二十五話 『それは故郷だった』
それから次第に意識がハッキリとしてきた。目を瞑っていてもわかる、世界が崩落する鳴動、紅蓮に世界が焼かれていく閃光、そんな心穏やかではない気配。蝋を垂らされたように重たい瞼をこすり、開く。薄膜が張ったうすぼんやりとした視界。明瞭になり、世界の開闢とも違わぬ閃光の正体は夕日。
鳴動の正体はセダン車のエンジン音。
肩に感じる熱の正体が何だろうかと、誠也は右を向く。同じように肩を寄せる母の姿があった。思わず口に漏らしそうになった言葉を、垂れそうになった唾と一緒に飲み込んだ。
そのせいで何を言おうとしたのか、思い出せない。けれど多分、どうでもよかったことだ。
中三の夏休みだった。
家族全員そろって遠出する、というのは久しぶりの事だった。普段から「仕事一途」それを地で行く忙しい親だ。構ってほしくても構ってくれない、そんな両親のことがあまり好きではなかった。けれどそれは親の気も知らない子どものわがままにすぎない。
今日、こうして海に来たのは息子である誠也の願いを叶えるため、本当なら死んだように眠りたいところをこうして車を出し、連れてきてくれた。年甲斐もなく相手をしてくれた父には感謝せざるを得ない。
バックミラー越しに父と目が合った。すると父は優しく微笑み、
「随分と疲れたみてぇだな。二時間くらい寝てたぜ? 帰り、どっかで食って帰るか?」
「どっかって?」
「どこでもいい、寿司でもカレーでも」
「別にどこでもいい」
そうそっけなく返すと父は笑う。
「じゃぁママの手料理が良いな」
「鴻崎は――……いいよ、ママだって疲れてるし、外で食べたい」
誠也は一瞬頭を痛めた。目が覚めてしまった。
それからイヤホンを耳に突っ込み、音楽を流した。
父の声が遠く、車の低い粒の粗いエンジン音だけが響いた。瞬いた瞬間、わずかに流れた温い涙が頬を伝い落ちた。それが目に沁みてさらに涙があふれた。それはもう自分の力で抑えることのできない得体のしれない感情。
――大丈夫? 誠也。
優しく、イヤホンから漏れ出す音楽をもかき消す声が耳朶に響いた。その声に感情が加速する。背後からそっと、小さく、優しく、そして温かい手が頬に添えられた。親指が優しく涙袋をなぞる。顔を振りむく。そこには温かい笑みを湛えた慈母の顔があった。イヤホンを外し、落ちたのも気にしない。しばらくその顔を見る。生まれたときから見ている顔。なのに、異様な程、うれしかった。
意味が解らない。おそらくよくない夢でも見ていたのだろう。そう母が言う。
「誠也? ママが抱きしめてあげよっか」
「やめてよ、子どもじゃないんだから……でも、ありがとう」
柄にもなくそんなことを口にすると抱擁された。「逆だった」そんな訳の分からないことを思う。そんな様子に父が羨ましいと声を上げる。
相田・誠也は目を覚ました。




