山椒姫、騎士としての務め
後半はダミアン視点が入ります
「僕で勝てるでしょうか」
「勝てるから出したんじゃない」
「でも片腕では力が……」
「向こうもそう思っているわよ。だけどね、攻撃は剣に限るとはどこにも書いてないわ。私の戦いを見ていれば分かるでしょ」
負けを認めないエカルトさんのために、特別に仕立てたエキシビションマッチ。
「審判はヴィルフリート様にお願い出来ますでしょうか」
「よいのか? エカルトに有利な判定をするかもしれんぞ」
「ヴィルフリート様はそのようなお考えは無いと思ってますので。もしそうだったとしても、むしろ私達がイカサマをしていない証になりますので好都合かと」
「フフッ……なるほど。心得た」
ヴィルフリート様はこれは一本取られたなという表情です。冗談を冗談で返しただけですが、ちゃんと真意を汲み取っていただけるあたり、本当にエカルトさんと同じ血が流れているのかと思います。
「ではエカルトとテオのエキシビションマッチを開始する。場外落ち、失神、降参宣言をもって勝負ありとする……」
ヴィルフリート様が改めてルールを説明しているところを大観衆が見つめます。既に私達の優勝は決まってますが、相手の棄権という急転直下の事態から一変、何やら面白そうなことが始まるようだと察して、観客の皆さんがほとんど残っているのです。
(さあ……衆人監視の中でせいぜい足掻きなさい)
「始め!」
「てやあーっ!」
<キインッ! ガキーィン!>
先手を取ったのはエカルトさん。両手で握りしめた剣を横薙ぎに攻撃しますと、テオさんが軽くこれをいなします。
負傷する左腕を包帯で固定し、右腕1本で剣を持つテオさん。ボンクラ令息ではありますが、一応侯爵家の子として剣の使い方くらいは習っている相手の、両手で振り切ってくる一撃ですから片腕で打ち合うのは難しく、ひたすら攻撃をいなし続けます。
「どうしたどうした! 手も足も出ないか!」
「出ないんじゃねえ、出してないだけだ(スゴオッ!!)」
調子こいて煽り文句を言い続けながら攻撃していたエカルトさんですが、テオさんはやれやれといった表情でそれを一瞥すると、一瞬の隙を突いて蹴り飛ばします。
そうです。剣が振れないなら蹴るなり殴るなりすればいいんです。剣術大会? 要は相手を倒すための技術を競うんですから、むしろ剣撃に拘る方が愚というものです。
テオさんは戦前に私の戦いを見ていれば……と言った時点で理解出来たようで、剣の打ち合いはハナから捨てて、打撃のみで相手を追い詰めていきます。
「まだまだですね。エカルトさん」
打ちのめされるたびに立ち上がっては返り討ちに遭うの繰り返し。その度にまだまだねと相手をいたぶる言葉を浴びせる……完全にさっきまでの私の戦い方と同じです。エカルトさんが何度となく立ち上がってこれるのは、きっとテオさんが手加減しているからでしょう。
ただ……セリフまで真似しなくてもいいんですよ……
「ゲホッ、ゼェゼェ……何故だ……何故当たらない」
「真面目に練習もしない奴が勝てるわけないじゃん」
「万年予選落ちの落ちこぼれが偉そうに言うなー!」
「そうやって相手を見くびるからお前は弱いんだよ!(バキッ!!)」
「うぐっ!」
遮二無二突っ込んでくるエカルトさんに向かい、テオさんの肘打ちがカウンターのようにめり込むと、まともに打撃を喰らった相手はそのまま床に崩れ落ちます。
「一旦待て! ……まだ意識はある。試合続行だ」
ヴィルフリート様が試合を止め、エカルトさんの容体を確認しますと、それまでグッタリしていた彼の意識が急に戻ります。
……ヴィルフリート様、意識を取り戻すために今、2・3発ペチペチしましたよね?
「ちょ……待って……兄上」
「まだだ。まだ試合は終わっておらん。さあ行け!」
「とおーっ!」
そのかけ声に反応して向かっていったのは、エカルトさんではなくテオさん。立っているのがやっとの相手に回し蹴り一閃です。
「一旦待て! ……まだ意識はある。試合続行だ」
……ヴィルフリート様、鳩尾をグッと押しましたよね? 明らかに失神してましたよね今!?
