない人だと判断せざるを得ません。
「まずはジョゼフィーヌ様にお詫び申し上げます。数々のご無礼、平にご容赦あれ」
「構いません。我が王家がそれだけの屈辱を皆様に与えてきたということですから」
「ですが、恨みを貴女個人へぶつけるのは筋違いだと皆様に諭されて、それももっともな話だと少し考え直しました」
「だからこそ、こうやって直接話をしようとお考えになったのですよね」
「その通りですわ、キャサリン様」
マリエッタ様はそう言うと居住まいを改めて正し、ジョゼ様の方に正対します。
「ジョゼフィーヌ様が留学に来ると聞いたときは、またあの国は何を企んでいるのやらと苛立ちました。ところが、皆様の話を聞いているうちにどうやら別に目的があって来ていると。一体、何が狙いなのですか」
「うーん、すぐにお答えしてもよろしいのですが……その前に1つお伺いしましょう。マリエッタ様が思うに、他国の方が私と政略結婚するメリットはありますか?」
「メリット……ブロワーズの王族と縁続きに……なること」
「そこに利益は生じますか? むしろ縁続きになったことで自身の持つ物を食いつぶされる未来しか見えないのでは?」
「随分ハッキリ仰いますのね」
自身の中で想定していたジョゼ様とは思っていた以上に乖離があったようで、マリエッタ様は少々面食らっておられるようですが、ジョゼ様にすれば想定の範囲内と言ったところのようで、続けざまに自身の考えを披露いたします。
「分かりきったことではありませんか。彼らは私の幸せなど考えてはおりません。ただ自分たちのために利益を誘導する駒となれということです。私が大事に大事に育てられ、恩義を感じているのならばその想いに応えようとしたかもしれませんが、何を今更ではありませんか。それに、このような分かりきった狙いがある状況で、私を娶ってくれる殿方がどこにおりましょうか」
「普通に考えたら無理筋ですよね」
「でしょう。だからこそ、私は私自身の価値を高めるよう動いているのです。ブロワーズの人間が、私をぞんざいに扱えないように。ね」
「それが各国の皆様と交友を結ぶ理由だと……? 残念ですが、私にはメリットが見当たりません。そもそもブロワーズに何かを頼るという考えがありませんもの」
「私もそう思います。今の私には何もして差し上げられませんもの。今はね……」
「今は……?」
ジョゼ様の意味ありげな微笑みに、マリエッタ様は食い入るようにその顔を見つめます。なかなかどうして、これまでそういった駆け引きの場に立ったことなど無いでしょうに、ジョゼ様のそれは堂々とした立ち振る舞いです。
「ええ、今の我が国は守旧派と革新派で国の中だけでワーワーと権力争いをしていますが、もっと外の世界に目を向けようという若い世代も少なからず育っています。彼らが国の中心に立つ日が来たとき、皆様との繋がりを持った私の存在が、ブロワーズという国を変えるきっかけになるかもしれません」
「王位を狙っておられるということ、ですか?」
「まさかまさか、私は王の器ではありません。ただ、このままでは早晩ブロワーズの財政は破綻いたします」
「まさか……」
私もジョゼ様にお伺いするまで、ブロワーズの経済がそこまで酷いことになっているとは思いませんでした。表向きは経済もそれなりに動いているように見えるが、それは民がなんとか草の根レベルで他国との交流を繋いで下支えしてくれているから。このまま上に立つ者が奢侈な生活を改めず、周辺の国と協調する姿勢を見せずとなれば、遅かれ早かれブロワーズは国の体を成さなくなるだろうと仰るのです。
「信じがたいことかもしれませんがそれが真実です。そして、そうなれば何が引き起こるか、聡明なマリエッタ様なら分かりますよね」
「ベルニスタ……」
「ええ、間違い無く来るでしょうね。あの国も周辺国から睨まれて八方ふさがり。突破口を開くにはうってつけの状況だと思いませんこと」
ベルニスタは周辺の国々から恨みを買いまくっているのですが、如何せん大国ゆえ各国も面と向かって文句を言って矢面に立つのは避けたい。しかし、我が国にちょっかいを出して散々にしっぺ返しを喰らってからは、トランスフィールドが反ベルニスタの先頭に立ったことが明確になり、他の国も経済制裁などの対抗手段を採るようになりました。
