表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
111/159

【閑話】スケコマシ、決意の恋路

キャサリンの次兄、ケヴィン視点の閑話です

「お前も行くか?」


 ベルニスタ王国の内部工作を防いでからすぐのこと、第一騎士団長ラザフォード公爵閣下にそう尋ねられた。


 アデレイド嬢のノルデンへの輿入れに、留学という名目で妹が同行することになったのは聞いたが、さらにそのフォローのため、未来の義弟オリヴァー君を代理公使として赴任させるという。


「ケイトには無理を言ってしまったからな。見返りというわけではないが、オリヴァーを送り込むのもそのためよ」

「また無茶をなさいますね……」


 本来なら仕官して1年目の若造が公使などあり得ない話だが、今回の縁談はノルデン側からの申し出なので、その代わりにと言われれば先方に否やは無いし、宰相閣下もご息女の同行者にケイトを半ば無理やりに指名したということで、その対価として了承。全ては義娘の身を案じた団長の手配である。


「出来ればお主とネイサンにも行ってもらいたい」

「何故でしょうか」

「身近な者が多くいる方が安心であろう。残念ながらアデレイド嬢に近い者で送るに相応しい者がおらぬから、せめてケイトの身内なれば見知った者と、彼女も少しは気が楽であろうと思ってな」


 なるほど……アデレイド嬢に近いご令嬢の多くは婚約者捜しで忙しいようで、同行するのは身辺警護を任されたヒラリー嬢のみ。だからこそケイトが一緒に呼ばれたわけだ。


 それゆえオリヴァー君の他に、ケイトの身内であり比較的年齢の近い私やネイサンも呼んで、見知った相手を少しでも近くに置いておこうというわけか。


「しかし、私とネイサンの両方を送ってしまってよろしいのですか」

「構わん。しばらくは戦らしい戦も起こりはせぬ。それに……お主とネイサンも少し国を離れて骨休めしたほうが良いのではないか?」


 ニヤリと笑う団長。上官としてこれほど尊敬出来る方は他にいないと思ってはいるが、時々見せるこの企むような微笑みだけは警戒をしてしまう。


 古くからの友人である父が「アイツの腹は真っ黒」と言って憚らない理由はそこにあるのだろうなと、仕えてみてよく分かった。


「ケイトがいなくなった代わりにリリアに剣術を教えようとしたら、マルーフに……」

「何故それをご存知で……」

「ふん、アイツとは40年近くの腐れ縁じゃ。息子であるお主よりもよく知っとるわ」


 父の愛情(しごき)がかつてないほどの深み(きびしさ)を見せ、正直言ってほとほと参っていたところで、団長が助け舟を出してくれたというわけだ。


「名目上はアデレイド嬢やケイトのサポートだ。あちらからの申し出故、問題は無いと思うが、両国の友好のため力を発揮してほしい」

「かしこまりました。お役目果たしてまいります」


 こうして弟ネイサンと共に、駐在武官としてノルデン王国に赴任することになった。






「皆様ご、ごきげんよう。ノルデン王の四女グリゼルダです。ケイトお姉様には仲良くして頂いておりますの」


 赴任先で出会った少女――第4王女グリゼルダ・ノルデン姫殿下


「トランスフィールドから参りました駐在武官、ケヴィン・リングリッドでございます。姫殿下のような美しいお方にご挨拶できること、非常に嬉しく思います」

「ひょっ……け、ケヴィン様と申されますのね……て、丁重なご挨拶痛み入ります。ケイトお姉様共々、仲良くして頂けると嬉しいですわ」


 相手は王女殿下。失礼の無いようにと恭しく礼を取ったわけだが、どうやら一目で惚れられてしまったらしい。



 ◆



「お兄様、一体どうなさるつもりなのですか?」

「何がだ?」

「グリゼルダ様のことです」

「あぁ……そうだな」


 赴任してから9ヶ月ちょっと。姫様との仲はドンドンと深まってきた。


 きっかけは剣術大会に端を発した合宿訓練。グリゼルダ様自ら警護を私に任せたいと仰せになり、一度は辞退したものの、ティハルト殿下やアデレイド嬢、さらにはオリヴァー君まで了承とあっては受けざるを得ない。


