山椒姫、戦友達との別れ〈第三章完〉
本話でノルデン王国編完結となります。
ついに母国へと帰る日がやってきました。
剣術大会が終わってからはというもの、アデル様と共にあちこちの夜会やお茶会にご招待を受けることが増えました。平穏な留学生活が送れるかと思ったのですが……
未来の王妃殿下をもてなすということもさりながら、両国の友好の架け橋として来てもらったのに、例の一件で気を悪くされては申し訳ないということにも思惑があることは容易に推測できます。
社交は苦手だと何度も断ろうかと思いましたが、オリヴァーに「これもまた伯爵夫人になる勉強だよ」と言われれば返す言葉もありませんので、精力的に親睦を深めてきました。
ちなみに息子の不始末の代償として、レーマン家は侯爵自らが申し出たとおり領土の3分の1を王家へと返還。エカルトさんは騎士団の最下層としてビシビシ再教育され、最近は泣き言を言う元気もないほど憔悴しているそうですが、お父上はそれで潰れるならそれまで、そうなる前に何度も行動を改める機会を見逃したのは、自身の責任だと仰っているとか。
ついでに父である前侯爵も生かさず殺さずのほぼ監禁状態だとか。当主であった頃の権勢は失ったとはいえ、これ以上悪さをされては堪らないということで決断に至ったようです。
エカルトさんの行いが明るみになり、当初はいくばくかの非難する声もありましたが、侯爵閣下の果断なる処置と、私達がこの件でノルデンの皆様の間に亀裂が生じるのを懸念しているという声明が、殿下を通じて伝えられるに至り、事態は沈静化いたしました。
「ケイト、元気でね。一年間、貴女がいてくれて楽しかったわ」
「私も勉強になりました。アデル様も息災であられますように」
アデル様はこの春に学園を卒業。これからはいくつかの儀礼的な行事を経て、1年のうちに華燭の典を挙げらることになります。それと同時にティハルト殿下は立太子され、二人は晴れてノルデンの王太子夫妻として新しい生活が始まります。
彼らの恋はあれからも順調に育ち、今では互いに欠くことの出来ない存在であると公言され、どこかしこで仲睦まじいお姿を拝見したという声を聞きます。
それこそアデル様が殿下のことを話すときなどは、デレデレとして、普段の怜悧でキッと凜々しい姿は何処へやら。それこそ合金ドリルがデロデロに溶けるのではないか!? というくらい惚けております。
「貴女の結婚式には必ずお祝いに駆けつけるから、必ず招待しなさいよ」
「アデレイド嬢、一国の王太子妃が伯爵夫妻の結婚ごときで国外へおいでになるなど……」
「よいのだオリヴァー殿。これはアデルだけではなく、私の希望でもあるのだ」
遠慮するオリヴァーにティハルト殿下が声をかけます。
「それこそ王となれば国外はおろか、おちおち城の外へも出られなくなる。今のうちだけだから」
「そういうことならば歓迎いたします。必ずやご招待いたしましょう」
耳元でヒソヒソ話をする殿下の言葉に、それならば十分におもてなししましょうというオリヴァー。
「アデル様、私がいないからってドリルのお手入れを忘れてはなりませんよ」
「貴女のために手入れしているわけじゃないっての!」
「僕のためだよね」
「殿下……もう……」
この様子ならノルデン王家の将来は安泰ですね。
「キャサリン様、今までご指導ありがとうございました」
「ケイト様、結婚式には私もアデル様のお供で行きますからね」
「ヤコブさんもヒラリー様もお元気で。ヤコブさん、ヒラリー様をよろしくお願いします」
お二人は残り1年の学園生活が終わればすぐに夫婦となる予定だそうで、同時にヒラリー様はアデル様の護衛騎士、ヤコブさんはティハルト殿下の秘書官見習いになることが内定。
ノルデンにも美人騎士が誕生するわけで、私もウカウカしていられません。「あっちの国の女性騎士の方が美人だな」などとは言わせませんよ。え? 競うところはそこじゃない、武芸の腕で競えですか? そっちは問題ないですから。
「俺も忘れないでよ」
「もちろん。二人のこともそうですし、同好会のこともお願いしますね」
「任されましょう」
大会が終わった後、同好会は入会希望者が殺到……とまではいきませんでしたが、剣術に興味はあっても学んだこともないからといって、入るのを躊躇っていた初心者の1年生が、ヤコブさん達の活躍に触発されたのか何人か加入しました。
