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山椒姫、ベールを脱ぎます

「ヤコブさんが……見当たらない?」


 学園祭2日目の午後、昨日に続いて鉱山焼きのお店を手伝っておりましたら、やってきたヒラリー様達に聞かされたのは、ヤコブさんの姿が消えたという知らせ。


 待ち合わせの場所に先に着いたのはヒラリー様。しかし、待てど暮らせどヤコブさんが来ず、迎えに行こうと会場に戻ったら、ずいぶん前に出ていったと係りの方に言われたとのこと。


「どこをうろついているのかと思っていたのですが、そのうちテオさんがやってきて……」


 補欠のテオさんは客席から観戦。この後の親友の予定(デート)は分かっていたので完全に別行動でしたが、ふと見れば駆けていくヤコブさんの姿を見かけたので、何かあったのかと声をかけると急用が出来たので、ヒラリー様に伝えてくれと言付けされたそうです。


「いったい何が……でも急用ということは邸にお戻りなんですよね?」

「それが邸に行ってみたら、まだ帰ってきていないと……」




 どういうことでしょうか。エカルト一派の妨害があるとしても、さすがに人目の多い学園内で無体なマネをするとは考えにくいですが……


「ヤコブさんは1人で行かれたのですか?」

「それなんですが、校門で中年の女性の方と連れ立って行かれるところを見ました」

「パティ、その人って?」


 校内から出ていくところを偶然パティも目撃していたようで、見たという女性の特徴を伝えてくれます。


「それ、ヤコブの家に出入りするお手伝いさんかも」


 テオさんがその特徴に思い当たるところがあるようで、ドルクセン子爵家が雇う数少ない使用人、と言っても邸内に住まいを与えているわけではなく、通いで週に何日か家事をお手伝いに来られる方だと言います。


「だとしたら、向かったのはその方のお宅ではないでしょうか。テオさん、その方のお住まいはご存知?」

「ええ、貴族の家に出入りする使用人達が多く住んでいる地区だったはずです」


 そこまで分かっているのであれば、状況を確認するためにもすぐに向かったほうがよさそうですので、グリゼルダ様に説明して席を外させていただくことにします。


「なんだかきな臭い香りがしてきたね」

「以前オリヴァーにもお話したでしょ」

「なるほどね。よし、それなら僕も行こう。何が出来るかは分からないが、策の1つくらいは考えることもできるだろう」


 そういうとオリヴァーも一緒に向かってくれるよう姫様に了解を取ります。世間一般から見ればまだ若年ではありますが、すでに貴族当主として政務にあたられている方ですから、私達より良い案が浮かぶかも知れませんので心強いのは確かです。


「ケイトお姉様、ヤコブのこと頼みます」

「もちろんです。さあオリヴァー、急ぎましょう」


 そしてテオさんの案内でそのお手伝いさんのお住まいのある地区へと向かいます。






「ヤコブ!」

「え? ヒラリー、それにみなさんも……」

「みなさんも、じゃない! 黙ってどこ行ってんのよ」


 ヤコブさんが向かったと思われるお手伝いさんの住まいで、彼は難しい顔をして唸っていました。


「ヤコブさん、一体どうしたのですか」

「それが……これを……」


『娘は預かった。助けて欲しくばもう1通の手紙をヤコブ・ドルクセンに届け、書かれている指示に従うよう伝えよ。もしこのことを官憲に知らせれば、娘の命は無いものと思え』


 娘というのはこのお手伝いさんの10歳になるお子様。買い物に行ったまま帰って来ず、気が付くと玄関先にこの手紙が残されており、手紙と一緒に娘さんの持ち物が添えられていたので、誘拐されたと見て間違いなさそうです。


 10歳の子供を何故1人で買い物に行かせたのかというと、こちらの家はご主人を早くに亡くし、お母様は女手一つで家計を切り盛りしてするため、ヤコブさんの家ともう1軒の家を掛け持ちでお仕事しており、娘さんは小さいころから家のお手伝いをしていた。当然1人で買い物に出かけることもある。


 特にこの地区は貴族家で使用人を務める皆さんが多く住んでおり、それは裏を返すと平民とはいえ素性のしっかりした方が多いという証であり、防犯的な意味で言うと日が沈む前であればそれほど危険の多いエリアではないので、子供1人でも買い物が出来ていたということです。


「それで、あちらは何を要求しているのですか」

「これです……」


『娘の命を助けたければ、ヤコブ、ヒラリーの両名は明日の剣術大会を棄権せよ。2人の棄権を確認出来れば○○時に××にて娘は解放する』


 本人が無理なら搦め手でということですか……


 個人的には搦め手という言い方もしたくはありません。戦争であれば己が守るもの、願うことのため、手段は選ばないという考え方もあり、搦め手を使ってと言う手はよく聞きますが、今回はルールに則った大会であり、そこで勝つことは大きな目標とは言え、相手を闇討ちしたり無関係の方を巻き添えにするなど言語道断。


