第26話~王国最強の大地属性魔法使い~
~新宿・歌舞伎町~
~居酒屋「陽羽南」~
「でさー、角の生えたウサギを皆で取り囲んでた時に、そいつが飛びかかって来たからさー。あたしがバッとマウロを庇うように飛び出したわけよ」
「ほー、やるなぁパスティータちゃん、ちっちゃいのに」
同日、夕方5時過ぎ。
マウロと昼頃に別れた四人は普段通りに出勤し、普段通りに陽羽南を開店させた。
今日は金曜日ということもあり、だいぶ忙しいことが予想されてはいるが、そんなこと気にしちゃいないとパスティータは常連客との雑談に興じている。
まぁ、忙しくなるのはもうちょっと後の時間帯だ、今はまだ店内の客の姿はまばらで、幾分か余裕がある。
「でも、あたしは何にもしなかったんだよねー、あたしが手に持ったペットボトルでガーッ!とやる前に、マウロが魔法でズドーンと伸しちゃったんだもん、あだっ!?」
「パスティータ、てめぇいつまでも駄弁ってねぇで仕事しろ仕事!」
話に熱が入り、身振りも大きくなるパスティータの脳天に、アンバスが容赦のない拳骨を落とした。
片手に持ったビールのジョッキをカウンターに置きながら、常連客に頭を下げる。
「すんませんね、いくらヒマしてるからって食事の邪魔しちまって」
「いやいや、こんな話この店じゃないと聞けないからね、いい肴さ。
それにしても、やっぱり異世界からやってきてるだけあって、そういう技能を持ってるんだねぇ」
受け取ったジョッキを軽く掲げて見せながら、常連客がアンバスに微笑みかける。
対してアンバスはにやりと口角を吊り上げながら、親指をクイと後ろに向けた。
指さされた先で、エティがハイボールのジョッキを二つほどテーブルに運んでいる。
「まぁな、エティも回復魔法の使い手だし、シフェールもそこそこ風属性魔法の心得はある。
だがマウロのそれは二人と比べても頭一つは抜けてるぞ、なにせ『王国最強の大地属性魔法使い』だからな」
アンバスの発言に、その場にいる客からどよめきが起こった。
「おー」「あのマウロちゃんがなぁ」と、口々に呟く客たち。皆開店から度々訪れていて、マウロのことは把握している人々だ。
温和な雰囲気で料理の腕前も確かな犬獣人が、実は実力も確かな魔法使いでした、となったら、驚愕するのも無理はない。
気付けば厨房の澄乃も調理の手を止めて、カウンター越しに顔を出している。
「王国最強の大地属性魔法使い、ねぇ。アンバス君たちの王国、そんな重要な人材にギルドの食堂を任せてたってわけ?」
「いくら王国最強だからって言っても、仕事が常にあるってわけじゃなかったんですぜ、店長」
澄乃の皮肉めいた声色に、目を閉じつつ肩をすくめるアンバスだった。
通常通り業務に戻り、カウンター上に置かれた料理を取りに行くアンバスと入れ替わるように、パスティータが身を乗り出してくる。
「そうそう、あたしとエティとマウロはずっとパーティー組んでたけど、マウロが王国最強になっても、ギルドでのランクが上がっても、仕事が来ない時は来なかったもん。
冒険者の仕事って基本的に依頼を待つ形だし、あたし達クラスの人員が必要になる事態なんて、そうそう起こらなくてさー。
だから合間の時間に、ギルドの食堂でバイトしてたってわけ」
「なるほどねぇ、まぁそりゃそうだ。真打はそうほいほい出るもんじゃなし。
ほら、それはいいからパスティータちゃんも仕事する!新規さん来てるよ!」
「あわわ、いらっしゃいませー!」
澄乃が発破をかけると、身を翻したパスティータが慌てて入り口の方に駆けていく。
それをふっと息を吐いて眺めた後、澄乃はくるりと後ろを振り返った。
そこではシフェールがフライドポテトを揚げ終わり、皿に盛って持ってくるところだった。
「店長、B卓様ポテトOKです」
「あいよ、B卓様ポテトどうぞー!
