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【閑話】小国の公女マリエッタ

今回はジョゼフィーヌを敵視する留学生マリエッタ視点でのお話です。

<マリエッタ視点>


 私はブロワーズとベルニスタの間に挟まれた小国、ピノワール公国の公女として生まれました。


 開祖はブロワーズの王族だったそうですが、王位争いで破れた末、名ばかりの公爵として配されたのです。要は都落ちということですが、過去には争いに破れて命を落とした者も多くいたわけで、運の良い方と言えばそうとも言えます。


 だからといって良かったとは申せません。ブロワーズとベルニスタの間にあるいくつかの国~皆様から小国群と呼ばれる国々~は、系譜を遡れば皆ブロワーズの王族や貴族だった者達。何らかの(多くは政争に破れた)理由により辺境に追いやられ、後に独立国となったわけですが、その役割はベルニスタの国境に位置して、両国の緩衝帯、言い換えれば彼の国の侵攻に対する防波堤というわけです。




 おかしな話ですよね。辺境だろうと同じ国の民だというのに、まるで捨て石の如き扱い。それは王家にとって、守るべきは王とそれに仕える側近貴族たちの身の安全と財産、権利だけを守ることを意味する。属国とはいえ独立国となれば、自分の国を守るのは自分たちの役目であろう。そう言っているようにしか思えません。


 百歩譲って有事の際に、宗主国らしく援軍を出すなり外交交渉をするなど振る舞えばまだ理解も出来ますが、彼らは何もしてくれません。そのくせに態度だけは一流国を気取っている。そのような輩に誰が付き従うというのか。それは他の国も同様で、最近はブロワーズと距離を置き、トランスフィールドとの交流が増えました。


 かつては同じブロワーズの民だったとはいえ、今は昔の話。独立して相当の時間が経過し、既に大陸有数の強国としての地位を確立しており、我々とは縁の薄い彼らですが、有事の際は周辺地域の安定を国是として必ず援軍に駆けつけてくれる。ある意味本当の宗主国よりも宗主国らしい振る舞いに、各国が心を寄せるのは自然の流れです。




 そんな折、北の小国ノルデンの王子とトランスフィールドの有力貴族のご令嬢の間で婚約が成ったという情報が伝わりましたが、これは他国にとって一大事。元から同盟国である両国がその婚約によって関係を強化したことは、言い換えればトランスフィールドが無理にそれ以外の国と同盟を結ぶ必要が無くなることを意味します。


 そういうわけで他国も後れを取ってはならぬと動くわけですが、特に私達の国は形の上ではブロワーズの属国ですから、いきなり婚約を、同盟をと申し込んでも角が立つので、ご令嬢が留学中に王子と親しくなったことで婚約に至ったことにあやかって、留学生として交流を深めるところからスタートしているわけです。


 そして意気揚々とやって来た私ですが、留学生の名簿にその名を見たときは、怒りとも違う何か不思議なモヤモヤが心を覆っていくのが分かりました。


 ブロワーズ神王国第六王女ジョゼフィーヌ姫。身分の低い下女との間に生まれたため、王宮内であまりよい扱いは受けておらず、社交の場にも滅多に姿を現さない御方。その境遇に同情する点もありますが、あの国の王女というだけで私にとっては憎悪の対象です。




 10年前のベルニスタの侵攻に直接対峙したのもトランスフィールド王国。ともに戦おうと参戦を要請されたのに、ブロワーズは無視を決め込んだのです。旧領同士の諍いには関与しないというもっともらしい言い訳をしていましたが、相次ぐ失政で財政難となっていたため援軍すら出せなかったというのが真実。これが周辺諸国のブロワーズ離れを決定的なものとしたのです。


 それだけの不義理をしておきながら今更になってすり寄ってきたにもかかわらず、寄越したのは王族と言っても末席にあるかすら怪しい第六王女。本気で親交を結ぶ気があるのかと私ですら思うのですから、この国の方にしてみれば言わずもがな。孤高の道を歩むなら歩めばいいし、親善を謳うのであれば相応の地位にいる者を遣わすのが筋なのに、取ってつけたように余りものを送ってくるというチグハグさに反吐が出ます。



