山椒姫、阿吽の呼吸を知る
ジョゼ様、グリゼルダ様と夜遅くまで、女子だけの内緒話に花を咲かせ、いよいよ今日はお父様が領地からお戻りになってくる日です。
「ご無事のお戻り祝着にございます」
「無事も何も領地と往復しただけじゃ。わざわざ出迎えてもらってすまんな」
戻ってきたのはもうすぐお昼になろうかという頃。お母様を筆頭に待ち構えた私達の出迎えを受けたお父様は、口調こそ落ち着いていますが、こちらを見る目つきがいつにも増して怖いです。口さがない方には「リングリッド辺境伯は視線を向けただけで人を殺せる」などと言われたりもしますが、あながち間違ってはいないようです。
「お父様、お帰りなさいませ」
「おう、ケイトにリリアも。出迎えご苦労」
「領地の様子はいかがでしたか」
「特に問題は無い。あちらも攻め込むポーズを取っているだけだ。仮に攻めてきてもフィルが万全の構えで迎え撃つゆえ心配はいらん」
娘たちの出迎えを受けやや相好を崩したものの、硬い雰囲気は変わらぬお父様。「今はこちらの方が一大事のようだしな」と徐に口にしたその言葉から、それがケヴ兄の件を指しているのは明らかです。
「オリビアに聞いたが、お相手の姫君もいらしているそうだな」
「ええ、ご紹介いたします。こちらが……」
「マルーフ卿にはお初にお目にかかります。ノルデン王の四女、グリゼルダです」
先ほどまではどうしましょどうしましょなんて言っておられましたが、いざ対面するとなればしっかりした受け答え。そこは王族としての矜持でしょうね。
「グリゼルダ姫殿下のご尊顔を拝し恐悦至極。リングリッド辺境伯マルーフにございます。留学の折からケイトといつも仲良くしていただいたそうで、御礼申し上げます」
「いえいえ、こちらこそケイト様にはお世話になりっぱなしで」
「立ち話を続けるのも失礼ゆえ、続きは客間にて。ケイト、そちらのお嬢様も同席でよいのかな?」
「あ……私は……」
ジョゼ様の素性を知らぬお父様が同行者と勘違いしておりますので、彼女はブロワースの王女でありますと紹介しますと、お父様が怪訝な表情をなさいます。
「ブロワーズの姫君……なにゆえここにおるのだ?」
「ジョゼ様も私の友人でございます。グリゼルダ様と共に、昨夜は邸にお泊まりいただきましたのよ」
私がそう言うと、お父様は「ふーん……」とこちらの表情を確認すると口元をやや緩ませ、姫様に歓迎の意を表します。
「ジョゼフィーヌ姫殿下にもお初にお目にかかる。我が邸によういらっしゃった」
「お父様、顔が怖いです。その言いっぷりでは『よくもぬけぬけと顔を出せたな』と聞こえますわ」
「そんなことを言われても顔の造りは変えられんぞ」
「もう少し目尻を下げてニコッと」
「……こうか?」
よろしゅうございます。ジョゼ様は命を取られるかと危惧していたのです。私が付いていますから大丈夫ですよといった手前、少しは優しい表情をしていただかねば安心していただけませんので。
「そういうところは母によう似てきたのう」
「よろしいことではありませんか。娘が母に似てきたとは、生みの親からすればうれしい限り。それよりも……今日は大事なお話です。お疲れとは思いますが、旅支度を解かれましたら」
「分かっておる……」
お父様が自室へ戻るのを見届けると、お母さまから先に応接室で待っていましょうと促されますので、それに従います。
「ケイトお姉さま」
「何でしょう?」
「念のための確認なのですが、リングリッドの家で一番の権力者って……」
「ある意味、お母様かもしれませんね」
グリゼルダ様がさりげなく確認してきます。ええ、貴女の姑になる方は私の母なのです。外見こそほんわかしていますが、私の肝の太さは間違いなく遺伝を受け継いでおりますよ。
「ああ、でも普段はそんなことありませんから。筋の通らないことをすると滅茶苦茶怒られますけど」
「肝に銘じておきますわ」
◆
「さて、待たせたな。さっそく本題に入ろう。姫殿下、我が倅に婚約を申し込みたい……ということで間違いはありませんな」
「その通りです。マルーフ卿のご承認があればすぐにでも本国より使いを送らせます」
「ケヴィンも異存はないのだな」
「はい。私もいつまでもフラフラしているわけにもいきません。姫とお会いして、伴侶とするならこの方しかいないと思っております」
お父様が部屋着に着替えて応接にやってきますと、早速本題に入ります。外交交渉などと違い、本質的にはおめでたい話なので、あえて腹の探り合いをする必要もないといったところで、お父様からは帰宅時の硬い雰囲気は消え、終始和やかに話が進みます。もっとも、グリゼルダ様とケヴ兄様は瑕疵の無いようにとド緊張しているようですが。
「いや、ありがたい話なのは間違いないが、仮にも一国の王女殿下だ。倅は聖騎士の任を拝命しているとは申せ、領地も持たぬ準貴族。姫はそれでもケヴィンをお望みか」
そこはさすがに確認しますよね。ご両親、つまりノルデンの国王陛下夫妻がこの話を承知しているのか。これまでの話から、グリゼルダ様は了解を取り付けた上でやってきているようですが、それでもやはり身分の差は如何ともし難い。
「お父様。領地の話でしたら、以前私が拝領した領地があるので、ケヴ兄様にそれを継承していただいてはどうでしょうか」