 それから姫様のアプローチは遠慮が無くなってきた。最初こそケイトに同行して会いに来ては二言三言会話を交わすくらいであったが、エンデヴァルドに行ってからは単独で会いに来られることも多くなった。


 さすがに同じ部屋で寝泊まりすると言われたときはどうしたものかと思ったが……




「仕方なかろう。仮にも赴任先の王女殿下、無下には出来ぬ」

「そうは申しても、お別れの日は近うございます。あまり仲を深めては」

「今更であろう」


 周りが止めないのも悪い。唯一ケイトだけはあまり仲を深めては後々面倒になると苦言を呈してきたし、その言葉通り本来なれば身分の差を理由にお断りすべきであったが、ティハルト殿下に仲良くしてやってくれと言われれば、私が拒否できる立場にはない。




「少し年の離れた異性への興味を、男性陣は大人の男性に対する憧れからくるものと思っていたからこそ、そのように仰せになられたのでしょう。殿下にしてみれば妹はいつまで経っても妹であり、幼い頃から彼女を見てきたというところで、バイアスがかかっていたからこその発言と見受けますが、姫様とて年頃の女性です」


 ケイトは同年代の女性から見て、姫様が何を考えているのかという所見を述べる。


 昔(と言っても1年前の話だが)は自身の体型が幼いことに引け目を感じて積極的ではなかったが、それでもオリヴァー君と男女の仲になりたいという想いは、遊びとか憧れといった範疇に留まらず、真に願っておりましたので、姫様の気持ちはよく分かる。彼女のそれは、意中の相手を射止めようとする女性としての本能でありましょう。と……




「皆様が止めないからといって、お兄様の行いは姫様の恋心を燃やすだけ燃やしているのです」

「だがなぁ……俺は聖騎士とはいえ、貴族としては領地も持たぬ端くれの身。いかに王女殿下がお望みであろうと叶うものではない。それは彼女も分かっていると思ったのだがな」


 第4王女と序列は低いとはいえ相手は一国の王女。片や国力は我が国の方が大きいものの、貴族としては準男爵クラスの私とでは釣り合いが取れるはずもない。それは彼女とて分かっているはず


 いずれ国の命でどなたかへと嫁がれる身。若いうちの一時の夢、とまでは申さぬが、素敵な思い出の1つにでもなれば……と思ったが、実際にはそうではなかった。


 肉食獣なんて冗談で申していたことを抜きにしても、彼女が“本気”だったのを感じたケイトが、何度か忠告したものの、すでに姫の恋の炎は止める術もなく今に至っている。




「ですから何度も申し上げたのに。あのままでは姫様は国を捨てても追いかけてくる勢いですよ」

「……嬉しかったんだ」

「は?」


 どう落とし前を付けるのかと問われたので、妹には本心を話しておこうと口を開く。


「俺が女性にモテるような男でなかったのはケイトもよく知っていただろう」

「そうですね。都の水は人をここまで変えるのかと驚いたものです」


 ガサツな割に可愛い女の子がいると途端にデレデレしていたあの兄が、王都にいる騎士の中では一二を争う女性人気と聞いて驚愕し、都にはそれほどイイ男がいないのかと思ったと明け透けに言う妹。相変わらず辛辣だが、間違いではない。


「都に行ってから思い知ったんだ。俺は他の令息に比べて女性への気遣いが足りなさすぎるとな」

「それが何の関係がありますの?」






 学園に入学して、初めて都で暮らし始めてから知ったのは、領主の息子として領地に居たときとは違い、ここには他にも多くの貴族がいて、自分だけがチヤホヤされる存在ではないということ。


