十七話 『誕生日』
「お前、鴻崎さんに言ったのか?」
相田は神妙な面持ちで訊いてきた。
「何を……って聞くような程隠し事なんかないけど。相田が言おうとしていることが俺の予想通りなら――知られた」
「知られた?」
相田は怪訝に眉を寄せた。羽知は話を続ける。
「お前と同じ。勝手に人んち漁って見てしまった、そして聞いてきた」
「聞いてきた? なんて答えたんだよ」
相田の問いに羽知は口を引き結び、頭を短く振った。
「答えてないよ、詳しくはね。とりあえず『いる』って答えた。そんで、聞くな、ってクギを打っておいたつもり」
そのことを聞き、相田は深くソファに凭れた。
「やっぱ、俺の時とは違うのな」
「お前は男だろ? 鴻崎は女子だ」
「お、それ巷説に聞く男女差別だぜ?」
羽知は苛立ち、握った拳を丈の低いテーブルに落とした。一瞬グラスが浮いた。
「じゃぁ俺に鴻崎を殴れっていうのか?」
「お前も大概面倒だよなぁ~」
「うっせぇ」
七月七日。七夕。
本日は土曜日。
羽知はバイトを減らした。あまりにも体の疲れが取れない季節。
梅雨が明けたらまたシフトを入れるつもりだ。
昼前、十時頃に事前連絡もなくおいでになった相田は言った。
「んま、でもよ? 仮にお前と鴻崎が付き合ったらいずれ言わなきゃいけない話なんだろ?」
どうしてそう思うのか、と羽知は首を傾げるも答える。
「まぁな。本当に付き合う、っていうんならいずれ話すさ。けど、鴻崎が自分のことを話してくれないなら付き合わないし」
それはただの言い訳。付き合えるなら付き合う。おそらく今付き合って、再来年中に別れれば問題はない。その問題というのが何なのか、なぜか羽知はあいまいだった。ついこの前まで知っていたはずなのに。怖気が走り、思わず表情が険しくなる。
そんな心情を汲み取るように相田が両肩を強めに叩いた。
「女々しいなぁ。別にいいじゃねぇかよ、付き合うくらい」
「よかあねぇよ。俺はちゃんと考えるタイプなんだ」
「話してくれそうなん? 鴻崎さんはよ」
「さてね、詮索されるのは嫌いらしいし、俺から聞くことはない」
しばしの沈黙がおり、お茶で喉を潤す。時間が繰れば、お互いの心が交錯した瞬間、おそらく鴻崎は話してくれる。
「なぁ羽知、ぶっちゃけここだけの話、鴻崎のことどう思ってんの?」
「聞いててわかんない?」
「だから好きなんだろ?」
「聞いててわかんない?」
「大好き、なんだろ?」
「つけんな、大を。ただ付き合うならまぁいいかなぁ程度」
当然だ、羽知は鴻崎が精神レベルで好きだ。同世代の鴻崎を人となりで好きだ。
唇を引き結んだ羽知の頬をツンとにやけ面の相田の指が突いた。
「顔、赤くなってんぜ?」
「圧し折ってほしいのはこの指で間違いないな?」
あと一歩で指を折る、というところでインターホンが響いた。
「お、来たな」
「はぁ? 何が、誰か呼んだのかよ、この家そんな広くねぇんだから勝手なことすんなよ……」
面倒な男子友達を連れてきたのかと思ったがどうやら違うらしく、相田は大きなピザの箱を持ってきた。それは得も言われぬいい香りを漂わせていた。チーズの臭い。思わず腹の底が唸る。
「なにそれ」
「見たらわかるだろ」
「いや、わかるけど、なんで? 賄賂?」
それからなぜか食べずに一分が過ぎた。食べようかと手を伸ばしたら叩かれた。お返しに頬を張った。
「誠也、立て」
「なんで」
「いいから立て、そんで玄関に行け」
「はぁ? ここ俺の家、お前に命令される筋合いないんだけど。それよりピザ……」
さめちゃいそうと思いながらも玄関に向かうとまたまたインターホン。モニターを勝手に操作する相田を睨むと、なぜかブイサイン。
「お邪魔します……?」
今度現れたのは鴻崎だった。いつも通りメガネに、長めの黒髪は三つ編みに、ちょっとばかり大人っぽい服装は少し暑そうだと思う。リビングは冷房が効いている。
「あ、えっと……相田君に呼ばれて……」
「あぁそうなんだ。ま、とりあえず上がって、なんか知らないけどピザ来てるから、食べるか?」
「ほら、早くしろよ二人さん! さめちゃうぞ!」
我先にと箱を開け、一切れ持ち上げチーズを伸ばす。
「おい、皿持ってくから絶対にこぼすなよ」
「お、サンキュ」
Lサイズのピザなど高校生三人の前には足りない。まぁ鴻崎は三切れで十分らしいが。
「そういえば鴻崎さんって三日が誕生日なんだって?」
「七月?」
「あ、うん……そう」
誕生日からかれこれ四日が経っていた。
「あれ、その様子だと知らなかったみたいだな羽知」
「知ってんならもっと早く言えよ、お前絶対にわざとだろいつも」
本当は知っていた。知っていたはずだけれど。言われるまで認識していなかった。その日はコンビニのバイトだった。
鴻崎の視線を感じ、相田の胸倉を放した。
「あ、そうだ。誠也君の誕生日って、いつ?」
「俺は、十二月二日。まだまだ先」
「ちなみに俺は八月一日――」
「聞いてねぇよ」
ピザを食べ終え、お茶を一杯飲んだら相田は帰った。いったい何がしたかったのか不思議だが。鴻崎は相田が帰り、一安心したように肩の力を抜いた。苦手なのだろうか。