 ◆



「マリエッタ様も皆様も、よかったらこちらをお召し上がりになりませんか。とても美味しいですわよ」


 レセプションの場でそう言って私達に料理を勧めてきた女子生徒。会うのは初めてですが、その身に着けた装飾品の文様~ブロワーズ王家の家紋~から、間違いなくあの女であることを確信しました。


「これはジョゼフィーヌ様、お気遣い痛み入りま……すっと!」


(パリンッ!!)


「あらあら、このようなところでボーッと突っ立っておられては皆様の邪魔になりますわよ」

「お止めなさいな。所詮は歴史と伝統しか取り柄の無い国の娘。己の立場を分かっておられないのです」

「そうね。私なら恥ずかしくてこの場に顔を出すことも出来ませんわ」

 

 差し出された手を思わず跳ね除けると、持っていた皿が宙を舞い、やがて床に叩きつけられて音を立てて割れます。思わず手が出てしまったのは軽率でしたが、私がピノワール公の娘であることを分かった上で話しかけてきたと知り、その厚顔ぶりに体が咄嗟に反応してしまったのです。




「偉大なるブロワーズの王女におかれましては、私のような小国の民にお恵みいただかなくとも十分にやっていけますのでお気遣いなく」

「いくら他に恵む物も無いからといって、人様が用意した食事をふるまって施しをしたつもりなのかしら」

「しかもこのような粗野な料理を勧めてくるとは……どこまでも見下す姿勢は変わらないのですね」


 こうなってしまっては取り繕うことも出来ないと、次々に詰る言葉が飛び出します。マナー違反は百も承知ですが、私の不手際から視線を逸らすため、こうして彼女が留学に来たこと自体を問題視して責め立てるのです。ブロワーズをよく思わない方が少なからずいらっしゃるだろうから、願わくばこちらに加勢する人が現れるかもという目算もありました。






「皆様が仰るように国家間の諍いはありましょう。皆様の言わんとしていることも分からなくありません。ですが、この場は同じ学び舎で共に勉学に励む者の集い。私どもとしては歓迎の場を楽しくお過ごしいただきたい一心ですの。それに、この料理は私の親友たるグリゼルダ姫の祖国であり、我が国の盟友たるノルデンの名物料理。それを貶すは我が国とノルデンを馬鹿にする意図があると思われても致し方ありませんよ」


 しかし、その目算はこの一言で叶わぬものとなりました。学園の生徒会副会長を務めるキャサリン様。リングリッド家はベルニスタとの戦いで少なくない損失を出しており、ブロワーズに良い感情を抱いていないはずだと推測し、ジョゼフィーヌ様の留学を厚顔無恥であると非難しましたが、彼女はそれとこれとは別だと一刀のもとにこちらの主張を切り捨てます。




 背中を冷汗が伝うのが分かります。自分の意図した反応が得られないという焦りから、いえ、キャサリン様の今にも斬りかかられると思わんばかりの気迫に押されているのです。


「故に……これ以上の揉め事は控えていただきたいのですが……」 


 リングリッドのご令嬢は父や兄譲りの武勇を誇り、甘く見るとその見た目からは似つかわぬ痛撃を食らうことから「山椒姫」とあだ名されているとは聞いておりました。この気迫はその一端なのでしょう、本気であれば私ごときはこの場で卒倒してしまうかもしれません。


「失礼、少々気分が悪くなりました。お話ししたいのは山々ですがこれで帰らせていただきます」


 慇懃無礼な物言いではありますが、気迫に当てられて気分が悪くなったのは本当です。それにあそこで謝罪しては負けを認めるも同じ。これが私に出来る精一杯の抵抗だったと笑ってくださいませ。



