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二話 『学校を休んで彼女はベンチに座る』

「へー」


「いや、へーじゃなくて」


 いつも通り学校に来た羽知は意を決し、一組に顔を出し、見知った男子の一人に鴻崎の所在を聞いた。一目見て居ると知れば聞くことはない。いないから聞いている。


 そんなお昼時。喧騒に満ちた廊下、窓際に背を預けていた。


「へぇ~…………ああ、んでなんだっけ? 鴻崎さん探してんだっけ? 残念ながらお探しの鴻崎さんは本日体調不良で休み」


「そっか、じゃぁいいや」


 羽知はまだ昼食を済ませていない。今日のおかずはミートボール。それを食べる事だけが一日の楽しみ。さっさと教室へ帰ろうかと翻ったら肩をガシっと掴まれた。


「おぉっと待てよ。お前もしかして鴻崎さんに気でもあんの?」


「ねぇよ。ヤベェ奴だし」


「だよなー、じゃ」


 それだけ聞きたかったようで苦笑を見せてはとっとと教室へ戻っていった。


 結局気落ちさせる、心にかかった濃霧が晴れることはなく、落ち着かない気持ちのまま午後の授業に挑んだ。


「俺、ちょっと元気ないからシフトかわれ――かわってくださいお願いします」


 ギシと簡素な椅子が軋み啼き、後ろ二本で男子高生の重たい体を支えてみせる。持ち上げた顔はとても面倒くさそうだ。


「はぁ? んな理由でかわるわきゃねぇだろ」


「今度なんでも奢ってやるから――」


「――言ったな? 今なんでもするって」


「いや、言ってないし。食いもん奢るだけだから。何勘違いしてんの」


 とりあえず幸い暇だったそうでかわってもらえた。やっぱり持つべきは友――シフトをかわってくれる親友だ。


「んで? なんで元気ないわけ? 失恋か?」


「いやないない。失恋とかしないし。あれだ、この前のクソジジイのせいだ」


「あー、この前のな、お前めちゃくちゃ叱られてたもんな」


 原因はタバコ。この世から消えてなくなれ。店長は売り上げを考慮してなかなかそうはしない。


 そう話しつつ時間はシフトの頃合いになり、コンビニの前で別れた。


 マンションに向かうには必ず通る公園。昨夜、鴻崎と出会った場所だ。


「まさか……な」


 まさかいるわけもないだろう姿がしっかり昨夜と同じくベンチにあった。こうなってしまうときっと、いくらバイトに疲れても気にしてしまいそうだ。


 もしかしたら疲れ、足元を見て歩いているときも彼女は居たのかもしれない。


 俺はこの公園が嫌いだった。


「……今日、学校休んでたんだな」


 親しくもないが「よっ」と親し気に片手を上げ、声をかけた。


 その声に反応を示し、鴻崎は手元に落ちた視線を上げ、右向き、左向き、目を合わせ、肩を下げた。それがどういう感情なのか聞くまでもなく。潤いを取り戻した瞳で言った。


「あなたには関係のない事ですよね?」

「そうかもしれないな。ずっとこうして座ってんの?」


 羽知は当たり前のようにベンチに腰を下ろした。隣に座る鴻崎の顔は見ずに、公園を縁取る緑の低木を見る。


「ついさっき、座ったばかり」


「そっか……楽しい?」


 特にこれといった感情は含めずにそう訊くと、鴻崎は困ったように細い眉を寄せた。


「なんで話しかけてくるの?」


「……まぁ、なんというか。昨日……気になって。別に変な意図はない」


「そ。なら安心して。私が言ったことも、別に意図はないから」


 羽知は後頭部に手を当て、しばらくして立ち上がった。


「ちょっと、コンビニ行ってくる」


「別に報告しないで行ってきたらいいじゃない」


 鴻崎はどこか不貞腐れたように突き放す強めの口調で言う。


 羽知は平素と変わらぬ面構えで本来シフトの入っているコンビニに顔を出した。


「お前さ、俺の顔が恋しいのは分かるが、休んでる身でよくのこのこと現れられるもんだなぁ、尊敬物だぜ」


「違うわ。変な勘違いすんな」


 愚痴を垂れ流しながら、わざと手際悪くノロノロと会計をやられ、五分ほどが過ぎた。


 急いで公園に戻り見渡し、肩を下げた。未だ律義にその姿はあった。時々空を見上げては深くため息を吐き、すぐに視線が足元へ落ちる。そんな様子が気に食わず、袋を漁り、


「食うか?」


 好きか嫌いか、ピザまんを一つ鴻崎の顔の横に送る。別に要らないというのなら二つ食べられるので構わない。これは羽知の好物の一つ。


「……なに? いきなり」


「別に下心はない。ただついでに買っただけ」


「買春? 悪いけど、食べ物で釣られるほど軽くはないから」


 そんなことを言いながらも鴻崎は片手を伸ばし、白い包みを受け取る。そのじんわりしたぬくもりを両手で感じ、口を固く結ぶ。


「好きな具は?」


「期間限定のチョコ」


「あー、そんなのこの前まであったな。残念ながらそれはピザだ」


 鴻崎は包みを剥がしながら首を小さく振り、


「嫌いじゃない。それに見たらわかる」


 短いその言葉に羽知の口元が不意に緩む。


「ならよかった」


 一口で三分の一を削る羽知とは違い、一口が羽知の半分ほどしかない鴻崎。


「いくらだった?」


「金か? 別にいい」


「そうはいかない。あなたに奢られる筋合いはないもの」


「そういうのは真面目な奴が言う台詞だ。鴻崎には似合わないだろ」


「私が真面目じゃないっていうの?」


 ムっと抗議の視線を向けてきた。意外とちゃんと感情を顔に出せるようだ。


 それが少し面白く、羽知は鼻で笑い、顎を上げ、微かな嘲笑を湛え言った。


「そうだろ、学校休んで公園にいるような奴のどこが真面目なんだよ」


「それは…………それもそうかもね。でも、お金は払うわ」


「頑固なんだな」


「借りを作りたくないだけ」


「この程度で作る借りなんて、大したものじゃないだろ」


 お金を受け取りブレザーのポケットに突っ込んだ。


「実は、昨日から碌な食事をとっていなかったの。借りには十分よ」


 その言葉にしばし考え口に吐く、


「じゃぁ、夕飯、うちで食うか? どうせ今日も夜中までベンチに座ってんだろ?」


「だから、そういうの……」


「別に何かしようなんて企ては微塵もねぇよ。ほかの男と同じにすんな。で? どうする。自分で言うのもなんだが腕前はそこそこあるつもりだ」


 鴻崎は一時黙考。小さな口が微かに震え、


「……じゃぁ、お言葉に甘えて……」


 そう言葉にするのはとても後ろめたい感情が纏うのか、鴻崎は顔を逸らしたままだった。


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