山椒姫、胃が痛くなりそう
婚約相手として籠絡してこいと言われた一番の候補はまさかのケヴ兄&ネイ兄。しかしその名前が出た途端、グリゼルダ様は飛び掛からんばかりにその名を出すなと言葉を制しようとします。
「あ、あの……グリゼルダ、様?」
ジョゼ様が困惑しております。そりゃあ事情を全く知らぬ相手からしてみれば、今の言葉のどこに怒られる要素があるのかといったところですよね。
「ケヴィン様に色仕掛けだなんてなんて破廉恥な!? 私だってまだそんなことしてないのに!」
いや……同衾しようとしてましたよね? 普段から距離を詰めすぎて、「近すぎます」と私に引きはがされたことがままありましたよね?
「ケヴィン様だけはダメです! そんなにリングリッド家との繋がりを欲するならネイサン様にしてください!」
どうしてもケヴ兄に目を向けて欲しくないグリゼルダ様は、狙うならネイ兄にしろと言っていますが、それもダメです。王女様とのロマンスが話題先行してケヴ兄に注目が集まっていますが、ネイ兄の方も初めてお付き合いする方が現われているのです。
お相手はパトリシア・メイデン嬢。え、誰だそいつ? ですか。えーと皆様には薬師の娘のパティと言った方が分かりやすいですかね。そうです、一緒にノルデンへ留学したパティです。
あの頃からネイ兄とは徐々に仲良くなっていったというか、女心を解さない朴念仁に1つ1つそれはもう子供を諭すように女性の扱い方を教えられた彼女に、ネイ兄はいつの間にか惹かれていたようで、今は清いお付き合い、もといネイ兄紳士化計画が進行しております。
パティには面倒かけるわねと一度謝ったことがあるのですが、彼女のお父様が生活不適合者の気があるせいか、手のかかる人の世話は慣れてますからとあっけらかんと言われました。ネイ兄にとってはパティを逃すと次に付き合える女性がいつまた現われるか分からないので、妹としてはこのまま行き着くところまで行ってしまえと願っています。
「そんなわけで2人は仲良くやってますので横やりはご勘弁なのです。しかもジョゼ様がその気になってしまって、それを焚き付けたのがグリゼルダ様だと知られれば、パティに毒を盛られますけど。それでもよろしければ止めはしませんが」
そういうわけでジョゼ様がネイ兄を狙うというのは、グリゼルダ様かジョゼ様が毒殺されるか、それがバレてパティが罪人として処刑されるか。どちらにしても私の友人の誰かの死を意味するので避けていただきたいです。
「冗談でも笑えませんね……」
「最悪の事態も想定した方がよろしいですよ」
無論そんなことは冗談で言っているわけですが、グリゼルダ様はパティの薬学の知識をよく知っているので、あながち冗談でもなさそうと身震いしています。うん、それくらい冷静に判断した方がよろしいですよ。
「グリゼルダ様、ご心配なく。先ほども申し上げましたが、色仕掛けで殿方を落とすなどという無粋な真似は望むところではありませんし、何より思い人のいる方を奪うなど、しこりが残るようなことはいたしません」
「本当ですか……」
「まあ……殿方の方から、私を妻にと望まれるならやぶさかではありませんが」
「ダメですわお姉様。ジョゼ様は危険です! かわいい顔をして相当に強かですわ」
ちょっとばかり黒い笑みを湛えながらジョゼ様が不穏なことを仰います。私はすぐに冗談だと分かりましたが、ケヴ兄命のグリゼルダ様はライバル出現とばかりに臨戦態勢が解けないようです。
「そんなの、先ほどの会話から十分に分かってますわ。ジョゼ様は相当に強かですよ」
「お姉様、ケヴィン様を奪われても構わないのですか!」
「キャサリン様もグリゼルダ様も、私をそんな悪い女だと思っておられるとは……悲しいです」
「ジョゼ様、嘘泣きはやめましょうか? ほら、グリゼルダ様も落ち着きなさい。ちょっとからかわれただけです。それに、ウチの兄がそんな簡単に他の女性に靡くような薄情な男だとでもお思いで?」
そう言われれば、グリゼルダ様もたしかにそうですわねと落ち着きを取り戻します。ケヴ兄のこととなると見境が無くなりすぎです。
「ごめんなさいねグリゼルダ様。ケヴィン様に余程ご執心のようだったので、ついからかってみたくなりましたの」
「もう……お人が悪いです」
「本当にごめんなさい。一国の王女様がどこまで本気で慕っておられるのか試してみたくなったんです。もしかしたら私がグリゼルダ様の立場になっていたかもしれないと思うとね」
実家が辺境伯家とはいえ、跡を継がぬ次男三男ではそれほど高い位は望めぬもの。にもかかわらず同じ王女であるグリゼルダ様がこれほど執心する男。ましてや自身も結婚相手として狙えと、母国の人達から言われた相手はいかほどの者なのかということでジョゼ様も興味があり、グリゼルダ様を試したようです。
