第86話~再会~
~シュマル王国・エメディオ市~
~居酒屋「陽羽南」 リリン通り店~
「うわ」
「う~わ」
穴をくぐり、リリン通り店にやってきた僕とジーナは、二人揃って目を見開きながら顎をすとんと落とすしかなかった。
店内、一番奥、壁際の丸テーブル。そこに腰を下ろす、レトリバー系犬獣人の壮年の夫婦。遠目でも分かる。僕とジーナの両親、イド・カマンサックとベティナ・カマンサックの二人だ。
明らかにそのテーブルの周囲だけ空気がささくれだっている。フロアを行き来するスタッフも、他のテーブルで飲み食いする客たちも、何となしに触れがたいようでチラチラ視線を向けつつも触らない。
これは、随分と大変だ。ジーナが深くため息をついている。
「マジでいる」
「どうして……ここの開店も、店の住所も知らせた覚えは」
呆れた様子で漏らす彼女の隣で、肩を落としながら僕はぼやいた。
開店にあたって、当然市内の各所に告知は出したし、商人ギルドを通してチラシも国内に配布した。国内の主要都市までならチラシが渡っていても不思議ではないが、僕の故郷、グレケット村はだいぶ田舎だ。そこまで情報が行っているとは思えない。
と、何かを思い出したようにジーナがぽんと手を打った。
「あ、ごめん。それあたしだわ、伝えたの」
「え? いつだよ姉貴、そんなことしたなんて僕はちっとも」
急にとんでもないことを言い出す姉に、僕は思わず目を剥いた。まさかこんな身近に、この状況を引き起こした人間がいるとは予想していなかった。
するとジーナはくいと親指を後方に向けつつ眉を下げた。その指の先には、そそくさとキッチンに引っ込もうとしているエティがいる。
「手紙をね、エティちゃんに託してたのよ。こっちに帰ってきたら、都合のいい時に投函しといてって。こんな早くに届くってのは予想してなかったわ」
「はぁ……もう、言ってくれよ姉貴。僕の店だぞ」
姉のあっけらかんとした発言に、僕はため息を漏らすしかない。いくらシュマル王国が人手不足著しく、日本のように郵便の仕組みが発達していないといえ、二週間もあればさすがに手紙の一通や二通、平気で届く。
恐らく両親は手紙を受け取るやいなや、馬車に飛び乗って王都まで来て、手紙を頼りにこの店に来たのだろう。入店するやいなや鬼気迫る表情で「マウロはどこにいる」とやらかした様が、脳裏に浮かぶようだ。
僕とジーナの会話を耳ざとく聞いていたのだろう。ぴくり、と尻尾を動かしながら、父――イドが椅子からゆっくり立ち上がった。
「『僕の店』、か」
椅子を蹴り倒しはしない。ゆっくりと、静かに、ホールのスタッフを邪魔しないように、彼はこちらにまっすぐ歩いてくる。
僕が小さい頃からずっと職人として働いてきて、まさしく職人気質といった人物。気難しく、頑固で、こだわりが強く、自分の考えはてこでも曲げない父の、眉間のシワがなくなったところを僕は見たことがない。
だが。今日の眉間には一層、深々とシワが刻まれ、眉は天を衝かんばかりに吊り上がっていた。後方からついてくる母、ベティナもどこかいたたまれない表情だ。
「……親父。母さん」
そう声をかけながら、僕の背筋もぐっと伸びる。
少なくとも10年以上、顔を合わせることのなかった両親が目の前にいる。感動の再会……と行くわけにはいかないのが、なんとも収まりが悪い。
僕のぐっと結んだ口と、まっすぐに突き刺すような視線を正面から見つめ返して、イドは深く息を吐いた。
「石工の道を拒否し、身一つで我が家を飛び出していって、夢に見ていた冒険者になったお前が、言うに事欠いて『僕の店』か」
「……っ」
その声には明らかに、呆れと怒りが見て取れる。
父としては当然、僕に石工の道を継がせるつもりだったのだろうし、学校に入るまでは僕もそうだった。石や土を扱うための大地魔法は石工の必須スキルだが、それに魅了されて魔法使いの道を志すなど、信じがたかったのも当然分かる。
問題は、家を飛び出し、一人で王都に向かって冒険者としての道を歩み始めるどころか、才能を開花させて王国でも指折りの冒険者の一人になったこと。そしてその地位を、あっさりと捨て去ったことだろう。
あまりの怒りに、さすがに周囲もざわつき始める。そっと母が、父の腕に手を添えた。
「あなた」
「口を出すな、ベティナ。俺は今腹が立っている」
母の手をそっと払いながら、イドはキッと僕を睨みつけた。そのままで、声色を一層低くしながら、冷たく言い放つ。
「飛び出した後のことなど考えもせず、勝手に一人で掴み取ったその地位を、偶発的な事故とは言え自分勝手に放り出して一国一城の主を気取っている。そんな息子に、俺は猛烈に、腹が立っている」
「……」
怒りをたぎらせたイドの言葉に、僕は何も言えなかった。
さすがにこの物言いについては、僕も言葉の返しようがない。僕自身、もったいないことをしている自覚はあるのだ。
夢を掴んだのも、地位を得たのもその通り。父親からしたら許せなくてもまだ納得できる状況だったろうが、その夢も地位も捨ててセカンドキャリアに踏み込んだのだ。腹も立つだろう。
ぐ、と歯噛みする僕の横で、これまた悲しげな表情をしたジーナが口を開く。
「父さん、ちょっと」
「ジーナ、お前もだ。お前もお前で勝手に消えて、流れ着いた先で根を下ろしている。ふざけるな、二人して」
姉の言葉に被せるように、父はまたしても噛みついた。
