山椒姫、肉を切らせて骨を断つ
「ああ、それでジョゼフィーヌ殿下をお連れしたのか」
「かわいい妹と未来の妻の友人ですよ。もっと愛想よくしてくださいませ」
「そうは言ってもな……」
ケヴ兄様とネイ兄様がお戻りになり、一緒に夕食をいただいております。もうグリゼルダ様が現れるのは慣れたようですが、もう1人の連れがブロワーズの王女と聞き、2人の顔から一瞬表情が消えました。
当然の反応ですね。第二騎士団にも知己の多いお兄様たちです。知り合いの身内にあの戦で命を落とした方は少なからずいらっしゃいますので、当然良い感情は持っていないでしょうが、お母様も言っておられましたように、ジョゼ様にその責任を押し付けるのが筋違いなことも重々承知しているようで、気づかれる間もなくすぐに歓迎の意を表す表情に変わりました。
では何故、2人が愛想よくできないのかというと、例のジョゼ様の留学理由を詳らかにお話ししたから。知らぬ間にそんな対象として狙われていたのかという感想に加え、グリゼルダ様の無意識の圧を感じたからでしょう。
「ケヴィン様、私は信じておりますからね(ニコッ)」
お、その微笑み……すでにリングリッドの娘になる準備は万端ですね。
「いやいやいや、ケイトがするより圧がかかっているような……」
「ネイ兄様、そういうことは思っていても言わないの」
ネイ兄様の方はパティにもっと教育してもらわないとですね。
「ケヴィン様とグリゼルダ様は仲がよろしいのですね。羨ましいですわ」
そう言いながらもどこか寂しそうなジョゼ様。やはり母国では親しい関係の方がいなかったのでしょうか。
「ジョゼ様、今は私やグリゼルダ様がおります。寂しい思いはさせませんわ」
「そうですよ。ケヴィン様は譲れませんけどね」
私たちがジョゼ様を気遣うよう声をかけたのに続き、お兄様たちが私たちの友情が長く続くようにという掛け声で乾杯の音頭を取ります。
「皆様ありがとうございます。実を言うとリングリッドの皆様には歓迎されないのではないかと案じておりましたの。これほどまでに歓迎いただきありがたいことです」
「まあ、あの戦の件では思うところはあります。実際に友人の父は亡くなりました」
「そうですよね……厳しい戦だったと聞き及んでおります」
「だが、それは姫殿下の責任ではない。幸いにしてケイトと友人になると仰られているのだ。これを契機に両国の友好の一助になることを応援する方が、過ぎたことをいつまでも言っているより何十倍も有益ではありませんか」
「是非ともその期待にこたえられるように努力しますわ」
ジョゼ様に歓迎の意が伝わったことにひとまず安堵いたしましたが、今日の大事な話はあと一つ。
「お父様が帰ってくるそうですね……」
「のようだな……」
「もう少しゆっくりしてくれて構わないのに……」
兄二人も帰ってくることは既に聞いているようで、ややゲンナリしています。
「そうは言っても、特にケヴ兄様は大事なお話があるわけですから、気落ちしていてもいいことはありませんよ」
「そうだな。一世一代の大勝負が戦場ではない場所で始まるとは思わなかったよ」
ここにいる全員がお兄様とグリゼルダ様の味方……のはずです。後は二人の覚悟次第、そんな感じでみんなでどうやったらお父様を説得できるか話し合った後、私、グリゼルダ様、ジョゼ様は夜着に着替えて一緒の部屋でお泊りすることになりました。
◆
「同室でお泊り会というのは初めてです」
グリゼルダ様もジョゼ様も王女殿下であられます。しかもお互いに事情は異なれど、親しい友人と呼べる令嬢は少なく、同室でお泊りは初めての経験とあって、ワクワクが止まらないようです。
「お泊り会とは何をするのでしょうか?」
「これから寝るわけで、何かアクティビティをするわけではありませんよ。女の子同士で興味のある話を夜が更けるまで、それこそ眠くなるまでとりとめもなく話すくらいですかね」
「そうなのですね。眠る前に誰かと話すなど、幼き頃に侍女にあやしてもらって以来ですわ」
ジョゼ様にお泊り会とはなんぞやと説明しますと、グリゼルダ様から、ならばどんな話をしましょうかと聞かれますが、若い娘が三人集まったとなれば答えはひとつ。
