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第65話~穴の開け方~

~四谷・四谷三丁目~

~Gina's Cafe~



 ジーナがコーヒーを淹れる、こぽこぽという音だけが静かに響く。

 男性陣とシフェールはブラックコーヒー、エティとパスティータにはカフェラテを淹れて、彼女はカウンターにそれぞれのコーヒーカップを並べた。


「コーヒー入ったわよ。エティちゃんとパスティータちゃんはカフェラテだったわね」

「ありがとう」

「ありがとうございます」


 短く礼を言って、コーヒーカップに手を伸ばしては口を付けていく。やっぱり、ジーナの淹れるコーヒーは美味い。

 コーヒーを一口飲んでから、ゴフィムはそれをカウンターに置いた。左手を天板に乗せて、まっすぐに僕達を見る。


「さて……本題に入る前に、一つ」


 非常に真剣な表情で、僕達を見回して。彼は重々しく口を開いた。


「内なる(ホール)を空けるにあたり、死の危険性があることは、昨日お話した通りです。ですが、危険性がもう一つあります……それは、『(ホール)固着化(こちゃくか)』という現象が、発生する危険があることです」

「固着化……?」


 率直に、今回採ろうとしている手段の危険性を話すゴフィム。その中に聞き慣れない単語が出てきたことに、僕は首を傾げた。

 反芻(はんすう)するように口から零すと、彼はこくりと頷き、丸眼鏡を押し上げる。


「世界に対して(ホール)が固定され、閉じることが出来なくなる現象です。

 内なる(ホール)は生物の体内という閉じられた空間の中で、(ホール)を開き続けるものです。閉じることを想定した作りにはなっていません……と言いますか、我々が人為的に開く(ホール)や、世界に自然と開く(ホール)とは、仕組みが少々違うのですね」


 ゴフィム曰く、(ホール)には大まかに二種類あって、開いたり閉じたりするものと、一度開いたら開きっぱなしになるものがあるのだそうだ。

 人間の肉体を一つの閉じた空間と定義し、その空間の中に開き続けるタイプの(ホール)を開く。それがいわゆる、内なる(ホール)ということだという。

 二種類存在する、という発想はなかった。呆気に取られた表情で僕が零す。


「違う……ものなのか」

「そうらしいわ。私も最初はあんましピンと来てなかったんだけどさ、区役所のレーダーで観測は出来ても、開く仕組みがちょっと違うんだって。こう、ドアを開けるのと、窓を開けるのの違い、みたいな?」


 コーヒーの出がらしを片付けながら、ジーナが話に入ってきた。彼女の場合は「異界通信経路(ネットワークパス)」の技能(スキル)の兼ね合いもあって、地球に転移してきた時には既に内なる(ホール)を保有していたらしい。

 すなわち、一年半ほど開き続けていたというわけだ。それでいて彼女は何の不調も訴えていない。性質が違うという説明も、何となく頷ける。

 ようやく違いを飲み込めてきた僕達に、ゴフィムが再びコーヒーカップを手に取りながら口を開いた。


「ジーナさんの今の例えが的確ですね。内なる(ホール)は窓みたいなものです、高層ビルにあるような少ししか開かない窓。でも、一歩間違えれば窓が大きく開いて、人が外に落ちてしまうこともあるでしょう?」

「確かに……」

「そうですね……」


 彼の言葉に、アンバスとシフェールが揃って目を細めた。

 日本の高層ビルの窓は、落下防止のために開く途中につっかえがあり、大きく開かないようになっている。しかしそれが外れれば大きく開いてしまう。

 確かに、窓だ。ドアのような(ホール)とは開く仕組みが違うことも、一歩間違えれば開こうとした人が飲み込まれるところも。

 高層ビルから落下してしまうことを想像して、ぶるっと身を震わせる僕達に、ゴフィムが一本指を立ててみせる。


「固着化とは、その開きっぱなしになってしまった窓が壊れて、閉じられなくなることに似ています。世界に開きっぱなしの(ホール)が残ってしまう。座標の指定されていない(ホール)がです。

