十八話 『メガネをかけた先輩』
07:10――
目を覚ますと見慣れた天井が視界一杯に広がる。
昨日は鴻崎の誕生日プレゼントを探すために相田を連れ立って原宿に行った。けれど残念なことにいい物は見つからずファミレスで夜を過ごし、食べ過ぎたからというから徒歩で地元まで帰ってきた。その提案したのは相田。乗ったのはほかならぬ羽知。足の関節がとても痛い。けれど起きなくてはならない。痛くて思わず軋み啼いた。
スマホを掴み上げ、時間を見て目を疑った。
「ヤベェ、弛みすぎだろ、俺」
シャワーを浴びたり、クリーム塗ったり、髪形整えたりで気が付けば八時を目前としていた。
とにかく腹に飯を入れようと炊飯器をパカと開けた。
「あぁぁぁぁぁ炊いてないぃぃぃ」
これもすべて低気圧のせいだ。雨は降らずとも曇った空を睨んだ。午後から雨が降るらしい。
とりあえずなくなく家を出てコンビニでサンドイッチを買い、教室で食べることにした。
「また学校で朝飯ときたか? よっ、体のほうは大丈夫か?」
愉しそうに言う相田が背後から肩を思いっきり掴んだ。肩こりも酷かったようで非常に痛い。今すぐ椅子ごと宙に舞えそうだ。
「おかげさまで筋肉痛だよ、特に足首がね」
「俺がマッサージしてやろうか」
「いらねぇよ」
ホームルームが始まる前に急いで食べ終えた。
そんな調子で迎えた授業、お昼まで持つわけもなく、腹が寂しい。
「食うか?」
「……マジかよ、持つべきは親友だな――」
相田の手からかっさらおうとトンビが如く繰り出した横薙ぎの腕は――空振った。
眉根を寄せた羽知にお手の姿勢。
「千円」
羽知は席を離れ、購買に向かう、その途中一組を横目にみて、鴻崎が居るのを確認。それよりも今は空腹を満たすほうが先。一階に下り、廊下をしばらく歩くとその人混みはない。
落胆した生徒とすれ違う。ということは碌なのが残っていないということだ。
ベージュのトレーは片づけられ、もうそこは撤収準備中。
「今日の分は売り切れだよ」
「はぁ……マジか」
渾身の落胆ぶりを見せる羽知を三年だか二年だかの先輩が可哀想だと思ったのか。
「実は、『君のような生徒』もいるだろう、ということで数個取ってあるんだ」
羽知は顔色をよくした。「こちらにきたまえ」と促され、その教室に入り、カレーパンとチキンカツサンドを買った。
このメガネを光らせる先輩が誰なのかは知らないが、もし卒業式で見かけたら彼のために涙を流そうと誓った。
教室に戻る道中、一組を覗く、が鴻崎の姿がなかった。
「何してるの?」
別にやましいことをしていたわけではないのに驚いてしまう。
「鴻崎か……びっくりした」
「あ、ごめんね私で。で、誰かに用だった?」
「いや、別に、ただ何となく覗いただけ……」
鴻崎は視線を少し下げ、購買で買ったパンに向く。
「今日は購買?」
「えっと、食べるか?」
「え、いいの?」
「まぁ、食べたいなら」
「ほんと? じゃぁ」
鴻崎は人気上位に君臨するチキンカツを選んだ。落胆を禁じ得ない。
「……本当にいいの?」
「あぁ、いいよ。鴻崎はもうお昼は済ませた?」
「うん、済ませた」
きっと今日は鴻崎のほうが満たされている。
「あ、じゃ、俺はそろそろ戻るよ」
「一緒に食べない?」
鴻崎は微笑み、首をかしげる。
「食べるか、一緒に」
この程度のことで多少元気になれてしまうのは幸せだ。
一組教室後方、鴻崎の前の席の人は休みらしいのでその席を借りることにした。
なんだか感じる、刺さるような視線はきっと、人気上位に堅い、カレーパンとチキンカツを持っているからだろう。みんなそれほどまでにコレが欲しいのだ。たぶん。
「おいしいか?」
包みのラップを剥がし、小さな口を一杯に開き、食んだ鴻崎に話しかける。表情を見る限り、おいしいのだろうなぁ。と思う。その様子を指くわえて見ていると。
「……一口、いる?」
「いやいや、別に欲しいなんてそんな目で見てたわけじゃないから……」
――嘘である。
本当は一口くらい食べたい。この前だって相田からもらえると思ったら「それはだめだ」と言われた。
「私、ご飯食べちゃったからこんなに食べられないの。食べてくれないなら捨てることになっちゃうけど…………」
羽知はしばらく考えた。深く考えた。考えすぎた知恵熱で顔が熱くなる。
――これはいわゆる間接キスじゃッ⁉
けれど別に照れるようなことはない。改めて「いただきます」と心の中でつぶやいた。
「まぁ、捨てるならなぁ、勿体ないもんなぁ……いただくよ」
受け取り、目をつむり一口大きく削り食ってしまえばもう間接キスではない。たぶん。
妙な胸の高鳴りを感じつつ、瞼を開くと目の前の鴻崎がほのかに頬を染めていた。羽知は面映ゆい気分だった。周囲の目も相まって逃げ出したいがそんな格好悪い様など見せるわけもなく、バクバクと味わうこともなく口に押し込んだ。
けれどよくよく考えると間接キスに変わりないと思い至り、体内が沸騰するのを感じた。
「あ、そろそろ時間だから、俺。戻るわ」
「……うん」
冷やかしの男子のつま先を踏んでやった。