 ◆



「招待状? ジョゼフィーヌ様から?」




 それからしばらく、私たちは学園の皆様とも少しずつ仲良くなっていきました。レセプションでの失態は大きな減点でしたが、さもありなんと、それを面と向かって咎め立てする方がいなかったのは幸いでした。


 そこにはどうやら私達の心情を酌んだキャサリン様とアリス様の意向が働いていたようです。あれからキャサリン様はジョゼフィーヌ姫、グリゼルダ姫と共に行動するところを何度となく見かけましたが、こちらを蔑ろにするわけではなく、私達と会えば挨拶をして話もするようになりました。そして、私達と話すときにジョゼフィーヌ様やブロワーズの話題は決して口に出さぬところを見ると、相応に気を遣われているようです。




 しかし、今回ばかりは事情が違います。ジョゼフィーヌ様が主催する集まり。国から連れてきたお付きがレセプションのときに私に嚙みついてきたあの男一人の彼女に、どうしてそんな催しが開けるのか。これは由々しき事態です。


 そう思い、こちらもお茶会の開催を同じ日にぶつけて参加者をこちらに招くことで、その集まりを寂しいものにしてやろうと画策しましたが、肝心要のアリス様があちらに行かれると仰る。彼女が来ないのであれば、ほかの方をお呼びする理由が立ちませんし、みなアリス様がお越しになるあちらの会に参加することでしょう。


 またしても裏目です。招待状の返事も未だ出しておりませんので、これまでの経緯を考えればあちら(ジョゼフィーヌ様)は私は欠席だろうと思っているはず。困りましたね……






「もし迷っておられるなら、顔を出すだけ出してみては?」


 そんなときに声をかけてきたのがキャサリン様。正直なところ、学園の皆様や留学生の皆様が多く集まる機会もそう多くはありませんので行きたい気持ちはありましたので、渡りに船といったところでした。


 しかしその一方で、今更おめおめと顔を出すのも癪に障ると、つまらないプライドが邪魔をしていることも事実。ゆえに参加すると言い出せずにいたわけで、その狭間で逡巡する私を見て、「自分の目で見て判断するべきだ」と仰るキャサリン様。 


「ですが、私どもがブロワーズに不信感を抱いている事実は紛れもない事実。これはキャサリン様が何と言われようと覆しようがございません」

「国対国の関わりにおいては、我が国も苦い思いをされておりますので、そのことについて異議を申すつもりはありません。しかし、それによって一個人を同じ色眼鏡で見ては損ですよ。ここはひとつ、政争や政略という観点から離れて、皆様の人となりをしっかりとご判断するべきです。もちろん、その上でこの人とは付き合いにくいとお考えであれば、その意思は尊重されるものであります」


 ブロワーズという国ではなく、まずはジョゼフィーヌ様個人の資質をその目で確かめなさいと仰るキャサリン様。そうですわね、別に取って食われるわけでもないでしょうし、ここは一つ誘いに乗るとしましょうか。


「分かりました。折角のお誘い、断ってキャサリン様の面子を潰すわけにもまいりません。ジョゼフィーヌ様の人となり、しかとこの目で見させていただきます」

「そうがようございます」

「その上で合わないと判断した折には……またお皿が飛ぶかもしれませんがご容赦あれ」

「淑女がそのようなことをしてはなりませぬ」

「殺気だけで人を卒倒させてしまう山椒姫様には言われたくありません」

「あら、そんなに殺気立ってましたかしら?」


 ニコッと笑ってとぼけたふりをするキャサリン様。レセプションのときは、本当にチビりそうだったんだから。


 なんだか上手く乗せられたような気もしますが、私とて国のためにここへ来たのですから、折角の機会、十分に活用させていただきますわ。

お読みいただきありがとうございました。

次回は12/4(土)投稿です。

よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] >殺気だけで人を卒倒させてしまう山椒姫様には言われたくありません ケイトが現役の時代になるとご令嬢の基礎教養になるかも知れない
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