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第6話~絶品レバー~

~飯田橋・揚場町~



「よーし仕事は終わった、飲んで帰るぞー!」

「あの、瀧さん、痛いです、引っ張らないで、瀧さんってば」


 研修を終え、リンクス株式会社の本社を出た僕は、何故か宗二朗に引っ張られて飯田橋の街を歩いていた。否、歩かされていた。

 あの後グスターシュを肴に酒を二、三杯呷った宗二朗は既に上機嫌だ。まさかこんなに酔っ払う人だとは思いもしなかった。

 酔っ払いに引き回される犬獣人。周囲の人々の視線が実に痛い。


「おーし着いた、ここだここ」

「なんですここ……居酒屋ですか?」


 宗二朗が指し示したのは飯田橋の駅前に程近いビルの2階だった。階段下の看板が仄かに明るく灯っている。

 名物メニューの写真の上に記された店名は……「ふくの鳥」?


「行きつけでな。いい日本酒をたくさん置いてるんだ。さー行くぞー」

「わ、ちょっ!?」


 こちらのことなどお構いなしに、手を引き階段を上がる宗二朗。足を取られそうになりながら、僕は階段を昇って行った。



~てしごとや ふくの鳥 飯田橋店~



「いらっしゃいませー!」


 店の引き戸を開けるや否や、店員の元気のいい声が飛んでくる。月曜日の午後6時頃というのに、店内はなかなかの混み具合だ。


「2名ね!テーブルでもカウンターでも!」

「かしこまりました、そちらのテーブルへどうぞ!」


 店員が指し示した、入り口に程近いテーブル席に、宗二朗と向かい合う形で座る。と、足の下に柔らかい素材の籠があることに気が付いた。


「あ、その籠はお荷物を入れるのにお使いください」


 説明を要求する前に店員の方から親切にも説明してくれた。何というレスポンスの速さだ。

 店内は仕切りや柱がなく、開放的で……言ってしまえば大衆食堂的な雰囲気を醸し出しつつ、そこで働く人々の心配りは凄まじいものがある。


「いい店だろ?だがこれで驚くのはまだ早い、これ見てみな」

「これは……飲み物のメニューですか……!?」


 籠の中に鞄を入れた僕に、宗二朗は三つ折りのメニューを差し出してくる。

 そのメニューに目を通した僕は、文字通り絶句した。

 三つ折りのメニュー一杯に、日本酒が、それも味わいの風味を示すグラフと共に載せられているのだ。その数、20……30……数えきれない。


「店長が日本酒好きな人でな、拘っているんでこれだけの数を置いてある。他にもメニューに載っていない日本酒が沢山あるぞ」


 宗二朗が指で指し示したのは、壁の黒板だ。

 黒板には何やら、漢字が色々と書かれている……読めないが、「650円」と書かれているあたり、あれもメニューなのだろう。

 ……650円?