私はアデル様と同様に社交が忙しくなりましたので、その後のことにはほぼ関与できず、たまに顔を出す程度になってしまいましたが、私やケヴ兄、ネイ兄の薫陶を受けた三人の的確な指導、さらには訓練場で常に臭いが充満していたアレのおかげでメキメキと力を付けていったのは言うまでもありません。
主将のヤコブさん、副将のテオさん、そしてヒラリー様がいれば同好会の未来も明るいでしょう。
「お嬢様、出発の準備が整いました」
「ご苦労様、ダミアン」
――そろそろ出発の時間ですと声をかけてきたのは
そう、チーム隼の大将にしてエカルトさんの守役をしていたあのダミアンです。
責任を感じて自害しようとしたところを助け、ヴィルフリート様も気にせず帰って来いと仰っていたのですが、彼自身がそれを許せず、卒業後は流浪の旅に出るなどと申しておりましたので、鍛え直してあげると言ってからビシビシ指導を与えたところ、何故だか懐かれてしまいました。
懐かれるほどの指導とは? 私が聞きたいです。私や兄達の指導によって強化されたヒラリー様とも十分に戦える力を元から持っていた逸材だから、鍛えれば相当の傑物になれるかもなんて思って、彼に騎士としてあるべき姿を説き、ちょっとだけ本気で手合わせをしただけなんです。そうしたら何だか「キャサリン様、キャサリン様」と構われるようになってしまったのですよ。
痛みが喜びに感じるってちょっと危ない人なのかと警戒しましたが、教えれば教えるだけ技術を吸収していくものですから、面白くなって鍛え続けた結果、「キャサリン様」が「お嬢様」にランクアップし、見事私の忠実な犬と成り果てたので、それならばとレーマン家の了承を得て、我がギャレット伯爵家の家人として仕官してもらうことにしました。
ギャレット伯爵家、覚えておいででしょうか。そうです、オリヴァーの継いだ名跡です。ラザフォードの分家として立ち上げたばかりなので、今のところ家臣は私の生家リングリッドとラザフォードの両家から借り受けている方ばかりで、将来的には子飼いの家臣を増やさなければなりません。
本格的に動くのは私が結婚してからと言われてはおりますが、折角の逸材(私に忠実な犬という問題はあるけど)ですから、直臣第一号とさせてもらったのです。
「お嬢様、お手をどうぞ」
「こら待てダミアン、それは私の役目だ。越権行為も甚だしいぞ」
「旦那様、お言葉ですが私はお嬢様の忠実なる下部。お嬢様のために生きる身でございます」
「いやいや、君、ギャレット家の家人だからね。私の家臣なのよ。分かってる?」
「もちろんです旦那様。私は旦那様の忠実なる家臣にして、お嬢様のためなら命も惜しくない下部でございます」
「ダメだこりゃ。ケイト、なんでコイツ拾ったのさ」
私の忠実なるワンコ1号さんが、手を引くのは私の仕事だと恨みがましく私を見つめますが、そんな目をしないでください。私も想定外ですから。
「ともかくそろそろ出発だ。中継の街に着くのが遅くなってはいかんからな」
「お兄様達も準備は……よろしくないみたいですね……」
駐在武官の任を解かれて代理大使たるオリヴァーと共に帰還する兄2人。
ネイ兄は大丈夫ですね。パティとニコニコ談笑していましたが、オリヴァーの出発の声に応じて彼女を馬車に乗せてあげると、自身もサッと馬に跨がって準備万端なのですが……もう1人が……
「いや! ケヴィン様、どうしてもお戻りになられるのですか……」
「姫様、そう仰せになられても私も主君の命なれば……」
恋する肉食姫殿下に迫られるケヴ兄。だから程々にしなさいとあれほど申し上げたのに……
「不躾なのは重々承知です。それでも……これからも私の側で守っていただきたいのです」
「グリゼルダ姫殿下。貴女の気持ちはありがたい。騎士として、男としてこれほど嬉しいことはありません」
「ケヴィン様……」
「ですが、姫はまだまだ学ばねばならぬ身。男はこの世にごまんとおります。きっといつか私よりも姫様を幸せにしてくれる御仁が現れます」
「……嫌です。もしかしたらそのような殿方がいらっしゃったとしても、ケヴィン様より優れた方だったとしても……貴男がいなくなるのであれば、そのようなことを知るために見聞を広げたくはありません!」
あーあー、これはもう半分どころか、完全に愛の告白ではありませんか。明確にここに残れと仰っています。
ケヴ兄、どうします? 私に話したあの覚悟、本気でそう思っているならば、ここで男を見せなさい。リングリッドの名が泣きますよ!