 それが世界にどんな悪影響を及ぼすかは、今更話す必要もないですね?」


 念押しするような彼の言葉に、僕達は揃って頷いた。

 世界に対して開き続ける(ホール)が残されること。それによる悪影響がどれほどあるか、考えるまでもない。

 確実に、繋がる同士の世界が混ざり合うのが加速するだろう。

 僕達が納得いったことを確認して、コーヒーに口を付けたゴフィムが眼鏡を直しつつ言った。


「というわけですので、内なる(ホール)を空けるにあたり、対象の方には結界の中に入っていただきます。被害を最小限に食い止め、万一固着化が発生した際には、結界ごと消去できるように。

 逃げることも、助けを呼ぶことも出来ません。逆に見守る側も、助けに入ることが出来ません。一人で、(ホール)を開く術に耐えなければなりません」


 その言葉を告げながら、彼はまっすぐに僕を見ていた。まず自分が、と申告した僕のことを。

 逃げられない。助けを呼ぶ声も届かない。万一の事態が発生した時に、結界ごと消去されて、影も形も残らない。

 それだけの覚悟が、それに臨む覚悟が、必要な事態と言うことだ。


「改めて問います。マウロさん、その覚悟がおありですか?」


 一切の笑みを消して、殊更に真剣な表情で、ゴフィムが改めて僕に問う。

 口元をきゅっと結ぶ僕。すぐに答えを出せるほど、肝が据わっているわけではない。

 黙りこくった僕のシャツの袖を、エティとパスティータがそれぞれ引いた。


「マウロ……」

「マウロ……」


 心配そうに、不安そうに声をかけてくる仲間の二人だ。横に視線を投げれば、アンバスとシフェールも不安げな表情で僕を見てくる。カウンターの向こうではジーナも、なんとも言えない表情をしてこちらを見ていた。

 しばし、逡巡した後。


「……はい。どんな苦しみが待っていようと、故郷の世界を救うためならば、耐えてみせます」


 僕は答えを述べた。静かに、しかしはっきりと。

 命を失うことが、ただ一人で戦うことが、怖くないとは言わないが。それでも、僕の故郷の世界が危機に瀕しているのなら、臆してはいられないのだ。

 ふと、ゴフィムの表情が緩んだ。うっすらと笑みを浮かべて、僕の目を見つめ返してくる。


「さすが、ですね」

「皆が苦しむ可能性があるなら、まずは僕が背負いたい。リーダーって、そういうモノだと思いますから」


 そう言葉を返してから、僕はこくりと頷いた。

 どのみち、僕以外の四人だって、同じことをやらねばならないことは変わらないのだ。僕が失敗したら次は誰かがやらなければならない。

 成功したとして、僕以外が別途に世界転移術を身につける必要が出てくることだって、十分にありうる。ジーナのように、チェルパに帰るのに使えない術が身につくかもしれないからだ。

 だから、まずは僕が。リーダーとしてやるべきなのだ。

 その答えに満足したのか、ゴフィムが再び笑みを浮かべつつコーヒーを口に運ぶ。


「ありがとうございます……いいリーダー像です、マウロさん。

 それでは空け方について、説明しましょう。皆さんも必要になることだと思いますので、一緒にご説明いたします」


 そう言って、コーヒーカップの中身をさらに減らして。

 彼はカップをカウンターに置いてこちらに手を伸ばした。ようやく両手首を掴む二人が手を離してくれたので、僕もコーヒーカップに手を伸ばす。

 そうして幾らか場が落ち着いたところで、ゴフィムが説明のために口を開いた。


「……コホン。さて、単刀直入に申しましょう。

 先日にもお伝えしました通り、内なる(ホール)を空けるには、グウェンダルの導師の間に伝わる秘術を用います。名を『境門界通(キョウモンカイツウ)』」


 術の名前を告げてから、ゴフィムの手が彼の胸元を指し示した。肋骨の下あたりをトントンと叩きながら、彼は説明を続けていく。


「体内という空間を定義して、そこに特殊な(ホール)を空け、世界そのものと繋ぐ術です。なるべく体内の、何もない空間を狙って空けるように定義しますが、身体に穴を穿つことに他ならないので、空ける際には痛みが生じます」


