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五話 『持つべきものは傘に入れてくれる友達(異性の)』

 時給一一〇〇円――


 羽知はバイトの時間まで教室で友達数人と机を囲んでだべり、割とぎりぎりの時間に駆け込みバイトの制服に着替えた。午後五時から午後九時、十時まで。今日は九時までだ。


 近くの工事が終わったこともあり強面な客はほとんどない。五時から六時の時間帯だと制服姿が目立つ。それを過ぎると客足は少なく、ちらほらと会社終わりの大人の姿が目立つ。


 一分という時間が永遠に感じてしまうほどに暇。


 普段は相田が居て暇つぶしには困らないが今日のシフト表に名前はない。


 バイトが終わり、家に帰る途中。公園を横目にスマホを開く。


 ――鴻崎ってボッチ? 友達とかいんの?


 そんなことを送信。幸か不幸か公園に鴻崎の姿はなかった。


 返事が来たのはそろそろ寝ようかとベッドで横になっていた時だった。


 ――悪い?


 ――別に悪いことはない。俺だって二十人くらいしかないぞ。友達


 ――嫌味? そんな自慢を聞く義理なんてない。おやすみなさい


 ――そんな可哀想な鴻崎と友達になってやるよ


 ――何様? 余計なお世話


 羽知は苦笑する。


 ――じゃぁ今の話は無かったことに


 既読だけつき返信はなかった。それからしばらくして自然と瞼が落ち、開けたときには朝の気配が居た。


 共用廊下側の曇りガラスがわずかに光を取り入れる。空はわずかに雲が多い。


 低気圧故、少し気だるげだ。


 06:30――


 いつもと大体変わらない時間、勝手に目が覚め、上体を起こし握りこぶしを天井に突き上げてあくび。うざったい前髪を指で払い、洗面所へと向かい、部屋着を脱ぎ捨てシャワーを浴びる。そういう朝。


 歯を磨きながらスマホを片手。


 昨夜送ったメッセージに対する返信はなかった。


『午後から雨――』とテレビが言うが羽知の頭には別のことが浮かぶ。


 朝食はサバの塩焼きとみそ汁と納豆ご飯。


 ふと羽知は思う。


 ――鴻崎はちゃんとご飯を食べているのだろうか。


 そんな心配をしているうちに刻一刻と時間は刻まれ、家を出なければいけない時間が来る。


 廊下に出るとなんだか日干しした魚のような臭いが鼻につく。


 朝から不快な思いをしながら学校へと向かった。


 羽知はテレビを消し忘れた。


『傘を忘れずに――』とアナウンサーが誰もいない部屋に伝える。


 羽知は昇降口を前にして歩調を緩めた。


 上履きを足に馴染ませながら階段を上り、一組を通り過ぎるときに教室内をチラ見。


 両肘をつき頭を支える鴻崎の姿があった。レンズの向こう側、細められた目が見るのは何だろうか。おそらく壁の時計。


 彼女の顔には今日の空にお似合いの、陰鬱とした表情が張り付いていた。


 話しかけようかと迷いつつその雰囲気に憚られ気が進まず、自分が在籍する教室に向かった。


「今日雨だってよ」


 顔を見るなり挨拶ではなくそんなどうでもいい天候の話をするのは隣の席の相田。


 だが『雨』と聞いて他人事ではないと羽知は額に手を当てた。


「あーやっば……俺、傘忘れたんだけど」


「相合傘でもすっか?」


「気色の悪いうわさが立つから遠慮する。まぁ貸し出し用の傘でもあるだろ」


「バカ、俺なわけねぇだろ。鴻崎と」


「まだいうかそれ。まぁお前と相合傘するよりは百倍ましだ」


「んあ⁉ ひっでぇ奴だぜ!」


「何にキレてんだよ。そんなに、俺と、相合傘……したいのか?」


 そんな話をしているとあっという間に時間が過ぎていく。


 そんな羽知含めた全生徒は二週間後、無事夏休みを迎えられるか運命が決まる前期末試験に向け授業に力を入れた。普段は誰かしらペアが世間話をしているがそれらもこの時期だけは沈黙。こそこそ会話が聞こえてもそれは勉強に関して。たぶん。やるときはやる、という姿勢。たぶん。


「なぁ、これ解るか?」


「ん、知らね」


「だよなぁ、聞いた俺がバカってもんだな」


 それからお昼休憩。


「うわー、風邪ひかないようにな。どんまい」


「なんで雨に濡れて帰ること前提なんだよ。人の心はないのか?」


 外を見ると豪雨だった。もはや嵐。暗い雲間を奔る蒼雷。一瞬辺りが暗くなったかと錯覚する。閃光。眩しい光は闇と同じ。雷の轟音と女子の癇声が廊下を突き抜け、耳を聾する。


 午後の授業は悉く環境音が妨害した。しゃがれた声の老師の声など聞き取れやしない。


 一階、昇降口は傘を持っていながらその雨の中を行く気概がない生徒で立ち塞がる。


 横目に事務室のほうへ歩く。そこの傘立てには貸し出し用の傘が刺さっている。のだが――


「ない……まいったな」


 どうやら今日一日中雨らしく、やむのを待つという選択肢はなさそうだ。


 もう一度、密な昇降口の前に向かう。押し寄せる人が熱を放ちむわむわしていた。


 その人込みをどうしようかと眺める鴻崎に声をかけた。


「何してんの」


「……何ですか」


 怪訝な、敵意を孕んだ視線が痛い。思わず羽知は一歩下がる。


「なんで怒ってんの……」


「別に怒ってないですが?」


 片頬を膨らませそっぽ向いた。そのしぐさは絶対に怒っている。


 羽知は頭を絞り、軋轢が生まれるにはこれしかないという原因を見つける。そして羽知は一つ見つける。


「もしかして、メールの内容?」


「私を揶揄って愉しかったですか? 傷に塩を塗り込んで愉しいですか?」


「あー……いや、別に揶揄ったりする意図はなかったんだけど……、本当に、友達になってやろうと……」


「べっつになってもらわなくなっていいです。可哀想がられるの大っ――嫌いなので。それに、その話はもうなかったことになっているので」


 鴻崎は唇を固く引き結び眉根を寄せ睨む。羽知は後頭部に手をまわし、


「可哀想なんて思わねぇよ。ただ鴻崎と友達になりたいって思っただけだ。ダメか? それと『この話は無かったことに』ってネタの範疇だろ」


 鴻崎は固く結んだ唇を緩め、拍子抜けしたような眼を向ける。メガネがピシャリと轟いた雷光を捉える。


「確かに、すぐに忘れられるような話じゃない……。じゃぁ、私は帰るので……返事は改めて、家で考えます……」


「いや、別に悩むようなことでもないっしょ……。で、話は変わるんだけどさ、俺、傘忘れたんだよね」


「はあ。二十人もいるお友達と相合傘でもしたらどうですか?」


「……入れてくれない? さすがに二十人と一緒に相合傘はキツイ。人目につかない場所からでいいから……」


「絶対に嫌――」


 凄んだ鴻崎の目は侮蔑を孕んでいた。


 人ごみをかき分け、鴻崎は帰宅した。羽知はまいったと後頭部を軽く掻いた。


「仕方ない。別に濡れたくらいで風邪なんてひかねぇよ」


 雨の中、羽知はカバンを傘代わりに頭に乗せ、直走る。


 それからびしょ濡れになり、中間地点の、バイトをしているコンビニの角を曲がり、公園を横切ろうとして足を止める。


「…………遅い」

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