彼女も彼女で村でずっと、両親と共に仕事をして暮らしていたのが、これまた急にいなくなったのだ。子どもが行方知れずになってきっと、二人とも大いに心配したのだろうが、それがひょんなことから手紙をよこしてくるという。
ふざけるな。その言葉に偽りはないだろう。口をつぐんだ僕とジーナに、イドは冷たい目線をぶつけながら言った。
「だから俺とベティナは今日、お前の店に来た。これまでの人生で築き上げた全てを捨て、酒場の経営なんぞを始めたお前が、真にその仕事を全うできるものか……確かめずに王都の門は通れない」
「父さん……」
父の厳しい言葉に、僕は久しぶりに絶望を感じた。
こんな状態になった父は、間違いなくてこでも動かない。追い返すなど考えられることではない。そのつもりは元々ないけれど。
加えてイド・カマンサックはだいぶ酒にも明るい人間だ。僕が幼い頃から酒飲みで、村の中でも珍しく自分で料理を作っていた。
グレケット村は畜産も盛んで、広い牧場が数多い。当然、いい肉も市場に出回るわけで、それを使って様々な料理をこしらえていたものだ。たまに僕も作った料理を貰っていたが、その美味しさは今でも記憶に残っている。
と、鼻息の荒いイドの後ろから、ベティナが苦笑しながら声をかけてきた。
「ごめんなさいね、マウロ。この人、こんな事言ってるけど、あなたの店で食事をするために王都に来るのを、随分楽しみにしていたのよ。馬車の中で尻尾を振って」
「ベティナ」
母の言葉にぴしゃりと父が重ねる。さすがにこんなことを言われたら威厳も何も無い、ということなのだろう。
でも、そのおかげで緊張がほぐれた。やることは単純だ。いつも通りにやればいい。
「ふふっ……分かった」
笑みをこぼしながら、僕はうなずき、微笑んだ。料理を作って、酒を振る舞い、満足させる。相手が両親なだけだ。何も怖がることはない。
「任せてよ、新宿仕込みの料理と自慢の酒、たらふく食わせて飲ませて、腹パンパンにしてグレケット村に帰してやる」
「よっしゃ、んじゃあたしも頑張ろうじゃないの。主食系とデザートならお手のもんよ。エティちゃんごめんね、あたしとマウロ、二人とも厨房に入るから。アランナちゃんに言っといてくれる?」
「あっ、はい! 勿論!」
僕の言葉にジーナも気合が入ったらしい。早速動き出しながらエティにも声をかけていた。店の営業や軽食作りの腕前は僕よりも年季が入っている。ワンオペしているから手際も相当だろう。頼れる存在だ。
僕と姉の言葉に、イドが小さく鼻を鳴らす。そのまま踵を返すと、元々着席していたテーブルに向かっていった。
「……ふん」
「待ってるわね。注文は、メニューを見て考えるわ」
父に続いて母も、小さく手を振りながらテーブルへと向かっていく。注文を取るのはホールスタッフの仕事として、時間は有限だ。すぐに料理を作る準備をしなくては。
「よし、それじゃ――」
「あ、いらっしゃいま――」
と、僕とジーナがキッチンに向かおうとしたところで。アランナに声をかけ、ちょうどキッチンから出てきたエティが入口扉が開いたのに気がついた。
その扉をくぐってやってきたのは。
「せ、えぇっ」
「うむ、シスター殿。今日も出迎えに感謝する」
人間の壮年の男性で、長いヒゲと波打った髪をたくわえた人物で。
表に出る際の豪奢な服装でこそなく、なんならシンプルなシャツにジャケット、パンツ姿と町人と変わらない姿であるものの。
「え……あ、あの……」
エティだけではない、僕も、ジーナも、他の面々も声が上ずり、戸惑う人物であった。
誰あろう、この国の国王、ナタニエル3世その人である。
「陛下?」
「おお、岩壁の。久しく顔を見なんだが、元気そうで何よりである」
「ああマウロさん、お久しぶりです」
ナタニエル3世の後ろから、久保田さんも顔を出した。こちらもだいぶラフな格好をしているが、それでも二人がふたりとも、胸元には王家の紋章を象ったブローチをつけている。隠れるつもりがあるのやら、ないのやら。
初めて自国の国王を間近で見たジーナが、ぽかんとした表情のまま僕の腰をつついた。
「うっそ。国王陛下とその超側近のお方じゃない。なにマウロ、あんたそんな気安く呼ばれるような仲だったわけ」
「し、仕方ないだろ、ギルド併設の酒場にもよくお越しになられていたんだ」
彼女の言葉に僕は焦りつつも返す。嘘はついていないし冒険者ギルド所属の頃からもたびたび話をしていたのだ。気安く呼ばれる、というほどではないにせよ、立派に顔見知りである。
目を白黒させる僕やジーナを放っておいて、ウキウキした様子を隠すことなくナタニエル3世が後ろを振り返る。
「うむ、岩壁のの手料理も久しく食っておらん。今日に居るというなら逃す手はない。マサキ、お前もそうであろう」
「無論です、陛下。私も久しく、故郷の味を口にしておりませんから」
その言葉に久保田さんも大きくうなずいた。諌めるどころか一緒に楽しむ気まんまんである。
きっと既に何度かこの店に来ているのであろうが、なにも今日に来なくてもという話だ。緊張度合いが段違いである。
「うわぁ……マジか……」
「とんだ大物が来たもんだ。頑張ろう、姉貴」
エティが震えながら陛下と久保田さんをテーブルに案内するのを見送って、僕達はため息をつきながらキッチンに入っていくのだった。
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