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山椒姫、国家間の問題を再認識する

 新入生のレセプション会場。ケヴ兄の狩った肉を独り占めせんとするグリゼルダ様と共にテーブルへ向かい、皆様に鉱山焼きを勧めていましたら、留学生の一団が揉めておりました。


 直接目撃したわけではありませんが、周りの様子から見るに、どうやら一人のご令嬢が同じく留学してきた方に料理を勧めたようですが、断るフリをしつつ、差し出された皿をわざと弾き飛ばしたようです。


 まあね。好き嫌いは誰にでもあるし、見た目は洗練されていないただの焼き肉だから敬遠するのは仕方ないとしても、もうちょっと断り方があるのではないでしょうか。


「偉大なるブロワーズの王女におかれましては、私のような小国の民にお恵みいただかなくとも十分にやっていけますのでお気遣いなく」

「いくら他に恵む物も無いからといって、人様が用意した食事をふるまって施しをしたつもりなのかしら」

「しかもこのような粗野な料理を勧めてくるとは……どこまでも見下す姿勢は変わらないのですね」


 三人から次々に嫌味を浴びせられるご令嬢。言い返すこともせず、ただひたすらに耐え、手がプルプルと震えている彼女は私の記憶が確かならば……と思っておりましたら、これを助けに別の留学生――おそらく責められている彼女のお付きと思われる男子生徒――が苦言を呈しにやってきました。


「貴方たちの物言いの方がよっぽど立場を悪くするものではありませんかな」


 その男子生徒の言い分は正しい。どんな理由があれ、この場で騒ぎを起こしては自身の国の姿勢が問われかねません。しかし、これまでの彼女達のやり取りを聞くと、今回に関しては少々根が深い事情があることは私ですら明らかにわかるのが厄介です。


「偉そうなことを言うのなら宗主国らしいことの1つでもやって見せなさいよ。歴史と伝統に胡座をかいて何一つ満足に出来ないくせに」

「何を!」

「こちらの料理に何かご不満でも?」




 主催者の気苦労も知らないで暢気に喧嘩を始めるご令嬢達に、若干の殺意を抱きながら間に割って入ろうとしたら、グリゼルダ様に先を越されました。自身が広めようとした自慢の料理を粗野と称されては怒るのも無理はありません。


「何ですの、急に?」

「私の祖国の郷土料理が粗野と言われて黙ってはおられません。ああ失礼、ノルデン王国の第四王女グリゼルダですわ。お見知りおきを」

「ノルデンの……」

「王女……様。な、何か御用かしら」


 気分良く嫌味を連発していたところへ割って入られたことに不快感を露わにしていたご令嬢は、相手が一国の王女ということで一瞬怯んだものの、すぐさま居丈高な態度に戻ります。


「何の御用、ですか……。主催者としてはあまり揉め事を起こされては困るのでお声がけしたのですが問題でも?」


 グリゼルダ様に続いて現われたのが私であったことを確認すると嫌味三人衆のご令嬢が我が意を得たりといった表情で私に話しかけてきます。


「リングリッド家のご令嬢ならばお分かりになりますでしょう? ブロワーズの姫君がこちらへまかり越すことの非常識さが」

「仰ることの意味を計りかねます。留学の受け入れは陛下を始め重臣一同の了解に基づくもの。当然我が父も承知しております。それが異を唱えなかったこと、答えはそれだけですわ」

「なっ……」


 ご令嬢達は自分の意図した反応が私から得られなかったことで、明らかに動揺しております。


「皆様が仰るように国家間の諍いはありましょう。皆様の言わんとしていることも分からなくありません。ですが、この場は同じ学び舎で共に勉学に励む者の集い。私どもとしては歓迎の場を楽しくお過ごしいただきたい一心ですの。それに、この料理は私の親友たるグリゼルダ姫の祖国であり、我が国の盟友たるノルデンの名物料理。それを貶すは我が国とノルデンを馬鹿にする意図があると思われても致し方ありませんよ」


