表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
87/101

第75話~マウロの術~

~???~



 視界が、何故かとても明るい。

 自分が目を閉じていることに気がつくまで少しかかった。

 ゆっくりとまぶたを持ち上げると、そこは先程までの空間とは、全く異なる場所だった。


「う……?」


 事態を飲み込むまでに時間がかかる。おかしい、先程まで自分はノーティスにいて、真っ暗闇の中でゴフィムに「境門界通」を施されていたはずなのに。

 今自分がいるのは、眼下に大地が広がり、頭上には青い空が広がる、どこかの惑星の大気圏中としか言いようのない場所だった。身体が、横たわったまま宙に浮かんでいる。

 目を白黒させてあたりを見回す僕の耳に、先程までしょっちゅう聞いていた声が届く。


「気が付きましたか、マウロさん」


 声のした方に顔を向けると、そこにはにこやかに笑うゴフィムがいた。僕と同じように宙に浮かんでいた。とはいえ戸惑う僕とは異なり、すっかり落ち着いた様子で僕を見ている。


「……ゴフィムさん?」

「はい。心配しましたよ、それまでずっとしっかり意識を保っていたのに、急にかくんと意識を失われましたから」


 こちらに向かって、空気を蹴るようにして近づいてきながら、ゴフィムが僕の肩に手を置いた。確かに施術中、僕はなんとか意識を保ち続けていたが、緊張の糸が切れたのだろうか。

 そしてゴフィムが、だらんと垂れ下がっていた僕の手を取った。


「拘束はもう解いてあります。起き上がって結構ですよ」

「はい……ええと、それで、何がどうなったんですか?」


 彼に優しく手を引かれて、僕はゆっくり身体を起こす。その反動で足が下に向き、自然と空中に立つ姿勢になった。

 そのまま、彼に質問をぶつける。状況が分からないから説明が欲しい。すると彼は、笑顔を見せたままでとんでもないことを言い出した。


「『チェルパ』への転移が行われたんですよ」

「えっ」


 その言葉に大きく目を見開く僕だ。

 チェルパへの転移が行われた。その口ぶりから察するに、僕がそれを起こしたと見て間違いないだろう。ゴフィムがそうする理由がない。

 ということは、つまり。

 僕が何を言うより早く、ゴフィムが僕の手を両手で握った。


「成功です。おめでとうございます。マウロさんの身体には、無事に『内なる(ホール)』が開きました。世界転移術も知識を送り込みましたので、もう使えます」


 その言葉に、喜びと同時に驚きがこみ上げてきた。

 成功した。生き延びた。そして僕が、世界転移術を身につけることにも成功した。

 これで、ようやく故郷に帰る手段を手に入れたのだ。いや、術の方向性によってはジーナのように、帰るには適さないものの可能性もあるけれど。今こうしてチェルパにいるのなら、きっと望みはあるだろう。

 だが、それよりもだ。僕が今いるのがチェルパなのなら、エティもパスティータもアンバスもシフェールも、ノーティスにいるままなのではないか。


「え……っ、いや、あの、それはいいんですけど、どうするんですかこれ!? ノーティスに皆を置き去りにしていますよね!?」


 ゴフィムの肩を掴んでまくしたてる僕に、苦笑しながらゴフィムは首を振った。指を一本顔の前に立てながら、優しく話す。


「ご心配なく。その場で手をかざして、ノーティスのワールドコードを思い浮かべて下さい」

「え……0でしたよね? えぇと……」


 言われるがまま、彼の肩から手を離して右手を横方向にかざした。そのまま、頭の中で数字の0を、ノーティスのワールドコードを思い浮かべる。

 すると。手をかざした先の空間がぐにゃりと歪み、ぽっかりと穴が空いた。(ホール)だ。


「あっ」

「はい、開きましたね。世界間の移動も、これで大丈夫です」


 あっさりと(ホール)を開けたことに驚く僕の横で、ゴフィムが満足そうに頷く。こんなにあっさりと使えるようになるなんて、拍子抜けもいいところだ。しかし、これで面倒なことは考えなくていい。

 (ホール)の前に立つゴフィムが、微笑みながら口を開く。


「他の世界に移動する際には、アース基準のワールドコード、もしくは世界の名前を頭に思い浮かべながら(ホール)を開いて下さい。基本的にはこうして前方に手をかざす感じで開けますが、やり方はお任せします」

「は……はい」


 そう話しながら、彼はこちらに手を差し出してきた。その手を恐る恐る握り返すと、ゴフィムはそのまま前に歩き出す。そのまま僕の身体は、自分で開いた(ホール)をくぐっていった。



~ワールドコード0「ノーティス」~



 僕とゴフィムが再び姿を現したノーティス。そこは施術のために張った結界のすぐ外だった。

 そして戻ってきてすぐに、僕は自分の身に起きた変化を実感する。

 めがねをかけていないのに、他の世界が見えるのだ。ノーティスから見ることの出来る、様々な世界が。四方八方に広がる無数の世界、それらが、僕の目には映っていた。

 あまりの変化に僕が立ち尽くしていると、四人が僕に気付いたらしい。こちらを指差しながら声を上げた。


「あっ!」

「マウロ!!」


 エティとパスティータが上ずった声を上げながらこちらに駆け寄ってきた。僕のシャツの裾を握り、手を握り、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら再会を喜んでいる。あとからやってきたアンバスとシフェールも、目に涙を浮かべていた。