 そう告げながら、ゴフィムの口元が再び下がる。

 敢えて痛みが生じる(・・・・・・)と話したことに、僕は僅かに胸元がチクリと痛んだ。(ホール)は概念的なものとはいえ、穴だ。自分の身体に空けるのに痛みが出ないはずはない。


「わざわざそう仰るということは……生半可な痛みではない、ということですか?」

「その通りです。文字通りの激痛です……なるべく痛まないよう、私も最善を尽くすつもりでいますが」


 そう話すゴフィムの表情は暗い。ということは、かなりの激痛が襲うということだろう。

 彼曰く、内なる(ホール)を空けるための術は研究に研究を重ね、術による死者が(・・・・・・・)出ないように(・・・・・・)改良されてきたという。しかし、完全に死なないようには出来なかったし、痛みを取り去るまでには至っていないのだそうだ。


「あの、ゴフィムさん、二つ質問が」

「はい、何でしょう」


 そっと、僕が手を上げる。

 言葉を返し、発言を促すゴフィムに、僕は困った表情をしながら質問を投げかけた。


「地球には、『マスイ』とか、神経を麻痺させて痛まないようにする薬がありますけれど、それを使うというのはありなんでしょうか」

「うーん、グウェンダルにも麻酔はありますし、痛覚を遮断する術もあるので、術の行使中に痛みを消すことは出来ますが……完全に、とはいかないんですよね。術をかけ終えた後も痛みは出ますから」


 曰く、麻酔をかけて痛覚を麻痺させたり、魔法で痛覚が脳に達することの無いよう遮断することは出来るという。しかし完全に痛みを取り払うことは出来ず、それでも痛みは出るのだそうだ。全身麻酔をかけて意識を消失させて術をかけるのも、万一のことがあると危険なので、出来ないらしい。

 とりあえず、部分麻酔はかけてもらおうと思いつつ、もう一つ僕は問いを投げた。


「分かりました……あと、その術で内なる(ホール)を空けるには、どれくらいかかるんですか?」


 僕の質問に、一層難しい表情をするゴフィムである。しばし眉間にしわを寄せて考え込むと。


「地球時間ですと……三時間(・・・)、というところですね」

「そんなに!?」


 もたらされた答えに、僕とパスティータが一緒になって大声を上げた。

 三時間。そんな長い間、痛みに耐えながら一人で頑張らなくてはならないのか。

 それにこくりと深く頷いて、ゴフィムが話を続ける。


「と言いましても、最初の十数分は空ける場所の定義に使いますので、実際にかかる時間はもう少し短いですが。それに、無事に空いてからも馴染むまでにしばらく時間を要しますので、術の行使は時間の流れが遅いノーティスにて行います。開けば世界の見る目が変わって、分かりやすいですからね」

「あの、真っ暗な中で、助けも求められず、ですか……」


 その言葉に、微妙に絶望の表情になる僕だ。

 ノーティスはこれまで何度も訪れた、世界と世界のはざまの空間である。世界の位相を見るためには内なる(ホール)が必要で、それが無いうちは、ただ真っ暗闇が広がるだけの世界である。

 ただただ暗闇が広がる中で、三時間もの間、一人で戦わなければならない。

 これは、なかなかの苦行だ。


「そういうことです。

 すぐにでも……と行きたいところですが、『境門界通(キョウモンカイツウ)』の行使に当たって導師会議でいろいろと申請しないといけないことがありますので、準備が出来ましたらまたご連絡します。それまで、心の準備をしておいてください」


 そう話して、コーヒーを飲み終えて。ゴフィムは再び眼鏡を直した。

 これは、なかなか大変な日々が待ち受けていそうだ。

 僕達は顔を見合わせて、この先いずれ来るであろうその日を思い、沈鬱な表情になるしかなかったのである。



~第66話へ~

これにて一区切り、3ヶ月目はおしまいです。

次からは4ヶ月目、いよいよ物語はクライマックスに向かっていく予定です。

この先もどうぞ、お楽しみください。

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