第60話~決意の朝帰り~
~新宿・歌舞伎町~
~居酒屋「陽羽南」 歌舞伎町店~
「陽羽南」の店内に戻ると、壁の時計は午前4時を指していた。
まさしく三時間、時間が経過して僕達はまた戻ってきたわけだ。
店内ではグンボルトとゴフィムと、サレオスがテーブル席に座ってうつらうつらと舟を漕いでいる。時間が時間だからまぁ、しょうがない。
「ただいま戻りました」
一番手前側に座っていたサレオスの肩をぽんぽんと叩く。がくん、と後ろに頭が振られた後に彼は目を覚まして、僕の方へと見上げるようにして視線を向けてきた。
「あっ、皆さん、おかえりなさい!」
「……うん、転移による悪影響はないようですね、よかったよかった」
「無事で何よりである」
ゴフィムも、グンボルトも、その身体を起こして目をこすりながら僕達を見た。
ゴフィムがさっと乱れた髪を直して僕達を見ると、一つこくりと頷いた。何やらチェックが入ったらしいが、何事も無いのならいいことだ。
僕達が安堵の息を吐く中で、まず口を開いたのは僕だった。テーブルの上にペペルの実を入れた麻袋を置きながら、ゆっくりと口を開く。
「はい、運良く僕達の元いた国に繋がっていまして……冒険者ギルドにも行けたので、詳しい状況を聞くことが出来ました」
「あぁ、皆さんシュマルのご出身でしたか。それは本当に幸運なことでした。
……で、どうでしたか、状況は」
ふっと柔らかい笑みを見せたゴフィムだったが、すぐさまその瞳が鋭く光る。
その瞳の色に少し言葉を詰まらせながら、僕は重々しく語った。
「はい、やはりと言うか何と言うか……人間や動物の転移が数多く発生しているそうで、冒険者ギルドの所属人数もかなり減っていました。
王国内だけじゃなく、世界的に人員の流出が問題になっているそうです」
「それと並行して、強力な力を持つ来訪者……魔物の出現が増加していて、人々の生活が脅かされているとのことです」
僕の言葉の後に続いたシフェールの発言に、ゴフィムとグンボルトが揃って眉をひそめた。
腕を組んで眉間にしわを寄せた二人が、苦々し気に口を開く。
「なるほど、状況は予想以上に逼迫しているようだな」
「クズマーノ君の話によると、ここ新宿区とチェルパの間で穴の発生が頻発しているということですし、皆さんのお仲間が新宿区に転移している可能性は十分にあります。
彼らを故郷に帰すためにも、皆さんの世界を守るためにも、皆さんには世界転移術をなるべく早くに会得していただかなくてはなりません」
悩ましく話したグンボルトに同調しながら、ゴフィムが鋭い視線を僕達に向けた。
確かに、世界転移術の習得は急務だ。悠長に構えてのんびり習得していたら、きっと僕達がそれを会得するより先に、チェルパが人のいない世界になってしまいかねない。
だからこそマルチェッロ以下、転移課の皆さんが総出で僕達に協力してくれているし、グンボルトがこうしてゴフィムを連れてきてくれたのだ。
しかし、そう易々と習得できるようなものではないことは、以前マルチェッロが僕達に話してくれた通りである。
エティが不安そうな表情で、胸元に手を当てながら首を傾げた。
「コトナリさん、なるべく早くに……とは仰いますけれど、そんな早くに会得できるものなんでしょうか?」
話を聞いていて、やはり現実味が薄いと感じたのだろう。その表情は不安と疑念で満ちていた。
腕組みをしたままのゴフィムが、小さく首を前後に振る。
「人によりますし、身に付け方によります。
正当な……というか、正攻法の身に付け方は、今皆さんが区役所の転移課でやっていただいている、穴を潜って内なる穴が自然と開くことを促すものです。これが肉体にも負担が少なく、自力で穴を開きやすくなります」
「するってぇと……正攻法じゃない身に付け方があるってことか?」
ゴフィムの言葉に、下顎をしゃくれさせつつ言葉を投げかけたのはアンバスだ。
確かにわざわざ「正当な」「正攻法の」と前置きして言うのだから、正攻法じゃないやり方があるのは道理だ。
そして今回はマルチェッロ達による正攻法のやり方に頼っていられないからこそ、こうしてゴフィムが来たわけなので。
