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第62話~前店長の来訪~

~新宿・歌舞伎町~

~居酒屋「陽羽南」歌舞伎町店~



 その日の、午後八時きっかり。


「おっつかれさーん。いやぁ久しぶりの歌舞伎町店だ」


 本当に、本当の本当に、雁木澄乃は僕達の店に客として(・・・・)やってきた。

 今日は土曜日、全員が出勤の日である。当然、店員の殆どが澄乃の顔を知っているわけで。澄乃と入れ替わりで「陽羽南」歌舞伎町店にやって来たサレオス以外の全員が、驚きに目を見張って何とも言い難い表情をしていた。

 見れば、客の何割かも驚いた様子で澄乃に声をかけている。当然と言えば当然の反応だ。


「ねぇマウロ、どゆことあれ」

「寮長、新宿西口店で仕事中のハズだよな……なんでここにいんだ?」

「分かんないよ……僕の方が知りたいよ……」


 ホールで仕事をしていたパスティータとアンバスが、揃って僕の方に近寄っては耳打ちをしてくる。

 二人ともものすごく怪訝な表情だが、本当に、僕の方がその表情をしたいくらいだ。本当に、なんで来たんだと思わざるを得ない。

 仕事そっちのけの二人をよそに、エティはカウンターの端、6席に腰掛けた澄乃におしぼりを渡しつつ注文を聞いていた。伝票にペンを走らせてから、そこにじっと視線を落とす。


「えー、と。6席様ウラカスミ一合、ポテサラ、南蛮漬け入りましたー!」

「あ、ありがとうございまーす! ほら、パスティータもアンバスも仕事仕事」


 注文の発声に声を返せば、僕はすぐさまパスティータとアンバスの肩を叩く。ばたばたとホールに戻っていった二人の背中を見つつ、テーブル席で注文を取っていた寅司に視線を投げた。


「B卓様生2、グスターシュ1、餃子1入りました!」

「ありがとうございます! 6席様のお通しとA卓様のお新香、4席様の唐揚げ出まーす!」

「「了解!」」

「あ、クズマーノさん、こちら注文のキドイズミです。どうぞ」

「あぁ、どうも」


 寅司の声に挨拶を返しつつ、ディトとシフェールがカウンターに並べていく料理をホールに回していく。そのついでに冷蔵庫から木戸泉(きどいずみ)の一升瓶を出して、一合徳利に注いでは5席のマルチェッロへ。木戸泉を戻すついでに、澄乃の注文の浦霞(うらかすみ)を出す。

 その僕の流れるような動きに、澄乃が満足そうに目を細めていた。


「いやぁ、洗練されてきたねぇマウロちゃん。店長になってまだ半月ちょいなのに、立派なもんだ」

「皆と、お客さんに支えてもらっている現状ですよ。僕一人の力じゃないです……よし。こちら注文のウラカスミですね、どうぞ」


 話しかけてくる澄乃と会話しながら、僕の視線は手元の徳利の口に注がれている。ギリギリまで純米酒を注いで、きゅっと瓶の口を持ち上げて。棚の上からぐい飲みを一つ取って徳利と共にカウンターの天板の上へ置いた。


「うんうん、いいのいいの、店長ってそういうもんだから……おっ、これ美味ーい」

「今日のお通しはエルデナー風ポレンタにしてみました。簡単に言うと……そうですね、蕎麦がきのトウモロコシ版ですね」


 既に澄乃は割り箸を取って、提供したお通しの小鉢に箸をつけている。ソースが絡んだポレンタを食みながら満悦顔だ。

 今日から提供するポレンタは、トウモロコシを挽いた粉をお湯で練り、茹で上げたダンプリングだ。今回は、チェルパでも北の方にあるエルデナー共和国風に、スパイシーなチーズソースをかけている。

 箸を置いて徳利から酒を注ぎつつ、澄乃は嬉しそうな声色で声をかけてきた。


「なるほどねぇ、結構異世界版のメニューも増やしてきた感じ?」

「そうですね。クラリス風水餃子は今日からメニューに入りましたし、ディエチ風南蛮漬けもだいぶ頼む人が増えてきました。もうあと一、二品くらいは入れたいな、と」


 会話をしながらじゃがいもをスライスしていく僕だ。すっかり「陽羽南」の看板メニューになったグスターシュはよく頼まれるけれど、僕が焼くのと他の皆が焼くのとでは何か違う、と皆が口を揃えて言う。何が違うのだろう、レシピやコツは皆にしっかり伝授したはずなのに。