 留学に来るのであれば他国の方と交流するのは必定。それを粗野だの何だのと言っていては何のために留学しに来たのか、正直に言ってこの方達の頭をかち割って見てみたいくらいです。


「故に……これ以上の揉め事は控えていただきたいのですが……」 


 丁寧な言葉遣いながらもこちらが発する殺気を感じ取ったのか、ご令嬢たちは気分が悪いから失礼するわと、こちらへの謝罪も無しに立ち去っていきます。


「お召し物は汚れておりませんか」

「キャサリン様、ご迷惑をおかけいたしました。平にご容赦を」

「貴女が謝ることはありませんわ。ジョゼフィーヌ姫殿下」


 正確に言うと顔と名前は一致していなかったのですが、先程立ち去った令嬢が彼女のことを「ブロワーズの王女」と言っていたので分かったのです。


 ジョゼフィーヌ・ブロワーズ姫殿下。我が国の西南に位置するブロワーズ神王国の第六王女。






 ブロワーズ神王国はかつてこの大陸の大半を支配する強大な国でした。実は我が国も、あのベルニスタも元々はブロワーズの領土だったのです。両国に違いがあるとすれば、我が国は属領を経て正式に対等な独立国として認められたのに対し、ベルニスタは我が国の独立から数十年後、離反独立したという点。


 当然その独立を認めず戦争状態に突入したものの、長年の支配により国内のあちこちに歪みが生じて国力の弱まっていたブロワーズは、元が辺境で軍備の精強だったベルニスタ軍にどんどん押される一方。


 さすがに元宗主国を滅ぼすのは外聞が悪いと、自国の独立が確かなものとなってからは侵略の手は緩んだようですが、それでも国境を接する領主達は、再度侵略された際に中央政府の応援はあまり期待できないと、自主独立の道を歩むようになり、ブロワーズも彼らを矢面に立たせれば、当面は直接国境を接することが無くなるという消極的な理由で独立を承認。


 その後何度もベルニスタの圧力がかかる場面がありましたが、ブロワーズは各国を支援するも、その軍事力は弱く、いつしか防衛の主力はトランスフィールドが担うようになったのです。悉く我が国に侵攻を阻まれたことで、ベルニスタは仮想敵国をブロワーズから我が国へシフト。これにより我が国が直接戦争を仕掛けられるようになりました。最近ではお父様が敵軍の指令ラヴァール侯爵を討って大勝した戦いがそれに該当しますね。


 そのとき我が国はブロワーズに援軍を依頼。元はと言えば彼の国の属国を支援するための戦いであり、大義名分は十分に立つはずなのに、国力が大きく低下しすっかり益々弱腰になったブロワーズは「元々自国の属領であった両国の戦いであり、一方に肩入れはしない」として援軍を拒否。苦戦はしたものの、敵の侵略を跳ね返したことで、これら小国の方々は属国でありながら、我が国との関係に重きを置き、完全に宗主国を見限った形になり、ブロワーズは今や斜陽の元大国といった立ち位置です。


 覇権などと大それたことを言うのも憚りますが、現実的に大陸はベルニスタ対トランスフィールドと周辺各国という構図になっており、ブロワーズは萱の外。今さら覇権を取り戻せるとは思っていないでしょうが、一人だけ仲間はずれにされても困るということで、ジョゼフィーヌ様が親善大使のような形で留学に来られたのだと思います。


 ただ、それを面白く思わない方がいるのも理解出来ます。先ほどのご令嬢達はこの小国群の方々やそれに関係の近い国の出身だったのでしょう。偉そうにふんぞり返るだけで自分たちのピンチを助けないどころか、事後になって一緒に仲間に入れてとノコノコやってきて、厚顔無恥も甚だしいと不満に思っているのかもしれません。


 ご令嬢達が先ほど私が同意すると判断して声をかけてきたのも、実際に先の戦で一番被害を出したのは最前線で戦った当家であり、リングリッドは援軍を拒否したブロワーズに良い感情は持っておらず、怒り心頭であろうという推測からのことでしょう。