「グリゼルダ様の思いの丈はよく分かりました。それだけ慕われる殿方に興味はありますが、だからといって横から攫うようなマネはね……想い人と心が通じ合っているなら尚更よ」
そう言ってやや遠い目をするジョゼ様。もしかしたら彼女にもどこかに慕う相手がいるが、叶わぬ恋だったりとか……そのへんはおいおい話を伺っていけばいいですかね。
「改めての話になりますが、私は縁談による繋がりは求めておりません。幸いにしてキャサリン様やグリゼルダ様とこうやって親しくお話しさせていただくようになりましたので、同じように個人的に仲良くしていただける方を1人でも多く作ることが今回の私の最大の目的です」
「ジョゼ様自身の身を守るために個人的な繋がりを求めると……お姉様、どう思いますか」
「嘘か本当かはジョゼ様自身の今後の行動でハッキリと分かります。敵ならば切り捨てるだけですが、有力な味方になりそうであるならば協力は惜しみませんよ」
「そう言っていただけると助かります。今後ともよろしくお願いします」
「こちらこそ」
お互いに腹蔵なく話をしたことで、最初の緊張はどこへやら。オリヴァーやケヴ兄の話、ジョゼ様のブロワーズでの暮らしぶりなど色々な話に花が咲き、あっという間に日も暮れる頃、お母様から声がかかりました。
「もうすぐケヴィンとネイサンも帰ってくるし、よろしければ夕食をご一緒にいかがでしょうか」
「もちろんです!」
「グリゼルダ様はそう言うと思ったわ。ジョゼフィーヌ様もよろしければ」
「いえ……お屋敷に招いていただいただけでもありがたいというのに、食事までお世話になっては……」
私達とはざっくばらんに話ができるようになりましたが、やはりリングリッド家に対しては若干の引け目があるようで、お母様の申し出にジョゼ様は遠慮気味でございます。
「気にすることはありませんよ。国の情勢など女子供がどうこう言えるものではありません。確かにブロワーズとの間に蟠りが無いとは申しませんが、それを何の決定権も無いジョゼフィーヌ様にぶつけるほど無粋ではございません」
「奥方様……」
「それに、ケイトが女の子の友達を連れてくるなんて、アリス様以来だもの。母としては娘に仲の良い友人が出来たことが嬉しいのですよ」
アリス様以来? 他に呼んでいませんでしたっけ?
「貴女、外に出て行ってばっかりで家に呼ぶことなんか無かったでしょう」
そうでしたっけ? 子供の頃は野猿山猿の生活で邸の中で遊ぶことは……無かったな。学園に入ってからは仲の良い友人が何人か出来ましたけど……言われてみればほとんど外だったり学園内だったりアリス様の邸で会うことしかなかったか……
「だからお2人がよろしければ、今日は泊まっていかれませ。寮にはこちらから使いを送っておきます」
「そこまでお世話になっては……」
「ジョゼ様、遠慮は無用です。折角のお誘いですから、ありがたく受けなされませ」
私が遠慮は無用と言う言葉に続き、グリゼルダ様が夜通しの女子トークは楽しいですよと誘いをかけますと、渋っていたジョゼ様も今までに無い経験が出来そうだと話を受けられます。私もアリス様以外の友人を邸に泊まらせるのは初めてなのでちょっと楽しみです。
「明日にはお父様も帰ってくるから、顔合わせにもちょうど良い機会ね」
……お母様、今何と?
「お父様が領地からお戻りになるわよ。ああ、そういえばケイトには言ってなかったわね」
何で実の娘に伝えないのよ。そういうことは早く言ってくださいませ!
「お姉様、お父様って……マルーフ卿、ですよね?」
「そうなりますね」
「ということはお義父様とお呼びしなくては……」
「まだ早いです」
グリゼルダ様の頭の中ではすでに嫁入りのシミュレーションが出来上がっているようです。
「マルーフ卿……ベルニスタの侵攻を撃退した猛将……ですよね?」
「猛将……うん、ベルニスタには鬼って言われているみたいですが」
「私、斬られる?」
「いきなり見ず知らずの他人を切り捨てはしませんよ」
ジョゼ様はジョゼ様で誇張されたお父様の武勇伝を基にだとは思いますが、まだ見ぬ相手にどうやって相対そうかと思案しているようです。
「ちょっと私、急用を思いだ……」
「させませんよジョゼ様」
「お腹痛いの……」
「ならば尚更寝所でゆっくりなされませ」
「うう……リングリッドの皆様と仲良くなるとは申しましたが、いきなり御当主と面会はハードルが高すぎます……」
そんなに心配せずとも大丈夫ですよジョゼ様。多分明日の話題の中心はケヴ兄とグリゼルダ様ですから。どちらかというと私の方が胃が痛くなりそうですよ。
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次回は11/17(水)投稿です。
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