 シャッシャッという軽快な音が厨房に響く中で、マルチェッロが木戸泉をちびちびと舐めながら、満足そうに微笑んだ。


「カマンサックさん達が皆さん同じ世界からいらしているから、チェルパの料理を提供することの違和感が薄れますしねぇ。

 結構区役所の中でも話題ですよ、この店の存在。まぁ私の行きつけだからというのも手伝っているとは思いますけれど!」


 そう話すマルチェッロは、酒が入ってることもあってか上機嫌だ。

 なんでも、新宿区内に転移してくる異世界人で、料理関連の技能(スキル)を保有する入植者について、リンクスを就職先として斡旋しているのだそうだ。既に何人か、採用もされているらしい。

 そういえばこのところ、会社の業務連絡で「新規スタッフ参入の連絡」がよく回ってくるようになった。リンクス系列の居酒屋での人事異動は、全店舗の店長の間で共有されるのだが、最近増えたなと思っていたところではある。

 スライスし終わった細切りのジャガイモに塩胡椒を振りながら、僕はカウンターに座るマルチェッロと、その周辺の客にちらと視線を向けた。4席のお客様はそろそろ酒が無くなる頃だろうか。仕込み終わったら様子を伺おう。


「なんだかんだで、僕達のところから地球に転移してくる人は、まだいるんですよね?」

「そうですねぇ、昨日も千代田区と豊島区にあちらからの(ホール)が空いたと聞いておりますし……新宿区だけの問題ではなくなってきていますねぇ」


 酒杯を傾けながら、マルチェッロはため息をついた。

 今までは新宿区に極端に集中していたのが、徐々に広がりつつあるとマルチェッロは話す。位相的に、重なる範囲が大きくなっているのかもしれない。


「そんな中で、自分から(ホール)を空ける技術を身に付けようとしている僕たち、大丈夫なんでしょうか……」

「自然に繋がって位相が近いままよりは、無理やり繋げて繋ぎ終わったら位相を離す方が、よっぽど健全ですからねぇ。だから、『渡り人』の皆様は何も言われずに世界を渡っているのですし」


 僕が心配そうに眉尻を下げると、マルチェッロも苦笑しながら小さな手で耳元を掻いた。そういえば前に、「位相を近づけて人工的に(ホール)を開くと、(ホール)を閉じた時に反発力が働いて、位相が動く」と話してもらっていたっけ。

 納得しながら、味付けの終わったじゃがいもの入ったボウルを、後方にいるサレオスに渡す僕だ。


「あぁ、なるほど……」

「なに、マルチェッロさんとこでの話、そんなに深いところまで行ってるわけ? マウロちゃんたち」


 と、横で話を聞いていた澄乃が、随分と驚いた様子で話に乗っかってきた。

 彼女には内なる(ホール)を開く訓練のことは話しているし、さわり程度は伝わっているが、彼女の予想以上に僕は深いところに踏み込んでいたらしい。

 だが、これもまた、今更な話である。僕とマルチェッロが、揃って澄乃へと苦笑を零す。


「まぁ……」

「今更ですよねぇ」

「そうですねぇ」


 と、マルチェッロの後方、予想だにしないところから声がかかった。しかも僕は、ものすごく最近聞いた声だ。

 思わず表情を硬直させる、僕とマルチェッロ。バッと効果音が鳴るくらいの勢いで振り向くと、そこにはぐい飲みを手にしてにこにこと笑う、開襟シャツにサスペンダー姿の小柄な男性が座っている。

 おかしい、さっきまで4席に座っていたのは、黒髪を撫でつけて眼鏡をかけたスーツ姿の機械人(マキナ)だったはずだ。


「誰!?」

「えっ、コトナリ先生!?」


 澄乃が驚く声を上げると同時に、マルチェッロが飛び上がらん勢いで身体を硬直させた。どうやらグンボルトと同様、ゴフィムも彼にとっては先生らしい。

 僕も僕で、まさか昨日の今日、正確には今日の深夜から今日の夜で、また顔を合わせることになるとは思ってもみなかった。一度(ホール)を潜って行ったところを見ていただけに、余計にである。


「ゴフィムさん、いつからそこにいらしたんです!?」

「一時間くらい前からいましたよ、別の姿を取っていたので、気が付かれませんでしたかね」


 驚愕する僕に笑みを返しながら、ゴフィムはくるくると指先を回して(・・・)みせた。見れば指先だけが、機械人(マキナ)のように機械づくりになっている。

 もう、ここまで来るとグウェンダルの住民が規格外すぎて訳が分からない。笑うゴフィムの隣で、マルチェッロがカウンターに突っ伏しながら頭を抱えていた。


「もー、こうなんですよ、『渡り人』の変身って……変身する瞬間をしっかり視界に捉えてでもいないと、全く気が付かないので……」

「はー……」

「えっ何、この人も『渡り人』なの? どういうこと?」


 感心を通り越して驚嘆の声を漏らす僕の前で、事態を飲み込み切れていない澄乃が困惑を露わにしている。

 呆気に取られる僕の横で、時計の長針がぴったり6を指し示した。



~第63話へ~

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