「あいつ、うるさいけど悪い奴じゃねぇよ?」
苦汁が満ちる。
「そう、かもですね」
空気を取り直すように羽知は言った。
「誕生日だったんだな。なんかさ、欲しい物とかあったりするか?」
「ほしい物? 大丈夫ですよそんな」
「俺たち、友達だよな」
「う、うん? それがいったいなにか?」
「なら、俺が鴻崎になにかプレゼントを贈ろう、っていうのは普通のことだ」
「それ、普通?」
「友達の少ない鴻崎には分からないだろうが。まぁ、普通だ。で、何か欲しい物あるか? こう見えてもしっかりバイトしてるんだ、お金ならまぁ……困らん程度にはあるつもりだ」
「友達が少ない……一言余計」
鴻崎は少し頬を膨らませるもとりあえず自分が欲しい物を思い浮かべる。
そして五分が過ぎた。けれどどうやら思い浮かばなかったらしい。
そういう、にへと曖昧な表情をした。
「ま、今すぐ言えってわけじゃないから。思いついたら言ってくれたらいいよ」
「逆に、誠也君は誕生日に何が欲しいんですか?」
「俺? そうだな、自動で床掃除してくれるアレかな」
「あの、丸くてなんだかペットみたいなアレ? そういうのが良いんですか?」
「いや、まぁ、本当に欲しいかと問われるとどうなんだろうな……自分で間に合ってるな」
十万程する高級な〇ンバ。バイトしていない学生にこれを欲しい、買ってと頼むのは如何なものか。ル〇バ、見た目はかわいいけど。
「電動シェーバーとかかな」
「誠也君って、家電が好きなの?」
「いや、別にそういうんじゃないけど。本当にないのか? ぱっと浮かぶもの」
「ないです。しいて言うならまぁ……でも、迷惑じゃ」
胸の前に握った手を添えて、上目遣いに窺う。
「大丈夫。いうだけならタダだ」
「ですね、じゃぁ。私、行ってみたいところがあるんです」
海が見たい、ということを聞いた。けれどそうではなく、もう少し近場だった。
鴻崎はちゃんと現役女子高生だった。
「この後暇だろ? ちょっと買い物に付き合ってほしいんだけど」
とバイト休憩中、羽知は相田に言う。付き合ってほしい、というのは恋愛的意味ではない。
「は? どの顔を見て『暇だろ?』だって?」
「暇じゃねぇのかよ」
「たった今予定が入ったからな。『お前の相手をする』っていうな。んで? 買い物って?」
「……んや、やっぱいいわ、一人で行く」
「おいおい、水臭い事いうなよ。鴻崎さんへのプレゼント選びか?」
「本当にいい性格してるよな」
「だろ? もっと褒めてくれてもいいぜ」
相田の背中を拳で叩き、仕事に戻った。
20:00――
バイトが終わり、足は駅のほうへと向かった。
「んで? 目的地は? シブヤでも行くのか?」
「お前が行きたいだけだろ?」
どうやらそうらしく、相田は大仰に笑う。電車に揺られ大体三十分ほど。
とりあえず男が考えた、女子が好きそうなところ、ということで原宿に来た。時間帯は遅くも人はそこそこまぁ居た。人混みが苦手な羽知にとってはそれでも首を横に振りたくなる。
「でー? どこ回るよ」
「さぁね、適当に回れば何かしら見つかんじゃない?」
20:40――
諦めた一行は交差点を見下ろすファミレスに腰を落ち着かせた。本当は窓際に座りたかったのだが、問答無用で相田が腰を落ち着かせた。その隣に座る趣味はない。何よりそんなことをしたら完全に変なやつだ。周囲の目が痛い。
相田は背もたれに肘をかけて、外を眺めていた。
「ま、ゴスロリはねぇよな」
「同意。そもそも服をプレゼント、ってないでしょ。サイズとか知らねぇし」
香水とか、アクセサリとか、服とか、どれもピンとこなかった。
なんの収穫も得られなかった。
気を取り直してとばかりに相田はメニューを広げた。
「ま、とりあえず考えても仕方ねぇし、食おうぜ」
「なに、奢ってくれんの?」
「なわけ、お前が奢るんだよ。付き合ってやった対価だ」
「……役に立ってないくせに随分と高くついたもんだ」
メニューを斜めに立て、ものの五分と経たずに決まった。どっちが呼び出しボタンを押すかということをじゃんけんで決めた。勝者――相田。
「お前もちゃんと男だったってわけだな」
「女子に見えた? うれしいなぁ」
「はっ、ゴスロリ衣装でも着るか? 案外似合うかもしれねぇぜ?」
「きっと羞恥心のせいで癖になるだろうね」
「お、やるか」
「やらねぇよ、絶対にな」
「冗談に決まってんだろ……何本気にしてんだよ。んま、今度鴻崎さんとデートでもしてみりゃいいんじゃね? 本人に聞くのが一番手っ取り早いだろ」
「聞いたよ、昨日、お前が勝手に来て勝手に帰った日」
「なんだって?」
「スイーツを食べに行きたいんだってよ」
「決まってんじゃん、それがプレゼントで良いんだろ?」
「まぁ、そんな感じには聞こえたけど。本当にそんなんでいいのかよ」
「本人がそういったんだからいいんじゃねぇの?」
「そういうもんか」
「じゃねぇの? あれだ、大切なのはハート。気持ちだぜ」
相田はステーキの三分の一をくれた。
「だから、俺の金なんだけどね。いただくけど」