 別に自分だけの問題であれば構わないが、騎士団の一員となればそういうわけにもいかない。


 騎士は女性から人気が高い。故に己の振る舞い一つで騎士団全体の評判を落とし、周囲に迷惑をかけることもある。故に女性への接し方を改めたのだ。


「それでモテモテになられたと」

「だが同時に知ったんだ、彼女達の多くは騎士としての私に魅力を感じたんだと」


 確かに女性に対する接し方を変えてからモテるようになった。だがそれは騎士としてのケヴィン・リングリッドに将来性を感じたからでしかないのだ。




 家督を継がない男子が身を立てる方法として他家に婿入りするという手もあるが、狭き門であるし、何より婿入りとなるとあまり自由も利かない。なので大抵はどこかの貴族の従士になるのだが、一番人気は官僚や騎士になって国王陛下の直臣となること。功績によっては爵位を与えられ、貴族の当主として独り立ちすることもできるのがその理由。


 だから目指す者は非常に多く、騎士になるというだけでエリートの証。その中でも若くして聖騎士となった私は、自慢ではないが身分がそれほど高くない女性はもとより、それなりの地位にいる貴族のご令嬢からも熱い視線を送られる存在になった。


「だけどな、彼女達が欲しいのは聖騎士の妻の地位、もしくは聖騎士を婿に迎えたというステータスだ。もちろん彼女達の事情を考えればそれを望むことが悪いことではないが、やはり寂しいものだ……」


 私に気に入られるため、私好みの女性を演じる彼女達。だがそれは、虚飾で飾った私を見ているだけのこと。


 当然私はそのことに言及しない。本性を見せて幻滅されるのは構わないが、それで周りに迷惑をかけてはいけないから。


「随分と面倒な演技をされたのですね」

「その選択をしたのは自分だからな。致し方ない」




 言い寄ってくる女性と付かず離れずの距離を保つ日々。何人かには「騎士としての本分を果たすため、色恋に現を抜かすにはまだ早い」などと大嘘で誤魔化したりもしてきた。


 そんなときに降って湧いたノルデン行きの話。父上から逃げるのもあったが、女性関係のほとぼりを冷ますにもうってつけと望んでやって来たところで出会ったのがグリゼルダ姫。


 彼女はまだ幼いところもあるが、王女らしく優雅さというか気品がある。可愛さで言えば妹のケイトも可愛いが、今まで自分が関わった女性には無い魅力があると言うべきだろうか。


 まあ俺も男だから、可愛い女の子には目がない。元来そういう性格だしな。そういう意味ではグリゼルダ様のような美少女に好かれるのは悪い気がするはずもない。


 最初はみんなと同じように恋に恋するお年頃くらいにしか思っていなかった。それはそうだろう、相手は妹と一つ違い。恋愛に繋がるとも思えなかった。


 だが彼女はそうではなかった。一人の男として自分を慕ってくれた。今まで声をかけてきた女性と違い、王女である彼女が私と一緒になるメリットなどない。むしろ身分差で結ばれるはずもない縁だ。


「にもかかわらず、彼女は俺の側にいたいと言うのだ。嬉しいではないか」

「しかしそれは、やはりお兄様の仮初の姿を見てということですよね」

「まあな……だから彼女には本当の姿を見せた」

「見せたの……ですか!?」




 ある日のこと、俺はグリゼルダ姫に今までの経緯と、今の自分が演じられた姿であることを詳らかにした。


 元から身分違いの関係。それで幻滅してくれればそれまでで、あるべき姿というか、姫様の若気の至りによる一時の迷いと皆が納得する形で落ち着くはずだった。


「しかし……今に至るということは、姫様が受け入れてしまったと」

「そういうことだ」


 むしろ他の人に言えない秘密を自分にだけ明かしてくれたと喜ぶ姫様は、「人には誰にも言えない秘密があるもの。自分も王女という皮を被って本性を見せないよう教えられてきたからその気持ちはよく分かる」と。


「ということは、本心を明かしたお兄様に対し、グリゼルダ様も本性を出してくるようになったと……なるほど、姫様の行動に整合性が出てきました」

「どうしたものか」

「お兄様の好きになされては」


 あまり弱音を吐くのは好きではないが、妹はこの事態を想定していたようだし、何か解決の糸口になることはないかと思い、ウンウンと頷くケイトに尋ねてみれば、アッサリとそう答えられた。兄が困っているというのに随分と他人行儀ではないか。