「あ、あの……リングリッド辺境伯令嬢様……」

「堅苦しくなさらず。皆にはケイトと呼ばれておりますので姫殿下におかれましてもそのように」

「では私もジョゼとお呼びいただければ」


 ブロワーズはかつて覇者だったこともあり、王族、貴族の多くが気位が高く、他国からは付き合いにくいと評されることが多いのですが、ジョゼ様の振る舞いはとても優和で親しみの持てる雰囲気です。まだ二言三言しか会話を交わしていないので、それが猫かぶりである可能性もありますが。


「ケイト様は私が憎くはないのですか?」

「何故にそう思われたのですか?」

「それは……この状況でブロワーズの王女が留学に来るというのは、虫が良すぎると感じては……」

「国家間の関係や先の戦のことで言えば思うところはあります」


 私の言葉に反応して、先ほどジョゼ様を庇ったお付きの男子生徒が、彼女を私から守るように間に割って入ります。


「姫様、やはり来るべきではありませんでした。帰りましょう」

「ユベール、無礼ですわよ」

「しかし姫様、彼女はリングリッドのご令嬢。我が国を恨んでおるのでしょう」

「ケイト様の立場に立てば当然のこと。それとも血路を開いて私を国に帰すとでも? 相手はあの隠世を壊滅させた山椒姫様だけど、勝てるの?」

「それは……」


 美しい主従関係ですね。私を仮想敵にしているのが納得いきませんが……


「あの……たしかに思うところはありますが、個人の友誼においては別物とも思ってますのよ」


 あの戦に関して言えば十年以上前のことですから、私もジョゼ様も関知できる立場にありません。なのにその責を彼女に負わせるのは筋違い。国を代表して来ているんだからと強弁する方もいるでしょうが、彼女は親善のためにやって来ているのです。それが国の指示なのか彼女本人の意思かは分かりませんが、その想いが本物であるならば手を貸すこともやぶさかではありません。それをする前から排除するような動きは慎むべきです。


「そう言っていただけると気が楽になります」

「学園生活が実り多きものとなるよう、私もサポートいたします」

「よろしくお願いします」


 先ほどまで悲しそうな顔をしていた姫様に少し笑みが戻りました。隣の男子はまだ表情が硬いままですが……


「貴男も。姫様を守りたい心意気は買いますが、無闇矢鱈と守るだけでは無駄に敵を作ることになります。主の意向に沿い、時に助け時に諫めるが臣下の務めですよ」

「はっ、肝に銘じます」

「必要ならたまにお手合わせしてもいいわよ」

「……考えておきます」


 あ、これは考えた結果遠慮しますってパターンね。まあまあやれそうな実力を持っていると思ったんですが、さすがに私相手では気後れしましたか。ダミアンあたりなら良い勝負になるかもしれないから、今度相手をさせましょうかね。






「一国の王女とは言え、今回の留学は大変そうですね」

「そうね。立場が悪いのは承知の上でいらしたようだし、その想いが本物なら出来るだけお助けしてあげたいわ」


 ジョゼ様との会話を終え、グリゼルダ様やヘレンと彼女に対する所見を語り合います。


「見知らぬ地で一人というのは寂しいですからね。私にはお姉様やケヴィン様がおりますけど、ジョゼ様は快く思わない方が多そうだから……」


 そうは言いつつもグリゼルダ様は親近感を覚えたようです。ジョゼ様が鉱山焼きを美味しいと褒めておられたので気をよくしたようです。


「でもお付きの方からは姫様を精一杯お守りしようという姿勢をすごく感じました」

「身を挺して主を守る臣下の鑑ね。ヘレンも見習うと良いわ」

「えーと……、ケイト様にその必要は……、ありますか?」

「むしろ私達がお姉様に守ってもらうような……」


 ヘレン、グリゼルダ様、分かってて言ってるわよね、武力的な問題ではなく心意気の問題なのよ。

お読みいただきありがとうございました。

次回は11/3(水)投稿です。

よろしくお願いします。

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