「それはもう、恋のお話に決まっております」
「恋の……」
「話……ですか」
二人共ポカーンとしていますが、定番の話題ですよね。
「私とケヴィン様の話は先程かなり話しましたし、これ以上聞かせるようなことは……」
「本当に? 言い足りないのではありませんか」
「……そりゃあもう、語り尽くせませんよ」
「女の子同士の内緒話です。お母様や本人がいたあの場で言えないことも遠慮なく話せますよ」
「それならば……」
先程飽きるほど聞かされた話ではございますが、グリゼルダ様のケヴ兄愛は尽きることなく、お兄様のどこに惚れたのか、何が素晴らしいかを滔々と語られます。遠慮なくと言った手前聞き続けていますが、妹的には兄のことをここまで語られるのは、いささか気恥ずかしくもあります。
「……そういうわけで、私の夫はケヴィン様しか考えられません。邪魔する者はケイトお姉様にお願いして排除してもらいます」
「私!?」
ヤダよ。私にやらせなくてもケヴ兄に守ってもらえるっての。
「噂には聞いていましたが、キャサリン様はそれほどお強いのですか」
「強いですよ。オーガを一撃ですから、それも2体ですよ」
「オーガとは……あの巨体のモンスター。見たことはありませんが、何人もの騎士が連携せねば倒せぬと聞いております。それを2体も……」
「あ、あれはケヴ兄とネイ兄のフォローがあっての成果ですから」
「あとはオリヴァー様のアフターフォローですね」
あ……それは言ってはなりませんぞ。
「オリヴァー様とは、ギャレット伯爵のオリヴァー様でございますか」
「ええ。留学生たちが入学の折、色々お世話になったオリヴァー様です。彼はケイトお姉様の婚約者ですよ」
「そうでしたのね。それで、アフターフォローとは?」
「よくぞ聞いてくださいました! 実はね……」
そう言ってあの時の私の失態からその後の溺愛までを嬉々として語るグリゼルダ様。完全に誘い受けですよね、恥ずかしいったらありゃしません。
「お二人は幼い頃から仲がよろしいのですか。で、どちらから好きと言い出したのですか」
「え、えーと、オリヴァーの方から」
「キャサリン様はそれまであまり意識されてはいなかったのですか?」
「いや、あのー、好きという気持ちはありましたが、実は2年前くらいまで幼女と間違われるくらいに背が低くて、あまりにも不釣り合いだなあと遠慮していたのです」
「それでもオリヴァー様はキャサリン様を選ばれたと」
「ハッキリそう言われると恥ずかしいです……」
「あらあら、お顔が真っ赤ですわ。恋のお話と切り出したのはキャサリン様でしょうに。恥ずかしがることなどありませんでしょう」
そうは言っても、恥ずかしいものは恥ずかしい。お母様に言われてまさかと思いましたが、言われてみれば私も女の子同士でこういう話をしたのは初めてかもしれません。アリス様とお泊まり会はしましたが、こういった話はしませんでした。今思えば、彼女は私とオリヴァーの仲は本人次第だと、ニヤニヤと傍観していたんだと分かります。
「私の話はもうその辺でよろしいでしょう。血が昇って倒れそうです。さ、次はジョゼ様の番ですよ」
「私ですか!?」
私も話を振られるのは当たり前なのに、わざわざコイバナをお題に上げたのはこのため。ジョゼ様は婚約相手を見つけるよう命じられているのに、それを無視する理由。彼女は自らの出自ゆえ、まともな相手は見つからないだろうなどと仰っていますが、もしかしたら彼女のコイバナにヒントが隠されているやもしれぬと、敢えて話題を振ったのです。
「お見受けするに、ジョゼ様は婚約者を作りたくない理由があるのではないですか? さしずめ、どなたかに恋をされているとか」
「な、何のことでしょう……」
「またまた、誤魔化しきれてませんよ。私の推測では、一緒に留学に付いてきたあの男子生徒……ユベールさんですかね」
「……!!」
あの夜会でジョゼ様が他国の令嬢たちから辱めを受けていたとき、敢然とそれに立ち向かったのは姫のお付きを務めるユベールさんただ1人。お付きなんだから当然ではありますが、彼からは何というか、そう『姫は俺が守る!』的な主従の間柄を超えたロマンス的な匂いを感じたんですよね。
