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第78話~視察準備~

~新宿・歌舞伎町~

~新宿区役所 3階 開通室~



 たくさんの区役所職員が、僕を見つめている。マルチェッロが最後の確認を行いつつ、僕に声をかけてきた。


「大丈夫ですか、マウロさん?」

「はい、問題ないです」


 その言葉にこくりと頷く僕だ。

 結局、新宿区役所の転移課に話をして、開通室を借りることになった。ここなら転移課の人たちが監視してくれるし、問題があった時にすぐに対応できる。今後も必要に応じて、開通室を使ってもいいとの約束を取り付けた。

 僕は何度も入ったことがあるが、宗二朗と由実は存在すら知らなかったらしい。恐る恐るといった様子で、開通室の中を見回していた。


「新宿区役所に、こんな部屋があったなんて……」

「しかし、大丈夫ですか社長、いくらカマンサックの故郷とは言え、我々が突然押し掛けるなど」


 宗二朗が社長に問いかけると、あっさりと頷いて笑う社長だ。そのまま、僕の方に視線を投げてくる。


「心配は要らないさ。彼が上手く取り計らってくれる。そうだろう?」

「まあ……そうですね、僕が何とかします」


 その言葉に、恐縮しながら僕は頷いた。チェルパに人を連れて行くのは、当然だが今回が初めてだ。おまけにそれが社長、総料理長、ホール統括責任者となれば、緊張もする。

 だが、僕はこれから新しい店舗を開こうとしているのだ。それに伴っての視察となれば、この三人を連れて行くのは必要だろう。


「じゃあ、いきますよ」


 気持ちを引き締めて、僕は部屋の中央に立った。呼吸を整え、部屋の壁際へと移動したマルチェッロや転移課の職員さんに向けて声を張る。


「開通申請! 接続先ワールドコード1E7! 開通者マウロ・カマンサック! 通過者4名、マウロ・カマンサック、原田政親、瀧宗二朗、福永由実!」


 チェルパのワールドコードと、自分の名前、社長たち一行の名前を発する。そしてすぐさまマルチェッロたちが声を上げた。


「接続先承認!」

「開通者承認!」

「通過者承認!」


 承認の声を確認した。それを受けて僕は両手を前に突き出す。


「承認確認! コード1E7への(ホール)、開通します!」


 突き出した両手を、空間を押し広げるようにして開いた。その指先が空間を掴み、歪めるようにして、僕の目の前に(ホール)を開く。

 人為的に開かれた(ホール)を目にするのは初めてなのだろう、社長が声を上げた。


「おぉ……」


 その声に肩を小さく竦めながら、僕は後方に振り返る。見れば、宗二朗も由実もあんぐりと口を開けていた。開いた口が塞がらないとは、まさにこのことだろう。

 彼らに、僕は気持ちを落ち着けながら説明をする。


「これが、僕の故郷に繋がる(ホール)です。シュマル王国王都エメディオ、国立冒険者ギルドの前に繋いでいます」


 僕の言葉に、不安そうな表情をしながら由実が口を開いた。


「だ、大丈夫なんでしょうね。つい先日に(ホール)を開けるようになったばかり、と聞いていますが」

「大丈夫です、あの後僕も、何度か自分で練習しましたから」


 彼女の問いかけに、僕は頷きながら返す。

 実際あの後、何度か自分で(ホール)を開く練習をしたのだ。僕の仲間たちにも通ってもらって、ちゃんと地球に帰ってこれることまで確認している。何なら、エティをマーキュリオ大聖堂まで連れて行って、父親と再会させもした。

 だから、大丈夫だ。僕の表情を見ながら、宗二朗が顔を強張らせながらも言う。


「怖気づくな、カマンサックを信じるぞ、福永」

「は、はい」


 その言葉に、おっかなびっくり由実が頷いた。話がまとまったところで、社長が口を開く。


「よし、行こうか」


 彼の言葉に二人も頷く。そして三人を引き連れて、僕は自分の開いた(ホール)に飛び込んだ。



~シュマル王国・王都エメディオ~



 (ホール)をくぐった先のエメディオの町は夕方だった。地球と比べると一日の時間が半分ほどしか無い、時の流れが早いチェルパだ。シュマル王国ももうすぐ夜になり、酒場などが賑わい出すだろう。

 僕は(ホール)を一度閉じながら、三人に振り返った。万一の事故があっては良くないから、と、マルチェッロからこうするように言われているのだ。


「着きました」

「おぉぉ……!」


 三人が感動の声を漏らす。何しろ文字通りの異世界だ。人間、エルフ、ドワーフ、獣人、竜人、魚人。多種多様な種族が一緒の町で暮らしている様子など、日本では決して見ることは出来ないだろう。


「すごいな……」

「まさに異世界ですね」


 感動したように宗二朗が発すれば、それに同意しながら由実が言った。突然ギルドの前に姿を現した僕たちを見て、エメディオの市民が不思議そうな顔をしているが、そんな視線など物ともせずに社長が口を開く。


