第81話~開店申請~
~シュマル王国・エメディオ市~
~商人ギルド・ギルドマスター執務室~
商人ギルドのギルドマスター執務室にて。僕から受け取った冒険者ギルドからの手紙を、神妙な顔をして執務机に座ったディーターが見つめる。
「ふむ……なるほど、そういうことですか」
右目にかけたモノクルを直しながら、感心したようにディーターが呟いた。手紙の中には、冒険者ギルドのギルドマスターのランドルフから伝えられた、僕の商人ギルド所属をお願いする旨と、酒場を新たに開きたい旨の話があるはずだ。
手紙の内容を一読し、モノクルを外したディーターがうっすらと笑う。
「市内に酒場を開きたいとの旨、承知しました。私としては、マウロさんの当ギルドへの所属も、酒場のオープンも、止める理由はありません」
「ほっ……よかったです」
ディーターの言葉に、僕は胸を撫で下ろした。僕の隣で政親も安心した様子で微笑んでいる。
これで、居酒屋をこの町に開くことに対しての障害は、ほぼなくなったと言ってもいい。運営にあたっての人員募集とか食材やお酒の確保とかは別途考えなくてはならないが、そこは僕達の所属するのが株式会社である故、どうとでも出来る。
と、手紙の内容に視線を落としてから、ディーターが長い耳を撫でつつ口を開いた。
「ただ、一つ気になるとしては……異世界の料理を提供する酒場とのことですが、どのような料理を提供されるのですか?」
その言葉に、僕は少々言葉に詰まった。
異世界の料理、と一口に言っても、当然いろんな異世界があり、いろんな料理がある。一概に説明できないのが正直なところだが、地球の、それも日本の料理をどう説明するのが分かりやすいか、すぐに言葉が出なかった。
ちら、と政親に視線を向ける。僕の視線に小さく頷いた彼が、ディーターに向かって右手を向けつつ言った。
「そうですね、例えば……この国では、魚を食べる文化はどのくらいありますか?」
「魚ですか。王国内でも限られた地域……南部の海沿いで食べられている形になりますね。調理方法としては焼く、煮るという形になりますか」
政親の問いかけに、ディーターは小さく頷きながら返した。
シュマル王国では、あまり魚を食べるという文化がない。南部の海沿いにある漁師町では頻繁に食べられているが、どうしても国内で流通させるには足がはやく、内陸にあるエメディオまではやってこないのだ。
その話を聞いて、向けた右手を自分の胸に当てながら政親は話した。
「我々の暮らしている異世界では、魚を生で食べる文化があります」
「なんと」
政親の発言を聞いたディーターは目を見開いた。
まあ、この反応は予想の範囲内だ。地球であっても、日本以外の国ではなかなか、魚を生で食べるという食文化が無い。一昔前でさえも、気味の悪い文化だと思われていたそうなのだから、異世界であるシュマル王国の人は驚愕するだろう。
困ったように長い耳をなでながら、ディーターが口角を下げる。
「さすがに、それは王国の民に受け入れられるとは思いませんが」
「あくまでも一例です。なんなら他にも、干して焼く、薬味と一緒に細かく叩くなど、様々な調理法が存在します」
干物やなめろうの例を持ち出して、地球の魚料理を色々と話していく政親だ。そこからハワイのポケ、イタリアのカルパッチョ、スペインのエスカベッシュなど、世界各地の魚料理に派生して話していくと、だんだんとディーターも興味を持ってきたようだ。
「なるほどなるほど、王国ではなかなか味わえない料理が、色々と味わえそうですね。期待が持てそうですが、王国の民が馴染みを覚えるまでに時間はかかるでしょう」
「もちろん、承知の上です」
ディーターが苦笑しながら話してくるのを、僕は頷きながら言葉を返した。
当然、馴染むまでに時間はかかるはずだ。そんなにすぐに、受け入れられてお客さんがたくさん入って、ということは無いと思う。
何しろ、異世界の料理と、異世界の営業形態なのだ。全くチェルパの内部で完結する店とはわけが違う。
「僕達も、すぐに人気のお店に出来るとは考えていません。きっとしばらくは、人を呼ぶのにも苦労するでしょう。あまり親しみの無いものですから、しょうがないです」
言葉を重ねながら、僕は胸に手を置きながらディーターに話した。
地球に転移してからおおよそ5ヶ月、僕達は協力しながら、知恵を出し合いながら地球で居酒屋をやってきた。異世界の料理を提供するという、ある意味で今回やろうとしていることと、同じことをしてきた。
そして結果、店は受け入れられ、支店も出来て、たくさんのお客さんが連日やってくるお店になったのだ。
「ですが、僕達はそれを、地球で、日本で乗り越えてきました。ここにいる社長の手を借りはしましたが、僕達には経験があります。きっと、エメディオに開いたお店を人気店にしてみせます」
きっぱりと、はっきりと言った僕に、ディーターが満足そうに微笑んで頷いた。
僕にもよく分かる。こうして自信過剰なくらいに自信を持って、行動をするのは商売人として大事なことだ。自分には出来る、というその強い思いが他人をも動かすのだ。
果たして、ディーターも僕へと言葉を返す。
「いいですね、その気持ちは重要です。応援していますよ」
そう話すと、ディーターが机の中から書類を取り出した。市内のお店に掲示するための営業許可証と、僕が商人ギルドの一員であることを認める、ギルドへの入団許可証だ。
それぞれにサインをしながら、彼は僕に言ってきた。
「それでは、マウロさんの酒場の営業許可を出すと同時に、マウロさんを商人ギルドの一員として迎え入れます。これから、どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
頷きを返して、僕は執務机の上にある羽ペンを借りる。入団許可証の方にサインをする僕の後ろで、宗次朗と由実が言葉を交わしている。
「これで、あとは店の場所を決めるだけだな」
「はい。いい場所が見つかるといいんですけれど」
二人の言葉に、そちらに視線を向けながらディーターが微笑んだ。机から立ち上がると、執務室の壁に貼られているエメディオ市の地図の前に立ちながら口を開く。
「ああ、それでしたらちょうどいい。リリン通りに、閉店して今は使われていない酒場だった建物があるんです。そこを修繕して、使うのはどうでしょう」
そう話しながら、地図の一点を指差す。リリン通りはエメディオ市の中心市場にほど近い、一般市民の住宅の集まる通りだ。いわゆる住宅地だが、住宅地の中にもぽつぽつと酒場はあるもので、市民の憩いの場になっている。
そこを使わせてもらえると言うならありがたい話だ。機材は概ね揃っているだろうし、テーブルや椅子もそのまま使えるかもしれない。
「なるほど、居抜きということか」
「確かに、全く何もない場所にお店を作るよりは安価に済みますね」
宗次朗も由実もほっと息を吐きながら言った。やはり、新たに飲食店を始めるにあたって、元々そういう店だった場所を使うほうがコストはかからないものだ。
満足した様子で頷きながら、政親が踵を返した。
「よし、行ってみましょう」
「いい状態であるといいですね。すみませんディーターさん、現地まで案内してもらえますか」
僕もその後を追いかけながら、ディーターに案内をお願いした。
これで、問題なく使える店構えなら万々歳だ。新たな店に向かう道中、僕はいつも以上にわくわくが抑えられなかった。
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