「兄上……もう、無理……」
「何? 聞こえんぞ」
「いや……だから……こうさn」
「始め!」
エカルトさんは縋るような目で兄上を見ておられているのに、聞こえないよとばかりに試合続行を宣告するものだから、テオさんも「え、いいの? まだやるの」と困惑しています。
(そろそろ止めないと死にますね……)
「テオさん、そろそr……」
「テオ! トドメを刺してあげなさい」
私がそろそろ店じまいにしましょうと声をかけようと思ったら、後からアデル様に先を越されました。
己の信念に基づき立ち向かい、今倒れんとしている相手に対し、情けの一撃をもって戦いを終わらせるようにと言うその凛とした声は、指示や助言といった雰囲気ではなく、紛うことなき王子妃として人の上に立つ者による命令。そう思わせるだけの品位に満ちあふれたものです。
その言葉を受けて、テオさんは蹴りを軽くちょこんと当てます。情けの一撃は、重傷を負った相手を苦しみから救うという慈悲の心から止めを刺すことですが、殺してはいけませんので最低限の攻撃です。それでも抵抗することすら出来ずにエカルトさんはそのまま倒れ込み、(さっきのはノーカウントなので)初めてのダウン宣告が下されます。
「一旦待て! …………。勝負あり! 勝者テオ」
(わああああっ!!)
ようやくヴィルフリート様がノックアウトを宣告し、試合が終わりました。とはいえ、勝負ありの前に「さすがにもうヤバいか」と言っていた唇の動き、私は見逃しませんでしたよ。どれだけこの兄弟は確執があるのよ。
こうして、剣術大会はチーム山椒が優勝を飾り、同時にエカルト一派へのお仕置きも完了しました。
<翌日>
「皆には迷惑をかけた」
「侯爵、貴殿が詫びることはない。全てはエカルトの責任であります」
「いえ殿下、息子の不出来は親の責任にございます」
ティハルト殿下の私室で開かれた会見。こちら側は殿下のほかにチーム山椒の面々、相手方はレーマン侯爵とヴィルフリート様、ダミアンさん。話の内容は当然ながらエカルトさんの不始末に関することです。
「両国の友好のためにお越しいただいた方々まで巻き込み、面目次第もありません」
「弟君に対してこう言っては失礼ですが、あの手の方は痛い目を見ないと分かりません。こちらも被害を受けたので、何も無かったことには出来ませんが、致し方なかったのではありませんでしょうか」
ヴィルフリート様は何かあれば放逐の良い口実になると弟をずっと泳がせていたようですが、傷害に誘拐、脅迫と立て続けに起こしてしまったことに非常に申し訳なさを感じているようです。
こちらも侯爵閣下やヴィルフリート様に何かをされたわけではありませんし、むしろ彼らも被害者と言えなくもないので、アデル様が形ばかりの慰めを仰います。
「そう言っていただけるのはありがたいが、我らも処分覚悟で為したこと。テオ君や少女の家に賠償するのはもちろん、相応の罰を受けるつもりだ」
「して侯爵よ、如何に罰を受けると申すか」
「領土の一部を王室に返還いたします」
「領土の返還とは……随分と思い切ったことを考えたな」
侯爵は領土の一部と仰いますが、示したのは侯爵領全体の3分の1ほど。息子1人の不出来による罰としては大仰と思えます。
「そこまでのことをなされるのですか?」
「なーに、それでも赤貧と呼ばれた昔に比べれば十分過ぎるくらいですよ」
「赤貧?」
「ウチは先代の頃、借金まみれだったのさ」
侯爵が言う赤貧の意味を分かりかねていると、ヴィルフリート様がご先代の奢侈の過ぎた生活を送っていたため、かつて侯爵家は借金まみれだったことを明かしてくれます。
「見かねた父上が強制的に先代を引退させて、三十年かけて収支の均衡を図りようやく借金も解消できそうになったんだ」
お父上に引退を迫るとは中々出来ることではございませんが、どうやら先代は婿養子だったそうで、正当な後継である奥様が早くに亡くなった故、侯爵の地位にあっただけ。借金をこしらえるだけの不良品には早々にご退場願おうと、現侯爵が成人した際にさっさと代替わりしたんだとか。
「剣術大会に手を出したのも地に落ちた当家の名声を回復するため。息子達にも箔が付くからと始めたのだ。一応長男と次男は少ないながらもチームの一員として何回かは戦ったんだがな。あの愚息は何を勘違いしたのか」
「父上。そのことですが、どうやらあの御方が一枚噛んでいるようです」
ヴィルフリート様は昨夜のウチにエカルトさんから事情を聞いたようで、どうもご先代に色々と唆されていたようだということを明かします。
「あのジジイ、一体何を吹き込んだのだ」
「ヤコブ君の母上、マルティナ殿の件などは最たるものかと」
かつてヤコブさんの母上が侯爵家から妾として声をかけられたのは既知の話でしたが、ご先代はそれを袖にされたことを根に持っており、エカルトさんにドルクセン子爵家に対する恨み辛み、無いこと無いことを吹き込んでいたようです。