「これ、日本酒だとして……安くないですか?」

「グラスでの提供だからな。ちなみに今カマンサックが持っているそのメニュー、それに載ってるの全部500円だぞ」

「500円!?」


 安い。グラスでの提供は徳利での提供よりも量が少ないとはいえ、安い。

 しかもこれだけの種類の日本酒を、である。陽羽南ではとても考えられない話だ。


「まぁ、ここは普通の居酒屋とは色々と違うからな……あ、すみませーん」


 日本酒メニューの品揃えの多さに、僕が目を奪われている間に、宗二朗は店員に声をかけた。

 手の空いた店員が、伝票片手にこちらに寄ってくる……あ、その辺はこちらと一緒か。


「やみつきキャベツと、ポテトサラダ、絶品レバーを一つずつ。

 それと写楽(しゃらく)の雄町本生を……そっちはどうする?」


 メニューを凝視したまま固まっていた僕に、宗二朗が声をかける。

 ふっと顔を上げるものの、正直なところ全く決まっていないのだ。


「あ、えぇと……こう、飲みやすくて飲み疲れしない日本酒で、一つ……」

「そうなりますとそうですねー、福岡県の若波(わかなみ)などいいのではないでしょうか。

 高知県の(みなみ)もいいかと思います」


 なるほど、飲みたい酒のざっくりした希望を言うことで、それに見合った酒を提示してくれる、そういうことも出来るのか。

 酒に精通しているからこそ、出来ることなのだろう。見習いたいものだ。


「じゃあ、ミナミをお願いします」

「かしこまりました」


 伝票に注文を書き留め、店員が立ち去っていく。それを見送った僕が、宗二朗の顔を見て一言。


「すごいですね……」

「すごいだろ?」


 何故かしたり顔で返してくる宗二朗。この店の関係者でもないのにその自信に満ちた顔は何なのだろう。

 酒のせいだろうか、それとも通い慣れているゆえの分かっている感だろうか。


 酒が注がれ、お通しが供され、その味わいに舌鼓を打ち始めて数分。

 店員が細長い皿を手に席にやってきた。


「お待たせしました、絶品レバーです。

 こちらのごま油と、ネギをお好みで付けて、お召し上がりください」


 その料理を見て僕はまさに目を疑った。

 店員が言うにレバーなのだろうが、その見た目はほとんど生のレバーだ。しかしレバーによくある血の匂いがしない、色合いも赤黒くない。

 無言のまま顔を上げると、そこにはさっさとレバーに箸をつけ、ごま油につけて口に運ぶ宗二朗の姿があった。


「ちょ、瀧さん、それ……!?」

「ん?なんだカマンサック、お前レバー苦手か?

 心配すんなー、こう見えてちゃんと火は通ってるし、質もめっちゃいい。レバーを見る目が変わるぞ。食え食え」


 食え、と言われても。

 実際レバーなどの内臓系が苦手というわけではないが、正直これは躊躇する。

 だが、宗二朗がそこまで言うのだ。それに箸を伸ばさないと宗二朗に食べ尽くされてしまう。

 僕は震える手で箸を繰りながら、つやつやと光るそのレバーをつまみ。

 ごま油につけて、口に入れた。

 その途端である。


「うっ……!?」


 驚愕した。美味い。

 いや、ただ美味いだけではない。舌触りが恐ろしく滑らかなのだ。レバー特有の舌にざらつく感じも、粉っぽい風合いも、一切ない。

 まるで絹のように舌に触れ、口内で崩れていく。後に残るレバー特有のえぐみも極限まで抑えられて、ごま油が程よく流してくれる。

 なんだこれは。


「な?美味いだろ?

 ここの店はな、自分の会社で養鶏場を持ってて、鶏を一から管理して育てている。他の食材も厳密な管理の元、生産されたものだ。

 いい食材を育て、いい状態で店に届け、いい状態でお客さんの口に入るように調理する。

 それが徹底されているからこその、この感動だ」

「……はい。食べたからこそ、よくわかります」


 レバーを見つめたまま動けないでいる僕に、そう語りかけた宗二朗は、ぐっとグラスの日本酒を飲み干した。

 グラスを勢いよくテーブルに置いて更に言う。


「まぁ勿論それだけじゃないな。食材の選別、調理法、その日の調理の手際、そういう諸々の要素もあってのことだ。

 うちみたいに各店舗に任せている形式だと、思い通りにいかないこともあるだろうけどな、それならそれでうまいことやっていくまでよ」


 その言葉に、僕は勇気づけられた気がした。

 ここのお店のように高いレベルでは出来ないかもしれない。でも、お客様を満足させるための努力を、惜しむわけにもいかない。

 僕は宗二朗がそうしたように日本酒のグラスを呷り、乾かす。そしてぐっと瞳に力を込めた。


「瀧さん、僕、頑張ります!」

「おう、その意気その意気!」


 そう言って宗二朗はカラカラと笑った。隣に座っていたら肩を叩かれたところだろうが、今はテーブルを挟んで向かい合わせだ。そうもいかないのだろう。

 と、そこに店員が、こんもりとポテトサラダが盛られた小皿を持って現れる。


「お待たせしましたー、ポテトサラダです!」

「どうも!ほら、このポテサラも美味いぞ、食え!」

「はい……わ、なんですかこれ美味しい!?」


 ……どうやら、まだまだ美味しい夜は終わりそうにない。



~第7話へ~

今回舞台になった「ふくの鳥 飯田橋店」は、実在のお店です。

店長さんに小説にお店を出していいか、話を持っていって、許可を頂きました。

ご厚意に感謝いたします。

ふくの鳥の絶品レバーは神。


てしごとや ふくの鳥 飯田橋店

https://r.gnavi.co.jp/g330013/

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