大きく頷きながらも、ゴフィムの視線が壁の時計に向いた。既に時刻は午前4時10分。電車なんて勿論終わっている。
「そういうことです。が……もうこんな時間ですし、皆さんもお疲れでしょうから、この話はまた後日にしましょう。私も準備が必要ですし。
後日、また折を見てここに伺います。その時に詳しく、お話しすることにします」
もたらされたその言葉に異を唱える人は勿論いない。何しろ今日は既に土曜日、つまり午後からまた仕事がある。
真っ先に僕が、グンボルトとゴフィムへと頭を下げた。
「分かりました。また後日、いらした時によろしくお願いいたします」
「こちらこそ、こんな遅くまでありがとうございます。長々とお邪魔しました」
そう話して、グンボルトとゴフィムがエレベーター前に開けた穴から帰っていくのを見送った僕達は、改めて店を出るために残りの作業に取り掛かるのだった。
締めの作業を全て終わらせて、フロアの電源を落として、エレベーターを止まらないように鍵を回す頃には、午前4時を回って外はもう真っ暗。
街灯と、24時間営業のコンビニの灯りが点っているくらいで、道行く人も殆どいなかった。
「いやー、疲れたー……」
「ほんとね……こんな遅くまで起きていたの、生まれて初めてだわ……」
パスティータとエティが人気のなくなったセントラルロードで背中を伸ばしながら、お互いに顔を見合わせた。アンバスなどは人目も憚らずに大あくびをしている。
先程までうつらうつらとしていたサレオスは寝起きのせいもあるだろう、目つきがとろんとして小さく頭が振れていた。
こんな遅くまで彼に付き合ってもらったのは、先月に僕が「こでまり」神楽坂店にヘルプに行った後以来だ。小さく頭を下げつつ、謝罪の言葉を投げかける。
「すみませんサレオスさん、こんな遅くまで」
「いえいえー、大丈夫ですー。グンボルトさんとゴフィムさんと色々話せたのは興味深かったですし。帰りはまぁ、タクシーでいいかなーって」
そう返してへにゃっと笑いながら、手を振って歩いていくサレオスだ。
確かにサレオスの住まいは早稲田南町、ここからこんな時間に歩いて帰るのはよろしくない。サレオスの見た目が幼いから猶の事よろしくない。
その背中を見送りながら、シフェールがぽつりと呟く。
「私達も帰らないとならないが……澄乃さんに、怒られそうだな」
「こんな遅くじゃねー、きっともう澄乃さん、朝食の仕込みとか始めちゃってるよ」
「というか今日も俺達、仕事なんだよなぁ……やべーな、起きれるかな」
パスティータもアンバスも、一様に力なく宙を見上げながら言葉を零した。
あと十二時間もしないうちに、僕達はまたこの場所に戻ってくる。それは今更変えられるものでもない。
諦めたように笑いながら、僕は残りの四人を促した。
「まぁ、とりあえずは今日はここまでだ。また今日の昼から、よろしく頼む。
それじゃ帰ろう、朝帰りだ」
「朝帰りかぁ……私がやったなんて、パパが聞いたらひっくり返るわね」
「過保護だもんねー、エティのお父さん」
そんな何でもないようなことを話しながら歩いて、歌舞伎町を抜けたところでアンバスと別れて、そのまま大久保のメゾン・リープまで四人でただ歩き。
こっそり扉を開けると予想通りに、正面入り口に面した食堂のキッチンには明かりがついていて、朝食の支度をしていたらしい澄乃がいる。
こちらに気付くと澄乃は、目元に濃い影を落としながらねっとりした口調で僕達に声を投げかけた。袖口が味噌汁の鍋にかかって、ちょっと危ないことに構う様子はない。
「マ~ウ~ロ~ちゃ~~~ん、この私を前に朝帰りとは、い~~~い度胸じゃないかぁぁぁぁぁ~~~」
「澄乃さん澄乃さん、お叱りならちゃんと受けますから、袖、袖」
「え?あぁっ!!」
僕が声をかけて初めて、澄乃の割烹着の袖が味噌汁に浸かりそうなことに気付いたようで。
慌てた澄乃の立てるパシャっと味噌汁が跳ねた音が、夜半のキッチンに小さく響いた。
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