「皆……」

「よかった……本当に良かった……」

「くそ……心配したんだからな、お前……」


  シフェールが目元を潤ませながら僕に賛辞を贈り、アンバスも目を拭って鼻をすすっている。二人も二人で、僕の帰還を喜んでくれていた。

 よかった。四人にまた、僕の元気な姿を見せることが出来た。こうして喜んでもらうことが出来た。


「ありがとう……」


 だから素直に、僕は皆にお礼を言った。待っていてくれたことに。信じていてくれたことに。

 そして皆の涙が落ち着き、全員がちゃんと話せるようになった頃。シフェールが僕の顔を見ながら言った。


「それで、どうなんだ。『内なる(ホール)』は開いたとして、お前の使えるようになった世界転移術は」


 その問いかけに、自然と僕の眉尻が下がる。

 そう、確かに僕は世界転移術を使えるようになったけれど。その術の特性がどうとか、制限がどうとか、何も知らないのだ。


「それが、僕もまだ説明を受けていなくて……ゴフィムさん、どうなんですか?」


 困ったようにゴフィムを見ると、彼も一つ頷きながら僕に声をかけてきた。

 術の知識を送り込んだゴフィムのこと、その辺りのこともすべて把握しているかと思いきや、そうではないらしい。


「確認いたしますね。マウロさん、手を出して下さい、まっすぐ。そしてアースへの(ホール)を開いて下さい」

「はい……」


 彼に言われるがままに再び手を伸ばし、ワールドコード1を頭に浮かべる。

 そして音もなく開かれる(ホール)。きっとこの(ホール)は、陽羽南(ひばな)歌舞伎町店の店内に繋がっていることだろう。

 ゴフィムは、その(ホール)に手を突っ込んだ。そのまま目を閉じ、何かを読み取るようにしている。

 と。


「……ふむ」

「ど、どうなんですか? 僕のは……」


 (ホール)に手を入れたままのゴフィムが小さく声を上げた。僕が思わず彼に声をかけると、(ホール)から手を引き抜いた彼が、面白そうに口角を持ち上げた。


「……ほう。これはまた、ジーナさんとは別の形で面白いですね」

「えぇっ」


 その含みのある言い方に、小さくのけぞる僕だ。何と言うか、そんな言い方をされるとすごく不安になる。

 だが、ゴフィムは僕の内心など気にも留めない様子で、指を一本一本折り曲げながら説明を始めた。


「開ける場所にも、接続できる世界にも、制限はありません。自分の繋ぎたい世界に、いくらでも繋げられます。維持時間の制限もありません。ただ……」

「ただ?」


 と、そこまで話して言葉を区切った彼に、僕達五人が揃って首を傾げた。

 話を聞いている限りでは、特に制限や問題などなさそうな感じだ。随分万能で、逆にいいのだろうか、という気になってくる。それだけに、この後のゴフィムの言葉が怖い。

 僕達が生唾を飲み込むと、彼は目を細めながら口を開いた。


「マウロさんの(ホール)をくぐった人は、向かった先の世界で『なにか一つ(・・・・・)物を食べるか飲むか(・・・・・・・・・)しないと帰れない(・・・・・・・・)』という条件があります。ノーティスはそうしたものが一切無いですし、世界の狭間なので、条件の対象外ですけれどね」


 その言葉に、揃って僕達は目を見開いた。

 (ホール)をくぐったら、くぐった者が何かしらその先の世界で飲食をしないとならない。

 それはまた、確かに面白い、というか、変わった条件だ。(ホール)の開通や維持に制限がかかるのではなく、(ホール)をくぐった存在に制限をかけるとは。

 話を聞いていたパスティータが、さっと手を上げてゴフィムに問う。


「つまり、あたし達がどっか別の世界に行ったら、その世界のものを何か食べたり飲んだりしないといけないし、よその世界の人がマウロの(ホール)で地球に来たら、何か地球のものを食べたり飲んだりしないといけない、ってこと?」

「そうなりますね」


 彼女の問いかけにゴフィムは頷いた。その表情は殊の外に穏やかだ。

 ぽかんとする僕の肩を、アンバスが力強く叩く。


「いいじゃねぇか、居酒屋店主らしい術でよ」

「そうね。お店の中で営業時間内に開けば、制限なんてあってないようなものだわ」


 僕の隣でエティも嬉しそうに笑う。

 彼女の言う通りだ。この(ホール)陽羽南(ひばな)店内に開け、異世界からの客を呼び込めば、その客に何かしら食べてもらうことが必然的に発生する。そうすれば、きっとお店の評判がどんどん広まっていくはずだ。

 それに、この(ホール)ならいろんな世界の、いろんな場所に行ける。そして現地の料理や酒を味わうことも出来る。そうすれば、異世界に陽羽南(ひばな)の支店を出すことも夢じゃない。

 これは、先が楽しみだ。心配も少しはあるけれど。


「うん……とりあえず、週明けに新宿区役所に行ってみるよ。クズマーノさんに説明しなきゃならない」


 皆の顔を見回して、僕は小さく笑いながら頷いた。

 やり遂げた。成し遂げた。その喜びが、ようやく僕のむねをいっぱいにした。



~第76話へ~

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