これにはさしものベルニスタも疲弊の色を濃くしているようで、何らかの打開策を模索しているとのこと。それは親善大使のような友好的な手段ではなく、武力的な何かであることは言うまでもありません。そんなときにブロワーズ国内がガタガタになって、攻め頃食べ頃ですよなんてなった日には、「いただきまーす!」と武器を片手に彼らがやって来ることでしょう。
確かに前回の侵攻は我が国が食い止めました。しかしそれは、あくまでも後背に敵がいなかったからこそ。仮に私達がベルニスタと対峙している最中に、謀略でも仕掛けられてブロワーズに親ベルニスタ政権が樹立なんてことになってしまえば……さすがに前後に敵を受けて戦うのは至難の業です。そういう意味でもブロワーズに潰れてもらうわけにはいかないのです。
「しかし、それでは私達が今のブロワーズ王家を支えるために力を貸すというように映りますが?」
「もちろんこのままにしておくつもりはありません。内から少しずつでも国を変えていこうと、そのために力を貸していただきたいと」
「そう上手くいきますかね?」
「上手くいかないと判断されたときは斬り捨てていただいて結構。元々仲良くなかったわけですから現状維持より後退はしないでしょう」
仲良くしてはほしいが、自分に見込みが無ければさっさと斬り捨てて構わないと言うジョゼ様の凛とした姿勢に、マリエッタ様が目を見張っています。
「キャサリン様、アリス様もそれに同意いただいた上でお付き合いしていただいておりますのよ」
「今のところは斬り捨てるつもりはありませんけどね」
マリエッタ様はその言葉に今度は私の方を凝視しますが、何故若干怯えているのでしょう。そんなに変なことを申し上げたつもりはないのですが……
「ふぅ……ジョゼフィーヌ様のお考えは分かりました。正直に言えばブロワーズを支える助力など御免被りたいところですが、それで我が国にまで影響があると言われては、見ないフリは出来ませんわね。親密なお付き合いとまでは申しませんが、少なくとも留学している間は、ジョゼフィーヌ様を1人の友人として交流させていただきましょう」
「マリエッタ様、ありがとうございます。ならば私のことは遠慮無くジョゼとお呼びください」
「ならば私のこともマリーとお呼びください」
「よろしくねマリー様」
「こちらこそジョゼ様」
こうして2人は握手を交わします。表に見えない自国の闇をさらけ出し、その変革のために力を貸して欲しいと言うジョゼ様の熱意にマリー様も感じるところがあったのでしょう。さっきまでの蟠りに曇った表情はなく、今はお話ししてよかったと言わんばかりに晴れ晴れとしたお顔をされています。お節介を焼いた甲斐がありましたね。
◆
「その顔だと上手くいったようですね」
「エマの誘導が上手だったおかげよ」
「私はアリス様とケイト様の指示に従っただけですよ」
ジョゼ様とマリー様の和解というか一時休戦を見届けて、会場に戻ってきますとエマが待ち構えておりましたが、私の表情を見て首尾は上々というところを感じたようです。
「これで大きな障害は取り除けましたかね」
「そうね。小国群からいらしたご令嬢の中心がマリー様だから、彼女が態度を軟化させれば変わるでしょうね」
ただ……1つだけ疑問があるのよね。
「どうかしたんですか?」
「いやね、マリー様が時折私を怯えるような目で見るのはなんでかなぁって」
「あ……」
「エマ、マリー様に何を言ったのかなあ~?」
「私じゃありません。グリゼルダ様ですよ」
「どっちが言ったか知らないけど、マリー様が怯えだしたのは2人と話した後からよ。さあ、何を吹き込んだのか言いなさい……」
「吹き込んだなんて人聞きの悪い……」
これはクロですね。「斬る」という言葉にたいそう怯えていらっしゃったから、どうせ面白おかしく私の暴れっぷりを誇張して伝えたんでしょ。
「誇張はしてません。事実だけをお伝えしたまでです」
「やっぱり言ったんじゃないのよ」
これは……久々に刑を執行しないと、ですね……
「もう私は結構ですわ。ほら、こんなにたわわに実りましたので……何でしたらケイト様ご自身にやられた方が……」
「それは私のが『ちっちゃ~いw』と言いたいのですね(ニコッ)」
忘れかけていた格差社会の闇を思い出してしまいました。ようやく背が伸びたというのに、貴方はいつまで私に暗い影を落とすつもりなのですか……
お読みいただきありがとうございました。
何の刑かは第5話をお読みいただければと思います。
次回は12/11(土)投稿です。
よろしくお願いします。




