四話 『男子間の絆』
翌日、学校に鴻崎の姿があった。座席は羨ましいことに一番後ろ、窓際。教室最前列ドア側、という先生の目が届きそうで届きにくい場所の羽知とは大違い。
鴻崎とは廊下ですれ違ったりもした。けれどあくまで顔を知った、名前を知っているというだけで、友人同士の深くじゃれあうような関係ではない。けれど目を合わせてくれたりするので多分意識はされている。たぶん。
「ぶっちゃけ、鴻崎のこと好きなん?」
「誰情報、それ」
「そりゃ言えねぇな。男同士の秘密ってもんだぜ」
そんな馬鹿なことを問うは同じバイト先、昨日バイトをかわってくれた、隣の席の友人である男子、相田・遼太郎。常に悪企みを考えていそうなニタニタとした笑みが妙に似合う面相。時々殴りたくなる。まぁ根はいいやつだ。
「んで? どうなんだよ。ここだけの話さぁあ?」
「残念ながら意中じゃない。そう気になってる男どもに伝えとけ」
「でもよ、家に連れ込んだんだろ? 聞いたぜぇ? 公園で待ち合わせして~。ちゃんと言っておいてやったぜ店長に『誠也君は女の子と遊ぶために親友である僕を売った』ってな」
「それ、本気?」
「半分冗談。正しくは『あいつ、女と遊ぶために親友である俺を売った』だ」
売ってないし。誰も買わないだろ。そう思いながら呆れを吐いた。
「なに、斥候でもいんの? まったく気付かなかったんだけど。こわ」
誰が動向を窺っていたのか見当もつかない。察するに相当な日陰者だろう。
「でも鴻崎かー……お前、とんだ物好きだな。あぁいうのがタイプなのか?」
「なんで俺が鴻崎を好きっていう前提なわけ?」
「ちげぇの? 外見はいいじゃん? メガネ取ったら結構いいと思うけど。顔は」
メガネっ子からメガネを取るという行為は宗教戦争に発展すると聞く。戦争待ったなし。
「知るか。あまりからかうなよ、俺そういうの嫌いだから怒るぞ」
「マジか、俺、お前が怒ったところ見てみたいかもしれねぇ」
「この前かなり本気で怒ったと思うんだけど? 足りない? もう一度怒ろうか」
「あー、あれはカンスト。測定不可」
もはや怒りも忘れた。減らず口は予鈴とともに閉ざされた。と思う。
授業中――
「なぁ、今度お前んち行くから」
「は? なんで」
「なんとなく」
「ぜってぇ嫌だ」
「んだよ、エロ本があっても気にしねぇよ」
「いや、ねぇし」
「鴻崎はよくて俺はダメなのかよおい。男女差別か? よくねぇなそういうの感心しねぇぞ」
「いや、散らかすじゃん。お前。この前もそうだけど」
「いやぁあれは悪かったと思うよ? うん。猛省」
コップは倒す、チップス菓子は落とす、入るなと念を押した部屋を勝手に開ける、それが男子という生き物だ。細かいことを気にするタイプの羽知には最悪な相性。そう割り切っているので怒ったりはしない。怒るけども。
「まぁいいや。昨日のバイトの恩もあるし、考えとく」
「あ、それとこれは別。親友のよしみだろ?」
わかったわかったと手で払い授業に身を入れる。授業の進みは早く、無駄話をしている間にページは変わっていた。
四限の体育。一組は三組と合同。男女は当然分かれている。男子が着替えるのは一階の更衣室だが何せ男、教室で着替えるほうが多数派。女子は女子で離れた特別棟の更衣室を使う。
体操着を取るため廊下に出るとたまたま鴻崎とすれ違う。長い髪を後ろに纏め、胸の前に抱えられるはジャージ。薄いレンズの向こうの丸い目が羽知を一瞥。
目が合うだけで言葉は交わさない。
「あいつ、友達とかいんのかな」
いなさそうだな。と、一人ぼっちの背中を見て思う。
それから着替えて男子は校庭へと集められた。前回の予告通りであれば長距離走だ。雑談が交わせる程度の歩調がちょうどいいとか何とかいう話を聞いた。が無駄話すると怒られる。教師の目に捕まらない程度に手を抜くつもりだ。
二人組のストレッチでは真っ先に相田に捕まえられた。
「絶対に痛くするなよ――絶対にだ! これは振りじゃない――イィィィィッ――!」
「あぁ分かってるって、つまりしっかり押せってことだな――」
仕返しをしてやろう、倍返ししてやろうと思ったが残念、相田は中学まで体操をしていたこともあり体は柔らかく、悲鳴を上げることはない。ので横腹を抓ってやる。
ジャージに付着した土を払い、二分とない休憩を経て学校敷地二十周。日頃大して運動しない生徒は終盤に歩く。その尻を体育教師が叩く。もちろん言葉で。
体育館を横切るときわずかに開いた扉から運動中の女子生徒の様子が見えるのだ。思わず見てしまう。最悪、女子と目が合うと先生に報告され扉は閉ざされてしまう。五周走ったところで扉はすでに閉じられていた。
「鴻崎って、一度も体育に参加したことないらしいぞ。知ってたか? いつも見学してんだってさ」
そんなことを並走して言うのは一組の、佐藤・司。サッカー部員。爽やかなツーブロックの髪形はカースト上位を示す。羨ましい整った顔立ちだ。
「まぁ運動してるところなんて一度も見たことないし。運動音痴なんじゃない?」
「そういや聞いたぞ? お前、鴻崎と付き合ってんだって」
「いやいや、誰情報なの、本当にそれ。よかったら教えてくれない? そのイケメンな面に免じて」
佐藤はメトロノームみたいにちっちっちと指を振り、
「イケメンって言ってくれんのはうれしいが――秘密は守る主義なんでね、誰が情報源かは言えないよ」
「男子の絆はとてもお堅いようで……とりあえずそれは誤解だから。付き合ってもいなければ好きでもない。そう言っておいてくれよ」
「ま、だよなー」
佐藤はどうやら先頭だったらしく、羽知より三周早く終えた。相田は追い越すたびに背中を叩いてきやがった。敷地二十周を果たしたのは六割程だった。
体育が終わり、着替えるために更衣室へ、手早く着替えを済ませた。むさ苦しい空間はごめんだ。廊下の古臭さ混じる空気を嗅ぎつつ、階段を上がり二階、一年生フロア。
一番乗りに教室に戻ったのはいいもののとても寂しい。
それからすぐに男子が熱を発散させるために胸倉を仰ぎながら教室へ戻ってくる。
暑苦しい。
休憩終わりまで五分を余裕で切りというところで女子が制汗剤の香りを振りまきながらノロノロと戻ってくる。
頭痛が痛い。