「今はまだそのときではありません」
「……?」
「もっと、もっと広く世界を知りなさい。それでもなお不肖この私めをお望みならば、待っております」
「……!! えっ……」
「残念ながら今のままでは身分が違いすぎる。皆の祝福を受けるには、相当の努力と覚悟が必要ですぞ」
「……待っていてくださるのですか」
「ただ待っているだけではありません。私も、もっと貴女に相応しき男になり、身を律してお待ち申し上げている」
涙にくれるその瞳をそっと拭い上げるケヴ兄。姫様はその行動に一瞬ビクッとしましたが、優しく微笑む兄の顔を見つめると、クシャクシャの泣き顔を手で覆い、フーッと一息つけます。
「本当に……待っていてくださいますのね」
顔を覆っていた手を払い、一言だけそう確認した姫様は、先ほどまで泣きじゃくっていた駄々っ子の面影はとうに消え、王女に相応しき凛とした威厳と慈愛に満ちた顔をしています。
「それでいい。それでこそ私が敬愛する王女殿下だ。今よりも気高く、美しくなり、今よりも私が手放したくないと思えるほど素敵な淑女になって、私の前に現れる日を待っています」
「なります! 必ずやその日が来るようにしてみせます!」
「だがそれだけではありませんよ。皆に祝福されて私の元へ参るのならば、それまでに為さねばならぬことを……」
「分かっております。私も一国の王女、相応の大義名分にてお会いできるよう、しっかり話は付けておきます」
「ならば私も父の了解を取らねばな……」
ついにケヴ兄様が姫様の気持ちに応えました。
嬉しいような複雑なような……それはそうでしょう。家には他国の王族の血を引く義妹がおり、いずれ私が結婚すれば母国の王太子妃も義妹となる。さらに兄が続けば同盟国の元王女が義姉ですよ。無骨が服を着て歩いている我が家の縁者に高貴な方々が続々でゾクゾクしますよ。
一番頭を抱えるのはお父様かもしれません。ケヴ兄様がどうやって説得するのか……いざとなったら援護射撃も吝かではありませんね。
「それでは姫様、しばしお別れです」
「ケヴィン様、お別れの前に一度で構いません。私をギュッと抱きしめていただけませんか」
「いや……さすがにここでは……」
ケヴ兄様が戸惑うのも無理はありません。みんなが見ているのですよ。
どうしたものかと殿下の方を向く兄様。私も気になってそちらを見ると、微笑んでおります。
……違うな。あれは「すまない。ちょっとだけ妹のワガママに付き合ってくれ」という申し訳無さと、「これから先、面倒なことが起こりそうだなぁ」という諦念からくる苦笑いだな。
「では失礼して(スッ……)」
「……!! 私のワガママに付き合ってくださり、ありがとございます」
「姫様と一緒にいた毎日、私も楽しかったですよ」
「ならばもう一つだけワガママを申してもよいでしょうか」
「何でしょうか?」
「"グリー"と呼んではいただけませんか……」
殿下の様子を見て、ここは話を合わせないと帰れそうにないなと判断したお兄様が、ものすごく照れくさそうに優しく抱きしめますと、グリゼルダ様はウットリとした表情で兄の胸に顔を埋めます。
ですが……ちょっと調子に乗りすぎでは? 罪悪感と、これから起こるであろうことに対する焦燥感が強くなりすぎて、殿下の顔から苦笑いすら消えておりますよ。
「グリー、また逢う日までお元気で」
「はい……ケヴィン様もお元気で……」
甘いけど重い空気の中、ケヴ兄様が言い切りました。リングリッド(父は除く)は覚悟の意思を示しました。けしかけたのは殿下にも責任がありますので、そちらのご家族の中での話は、殿下やアデル様がよろしくやってくださいと願わずにはいられません。
「それでは出発しましょう。殿下、姫様、それから皆様、長らくお世話になりました」
話がついたところで、オリヴァーが本当に最後の別れの挨拶を切り出します。
「こちらこそ色々世話になった。多くのことを学ばせてもらったよ」
「道中ご無事のお戻りを」
「またいつか会いましょう!」
「ケヴィン様、絶対会いに行きます!」
ノルデンの皆様、そしてここに残るアデル様やヒラリー様が思い思いに最後に声をかけてくださいます。