私の持つ領地とは、かつてバーネット侯爵領だった場所の一部。一昨年に起こった政争の罪を負った侯爵は領地召し上げとなり、その一部を恩賞として私が頂いたそれです。正確にはお父様が拝領したものですが、リングリッド領から離れた飛び地になってしまうので、私&オリヴァーに管理を押し付けたアレです。
「あれは俺もネイサンもいらないと言ったからケイトに渡ったわけで、状況が変わったとはいえ今更妹から戻されても外聞が悪い」
「ならばどうするのですか」
「それにつきましてはご心配なく。私からご提案がございます」
グリゼルダ様はそう言うと、しっかりと封をされた親書を開きます。その書に押されたお印は、たしかティハルト王太子殿下のもの……
「婚姻の暁には、グリゼルダ・ノルデンを伯爵に叙し領地を与える。また、その婿たるケヴィン・リングリッドをノルデンの王国騎士団副長に推挙。というお墨付きですわ」
「ケヴィンを」
「騎士団の副長……ですか?」
お兄様の剣の腕は確かなものですが、それでも23,4の若輩が副長とは破格の好待遇。しかもそのためにグリゼルダ様が女伯となり、領地を与えられるというのです。
「姫殿下、なんと言うか非常にありがたいお話ですが、他国から参った、言わばポッと出の騎士に易々とそのような地位を与えては国内の貴族が黙ってはおりますまい」
「そのご懸念は無用です。兄もケヴィン様の実力はとても評価しており、迎え入れるなら相応の地位をと申しておりましたので。臣籍降下した女伯の婿ならば身分は問題ありません」
「しかし……そのために領地を下賜されると?」
「兄が管理する領地を分けてもらうのです。旧レーマン侯爵領、そう言えばケイトお姉さまはご理解できますよね」
その言葉でああそういうことかと得心しました。剣術大会の時に三男が不行状を行った責任を取って、領地の一部を王家に返上していました。どうやらその領地はティハルト殿下が管理されていたようで、それをグリゼルダ様が継承するということですね。
「ふふふ……はっはっは! ケヴィンよ、お主相当気に入られたようだな」
「父上、笑い事ではありません。予想以上のことで戸惑っております」
「だろうな、そうだろうな。ワシもそうじゃ、ただでさえ辺境伯に叙されるわ、ケイトは王太子妃の義姉になるわと面倒な……」
「旦那様……」
「オホン……とまあ、次々と慶事が重なり、ワシも更に国の重責を担う立場になりつつある中、息子が隣国の王女の婿だ。頭がいた……いや、喜ばしい限りじゃ。ただな、相応の地位に就くということは、相応の覚悟を持ってあたらねばならん。臣籍に下るとは申せ、王女殿下を妻とする覚悟、そなたにその覚悟はあるか」
お父様も喜ばしい話であることは理解しているものの、ケヴ兄が跡目を継がない次男特有の自由気ままに生きる質であることもよく知っており、この婚約は簡単な話ではないぞと念を押します。
「父上の仰るとおり、私は一人の騎士として職務を全うできればよいと思っておりました。ですが、今は騎士として、国を、民を、そして一番にグリーを守りたいと願っております。リングリッドの男として、家名を汚すことのないよう精進いたします」
「……分かった。ならばお主の思うように生きるがよい」
「それでは……」
天を仰ぎながら瞑目していたお父様ですが、ケヴ兄の決意を聞き一言、「婚約を認めよう」と仰せになります。
「お兄様、グリゼルダ様、おめでとうございます」
「よかったわ~。旦那さまったらもう少し駄々をこねるかと思ったのに」
「馬鹿を言うな。息子が幸せになるのを喜ばん親があるか」
「左様ですわね」
「ま、ともあれめでたい話じゃ。オリビア……」
「ええ、すぐに準備させましょう」
お父様が何をか言おうとしていたのを受けて、お母様がみなまで言うなと言わんばかりにメイドに指示を出し始めました。
「お母様?」
「お祝いの準備よ。ケイトも手伝いなさい」
「お父様の言わんとすることがよく分かりましたね」
「伊達に30年も夫婦やっていないわよ」
なるほど……年季の入った夫婦ともなると、こうやってお互いの心を読むことができるのですね。私もいつかオリヴァーとそういう間柄になれるのでしょうか。
「ふふ、ケイトもグリゼルダちゃんもまだまだこれからよ。そう簡単にマネされたら私の立場がないわ」
仰るとおりごもっとも。こればかりは夫婦でいる時間を重ねていくことで錬成されるものでしょうからね。
「ジョゼフィーヌ様もご一緒にお祝いしてくださいますか」
「私も参加してよろしいのですか」
「内輪の話なのにケイトが無理やり同席させちゃったから。折角だからお祝いの宴もご参加くださいませ」
「キャサリン様、大丈夫ですか?」
「何がですか?」
「なんとなく豪快な宴になりそうで……」
分かる、その気持ちは分かるよ。お父様とウチの家臣団は見た目山賊の頭目とその子分たちですからね。でも大丈夫ですよ、裸踊りでも始めようものなら私がお仕置きしますので。
「折角ですからご一緒に」
「でも、2日も寮を空けているとユベールが心配するかも……」
「ではユベールさんもお招きしましょう」
祝い事は大人数のほうが楽しいとはいえ、ジョゼ様にとってここはまだまだアウェーの地ですから、気心知れた方がいたほうが安心でしょう。
それに、私もユベールさんと話してみたいですしね……
お読みいただきありがとうございました。
次回は11/24(水)投稿です。
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