「キャサリン様は洞察力も優れているのですね」
「姫の肯定を聞くまでは勘でしたけどね」
何の確証も無い勘でしかなかったのですが、どうやら当たりのようです。一応言っておくと、これは女の勘です。野生の勘ではありませんので念のため。
バレているなら隠すことも無いかとジョゼ様が話を始めます。
曰く、姫は側仕えする専属のメイドがおらず、お世話をしたのは1人の乳母。その乳母こそがユベールさんのお母様。彼女は元々男爵令嬢で、王宮のメイドで働いていた。つまり、ジョゼ様のお母様とは同僚で、男爵の娘と平民の娘という立場の違いこそあれど、2人はとても仲が良かったそうです。
しかし、彼女がユベールさんを懐妊したことで職を辞してしばらく後、ジョゼ様のお母様が王のお手つきとなり、ジョゼ様を出産。望まぬ子とあって誰もそのお世話に名乗りを上げる者がいない中、乳母としてそのお世話をすると申し出て、王宮の面々も面倒な仕事を引き受けてくれてありがたいと、お世話役まで含めて一任。そして彼女は生まれて間もないユベールさんを連れて王宮に上がったそうです。
そう、彼女もまたとある高位貴族のお手つきになり、結婚を経ずして子を成した女性だったのです。
「聞いているだけでむかっ腹が立ってきますね」
「どれだけだらしない男が多いのかしら。あっ、申し訳ございません。これではジョゼ様の父君も悪く言うことになりますね」
「いいのです。父らしいことなど一度たりともしてもらったことがありませんから」
本来なら子連れの未婚女性が王宮に上がるなど……と言われそうなものですが、ジョゼ様は王宮でも最も遠い離宮で半ば隔離された生活でしたので、人目に付く心配はない。おかげでジョゼ様とユベールさん、そして2人のお母様は手を取り合って慎ましく生きてこられたのだとか。
「ユベールさんはお兄様のような存在なんですね」
「ええ。幼い頃はよく世話になりました。でもいつからだったでしょう、急に剣の修行をすると言い出して……」
幼い頃は良かったのだが、長じてからはたとえ穀潰しの味噌っ滓とはいえ、王女の離宮に赤の他人の男が住まうというのは外聞が悪いとなって、ユベールさんを外に出そうとなったそうですが、実の父である男が、まだ幼い彼を1人外へ放り出すのはかわいそうだから、王女のお付きの騎士にすればよいと提案したそうです。
「そのとき私は8才、ユベールは10才ですわ」
「おままごとみたいですね」
血を分けた実の子へのせめてもの報いと見えなくもありませんが、実のところは市井に降りて、自分の子であることを喧伝されては敵わないからという思惑なのでしょうが、ともあれ形だけとはいえジョゼ様のお付きとなったユベールさんは、それから剣術に学問にと精を出し、いつか姫様が表舞台に立つ日が来たときは必ずその役に立ってみせると励んでいたようです。
「その想いが私にはとても嬉しく、とても頼もしく、数少ない心の支えだったのです。留学に来る際も誰1人として付いてくると申す者はおりませんでしたので、彼を連れてくるのに支障はありませんでした」
とはいえユベールさんと一緒になれる日が来ることはないだろうとため息をつくジョゼ様。
「ここで婚約者を見つけられなければ、いずれ国内の有力貴族の後妻か何番目かの愛妾にでも押し込まれるはず。せめて今この国にいる一時だけでも、彼と一緒に居たいのです」
「諦めるのは早いですよ」
「キャサリン様?」
「何のためにこの国へお越しになったのですか。ジョゼ様個人が繋がりを持つことによって、母国に戻られても粗雑な扱いをされぬよう、ここで知己を増やすのではありませんでしたか」
「そうですよジョゼ様、ケイトお姉様も私も、貴女の力になりますわ」
「キャサリン様……グリゼルダ様……」
ジョゼ様のお気持ちはよく分かりました。幼い頃からの恋心、分からぬ私ではありません。ちょいと一肌脱ぐといたしましょうと決意も新たに、その日の夜は更けていくのでした。
お読みいただきありがとうございました。
次回は11/20(土)投稿です。
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