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第83話~異動願い~

~新宿・歌舞伎町~

~居酒屋「陽羽南」 歌舞伎町店~



 エティの発した言葉に、その場の全員がざわついた。このタイミングで「帰りたい」と言い出すということは、すなわち「この店を辞めたい」ということに他ならない。


「か、帰りたい、って……」

「本気で言ってるの、エティ?」


 サレオスが信じられないと言う表情で漏らすと、パスティータがすがるような目をして彼女に言った。

 パスティータは特にそうだろう。僕と、エティと、彼女の三人で「三匹の仔犬(トライピルツ)」として長いこと、一緒に活動してきたのだ。こっちの世界に来てもずっと一緒に行動していたのが、ここに来ての別行動。信じられない気持ちになるのも分かる。


「うん……やっぱり、私は帰りたい」


 しかしパスティータの言葉にも、エティはこくりと頷いた。どうやら、その気持は固いらしい。

 シフェールもアンバスも口をあんぐり開ける中、僕は小さくため息をつきながらエティへと言葉をかける。


「まぁ、そうもなるか。エティの場合、お父上のこともあるもんな」


 僕の発言を聞いて、エティが申し訳無さそうに視線を落とした。それを聞いてやっと納得がいったようで、パスティータが指を鳴らす。


「お父上……あ、そうか。確かエティのお父さんって」

「うん、マーキュリオ大聖堂の司教、バルトロメオ・ジスクールよ」


 エティの父親、バルトロメオはエメディオ市の一番大きな教会、マーキュリオ大聖堂の司祭を務める人間だ。有能な司祭として名が知られているが、非常に子煩悩で一人娘のエティを大層可愛がっている。

 冒険者としてチェルパで活動している間も、その無事を確認するためにたびたび実家であるマーキュリオ大聖堂に顔を出すことを義務付けていたくらいだ。エティの冒険者家業にも反対していたということは、エメディオ市の人間なら誰でも知っている。

 シフェールとアンバスも納得がいったようで、小さくため息をついた。


「ああ……バルトロメオ司教の娘さんだったか」

「なるほどなぁ……あの司教様の性格を考えると、そりゃあなるべく王国内にはいたいか」


 二人がそれなら仕方がない、と言いたげに言葉を漏らすと、両手を合わせてもじもじしながらエティが返した。


「うん。きっと私の行方不明のことは、お父様も知っているはず。絶対に私を心配するあまり、日々の生活すら覚束なくなっているわ。帰る手段が見つかったのなら、帰って安心させてあげたい」


 その話を聞いて、チェルパとは関わりのないサレオスや寅司やディトも納得したと言う様子で息を吐いた。しかしそれでも、仕事を辞めて故郷に帰るということは、この店での仕事や、この店で働き続ける仲間と別れることに他ならない。


「で、でも、そうなるとこの店の仕事はどうするんですか?」

「そうです、ジスクールさんのことを気に入っているお客さんも多いのに……」


 サレオスやディトが心配そうに声をかけると、ますますエティが下を向く。彼女としても、こういう話を切り出すのはつらいだろうし、悩むところもあるんだろう。

 と、話を静かに聞いていた政親が、あごに手をやりながら声を漏らした。


「うーん」


 その声に、その場の全員の視線が政親に向けられる。社長の言葉だ、もちろんエティの退職とか、引っ越しとか、そういう物事の決定権は彼にある。その政親が、エティに顔を向けながら口を開いた。


「エティ君、確認なんだが」

「はい、社長」


 言い含めるように声をかける政親に、エティが顔を上げて返す。その返事を確認してから、政親はゆっくりと彼女に問いかけた。


「リンクス株式会社を退職する意図は、あるのかな」


 政親の問いかけに、またしてもエティが視線を落とした。

 退職。確かに地球を離れてチェルパに帰るという意味では、リンクスに籍を置き続けるという選択肢は、取りにくいかもしれない。彼女がエメディオに帰った後、父親に縛られかねないことを考えるとそれも視野に入れざるを得ないんだろう。

 言葉を選ぶように考えつつ、エティはゆっくりと口を開いた。


「それは……正直、ありました。チェルパに帰ったら、きっとお父様は私を冒険者ギルドから退職させて、本格的にシスターとして手元に置こうとするから」


 彼女の発言に、パスティータがひゅっと息を呑んだ。

 確かに、バルトロメオならやりかねないという妙な確信がある。何しろこれほどまで長い間、消息が知れなくなったのだ。こんなことになるなら冒険者などさせていられない、と考えるのは容易に想像がつく。

 そうなると、冒険者ギルドから退職となるのは無理もないし、地球で働くなんて余計に無理だろう。退職を考えるのも仕方がないと言える。

 しかし、しかしだ。今はエメディオ市に(・・・・・・・・・)いてもリンクスの(・・・・・・・・)社員として働ける(・・・・・・・・)