「で、マウロ君、商人ギルドでなく冒険者ギルドの前に繋げたということは、何か理由があるんだろう?」

「はい、今から説明します」


 その問いかけに僕は頷いた。ギルドの扉に手を触れながら説明を行う。


「元々、僕達は冒険者ギルドに所属する冒険者でした。転移したことで行方不明扱いになってはいますが、まだ籍は置いている状態です。王都に飲食店を開くとなると商人ギルドへの所属が必要ですが、二重所属となることをギルドマスターに説明しないとなりません」


 そう、僕は確かにシュマル王国から転移によって姿を消したが、冒険者ギルドに登録した情報はまだ生きているのだ。

 一般的に、冒険者ギルドなどの各種ギルドに複数所属する、ということはしない。冒険者は冒険者として、商人は商人として、職人は職人としてそれぞれのギルドに所属し、掛け持ちすることは一般的ではないのだ。

 僕などは元々石工になるための勉強をしていたし、冒険者ギルドの食堂で働いたりもしていたが、本職は冒険者だ。職人ギルドにも、商人ギルドにも所属する必要はなかったが、今回はそうもいかない。

 納得した様子で社長が腕組みしつつ言った。


「なるほど、確かにそうだね。日本でも給与を二ヶ所から得る場合は、確定申告などでの相応の対応が必要になる」


 社長の言葉に、僕は頷く。確かに日本も、複数の会社に所属してそれぞれからお給料を貰うようなことがある場合は、年末調整で申告をしたり確定申告で税務署に申請をしたりという作業が必要だ、と聞いている。僕はまだ、年末調整をしたことがないから分からないが、きっと色々と面倒なのだろう。

 そして冒険者ギルドの扉を開きながら、僕は目を細める。


「あとは……冒険者ギルド併設の酒場が、こちらの世界の食事を食べていただくのに、一番都合がいいかと思いまして」

「ほう?」

「なるほど」


 僕の言葉に、興味を持った様子で社長と宗二朗が言った。やはり料理に関心の高い二人、異世界の料理には興味津々なのだろう。

 ともあれ、僕たちはギルドの中に入る。エメディオの国立冒険者ギルド本部は、相変わらずにぎやかだった。だが、僕たちが入ってくるや、その声が一瞬で静まり返る。

 そんな中で僕はギルドの事務受付カウンターに向かった。そこでは猫の獣人(ビーストレイス)の女性職員が、書類の処理を行っている。


「失礼します」

「いら……えっ、あの、えっ!?」


 声をかけると、彼女は素っ頓狂な声を上げた。まぁそうだろう、いくらか前に僕は一時的にギルドに顔を出したが、それから一ヶ月かそこらしか経っていないのだ。

 おまけに明らかに現地人ではない服装の人間を、三人も引き連れている。おかしいと思うのも当然だ。


「マ……マウロさん?」

「はい。ギルドマスターに相談があるんですが、大丈夫ですか?」


 目をまんまるに見開く彼女に問いかけると、彼女は困ったように眉尻を下げながら話す。


「ギルドマスターですか? すみません、今外出中で……あっ」


 と、職員がハッとしたような声を上げた。後ろを振り返れば、ちょうどギルドの扉を開けて入ってくる獅子の獣人(ビーストレイス)男性がいる。冒険者ギルドのギルドマスター、ランドルフだ。


「マウロか、こないだ来たばかりだってのに早いじゃないか」

「あっ、マスター」


 ランドルフは僕の姿を認めるや、こちらも驚きに目を見開きながら話しかけてくる。まさか彼も、そんなにすぐに僕が帰ってくる手段を身につけるとは思わなかったのだろう。

 僕が返事を返すと、彼は肩をすくめながら社長、宗二朗、由実へと目を向ける。


「まあ、いいことだ。それで? 見慣れない連中をぞろぞろ連れてどうした」


 大柄で威厳のある見た目をしたランドルフに見下ろされて、宗二朗と由実は口をパクパクとさせていた。完全に気圧されている。

 と、そこで唯一気持ちをしっかり持っていたらしい社長が動き出した。懐から名刺を取り出しながらまくしたてる。


「貴方がこのギルドのマスターという方ですね? お初にお目にかかります、地球でマウロ君の身元引受をさせていただいています、リンクス株式会社の原田と申します。弊社店舗の新規出店に伴い、お話をと思うのですが、いかがでしょうか?」

「えっ」

「ちょ、ちょっ、社長!?」


 社長の言葉に、宗二朗と由実が揃って素っ頓狂な声を上げた。

 唐突も唐突だ。いや、それだけではない。こんなに率直に、おまけに矢継ぎ早に要件を告げれば、誰だって面食らうだろう。何しろ社長は、ランドルフにとって異世界人である。

 当然ランドルフも目をパチクリとさせていたのだが、話しそのものは飲み込めたらしい。豪快に笑いながら社長が差し出した名刺を受け取り、物珍しそうに見ながら言った。


「おお、なんだか分からんが面白そうな話じゃないか。詳しく聞かせろ、マウロもいいか?」


 そのあけすけな言葉に今度は僕が面食らう番だ。まさかこんなにあっさり受け入れられるとは、さすが社長。


「え、あ……は、はい」


 結果的に僕も戸惑いながら、ランドルフに向かって頷く。このままギルドマスター執務室に向かうのか、と思いきや、社長が料理を食べたいと言い出したこともあって、僕たちはギルド併設の酒場に入っていくのだった。



~第79話へ~

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