九話 『ゲームは遊びと割り切る』
週末何して過ごす。
――何もしない。
羽知はこれと言って趣味がない。ゆえに多趣味な人を羨ましく思う。が趣味を作ろうという気はなかった。
学校に行かない日、という週末はソファに深く凭れ、日光浴をしたり、読書をしたり、音楽なんかを聴いて過ごす。いうなればそれこそが趣味なのかもしれない。
けれどそんな過ごし方を無意義だと感じ、お昼から夜までバイトを入れている。少なくとも高校に入学して、バイトを始めてからそれらを碌に嗜めていない。羽知の知る流行はかなり遅れを取っている。とはいえ高校生の身、法を犯すような長時間バイトはしていない。そんなことをしたら学生という本分を疎かにする未来が見えた。
学生の本分である学校に行かない、ということは親しい友の顔を見ないということ。けれど本当に親しい友達は――
「よっ。じゃまするぜーぃ」
――相田のように無遠慮に、まるでお小遣い目当てに親戚宅に邪魔するクソガキが如く無警告で来てしまう。それを羽知は、相好を崩し出迎えポチ袋を渡すわけもなく、仇を前にしたように憎しく表情をゆがめ出迎えた。ちなみに起きて一分と経っていない。
虫の知らせというのだろうか、それで羽知は目を覚ました。
「邪魔すんな。ってな、あのな、来る前に一言言えって――」
相田は寄り添うように微笑み、じゃじゃ馬(羽知)をなだめるように肩を叩き、
「まぁまぁ、そうかっかすんなってー、お茶でも出せよ」
昼飯の入ったコンビニの袋を羽知の胸に押し付けた。これはコンビニの廃棄だ。本当はダメらしいがハウスルール。店長と仲のいい相田だけが貰っているらしい。「口止め料」とかなんとか言っていた。
「ってか俺シフトなんだけど……」
羽知は汗ばんだ前髪をかきあげて面倒くさそうに言った。事実面倒くさい。相田が。
相田は促されるまでもなく勝手にソファに深く凭れかかる。頭痛が痛い。そういう状況。
「あーそれなら安心しろ、俺がしっかり店長に言っといたからよ」
羽知は思わず深くため息を吐き、
「なんて……?」
「『誠也君最近女遊びを覚え、服着ないで寝るもんで風邪ひいたらしいっす』ってな。感謝しとけ?」
と悪びれるどころか感謝しろとまで言い出す相田に背を向け、こめかみをグリグリと圧した。
「わー、遼太郎優しいー」
「んだろ? それにしても割と綺麗にしてるよな、この家、『お前しかいない』っていうのに。まさか本当に鴻崎と――」
「はいはい。俺はこう見えても綺麗好きなんだよ。知ってんだろ」
「俺の部屋の掃除も手伝ってもらいたいもんだぜ」
「腕が鳴るな」
「でもお高いんでしょ?」
「通常一万円のところ、今なら友達価格十万円だ。安くてよかったな、今すぐ払え」
「払えなくもないが、掃除に費やしたい額じゃねぇなぼったくり詐欺業者め、消費生活センターに報告してやる」
「そんなことするなら今すぐ警察呼んでお前を追い出してもらうわ」
とりあえず気分転換に羽知はシャワーを済ませ、男子相手に魅せるものはないが身だしなみを整えてリビングへと戻ると相田はテーブルにお菓子を広げ、バリボリ食べていた。一応人ん家のお菓子を引っ張り出し貪り尽くしているわけではなく、自分が手土産として買ってきたものだ。
「ここは俺んちだ」
「食うか?」
「まぁ、食うけど。カス落として汚すなよな」
対面に腰を掛け、お菓子に手を伸ばそうとしたと同時に、
「あ、さっきの弁当温めといて」
「自分でやれし!」
結局、相田の勝手にさせたくないので羽知が温めた。嫌がらせで少し多く温めてやった。弁当は熱く、開けた瞬間立ち昇る湯気に指先を火傷してくれた。トラップ。
「いやぁ、美味かった。感謝しろよ?」
「しねぇよ。するなら店長に感謝だろ」