「名残惜しいがこれにて、さらばでございます」
オリヴァーの号令で一行を乗せた馬車が出発してからも、窓の外では皆様がずっと手を振って見送っておりますので、こちらも姿が見えなくなるまで手を振り返します。
一年という短い間でしたが、多くの知己を得られたノルデン王国での生活は、私にとって一生の財産。楽しかった思い出を振り返ると、笑顔で別れたのに自然と涙が溢れてきてしまいます。
「ほらケイト、涙を拭きな」
「ヒック……」
「住まう処は離れても、彼らは私達の一生の友人。ずっと心では繋がっているさ」
オリヴァーも思うところが多いのか、しんみりとした表情で私を慰めてくれます。
「ケイトだけじゃない。今頃向こうでも泣いているさ」
「そうですね……ふふっ、姫様が号泣しているのが思い浮かびます。アデル様まで同じような顔をしてましたものね」
別れ際、毅然と見送っていた二人ですが、今思えばあれは涙腺が崩壊しないよう堪えていたのでしょう。
「しかし……これから大変だな」
「……そうですね。まずはお父様を説得しないといけませんからね」
オリヴァーにも手伝っていただかねばなりませんよ。
「僕も?」
「それはそうでしょう。お兄様と姫様が結びついたのを間接的にアシストした認識はございまして?」
「まあ……そう言われればそうかもしれんな」
当初は淡い恋心、一時の思い出くらいに見ていた二人の仲。誰もが王女と一介の騎士で本当に結ばれるとは思っていなかったので、これからが大変ですよ。
「そうなると、ケイトも色々身構えないとね」
「私が……ですか?」
「義姉妹が王族だらけになるんだ。新興の家と申せ、そのへんの伯爵夫人とは訳が違ってくるよ」
だから残り一年の学園生活で、しっかりと素地を固めないとねと、意地悪そうに微笑むオリヴァー。
「私は騎士の務めを果たすので精一杯です。オリヴァーもそれでいいと仰ったではありませんか」
「もう十分でしょ。ベルニスタとの一件、ノルデンでの活躍を経て、君以上の女性騎士はいないよ」
「そう言っていただけるのはありがたいですが……」
「焦ることはない。少しずつ、着実に進めばいい。基礎が大事なのは武芸に限ったことではない」
それを言われると返す言葉もありません……
「大丈夫。僕が付いているよ」
「オリヴァー……」
「オホン……旦那様近すぎます」
「うるさいよダミアン。邪魔するな」
オリヴァーがそっと私の肩を抱き寄せますが、馭者の横に乗っていたダミアンがそれを制するべく中に向かって声をかけてきます。
「何を仰せか。まだお二人は婚約の身、少々慎みが足りませんな」
「知ったような口を利きおって」
それでも私を抱き寄せる手を緩めないオリヴァーが私の耳元で囁いてきました。
「着実にとは言ったが、直臣があやつ一人では心許ない。少し早いが家の素地も固めないといけないからね」
あぁ……たしかにそうですね。勢いで雇ったものの、直臣が私に忠実なワンコ一人だけでは、元祖ワンコとしては不安なのですね。
「ご心配なく。私はオリヴァーしか見てませんよ」
「本当かい?」
「嘘など申しても意味がありません」
「僕もだよ(チュッ)」
「旦那様!」
「ダミアン! ちゃんと前を見てなさい!」
「はい〜!」
うーん……学園生活も残り一年。トランスフィールドに戻ってもやることは色々ありそうですね……
お読みいただきありがとうございました。
最初はアデレイドとキャサリンの絡みでまとめようと思ったら、方針をコロコロ修正するうちにグリゼルダとヒラリーメインになるという迷走っぷり(汗)
それでも無事に学園生活二年目を完結できました。
改めて読者の皆様には御礼申し上げます。
二章完結のときに、せっかくなので続けますと追加シナリオっぽく書き出したのですが、ここまできたら最後までキッチリ書こうということで、学園の最終学年を第四章として続けたいと思います。
終わる終わる詐欺(笑)次章で卒業までは書こうと思いますので、もうしばらくお付き合い頂ければ幸いです。
さて今後の予定ですが、9/29(水)にケヴィン視点の閑話を挟んで、第四章開始まで2週間ほど充電期間を頂ければと思ってます。
引き続きよろしくお願いします!




