4 シェフパティシエは悩んでいるようです
ミネア視点です♪
リーネが働くパティスリー「メゾン・ド・グローリア」のシェフパティシエ、ミネア・グローリオーザは大きなため息をついた。
実は・・・ミネアはサーシェを領地にもつグローリオーザ伯爵家の令嬢であった。
そしてこのサーシェにある店舗は、そもそも彼女が王都にある貴族向けの女学院で学んでいた時分に経営の勉強のために店を構えてみたいと伯爵である父にねだり、王都と領地内に建ててもらったうちの1つであった。
さらに、ミネアが18歳で女学院を卒業後、つまり3年前からは、パティスリーの経営だけにとどまらず、身分を隠して領地内のサーシェにある店舗でシェフパティシエとして働き始めていたのだった。
なぜそんなことが許されたかというと、それはミネアが兄2人、姉3人のいる6人兄弟の末娘だったからに他ならない。
言い換えれば、末娘であったが故に、家督を継ぐ必要もなく、また政略的な婚約を強いられることもなく、ミネアはのびのびと自由に育てられたのだった。
とはいえ、娘が店の経営にのめりこんでいつまでも嫁がないというのは貴族社会では外聞が悪い。
そのため両親は、パティスリーの経営は女学院卒業後5年間に限定すること、その後は他家に嫁いで経営権は2人の兄のどちらかに引き渡すよう通告していた。
ミネア自身も両親が5年間もの猶予を与えてくれたことは精一杯の温情であるとは理解していたものの、「これが最後のわがままだから!」と領地であるサーシェのパティスリーでシェフパティシエとして働くことを条件に加えてほしいと言い張り、両親も結局はそれを渋々ながら承知したのだった。
そして、自分のタイムリミットはあと2年。
残された2年間で自分にできることは何だろうか、とミネアは最近よく考える。
働き始めた当初は、ミネアは経営者とシェフパティシエの業務をこなすことに精一杯で、やりがいを感じながらも日々の仕事に忙殺されていた。
しかし気づいたらすでに3年が経過している。
経営者として、シェフパティシエとして、自分に残された時間はもうあまりないことを思い知った。
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サーシェのパティスリーは、自分の他にはパティシエ2名と販売員1名で回している比較的小さな店舗で、そのうち、パティシエ1名と販売員1名はもともとグローリオーザ家で長く勤めている使用人であり、残りの1名のパティシエがリーネだ。
つまりグローリオーザ家に関係していないスタッフはリーネだけである。
それは、市井の流行や同世代の平民の暮らしを知ることが経営戦略上重要なことだと考えて、ミネアが自ら面接をしてリーネを雇ったためだった。
ただ・・・実際にはミネアの父があらかじめ手を回し、サーシェの製菓学校で優秀な成績を収めていた生徒の中から比較的裕福な出自で人物評の良い娘として、平民ではあるもののサーシェを事前に選考していたことをミネアは知らない。
そしてさすがというべきか、ミネアの父親のお眼鏡に叶っただけのことはあり、リーネのパティシエとしての腕は申し分なく、性格の良い優しい娘であった。
ミネアはそんなリーネを好ましく感じ、妹のようにかわいがっていた。
そして自分の妹のように感じているこの娘が夢だと語った将来王都で働きたいという意思を汲んで、あれこれと世話を焼くようになっていた。
出張という名の研修に送り出したのも、かわいい妹分であるリーネにもっと広い世界で学ばせたい、活躍する場を広げてさせたい、という思いからだった。
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しかし、王都から帰ってきたリーネは予想に反してひどく落ち込んでいる様子だった。
(王都での出来事を目を輝かせながら話してくれると思ったのに・・・。)
王都での研修は技術の高さが素晴らしくとても刺激されたという言葉に嘘は感じられないが、その眼には光を感じられず、むしろ赤く腫れてまるで泣きはらしたかのようだった。
そして自分が課題として出しておいた新作ケーキの考案も思うように進んでいないようだった。
(何かあったのかしら・・・。)
心配で声をかけたものの、リーネがさみしそうな表情のまま言葉を濁したため、それ以上の追及はできなかった。
読んでいただきありがとうございました。
次回もミネア視点が続きます。
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