そんな馬鹿話をしつつ、相田はカバンから据え置きにもなる携帯ゲーム機を、家主に断りもなくテレビに接続し、電気もちゃっかり盗む。ここは相田の家ではない。本体の両脇に構える赤と青のコントローラーを取り外し、青い方を渡してきた。それを嫌な顔をしながらも受け取る。これから始まる惨状を察して。
起動したゲームジャンルは格闘ゲーム。大が付く乱闘に恥じない最大八人プレイが可能だ。前回男友達としたが前代未聞なカオスな惨状だったことだけが記憶に濃く残る。
そもそも羽知はそう言ったゲームが得意ではない。事前練習もなく始まった暴力。終始一方的に嬲り殺される顛末。台パン待ったなし。羽知は思わず天井を仰ぎ、
「ほんとクソゲーだな。誰がやるんだこんなゲーム」
思わずそう愚痴ってしまう。三つの残機のうち一つ目がプレイングミスで転落死、二つ目がNPCにぶっ飛ばされ、三つめは相田にぶっ飛ばされた。
命辛々這い上がっても叩き落される、どこからどう見てもクソゲーだった。そうはいえ、負けたままでは後味が悪い。学習性無力感に襲われるまで燃え尽きやしない。羽知は負けず嫌い。
「お前弱すぎ、NPCのほうがまだマシだぜ――ッしゃァ! 後二回負けたらアイス奢りな~」
「お前とは違ってこっちはゲームもせずに勉強してんだよ。アイス? 聞いてねぇよそんな話」
「じゃぁ今から施行な」
「勝てねぇの知っててやってんだとしたら相当悪質だな、今度のいじめ調査で書いてやるよ」
当然そんな脅しは悉く打ち破れ、容赦のない打撃が幾重にも襲う。画面下の数字がみるみるうちにたまり、一〇〇を余裕で超え、画面が赤く閃光。二〇〇に差し掛かろうという場面で強烈な一撃が叩きこまれ、どこか彼方へと消えた。もはやそれが自分なのか、NPCなのかすらわからない。自分のキャラの残機が減る。
残り残機が二。
「なぁ、こんな一方的な加虐、楽しいのか? 相当性癖歪んでんのな」
羽知の声は努めて平静。けれど腰辺りで構えられたコントローラーを叩く指は怒涛。
「煽ってんのか? ま、そのくらい言うほうが小物らしくてお似合いだゼ――ッちょうあがりィ!」
思わずコントローラーを圧し折りそうになる。ミチミチと手元が軋み、青筋立つ。
羽知は血眼に液晶を睨み、ペダルを踏むように激しく足を揺すり、
「頭来た、ぶっ殺してやるよ」
「俺後三機あるけどな」
「逆転じゃボケが」
15:30――
気が付けば二時間ぶっ通しだ。さすがに目が痛くなってきた。頭の中心が熱を発している。
「ア・イ・ス。ア・イ・ス。ア・イ・ス」
「――二度とやるかこんなゲーム!」
ストレス発散のためにやるものだと思っていたがどうやら違うらしい。楽しくみんなと一緒に愉しく遊べると皮を被ったこのゲームを遊びと割り切れずプレイすると間もなく軋轢が生まれる。どっかのメンコと誹られたカードゲームも同様だ。こういったゲームは相手の人間性を垣間見るには最適だ。煽ってくるような相手であれば早々に縁を断とう。
――ストレスしか溜まらない。
小銭をポケットに突っ込み、不良のようにジャラジャラと鳴らしながら、本来シフトに入っていたバイト先であるコンビニへと向かった。
「あれ! 誠也君、風邪ひいたって――」
運悪く、暇すぎて掃除したい衝動に駆られ、モップ掛けをしていた店長を鉢合わせ。
「あー、まぁなんというか……ご迷惑を、お掛けしました!」
とにかくさっさとご指定のアイスを買ってマンションへと逃げ帰った。
「溶けてんじゃねぇか!」
「懐で温めておきました故、溶けるのは致し方なくてございます」
「ったく、つくづく陰湿だな、そんなんだと永遠に彼女出来ねぇぞ」
「結構だね。自分のことで手いっぱいだよ」