「お兄様は私にどうしろと? もし二人の仲を裂く役目をと仰るならば御免被ります。受け入れるにしろ、突き放すにしろ、お兄様自らの口でお伝えになるのが筋でしょう」

「それはそうであるが……」

「それで諦めるならばそれでもよろしいかと。ただしそれはご自身の口から申さねば姫は納得しません」


 たしかに……姫様には恨まれるかもしれぬが、元から身分違いの恋。皆納得はするであろう。


「もしお兄様が姫様を望まれるのであれば……それもまたご自身の口から申さねばならないでしょう」

「…………」

「ですが、お兄様が姫に対する同情からそのように仰せなのであれば……私は反対です」


 乗り越えるべき壁が多くある以上、相手に対する同情心だけで周囲を説得は難しい。それで身内が面倒事に巻き込まれたり、姫様が悲しい思いをするくらいなら、今ここでスパッと断ち切るべきだと妹は言う。


「だからこそ大事なのはお兄様の気持ちです。何があっても決心は揺るがぬと仰せなら、不肖この妹めはお兄様の味方になります」

「ケイト……いいのか?」

「本音を言えば面倒なことと思いますが、私もオリヴァーと婚約した手前、あまり偉そうなことは言えませんから」


 ケイトは昔からの間柄とはいえ、オリヴァー君と結婚することで間接的に我が家も王家と縁戚となる。そうなってしまった自分が兄だけはダメだとは言えないと苦笑する。


「妹としてはお兄様にも幸せになって頂きたいと願っています。その相手がグリゼルダ様だと真に仰るならば喜んでお手伝いしますが、ご自身の気持ちを殺してまで姫様の気持ちを無下にしたくないからという同情心であれば反対です。お兄様、どうなのですか?」


 俺は……


「今すぐに答えを出せとは申しません。帰国まではあと3ヶ月ほどございます。どちらにせよご自身でよくお考えになり、結論を出されるがよろしいかと。どういう結果になろうとも、私はお兄様の判断を尊重しますわ」

「ケイトも随分と大人になったものだな……」

「私とて成長しているのです。特に恋のあれやこれやはお兄様より一歩も二歩も先んじてますわ」


 嫌味を言うものの、その顔はニコッと笑っている妹は、そろそろお暇しますねと言って部屋を出る支度を始める。


「よいのか。もう少しゆっくりしていけばよかろうに」

「用件は済みましたので。それにあまり長居すると姫様と鉢合わせして気まずくなりますから」

「からかいおって」

「からかいもしたくなります。兄が色恋沙汰の1つも満足に出来ぬヘタレと言われては妹は悲しゅうございますので」


 そういうわけで邪魔者は退散しますよと、そそくさと去って行く妹。


「まったく……応援しているのか貶しているのか……」


 去りゆく妹の背を目で追いかけながら、思わずボヤキが出てしまう。


「お兄様!」

「なんだよ!」

「お父様をどうやって説得するか、今から考えておきましょうね!」


 チッ……なんだかんだ言っておいて、俺がもう結論を出していることに気付いてるんじゃねーか。山椒姫だっけか? その名の通り身内にも厳しい子だわ。






<キャサリンが去ってからややあって……>


「あのー、兄上」

「ネイサン、どうした?」

「来ましたよ」

「誰が……と聞くのは野暮だな。分かった、すぐに行くとお伝えしてくれ」


 弟に来客を告げられ応接室に向かう。既に頭の中で「ケヴィン様~」と俺を呼ぶあの声がこだまして、一人でニヤついているのは内緒の話だぞ。

お読みいただきありがとうございました。

前回予告した通り、第4章に向けて約半月ほど充電期間をいただきます。


昨日から投稿を始めた「隠居したら焼け木杭に火をつけられた」(全8話、1日1話投稿)

https://ncode.syosetu.com/n8418hf/

のほか、ポチポチ短編を挟みつつ、第4章を書いていきたいと思います。

(充電じゃなくてむしろ放電してるのでは?)


ということで、「山椒姫」次回は10/16(土)から再開したいと思います。

よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 腐肉あさりでも罠を仕掛けたり待ち伏せするタイプでもない生粋のプレデターだからね、姫様 魅力的な肉など食われてしまうのです
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