「でも、さっきの話……エメディオにも、『陽羽南』が、出来るんですよね?」

「そうだね」


 確認するようにエティが政親に聞くと、すぐに政親はうなずき、返事をした。

 そう、エメディオにも『陽羽南』がオープンする。それはつまり、退職せずにエメディオ市店に異動(・・)するという選択肢が、手元にあるということだ。

 政親の返事を確認したエティが、もじもじしながら彼に問いかける。


「じゃあ、その……許されるなら、でいいんですけれど。お父様にも聞かないとならないとは思うんですけれど」


 言葉を選びつつ、悩みを隠せないままで、エティは消え入りそうな声をしながら政親に切り出した。


「エメディオの方の『陽羽南』で、働くことって、大丈夫です、か?」


 そして発せられたエティの言葉に、その場の全員が小さく目を見開いた。

 退職せずに、エメディオ市店に移動して、リンクス株式会社の一員として働く。この選択が取れるなら、僕達にとっても、彼女にとってもいいだろう。

 彼女は安定した収入を確保できるし、地球で磨いた接客のスキルを活用できる。会社の側も手塩にかけて育て、経験を積んでもらった社員を手放さないで済むし、新店舗のスタッフとして経験のある人材を配置できる。いいこと尽くめだ。


「もちろん。そうしてくれるなら、こちらも非常に助かるからね」

「エティはこっちの店での経験もあるし、ホールでの動きはしっかり分かっているからな。向こうで働いてくれるのなら、僕も安心できる」


 政親がうなずくのに合わせて、僕もこくりとうなずく。そしてにっこり微笑みながら、エティの肩に手を置いた。

 そう、結局は僕も、あちらの店にあれこれ関わらないといけないのだ。そういう意味でも、動きを把握しているエティがあちらの店にいてくれるとすごく安心だ。

 パスティータも、シフェールも、アンバスも、安心した様子でエティに言葉をかけている。


「そうそう。それにあっちのお店で働くんなら、すぐに会えるでしょ? それが一番いいって!」

「確かにな。勤務時間の差の問題はあるかもしれないが、(ホール)は繋がっている。問題はない」

「だな。あー、そうしたら社長、うちのカミさんと娘も出来たらあっちに帰してやりてえんですが、いいっすかね」


 仲間みんなの話を聞いて、エティもようやく顔を上げ、表情をほころばせた。

安心した様子の彼女を見て、政親もうんうんとうなずいている。

 ふと、エティの瞳の端に涙が浮かんだ。


「みんな……」


 その涙を指で拭って、エティは笑みを浮かべながら僕達に言った。


「ありがとう、本当に」


 御礼の言葉に、僕達もこくりとうなずく。

 同じ場所で働けないのは残念だが、それでも仲間だ。それに(ホール)があるから、いつでも顔を見にいける。距離も、世界も、関係ない。

 まとまったところで、政親はパンと手を打った。


「よし、じゃあ早速僕は本社に戻って異動の手続きを進める。この店の追加人員については、マウロ君の方で探してくれると助かるかな。ミラセルマ君については、本人の意志もあるだろうから別途調整しよう」

「了解です」


 政親のまとめる言葉に、僕はすぐに返事をした。そう、この場ですぐ決めるわけにはいかないのだ。エメディオ市店のオープンまでには時間があるし、すぐに異動する訳にはいかない。エティもエティで、バルトロメオに確認をしないといけないだろう。

 まだまだやらないといけないことはたくさんあるのだ。だけど、そのやらないといけないことをした上で、各々が望ましい方向に向かっていけるなら、それがいい。

 そこまで話して、政親がエレベーターのボタンを押した。こちらを振り返りながら、彼がもう一度笑う。


「さ、それじゃそろそろ開店時間になる。皆、今日も頑張ってくれ」


 そう声をかけて、政親はやってきたエレベーターの中に消えていく。僕はそれを見送るように、すぐさま頭を下げた。


「ありがとうございます!」


 他の面々も一緒に頭を下げ、政親を見送る。そのままエレベーターの扉が閉まり、下の階へと下がっていくのを見てから、僕はゆっくりとエティに振り返った。


「じゃあ、エティ。異動日が決まったら改めてお客さんに話すとして……それまでは、ここでよろしく頼む」

「うん……よろしくね」


 声をかけると、エティはもう一度目元を拭って返した。

 一緒に働ける残り少ない時間、充実したものにしよう。気持ちよく彼女を送り出せるようにしよう。

 そう思いながら、僕は皆に視線を巡らせた。今日もまた、これから仕事が始まるのだ。だけど僕の気持ちは、いつも以上に晴れやかだった。



~第84話へ~

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