山椒姫、厄介事に見舞われる
お待たせいたしました。
第4部開幕です。
ノルデン留学を終えて母国へと戻った私は帰途に就いたことを労うアリス様と久々の再会を果たします。
「アリス様、ご無沙汰しております。無事ノルデンより帰国いたしました」
「……ホントにケイト、なの?」
「はい。正真正銘キャサリン・リングリッドですが。まさか顔を見忘れたわけではございますまい」
「いや……何と言うか、その、大きくなったわね」
「何ですか、その久しぶりに会った親戚みたいな言い方は……」
アリス様は何に驚いているのでしょうかと思えば、1年会わないうちに私がより大きくなっていたという事実に衝撃を受けているそうです。
「だって見なさいよ。もう私とほとんど背が変わらないわ。ついこの前までは頭1つ分以上の差があったのに」
「そう言われてみればそうですね。肉ばっかり食べていたら大きくなったみたいですね」
「昔は何を食べても背が伸びなかったというのに」
ノルデンに出発した1年前、ようやく150cmの大台に入ったばかりであった私の身長は、嬉しいことに成長期が止まらず、今では160cm程まで伸びました。ここまでくればヒールの高さを無理することで、アリス様と同じくらいに見せることも出来るという事実を言われて初めて気付きましたら、何だかニヤニヤしてしまいます。実際にはそんなに高いヒールなど履くわけが無いですけどね。
「ふっふっふ、あと1年もすればアリス様を追い抜きますよ」
「分かったケイト、成長が止まる呪いをかけておくわ」
「ひどい!」
未来の王太子妃にこんな軽口を叩ける令嬢は、国広しといえども私くらいでしょう。そしてアリス様もまた、素の自分をさらけ出せる唯一の相手である私の帰還を待ち遠しく思っていらっしゃったのでしょうか、話が弾みます。
「ノルデンではよろしくやっていたのかしら」
「アデル様とティハルト殿下の関係は良好。留学の目的は概ね果たせたかと」
「あら、アデル様だなんて、随分と仲良くなったのね」
「ええ、アリス様より先に出会っていたら、もしかしたら彼女にお仕えしたかもしれないと思うくらいには尊敬してますわ。もしかして嫉妬してます?」
ちょっとからかってみただけなのに、「貴女は人の懐に入るのが上手いから、あのままノルデンに留められたらどうしようとちょっと心配になったけどね」とおどけてみせられ、必要とされていることを感じ取れる発言をされて、改めてこの方は人の上に立って動かす天性の才があるのだと感じ入ります。
「オリヴァー兄様とも上手くやったみたいね」
「お陰様で」
オリヴァーとの仲はノルデンでの1年でさらに深まりましたが、帰国すれば話は別。なぜなら、彼は既に独立したギャレット伯当主として、ラザフォードの家を出て別に邸を構えており、まだ婚約者の段階である私は実家に住まいを置き、まだ別居の状態だからです。
「お父様とお母様は『もう一緒に住んじゃえばいいのに』と仰っているけど?」
「ありがたい話ですが、『嫁入り前の娘に何てことを!』と憤慨するとある方がウチにおりますので……」
「そうね。そこは仲が良くても弁えないといけないか」
私としては早く彼と同居することに慣れたいのもあるし、新しい邸の使用人とも交流を深めていきたいが、そういう事情もあってギャレット邸には客としてお邪魔して、たまにお泊まり(not同衾)するだけで、普段は彼が仕事帰りに我が家に寄って夕食を共にするくらい。
「帰国してすぐにお兄様も忙しくなってしまわれたから」
「留学生の受入が今年は多いとか」
「アデレイド様の留学がきっかけだよ」
「あらお兄様、こちらにお戻りになるなんて珍しいですね」
「ケイトがこちらに来ていると聞いてね」
アリス様と2人で話していたところへオリヴァーが現われました。最近は実家に顔を出す機会がめっきり減ったようですが、今日は私がお邪魔していると言うことでやって来たらしい。
「今日はここで夕食を共にしよう。後で家まで送る」
「あら? 今日はギャレット邸に連れて行かないのですか?」
いつもだったら今日は泊っていかないの? と眉を下げてシュンとするオリヴァーが珍しく素直に家まで送ると言っております。
「お兄様、もしかして……他の女性を連れ込む気ですか?」
「そんなわけないでしょ、やるならもっとバレないようにやるよ。……ってちがーう! そもそもケイト一筋の僕がそんなことするわけないし、だいたい最近忙しいのはアリスもよく知っているだろ。他の女性と会う時間をいつ作るのさ!」
「その忙しいとは留学生に関することですか?」
妹の冗談に、オリヴァーは自身がそう思われていたこと自体が失態だとでも言わんばかりに、全力で否定します。
「ああ、そうなんだ。僕もケイトが泊まっていくというなら喜んでと言いたいんだけど、明日は朝早くから面倒なお仕事が一件入っちゃってね。もったいないけど、もったいないけど……主のいない家に一人で置いていくわけにもいかないからさ」