「エカルトが言うには、父上は何も仰らないが、心の中ではマルティナ殿を妾に迎えられなかったことを恨んでおると思っていたそうです」
「待て待て、確かに若い頃のマルティナはそれは目を引く美人で知られておった。今でも美しいご婦人だと思っているが、妾に望んだことなど一度も無いぞ」
侯爵閣下が何を訳の分からないことを言っているのだという顔をしています。とぼけるにしては演技が上手すぎますし、本当に知らない話なのではないかと見受けます。
「ヤコブ君と言ったかな、母上は間違い無く我が家から妾に望まれたと申しておったのか?」
「はい。レーマン家からと」
「……それ、ワシではなくあのスケベ親父が相手ということではないか?」
ジジイとかスケベ親父とか、実の父に対しての呼び方が辛辣です。それだけ迷惑を被ったということなんでしょうね。
「つまり、自分が若くて美しいお嬢さんを手籠めにしたくて申し出たのに、すげなく断られたからご自身の息子が声をかけたということにしていると?」
「あり得るな……あのクソ親父ならやりかねん。しかもそうやって思っているうちに、それが真実だと思い込んでいるやもしれぬ」
「だとするとエカルトさんも被害者と言えなくもありませんね」
「いいや、アレはダメだ。家で厳しく躾けるたびにジジイの隠居所に逃げ込んでは庇われて……ワシも実の父だからと大目に見ておったが、アイツめ……隠居してまでワシの足を引っ張るとは」
実の息子に加え、実の父まで頭痛の種になっているとは侯爵閣下にはお気の毒としか言い様がありません。
「ともかく全てを含めて我が家の責任でございます。詳細は改めての話になりますが、殿下にもよしなに」
「侯爵は国家の柱石、一咎ありとてどうしてそこまでの罰を与えねばならんのかとも思うが、貴殿がそのように考えているならば、私が口を挟む余地は無い。陛下にもそのように言上しよう」
後はノルデン王国の方々でお決めになることですので、部外者は席を外しましょうと立ち上がると、離れて会話を窺っていたダミアンさんがそっと部屋を出て行くのが見えました。
あの思い詰めた表情は……まさかねえ……
<ダミアン視点>
「閣下、ヴィル様……」
ティハルト殿下と侯爵閣下の間でレーマン家の処遇がある程度決まったところで私は部屋を出た。
エカルト様は除籍と相成ったが、放逐してまた悪さをされてはいけないからと、侯爵家の責任で騎士団の下っ端に属することとなった。辞めたくても辞められない、逃げたくても逃げられない環境で鍛え直すそうだ。
そうなる前に私が……道を外さぬよう導いて差し上げれば……
「お役目を果たせず申し訳ございません」
せめてもの詫びにと自害するつもりで城の裏山に入った私は、小刀を手に取って己の首元にそれを当てる。
「おさらばでございます!」
<カキイィン!>
「ウッ……!!」
ひと思いに首を掻き切ろうとしたその瞬間、何かがぶつかった弾みで小刀が手からこぼれ落ちた。
「勝手にサヨナラしないでもらえます?」
「キャサリン嬢」
声のする方を見ると、そこにはキャサリン嬢。私が出て行ったのに気がついて後を付けてきたのか。
「責任を果たせなかった者のせめてもの償い。邪魔はしないでくれ!」
「馬鹿言ってんじゃないわよ! 貴男が死んで何か報われるわけ? 自惚れるのも大概にしなさい!」
自惚れ、だと……!?
「どれだけ自分に評価を与えてるのか知らないけど、貴男もまだまだ学ぶことの多い学生の身。人を間違い無く導けるだけの器量が備わっていると思っているなら自惚れ以外の何者でもないでしょうが」
「それは……」
分かってはいた。閣下やヴィル様に期待をされ、弟君を託され、必要以上に肩肘を張って厳しく接していた私には彼女の叱責が身に染みて分かる。
自分はまだまだ半人前。他人を導くほどの実力など持ち合わせておらぬことに……
「だが……責を果たせなかったのは事実。ヴィル様に顔向けできぬ」
「お前一人の責任では無いと言ったはずだが」
「ヴィル様……」
「お前をエカルト付きにしたのは私の意思でもある。それでお前が責任を感じて死ぬというなら、私も死なねばならん。それは勘弁して欲しいな」
ですが、これ以上生きていても主を諫められなかった無能と誹られ、ひいては侯爵家の厄介になってしまいます。
「あのさ、貴男がどれだけ頑張ったか、知っている人は大勢いるわ。みんなだってあのボンクラ相手じゃしょうがないよねってむしろ同情するよ」
「だが、私の心が許さぬ」
「はぁ~頑固だねえ。しょうがない、鍛え直してあげる」
「鍛え直す???」
騎士とは戦う者である以上に誰かを守る存在であるべき。このようなことで誰も死なせたくないから、人助けと思って手を貸してあげるというキャサリン嬢の妖しい微笑み。
ブルッ……なんだろう、この悪寒は……
お読みいただきありがとうございました。
次回は9/25(土)投稿。ノルデン王国編最終話です。
よろしくお願いします!