 まして年端もいかぬ少女を人質にするなど……リリアちゃんを利用したアイツらと何ら変わりはありません。




「これって、完全に彼らの仕組んだことですよね」

「代償がヤコブさんとヒラリー様の欠場なんてピンポイントな要求ですもの」

「やはり官憲に通報した方がよいのでしょうか」


『官憲に知らせれば、娘の命は無いものと思え』と記されてはいますが、自分達だけで解決しようとするのは危険だからそうせざるを得ないかとヤコブさんが呟きます。


「そうですね。私達が脅迫されていることを公にすれば、明日の大会自体が無くなるかも知れません。そうすれば優勝を狙うアイツらへの意趣返しにもなりましょう」

「ヒラリー嬢、それは少々早計だな」


 通報しようというヤコブさんにヒラリー様が同調するところ、オリヴァーが今一番重要視するべきは娘さんの安全を確保することだと諭します。


「オリヴァーの言うとおりです。大会を潰されたこと、通報されたことを契機に娘さんに危害を加えられる危険性は十分にあります」


 勝つためだけにテオさんを襲ったり、無関係の女の子を誘拐したりする奴らです。身分の低い者1人害したところで良心の呵責もありはしないでしょう。


「では、どうすればいいんですか」

「向こうの要求通り棄権なさいませ。一番は娘さんを無事に保護すること。違いますか?」


 誘拐されたのは使用人の娘ということもあり、ヤコブさんもよく知っている子です。それにお母様の憔悴した姿を見れば、大会参加を強行することが出来るはずもありません。


「ここまできて棄権……ですか」

「剣術同好会が強くなったのは今日までの戦いを見た方なら皆よく分かっています。目標は十分に果たしました」

「でも……アイツらに優勝されるのは悔しいな……」

「あら、棄権なさいませとは言いましたが、誰がアイツらを優勝させると申しましたか?」


 あくまでも棄権しろと要求されたのはヤコブさんとヒラリー様の2()()()()。チームとして棄権しろとは言われていませんよ。


「でも、僕たち2人が出場しなければ、テオとケイト様の2人だけ。出場資格が……」

「フフフ……こんなこともあろうかと! 奥の手を用意しております!」

「奥の手?」

「ご協力いただく皆様にもお集まり頂いた方がよさそうですね」


 まさかのためにと用意した奥の手を本当に使うとは思いませんでしたが、場外乱闘に持ち込んだのはあちら様の方です。売られた喧嘩、たっぷり買い叩いて差し上げましょう。






<夕方・トランスフィールド公使館>


 一端剣術同好会の皆様とは別れ、オリヴァーと共に公使館に来ております。


 あれだけのことをしてきたのですから、どこかに監視の目があってもおかしくありません。なので、一番の標的であるヤコブさんやヒラリー様には奥の手を明かし、今日はあまり動き回らないよう伝えておきます。


 その代わりに私が協力頂く皆様と打ち合わせ。公使館を場所に選んだのは、この国の人間が館の中で何が起こっているかを知りたくても治外法権でブロック出来るから。オリヴァーと私、兄2人。そしてお忍びでアデル様とグリゼルダ様にお越しいただいております。


「貴族の風上にも置けぬ所行ですわね……」


 状況を説明するやいなや、アデル様は握る扇子が今にも折れそうなほど手に力が入り、苦々しい表情で吐き捨てます。


「まずは娘さんの身の安全の確保が第一。よってヤコブさんとヒラリー様は会場に赴かず、指定された解放場所へ向かっていただきます」

「お姉様、大会は棄権ですか?」

「いいえ。急遽の登録変更は可能ですから、メンバーを補充して戦います」

「あれか……あの手を使ういうことね。それで戦えるの?」

「クックック……秘密兵器がそのベールを脱ぐときが来たようです」


 補充メンバーはお飾りで十分。私が先鋒で出て3人まとめて潰せばいいんですから。


「そうなると準決勝の相手はご愁傷様ね。巻き添えになるようでかわいそうだわ」

「そこはさすがに無関係の方なので、十分に配慮を重ね、出来うる限り被害を減衰させる方向で善処しますわ。本気を出すのは決勝だけです」

「本当に出るのですね」

「姫様とのお約束を破ることになり申し訳ないとは思いますが、意図していなかったとはいえ、こちらが懸命に出さないよう秘匿していたブラックボックスを開けてしまったのはあちら様ですからね。恨むならご自分達の所行を後悔なさいませと申し上げますわ」


 こんなことをしなければ私が出ること無く正々堂々と勝負出来たわけですし、容赦無用でございます。




「で、俺達は何をすればいいんだ」

「お兄様達には娘さんの身の安全をお守りいただきたく」


 手紙に記された解放するという時間はちょうど決勝が始まる時間。おそらく準決勝での私達の動向をみてから、何らかの形で連絡役を向かわせるのでしょう。


 しかも解放場所に指定されたのは王都の郊外。あまり治安のよろしくない地区なので、おとなしく返してくれるか保証はありません。


「ですのでお兄様達には…………」

「なるほど。面白そうだ」


 お兄様達はこちらに来て随分と平穏な(父にしごかれずに済む)日々で退屈しているようで、玩具を手に入れた少年のようにキラキラしていますが、人の命がかかっているのですから万全を期してくださいませと申し上げますと、無垢な少女の命がかかっているのだから言われるまでもないと自信満々に答えられます。


「ケヴィン様は小さな女の子にも優しいのですね」

「姫様勘違いなさらず。貴賤老若問わず女性に優しくがモットーですので」


 グリゼルダ様が妙な邪推をしておりますが、さすがに10才に手を出すほどクズではないとは思います。思いたいです。そうあって欲しいというか、色々とアウトです。




「それでは皆様、明日に向けて抜かりないよう準備をお願いいたします」


 打てる手は打ちました。あとは明日、全てが決まります。


 人を傷つけておいて平気な顔が出来ると思わないでください。私はやられた分はそれ以上にしてお返しして差し上げます。


 自分がやられる側の立場に立つかもしれないという覚悟、貴男達はお持ちかしら?

お読みいただきありがとうございました。

次回は9/8(水)投稿です。

よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] まあ当然上の方に話が行くよね これで仮に証拠が出なくても未来の王妃様の心象はひどく悪くなったわけで 後々色々とハブられたりするのだろうなぁ
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