……で、だ。さっきのパスティータちゃんとアンバス君の言ってた話って、あれほんとなわけ?」
皿を受け取り、カウンターに置いて、威勢のいい声で店内に呼び掛ける澄乃。
そうしてすぐにシフェールに声を潜めて問いかけると、シフェールは真顔のままで頷いた。
「本当ですよ。マウロがシュマル王国の国立冒険者ギルドにおいて、王国最強の大地属性魔法使いと称されているのも、その彼でも仕事が常にあるわけではないというのも。
シュマル王国はたまに強大な魔物が発生することこそあれど、基本的には王政も外交も安定しており、治安もよかったですからね。
マウロの他にもSランク冒険者を擁するパーティーはいくつもいましたから、彼らの間でうまいこと仕事の分担が出来ていました」
「へぇ~、皆さんの所属していたお国ってすごかったんですねぇ」
二人の傍らでカンパチを下ろしていたディトが、感心した声を上げた。
シフェール曰く、冒険者ギルドの定めるランクはSSが最高で、二番目がS、その下がA、Bと続き、一番下がEとなっており、A+やB+など、各ランク内で優れた者が特別に位置するランクも存在するそうだ。
前述の通りマウロがS、アンバスとシフェールが共にA+、エティはB+、パスティータがB。
それとは別にパーティー全体に与えられるランクもあり、マウロのパーティーはA+に該当していたとの話である。
興味深げに聞いていた澄乃とディトだが、その話を中断するかのようにフロアから、エティとアンバスの声が飛ぶ。
「1席様、大七を一合とチキンボールいただきました!」
「あ、それとC卓様に、生ビール3いただきました!」
時間がいい具合になって来たか、少しずつ忙しくなってきた。フロアの方に顔を向けて、澄乃が大きく声を張る。
「あーりがとうございまーす!!ま、その辺の話はまた後で詳しく聞かせてよ。
っと、ディトちゃんそのカンパチB卓様のだよね?それ出したらあら汁仕込んどいてくれる?」
「分かりました!あ、B卓様カンパチどうぞー!」
カンパチを皿に盛り付けたディトが、声を出しつつ皿を運んでいく。彼女と身体を入れ替えるようにしてビールサーバーの前に立った澄乃がジョッキにビールを注ぎ始めた。
懐かしい故郷の話をしたためか。シフェールは一瞬、遠くに思いを馳せるように目を細めた。
そんな郷愁を振り切るようにして、冷蔵庫から鶏肉を取り出して包丁を握る。
あぁ、だが。一番故郷に思いを馳せたいのは、私ではなく、彼なのではないだろうか。
今ここに居ないパーティーのリーダーを思いながら、シフェールはまな板と向かい合った。
~新宿・歌舞伎町~
~テルマー湯4F・男性岩盤浴~
「……」
同じく歌舞伎町、巨大温浴施設のテルマー湯の最上階にて。
薄暗く熱に満たされた岩盤浴の一室で、専用のウェアに身を包んだマウロはうつ伏せになって石の板と向かい合っていた。
テルマー湯は追加料金を支払うと温泉に加えて岩盤浴も行うことが出来る。彼は2階で温泉を楽しんだ後に、岩盤浴も行って芯から身体を温めていた。
むわっとした熱気に包まれた部屋にいると、身体がじわーっと温まってくる。
だがしかし、身体の内から生じるこの熱は、岩盤浴によるもののみなのだろうか?
「(魔力を取り込むことで身体の芯がぼうっと温まってくる感覚は、確かにあったけど……今日のは、どうだった?)」
ぼーっと石板を前にしながら、身体の内側に思いを巡らせてみる。
魔力が身体の中にある感覚は、今はない。周囲にも感じはしない。だが、今は、だ。
「(今日、ここを出たらか、明日の午前中か、日曜日か……新宿区を歩いてみよう、かな)」
元の世界に帰るためというよりは、元の世界とこちらの世界を合一の危険から遠ざけるために。
マウロの瞳に、強い意志の光が灯った瞬間だった。
~第27話へ~