「面倒ごと……ですか?」
「うん、ケイトにも関わりのある話だよ」
そうやって前置きしたうえで話す面倒ごととは、ノルデンからの留学生受け入れというお話。
「まさか……それって……」
「そのまさかだよ。グリゼルダ姫殿下が留学に来られる」
ヒャー! ホントに追いかけてキマシタワー!! ちゃんと手順を踏んで了解を取り付けてくださいねと言ったはずなのに、まさかこの短期間で話をまとめてきたというのですか?? 恐るべし行動力……
「グリゼルダ姫って、手紙でよく名前が出ていた、ケヴィン様の……」
「ええ、その姫様です」
「来るんだ」
「来るみたいですね」
「他にも対応しなくてはならない方が多いのでね。グリゼルダ姫は特に僕やケイトと近い関係だからと、宰相閣下は私に任せると仰せだ」
そう、私が国を離れていたこの1年で、我が国には近隣各国から王族や高位貴族の子弟が多数留学に来たいと言う申し出が増え、今年はその数が過去に例を見ない多さのため、学園内はおろか、市中の警備も整えないとということで、文官も騎士団も準備に大わらわなんです。
発端は先ほどオリヴァーが言ったとおり、アデル様の留学。
両国の関係を深める交流の一環として留学するというお題目でありましたが、その実はアデル様の輿入れ準備。これによってノルデンは同盟が強化され、ベルニスタ王国の圧力を回避しやすくなって一安心といったところですが、かの国に圧力をかけられていたのはノルデンだけではありません。
そんなわけで、他の各国も我が国と連携を強化したい。その手段として手っ取り早いのは、我が国の貴族との縁談になりますので、未婚の若い方を留学生として送り込むわけです。
「それで、グリゼルダ様はいつ頃お見えになるのですか」
「使者が来た時点で既に国を出たということだから、3、4日もすればお見えになるのではないかな」
それは少々……まあまあ……かなり……相当厄介ですわね。
「厄介ごとは他にもあるわよ」
「アリス様、それは一体……」
そう言ってニヤッと笑うアリス様。これがお父様がよく言っていた、ラザフォード家伝統の黒い笑みですね。その系譜はオリヴァーやそのお兄様ではなく、アリス様に受け継がれておった。
「新学年が始まれば、皆様学園に入られます。生徒会としてそのサポートをしなければなりません」
「生徒会……」
「ケイトには副会長を務めていただきます」
「なんですと……」
学園の生徒会は基本的に高位貴族の子弟が役職に就くのが慣例。私が1年生の時はジェームズ殿下がいらっしゃいましたので、文句なしで生徒会長職でございました。ただ、王子という公的にお忙しい御方なので、実務などはその下に付く者がやっていたわけです。殿下の時にはオリヴァーがそれに該当しますね。
「殿下がご卒業になって、昨年は本来ならアデレイド様がその役を務めるはずだったのですが」
「留学しちゃいましたからね」
いないのであれば誰かが代わりを務めないといけないのですが、みながみなアデル様が務めるものと思っていたのでなり手がいない。そこで2年生ながら公爵令嬢であり、殿下の婚約者というこれ以上ない立場のアリス様が会長を務められ、3年生の伯爵家以下の子弟がサポートに回っていたそうです。
「その皆さんもご卒業なさいましたから、今年は私達の代でメンバーを揃えないといけません。なので、ケイトが副会長よ」
「なので、の理由がいまいち分かりません」
「公爵家の娘である私を除いたら、今のところ辺境伯令嬢のケイトが学園では最上位よ」
そう……辺境“伯”という名称ですが、実質侯爵と同格ですからね。お父様が陞爵を嫌がったわけがちょっとだけ理解出来ます。
「逃げる理由をあれこれ考えても無駄よ。それ以前に貴女は男爵。位で言えば現時点では私より上なんだから」
「痛いところを突かれますね……」
アリス様に思考を先回りされた……現時点では彼女も公爵家の娘でしかないので、爵位を持つ私が形の上では最上位になってしまうのです。
「会長をやれと言わないだけありがたいと思って欲しいわ」
「でもアリス様は殿下と共に公務に入ることも多いでしょう。実質私がトップみたいなものではありませんか」
「そこはほら、未来の旦那様が手取り足取り教えてくれますわ。ね、お兄様」
「任されよう。大丈夫だよケイト、君ならできるよ」
「そうは申しても、今年は他国の方が多いわけですよね。すでにグリゼルダ様という王族が来るのは確定ですし」
「むしろ他国の王女様と仲の良いというのは他の国の方にとってもありがたいのではないかな」
「頼りやすいと?」
「そういうこと」
なるほどですね。最終学年もどうやら色々と忙しくなりそうです。
お読みいただきありがとうございました。
次回は10/20(水)投稿です。
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